恋人繋ぎ 02
「拡ちゃん、やっぱりモテたんだね」
「そうかな」
「あんな可愛い人にも想われてたじゃん」
「え? ああ、春吉?」
「…………」
そりゃ拡ちゃんだって気づくよね? 私でさえ気づいたんだから。
「あいつには全然そんな感情浮かばなかったし、大体自分が働いてるところの女の子に手なんて出さないよ」
「え? そう? だってキッカケとしてはぜんぜんOKな出会いじゃない?」
「そうか? 他のヤツはどうか知らないけど、オレは無理だな。そうなると色々面倒そうだし」
「そうかな?」
「仕事の合間でボーっとしてるときは、颯子のこと考えてたし」
「え?」
「いや、今頃なにしてんのかな~とか体育の授業でコケてないかな~とか給食残さず食べてるかな~とかな」
「うぅ~~なにそれ? 一体いつの話? コケたりしないし、給食もちゃんと残さず食べてました!」
「だって颯子が小学校のころおばさんが言ってたぞ。食べるのが遅くて、いつも家庭訪問で先生に指摘されるって」
「そ、それはみんなが食べるの早いからで。高学年になってからはちゃんと時間内に食べれるようになったし、ときどきだけどおかわりだってしてたもん!」
「颯子はおっとりだからな。楓也もそうだから姉弟しておっとりだし。慌ててご飯食べるなんてなかっただろう?」
「そんなことばっかり考えてたの? もう、失礼だよ拡ちゃん」
「はは。颯子が中学生になってからは、誰か好きな奴でもできたかなって思ってたよ」
「え?」
「次に会ったとき“彼氏ができた”っていつ言われるかなって。そう願ってたはずなのに、もし現実にそうなったらきっとなんとも言えない気持ちになるんだろうなって思った」
「拡ちゃん……だったら!」
「でもそのときは、そうすることが颯子にとっていいことだと思ってたんだから仕方ないだろ」
「そうかもしれないけど……」
私は今さらながらに胸の中が痛くて俯いてしまう。
「でも今は、颯子の一途な想いに感謝してる。オレをあきらめずに想い続けてくれてありがとうな」
「拡ちゃん?」
そういうと繋いでた手を離して、私の肩を抱き寄せてくれた。
そして拡ちゃんの肩辺りにある私の頭にキスをしてくれた。
そのまま、こめかみにも拡ちゃんのあったかくて柔らかな唇が押し付けられた。
「颯子」
最後に頬っぺたにちゅっとしてくれた。
「颯子はなにが食べたいんだ」
「へ?」
「大丈夫か? 顔が真っ赤だぞ?」
顔を覗きこまれて、クスクスと拡ちゃんが笑う。
「うっ! ひ、拡ちゃんがいきなりこんなところでこんなことするから……」
言ったあと、私は黙って俯いてしまった。
「颯子?」
だって……
「拡ちゃんはこういうことに慣れてるかもしれないけど、私は……初めてだもん」
きっと今まで付き合った彼女とも、こういうことをしてたんだと思うと辛かった。
「オレだって初めてだよ」
「え!? うそ!!」
私は拡ちゃんのその言葉に、勢いよく顔を上げた。
「本当だって」
優しく微笑んでる拡ちゃん。
絶対うそだ! 騙されないんだから!!
「うそよ! だって今まで付き合ってた人ともこいうことしてたんでしょ?」
「しないって。腕組んで歩くくらいだよ」
「へ?」
「手だって繋ごうって言われても、颯子と繋いでた感触が残ってたから、他の子と繋ぐのに違和感があったし」
「え?」
「颯子の小さくてフニフニしてた手が気持ちよくてな。他の子の手はどうも苦手で、繋いだことなんてないよ。繋ぎたいって言われても、なんだかんだと理由つけて繋がなかった」
「本当?」
「本当、不思議な手だよな。颯子の手は」
拡ちゃんがさっきよりも強く私の肩を抱き寄せた。
「それにこんな公衆の面前でキスするなんて。したいと思ったのも颯子が初めてだよ」
もう片方の手で、私の手を掴んで指先で撫でる。
「じゃ……じゃあ、恋人繋ぎも?」
「そう、颯子が初めてだよ。颯子が子供のころしようかと思ったんだけど、さすがに手の大きさが違うから無理だったけど。オレの指を、颯子のあの小さな手の指の間に入れたら痛いだろ? でも、できそうなころには手を繋ぐこと事態無理になってたし」
「…………」
なんか……うそみたいな話で、私は思考回路が一瞬止まってしまった。
あの拡ちゃんが?
いつも私に素っ気なかった拡ちゃんがそんなことを思ってて、そんなことをしてたなんて。
「うれしい……」
「ん?」
「うれしいよ! 拡ちゃん!! 大好き♪」
「うわっ! なんだよ? 颯子?」
私は場所も周りの視線も考えず、拡ちゃんの首に抱きついた。
そして拡ちゃんの首に自分の頬を摺り寄せる。
昔と同じ拡ちゃんの肌の感触。
ああ、懐かしいな。
あったかいな。
「颯子」
「なあに? 拡ちゃん」
「これ以上、ここでオレを煽るのはやめてくれ」
「え?」
見上げれば拡ちゃんが苦笑い。
「このままメシも食わずに、ホテルに直行したい衝動が抑えきれなくなる」
「うえ!?」
って変な声が出ちゃった。
そりゃ私だってそういうことを考えてないわけじゃないけど、拡ちゃんとそういうことするのはちょっと恥ずかしいと思うし、それに少し怖いとも思ってる。
でも拡ちゃんに求められたら、アッサリと身体を委ねちゃうだろうと思うけど。
「とりあえず上に行こう」
「……うん」
また拡ちゃんが私の手を恋人繋ぎでつないで歩き出した。
どうやらさっきの思いつきは思いとどまってくれたらしく、食事のできるお店が入ってる階に向かってエスカレーターに乗る。
「今日じゃない」
「え?」
「今はまだ我慢する、でもいつか……な」
「…………」
「颯子がもっと色んなことに慣れたら、な」
私の顔を覗きこんでニッコリと笑う拡ちゃん。
色んなことってなんでしょうか?
そういえば“オレに慣れろ”って言われたんだよね?
こういう人目のあるところでも、拡ちゃんのすることを受け入れろってこと……なのかな?
なんだかそういうことに慣れてない私にとって、それってかなりの高さのハードルでは?
「颯子」
「は、はいぃ!?」
私がそんな返事をしたもんだから、拡ちゃんがちょっとビックリした顔をして目を細めて笑った。
そしてチラリと私達の後ろを見たかと思うと、そのまま私の唇にチュッと触れるだけキスをした。
「ひ、拡ちゃ……!!」
「大丈夫、人いないから」
「…………」
ああ、ちゃんと確めてくれたんですね。
「ホント、颯子は可愛い」
「へ?」
「可愛いよ」
そのときの私は自分がそんな可愛いと思ってないとか、それは拡ちゃんの勘違いだよとか、そんなことはどこかに飛んでいっていまってた。
拡ちゃんの“可愛い”発言に嬉しいやら戸惑うやら……ドキドキ。
微笑みながら私の頭を撫でる拡ちゃん。
その手は優しくて心地いい。
これから先もずっと、私の傍にいてくれるんだよね?
本当にこれは夢じゃないんだよね?
信じて……いいんだよね? 拡ちゃん。
「当たり前だろ。ちゃんと約束しただろ」
「え?」
「声に出してる」
「うそ!?」
思わず手で口を押さえた。
「…………」
「信じてもらえるように、もっと頑張らないとな」
「拡ちゃん、ちがっ……」
「違わない」
「拡ちゃん……えっ!?」
耳に直接囁かれた言葉に、私の心臓はドキドキの顔が真っ赤になる。
言った張本人の拡ちゃんは、余裕綽々な顔で今度は意味ありげに笑ってる。
なんか悔しい。
『今夜はホテルに泊まろうか』
その言葉が実現したかどうかはふたりだけの秘密。
少しはイチャイチャしてたでしょうかね?




