颯子、拡を友達に紹介する
馬に蹴られて……でしょうか。
「なに? 喜多嶋って年上と付き合ってんの?」
授業が終わって帰ろうと荷物をまとめてたら、机を挟んで目の前に誰かが立ってた。
声から誰だかわかったけど、カバンから顔を上げると思ってたとおり同じクラスの斉木君だった。
同じクラスといっても専門学校では高校の教室とはちょっと違ってグループ感がない気がするから、クラスメイトといってもあまり意識してなかった。
ときどき話すくらいで、そんな親しいわけでもない相手からそんな改まって聞かれることかな? って思ってきっと困惑した顔をしていたに違いない。
斉木君がピクリと眉間にしわを寄せたから。
会話の最初に“なに?”ってことは、さっき同じクラスの女の子に合コンに誘われて付き合ってる人がいるって断ったのを聞いてたってことだよね?
付き合ってる人がいるって言ったら、ちょっと詳しく聞かれちゃったから答えたんだけど、それも聞いてたってこと?
「うん」
「10歳だっけ」
「うん」
結構しっかりと聞かれてたんだ。
「話とか合わなくね?」
「え?」
「だって相手社会人だろ? こっちは3月まで高校生だぜ」
「別に平気だよ」
だって、拡ちゃんとは生まれたときからの付き合いだし。
「お互いが無理してんじゃねえの?」
「してないよ」
なんか言い方に棘があって、嫌な感じがするのは気のせいじゃないよね。
なんでそんなふうに、この人に言われなくちゃいけないのかな?
「心配してもらわなくても大丈夫だから」
っていうか、もともとなんでこの人にこんなふうに私と拡ちゃんのことを言われなくちゃいけないの?
拡ちゃんと付き合うことになるまで、どんなことがあったかなんてこの人にはわからないのに。
わかってもらおうなんて思わないけど。
「なあ」
「?」
全部の荷物をカバンに詰め込んで、チャックをしめたところでまた話しかけられた。
一体なんなの? と思って顔を上げたら、廊下から私を呼ぶ声が聞こえた。
「喜多嶋さん、お待たせ~」
「牟田さん!」
片手を上げて教室の入り口で手を振ってるのは、この専門学校に入ってからお友達になった牟田さん。
色々と個性豊かなクラスメイトの中で、外見はごくごく普通の女の子。
私も見た目も中身もごくごく普通の女の子なので、彼女を見たときにホッとした。
牟田さんもそうだったのか、自然と話をするようになって仲良くなった。
今日は講師の先生に聞くことがあって、先生のところに行ってたんだよね。
それを待ってる間に斉木君に話しかけられたんだけど。
因みに、斉木君は金髪の首にはオシャレなネックレスと耳にはピアスの指には指輪もはめている。
デザインの専門学校だし私服通学だし、服装や髪形なんかにはまったくうるさくない。
この前、緑色の髪の毛の女の子もいたぐらいだし。
「帰ろ~♪ ん? 斉木君、喜多嶋さんになんか用?」
トコトコと私達のところにやってくると、私の隣に立って斉木君の顔を覗きこむ。
「べ、別に用じゃねえよ!」
「ふ~ん……そう。じゃあ私達、帰るね。行こう、喜多嶋さん。待たせてごめんね」
「ううん、大丈夫だよ。じゃあね、斉木君」
「またね~斉木君」
「…………おう」
私はグッドタイミングで来てくれた牟田さんに心の中で感謝しつつ、サッサと教室をあとにした。
「斉木君になにか言われたの?」
学校から駅に向かう途中で、牟田さんが心配そうな顔で聞いてきた。
「え? あーそんな大したことじゃないんだけど、私に年上の彼氏がいるのが気に入らなかったのかな? って」
「え? どうして? 斉木君には関係ないじゃん」
「そうなんだけどね。そのとき合コンの話もしてたから、それも気に入らなかったのかなぁって」
「合コン?」
「人数合わせで誘われただけなんだけど、断ったんだ。だからかな?」
「えー彼氏がいるから断るのって当たり前じゃん。そんなのに文句言うなんて変だよ」
「私ごとき平々凡々な女の子が、誘われた合コンを断るなんて生意気! とか思われちゃったのかもね。しかも、彼氏がいるからなんて、すぐバレるようなウソつきやがって~とか思われたのかも」
「えー喜多嶋さんにはれっきとした彼氏さんがいるんだから、ウソなんてついてないじゃん! しかも、相手は10歳年上の大人の男の人で、10年想ってやっと付き合えたんじゃん」
「そうなんだけどね。なんか、私に彼氏がいるのが信じられなかったみたい」
「そうなの?」
「うん。そんな顔してた」
そのあと、牟田さんは「へ~」とか「ふ~ん」とか「なるほどね~」なんて言いながら顎に指を当てて、あーだこーだと言っていた。
「まあ、喜多嶋さんは気にすることないよ! またなにか言われたら、堂々と彼氏さんの自慢をすればいいと思うよ」
考えがまとまったのか、私に向かってニッコリ笑顔で言う。
「そうかな……自慢はしないと思うけど。うん、気にしないことにする」
私も牟田さんのアドバイスを聞いて、ニッコリと微笑み返した。
「颯子ちゃん」
「滋君」
家の門扉に手をかけたところで、お隣りの拡ちゃんの弟の滋君と一緒になった。
「今帰り?」
「うん。滋君は今日は大学だったの?」
「そう。今日はバイトもなかったから早く帰れたんだ」
「そっか~」
滋君はうちのお兄ちゃんと同い年で大学3年生。
いつもはバイトをしてて帰りが遅い。
だからこんな早い時間に会えるのは久しぶり。
「颯子ちゃん、バイトは?」
「夏休みになったら考えようかなって思ってるんだ。今は課題を仕上げるのに時間が欲しいから」
今は出される課題をこなすのが精一杯。
ヒドイときには拡ちゃんとの時間さえ課題に当てなくてはならないときがある。
そんなとき、拡ちゃんは課題を終わらせるほうを勧めてくる。
今、それが私のやるべきことだからって。
確かにそうなんだけど……私としてはなかなか会えない拡ちゃんと、もっと一緒にいたいと思うんだけどな。
でも拡ちゃんは、
『これから先の一緒にいる年月を考えたら、卒業するまでたった2年だろ? 結婚したら毎日一緒にいられるんだから、今は自分のことを優先しろ』
って。
さすが大人の社会人な拡ちゃん。
何年も飲食店の店長をやってたことはあると私は思う。
社員教育は素晴らしいです。
私、社員じゃないけどね。
「そういうので疲れてるの?」
「え?」
「さっき溜息ついてなかった?」
「あ……ああ~」
そういえば溜息ついちゃってたかも。
「自分の平々凡々さを再認識しちゃったっていうか……」
「え?」
「仕方ないけどね。私にお付き合いしてるような人がいるなんて見えないみたいで、お付き合いしてる人がいてごめんなさいって感じ? しかも、拡ちゃんみたいな大人の男の人と付き合っててごめんなさい。かな?」
「は? なにそれ?」
「今日、同じクラスの人に言われたんだ」
「そんなこと言われたの?」
「ハッキリと言われたわけじゃないけど、遠まわしにそんな感じのことを? もとは合コンに誘われたのを断ったからかな~って」
「いや、断るでしょ? 兄貴が許すわけないし」
「そうなんだけど、どうやら彼氏がいないように見える私が、彼氏がいるとか言って断ってんじゃねえよ、って思われたのかも」
「マジで?」
「だって、私が付き合ってる人がいるってわかったらすごい突っかかってきて、10歳も年が離れてたら話が合わないだろうとか、無理してるんじゃないかとか言ってくるんだもん」
「…………颯子ちゃん」
「ん?」
「それを言ったのって、男?」
「うん、そう」
「ふーん……」
「滋君?」
滋君が牟田さんみたいに顎に指を当てて考えだした。
ちょっとして顔を上げると、私を見てニッコリと笑った。
「そんな奴、相手にすることないよ。颯子ちゃんは兄貴とのことをソイツに思う存分自慢すればいいと思う」
「え? 思う存分?」
牟田さんと同じこと言ってる。
「他の人には惚気や自慢に聞こえるかもしれないから気をつけなくちゃいけないと思うけど、ソイツには気にせず思いっきり自慢してやればいいと思うよ」
「そ、そう?」
「うん。結婚を約束した婚約者でもあるんだからさ」
またニッコリと笑う滋君。
その顔はさすが兄弟というように、拡ちゃんに目元が似てたりする。
「わかった。またなにか言ってきたら、たくさん拡ちゃんの自慢することにする」
「そうしなよ」
私達はお互い親指をグッと立てて笑い合った。
その日の夜遅く帰宅した拡ちゃんを滋君が待ち構えていたなんて、私は知らなかったんだけどね。
「颯子」
「拡ちゃん!」
あれから数日後、お休みだった拡ちゃんが専門学校まで私を迎えに来てくれた。
そんなの初めてで、ちょっとドキドキしちゃった。
いつもは別な場所で待ち合わせしてるから。
拡ちゃんが買い物があるから付き合ってほしいって言ってて、学校帰りに寄っていこうって。
私はどんな用事でも拡ちゃんとお出かけできるなら嬉しから即OKの返事をした。
「あの人が喜多嶋さんの彼氏さん?」
「そうだよ。拡ちゃんです」
一緒に外に出た牟田さんに拡ちゃんを紹介した。
牟田さんにはいつも色々と話をしてるから、あんまり気を使わなくて済んだ。
「お友達の牟田さん」
「椙田です、初めまして。いつも颯子がお世話になってます」
「牟田です。そんな……私も喜多嶋さんにはいつもお世話になってますので」
なんか自分の友達に、拡ちゃんのことを紹介できるなんていいな~って思う。
だって、高校生まで私は拡ちゃんを友達に紹介なんてしたことなかったもん。
高校生までは拡ちゃんはただの“お隣の歳の離れたお兄ちゃん”だったから。
それなのに……今日は自分の彼氏として紹介できてるんだ!!
うれしい~~~~♪
「これからデート?」
「ひょえ! あっと……えっと……エヘヘ♪ そうなんだ」
家族以外の人に拡ちゃんのことを言われると、ドキドキしちゃう。
おまけに変な返事しちゃったし。
「よかったね。楽しんできてね」
「うん。ありがとう、牟田さん」
私はテレながら、それでも嬉しくて満面の笑みで頷いた。
「あ!」
「ん?」
牟田さんが私の肩越しに私の後ろを見て、なにかに気づいたみたい。
私もそれにつられて後ろを振り向くと、出入口から出てきたのは……斉木君だった。
驚いたような顔をして、こっちを見たまま固まってた。
「斉木君……」
「同じクラスの人?」
拡ちゃんが私の耳に口を寄せて聞いてくる。
息が耳にかかってちょっとくすぐったい。
そんなことされるのは初めてじゃないけど、今されるとなんかドキドキする。
すぐ横にいた牟田さんが小さな声で『わぁお♪』って言ったのが聞こえた。
「う、うん」
私は返事をするのにドキマギしちゃって、拡ちゃんが私から離れるときチラリと斉木君を見てたなんて知らなかった。
「颯子、行こうか」
「え? あ、うん。牟田さん、また明日ね」
「うん。また明日」
牟田さんに手をふって歩き出す。
「ほら」
「え?」
目の前には差し出された拡ちゃんの手が!
ひえ~!!
だって……ねえ? 帰りがけの学校の人が見てるんですけどーー!
牟田さんも口に手を当ててニヤニヤしてるし。
「颯子」
「拡ちゃん……」
いつもの優しい笑顔の拡ちゃんが、私が手を出すのを待っててくれる。
だから私はコクンと頷いて拡ちゃんの手を握った。
そのあとどこに行くのかと思ったら、なぜかジュエリーショップ。
なんでだろうと拡ちゃんを見れば、ニッコリと笑って『どの指輪がいい?』って。
急にどうしたの? 拡ちゃん!?
「ちゃんと彼氏がいるって、見てわかるようにしておかないとな」
って言って、可愛いファッションリングを買ってくれた。
それでもそれなりのお値段のするもので、私はこんな高い指輪はいいと言ったのに、拡ちゃんはそのくらい稼いでるからってさらに高い値段の指輪を選ぼうとするから、お願いしてなんとか最初のお値段の指輪にしてもらった。
普段の洋服にも、授業でも邪魔にならないデザイン。
それだけでも驚きだったのに、婚約指輪はまた別に贈るから。
なんて言われて、さらに驚いてしまった。
次の日、その指輪を見て牟田さんが驚きつつも“よかったねぇ~”って一緒に喜んでくれたのが嬉しかった。
『彼氏さん、ちゃんと考えてくれたんだね』
って。
そういえば、『お付き合いしてる人がいるように見えないらしい』っていう話は拡ちゃんにしてなかったのに、どうして?
ただの偶然なのかな?
「ふふん♪」
「?」
急に牟田さんが鼻で笑うからなにかと思ったら、牟田さんの視線の先には教室の入口に立つ斉木君の姿が。
機嫌が悪そうなムッとした顔で、眉間に皺まで寄ってる。
「なにか嫌なことでもあったのかな? 機嫌悪そう、斉木君」
「ふふ、まあ自業自得ってとこじゃない? あ! 馬に蹴られてかな?」
「え?」
「ううん。私達が気にすることじゃないよ」
「そうだね」
たしかに、いつも話してるとか仲がいいわけじゃないし。
と思って、斉木君から視線を外して授業の準備に取りかかった。




