颯子、社会人になりました。 02
ちょっとイチャイチャ。
「まだ帰ってこないのかな」
自分の部屋のカーテンを少しだけ開けて、拡ちゃんの部屋を確認する。
もう10時半を過ぎた。
何も手につかず、自分の部屋で時間を潰すだけで変なことばかり考えてしまう。
もしかして、他の人達とは別れて、江草さんと二人っきりでいるのかも。
「うわーーん! そんなことあるわけないじゃない!」
頭の中で繰り広げられる、拡ちゃんと江草さんの親密な場面。
頭が弾けそうだよ!
「拡ちゃん……」
さすがに電話はできなくて、LINEでメッセージを送った。
『拡ちゃんに会いたいな』
でも、すぐに既読にならずがっかり感が否めない。
「はあ~~拡ちゃん……」
携帯を握りしめながら仰向けに寝転がる。
天井を眺めながら、こんなことならさっさと江草さんのことを拡ちゃんにちゃんと聞いておけばよかった。
二人がどんな関係だったのか知っていたら、ここまでモヤモヤ、ヤキモキしていなかったかもしれない。
後の後悔先に立たず、である。
「わっ!」
突然LINEを受け取った音が鳴る。
待ってたはずなのに、思いのほかびっくりしてしまった。
携帯の画面を見れば、待ち焦がれていた拡ちゃんから。
『帰りに寄るから待ってて。もうすぐ着くから』
「え? 寄るって? こんな時間に?」
即起き上がって、ベッドの上で正座で携帯を見つめる。
「すぐ着くって? え?」
服、これでいい?
髪の毛も適当に乾かしただけだけど大丈夫?
ワタワタとしていると、またメッセージが届いた。
『今、颯子の家の玄関前にいるから開けて』
「え? もう!?」
慌てて部屋を飛び出して、ドタドタと階段をかけ下りる。
リビングからお母さんの自分を呼ぶ声が聞こえたけど、かまってられない。
ドアガードを外して玄関のドアをあけると、そこには久しぶりに会えた拡ちゃんが本当に立っていた。
「ちゃんと確認してからドア開けたか? 不用心だぞ」
「…………だって、拡ちゃんだってわかってたもの」
「それでも、ちゃんと確かめろよ」
「うん……」
せっかく久しぶりに会えたのに、何でお説教なんだろうか。
「あら、拡君? どうしたの? こんな時間に」
私の後ろからお母さんが声をかけた。
そうだよね、もう11時過ぎだもん。
「夜分遅くにすみません。颯子に話がありまして。すぐに帰りますのでちょっとお邪魔してもいいですか」
「別にかまわないけど。仕事、忙しいんでしょ? 帰って休まなくて大丈夫?」
「はい、そんなに長くかかりませんから」
「颯子が無理を言ったんじゃないの」
「いえ、最近ゆっくり話してなかったので。オレも会いたかったし」
「あらあら。ほら、立ち話もなんだからどうぞ」
「お邪魔します」
「お母さん、部屋で話すから」
「はいはい。でもあまり遅くならないようにね。二人共、明日は仕事なんだから」
「わかってる。拡ちゃん、なにか飲む?」
「いや、大丈夫」
「そう」
私は先に階段を上って、部屋のドアを開けた。
部屋に入って拡ちゃんが上着を脱いで、ネクタイを緩める。
世間でも男性のネクタイを緩める仕草はトキメク仕草だけど、それを目の前で拡ちゃんがやれば私には眼福もので、ニヘラと顔が緩んでしまうのは仕方のないことだと思う。
「なんて顔してるんだよ」
「だって、ネクタイを緩めるなんて女の子にとっては胸キュンものなんだよ」
「そうなのか? 男にとっちゃ別に特別なことじゃないけどな」
「萌え要素なんだよ」
「ふうん」
拡ちゃんはなんの気兼ねもせずに、普通な動作でベッドに腰を下ろした。
拡ちゃんからは微かにアルコールの匂いが漂ってる。
それにタバコの匂いも。
「明日も仕事、忙しいんじゃないの?」
「いや、やっと一段落ついた。明日から少しゆっくりできる」
「そっか。お疲れ様でした」
酔いもあるかもしれないけど、拡ちゃんの身体から緊張が抜けてるというか、リラックスしてる。
「おいで、颯子」
「!!」
座った状態で両手を広げる拡ちゃん。
私はすごく嬉しくてすぐにでもその腕に飛び込みたかったけど、わざとゆっくりと近づいて拡ちゃんに背を預けるように膝に座った。
「お酒臭い」
後ろから抱きしめられて、肩越しに拡ちゃんが顔をくっ付けてくる。
「今日、大学の同期と飲んだからな」
「知ってる」
「江草にオレたちのこと話してなかったんだな。今日話したら驚かれた。何で言わなかったんだ?」
「だって……なんだか話すタイミング逃しちゃったし、わざわざ言うのもなんかな……って」
「ふうん」
「…………」
「何だ? なにか気になることでもあるのか」
「え?」
「この前からちょっと変だもんな」
「そんなこと……」
「何だ? オレには話せないか?」
「…………」
「颯子」
「!!」
チュッっと頬にキスをされる。
久しぶりのキスだ。
「颯子、言って」
「うぅ……」
「颯子」
お腹に回されてる拡ちゃんの両腕が、促すようにギュッっとする。
もともと私が拡ちゃんに勝てるはずがなく、仕方なく聞きにくいけど聞いてみた。
「拡ちゃんと」
「うん」
「江草さんって」
「うん」
「昔、お付き合いしてたの?」
「はあ?」
「だって……」
「颯子?」
「だって、江草さん言ってた。拡ちゃんとはよく泊まりがけで出かけてたって。それって……それって……そういう関係だったってことでしょう!」
「なっ……何言って……」
「それに、その頃拡ちゃんにはお付き合いしてる人もいなかたって」
「そりゃ、その頃は誰とも付き合っちゃいないけど」
「やっぱり! そういうお付き合いした仲なんだ!」
「どういう付き合いだよ」
「大人の、お互い納得してるお付き合い……イテ!」
両方の頬っぺたをムニンと摘ままれて引っ張られた。
「痛いよ! 拡ちゃん!」
「勝手に決めつけるなよ」
放された頬っぺたを両手で擦る。
「でも、江草さんが……」
「江草はオレの友達の彼女なんだよ」
「へ?」
驚いて身体を後ろに捻って拡ちゃんを見上げる。
拡ちゃんは珍しく目の周りを赤くして、トロンとした目をしてた。
「だから、友達連中と泊まりがけで出かけるときは一緒に来てたし。別に江草と二人っきりとかじゃなかったからな」
「そうなの?」
「ああ。それに江草、結婚するし」
「え? その拡ちゃんの友達と?」
「ああ。今日その話もあって皆呼ばれたんだ」
「そうなんだ……」
「多分、明日あたり颯子にも話があると思うけど」
「そっか」
てっきり拡ちゃんと何かあったのかと思ってた。
「誤解は解けましたか? お姫様」
拡ちゃんが後ろからギュッと抱きしめてくれた。
ああ、背中向きじゃなくて、正面で座ればよかったかな。
拡ちゃんの顔が見たい。
「え? あ……別に疑ってたわけじゃ……」
「確かに、颯子が小さかった頃は付き合ってた相手もいたし、それなりの経験があるのは今さらどうしようもないからな。そのことを颯子に責められても、ごめんとしか言えないけど」
「別に拡ちゃんが謝ることじゃないよ。私が勝手に気にしちゃっただけで。でも、さすがに会社の先輩がそういう相手だったのかもって思ったときは、ちょっと複雑だったというか……悔しいといか……!!」
拡ちゃんがどんな顔してるのかなと思って見ると、何とも言えない眼差しで見られてた。
「な、なに? 子供だな~~とか思ってるんでしょ」
「いや、そんなこと思ってない。不安にさせて悪かったなって」
「わわっ! 拡ちゃん!?」
拡ちゃんが私を抱き抱えたまま横に倒れた。
二人してベッドに寝転がる。
それでも拡ちゃんの腕は私に回されたままで、首筋に顔を擦り付けてくる。
「拡ちゃん、くすぐったいってば」
「颯子にはずっと辛い気持ちにさせてたから、これからはそんな思いしないようにって決めてたのに……最近忙しくてかまってやれなかった。顔も見れなかったし」
「仕方ないってば。拡ちゃんもお仕事忙しいんだから」
「そうなんだけど……ああ、やっぱり一緒に住みたいかな」
「え?」
「“颯子が仕事に慣れるまで”なんて言ってたけど、やっぱり毎日こうやって一緒にいたい」
拡ちゃんが体勢を変えて、片肘をついて私の上に覆い被さる。
「拡ちゃん、酔っぱらってる?」
「んーー最近あんまり寝てないし……疲れてたかも。そのせいか……いつもより……酒の回りが早い……気が……」
「拡ちゃん!?」
ガックリと崩れ落ちる。
そしてすぐにスースーと寝息が聞こえてきた。
「え? ホントに? 寝ちゃったの? 拡ちゃん」
「くぅ……」
「拡ちゃん……」
顔をずらして見ると、寝顔も素敵な拡ちゃんだな~~♪
拡ちゃんに会ったのも久しぶりなんだよね。
なんて、しみじみと思ってる場合じゃない!
この状況、どうしたら?
初めてこんな雰囲気になったのに、拡ちゃんってば寝ちゃうなんて。
拡ちゃんは横向きのまま、私の胸の上に腕を乗せて気持ちよさそうに寝てる。
赤みがかかった目の縁だけど、よく見ると目の下にうっすらと隈がある。
疲れてるのに、私に会いに来てくれたんだね。
ありがとう、拡ちゃん。
私はちゅっと拡ちゃんの頬にキスをする。
ふおぉぉ恥ずかしい。
「お母さん。拡ちゃん寝ちゃったんだけど、どうしよう」
「あら、そうなの。やっぱり疲れてたのね。毎日帰りが遅いって聞いてたから」
「起こした方がいいよね」
「え? そのまま寝かせてあげたら。明日の朝、早めに起こしてあげればいいんじゃない」
「え!? いいの?」
「別に問題ないんじゃない。あなた達婚約してるんだし。それに、どうせ朝まで起きないでしょ」
「う、うん……」
それでもいいのかな?
「里子さんにはメールしとくわよ。拡君、今日はうちに泊まるって」
「うん、わかった。じゃあ、お母さんよろしくね」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
なんだか親公認のお泊まりなんて不思議な感じだけど、ここはお言葉に甘えてしまおう。
部屋に戻ると自分のベッドに拡ちゃんが眠ってる。
結婚して一緒に住むようになったら、毎日こうやって拡ちゃんと一緒に眠れるようになるんだよね。
ああ、拡ちゃんの言うとおり早くそんな日が来ないかな。
ネクタイを外して、ワイシャツのボタンを2つ外す。
さすがにズボンは脱がせないからベルトだけ外しておく。
シワになっちゃうけど仕方ないので許してもらおう。
靴下も脱がせて、これでOK。
いそいそと拡ちゃんの隣に潜り込んで、拡ちゃんに引っ付いて眠る。
まさかこんなサプライズが起こるなんて、素直に会いたいって言ってよかった。
江草さんのこともちゃんとわかったし。
せっかく拡ちゃんと同じベッドで眠れるんだから、この拡ちゃんの温もりを堪能しなくちゃ。
なんて思ってたのに、今までのモヤモヤがなくなったせいか、安眠アイテムの拡ちゃんが一緒だったせいか、あっという間に眠ってしまった。
むぅぅ、残念!
「……ちゃん」
「…………」
「拡ちゃん」
「……ん?」
「拡ちゃん、起きて」
「んん? え? 颯子?」
「おはよう、拡ちゃん」
「おは……よう? あれ、何で颯子の部屋?」
「昨夜、話ながら寝ちゃったんだよ」
「そうなのか? ああ、そういえばあまりにも眠くて意識が途切れた」
「疲れてたんだよ。色々支度があると思うから早めに起こしたんだけど、間に合う?」
拡ちゃんが部屋に置いてあるデジタル時計をチラリと見た。
「ああ、大丈夫」
「よかった」
「おばさん、なにか言ってたか? すぐ帰るとか言って、泊まるなんて思ってなかっただろ」
「それがね。お母さんが疲れてるんだろうから、寝かせてあげたらって言ってくれたの。里子おばさんにも連絡してくれたし」
「そうか。後でちゃんとお礼とお詫び言わないとな」
「私は拡ちゃんと一緒に眠れて嬉しかった」
「オレは久しぶりにぐっすり寝れた。颯子のおかげだ」
「私も拡ちゃんが一緒に寝てくれたから、ぐっすり眠れたよ」
エヘヘと笑うと、拡ちゃんもニッコリと笑ってくれた。
「さて、家に戻って会社行く支度しないとな」
拡ちゃんが脱いだ上着やら靴下やら、外したネクタイを掴んでドアに向かう。
私も慌ててそのあとを追いかける。
「ん?」
拡ちゃんがドアの前で振り向いたから、なにか忘れ物かと思ってそのまま拡ちゃんを見上げると、チュッっと唇に触れるだけのキスをする。
「拡ちゃん?」
「行ってきます。颯子」
「え!? あ、はっはい! いってらっしゃい!」
「やっぱりいいな」
「拡ちゃん?」
「颯子に、いってらっしゃいって送り出されるの」
「拡ちゃん……」
「颯子も会社、遅れるなよ」
「うん。大丈夫だよ」
「じゃあな」
「うん」
下に下りると、もう起きていたお母さんに挨拶をして拡ちゃんは玄関を出ていった。
初めて、朝拡ちゃんが会社に行くのを見送った。
今日も1日頑張ってね、拡ちゃん。
こうやって、毎朝拡ちゃんをお見送りできたらいいのにと思った。
その日会社に行くと、江草さんが開口一番に拡ちゃんとのことを聞いてきた。
「もう、拡から聞いて驚いたわ。あ、ごめんなさい。名前の呼び捨てなんて嫌よね。昔から呼んでるからつい……」
「いえ、それは大丈夫です。私こそすみません。話すタイミングがつかめなかったというか、何て言ったらいいのかとか思ってたらなかなか言えなくて」
「あら、遠慮なんてしなくていいのに」
「そうなんですけど……」
まさか、二人の仲を疑って言い出せませんでした。
なんて言えない。
「そういえば、江草さん結婚するって聞きました。おめでとうございます」
「そっか、拡から聞いたんだ。そうなの、会社の方には今日話そうと思ってるの。だからまだ皆には内緒にしててくれる?」
「はい、わかりました」
ちょっとはにかんだ江草さん。
幸せ一杯って顔してる。
「あ、拡の婚約者だからって手加減はしないからね。今まで以上にビシバシいくわよ」
今までの幸せ一杯な顔はすぐに引っ込んで、いつものキリリとした顔の江草さんになった。
「はい。よろしくお願いします!」
「いい返事。今日も頑張りましょう」
「はい!」
拡ちゃんと江草さんの誤解も解けて、今日からまた頑張ろうと思う私。
拡ちゃんも頑張ってるかな?
なんて考える。
仕事が一段落したって言ってたから、もしかしたら今日は早く帰って来てくれるかも。
そしたら、久しぶりに拡ちゃんと夕飯食べれるかな。
昼休みに拡ちゃんに聞いてみよう。
昨日までのモヤモヤな気持ちがウソみたいになくなって、私はやる気満々で自分のパソコンの電源を入れた。




