恋人繋ぎ 01
待ち合わせ後のお話です。
「ご機嫌だな」
「うん。だって初めて待ち合わせデートができたんだもん」
私は隣にいる拡ちゃんを見上げてニッコリと笑った。
「じゃあ、行くか」
「うん」
待ち合わせの場所に現れた拡ちゃんは、ポムポムと私の頭を撫でると私の手を握って歩き出した。
なんと、お願いもしてないのに指を絡ませる “恋人繋ぎ” でだ。
昔手を繋いだことはあるけれど、恋人繋ぎはしたことはなかった。
初めてそんなふうに手を繋いでくれたときはすごく嬉しくて……でも反面、拡ちゃんは私以外の他の誰かともうすでに“恋人繋ぎ”をしたのかもしれないと思うとちょっと悲しかった。
ハッ! いけない、いけない! そんなこと気にしてたら、せっかくのデートを楽しめない!!
昔がどうであれ、今は拡ちゃんは私と付き合ってるんだから。
私の恋人で、私の……結婚を約束した相手だ。
「颯子?」
「ううん、なんでもないよ。なんか嬉しくて舞い上がっちゃって……へへ♪」
私がちょっと考え込んでたら、拡ちゃんが心配して私の顔を覗きこんできた。
「そうか? 気分が悪くなったりしたらちゃんと言うんだぞ」
「うん、大丈夫」
拡ちゃんはあの日から、私にとっても優しい。
私がなにも考えず、素直に拡ちゃんを慕ってた子供のころのように、拡ちゃんは私のことを気遣ってくれる。
拡ちゃんが私の気持ちを受け止めてくれて、お互いの家族に結婚を前提にした交際宣言をしたあの日から。
「あれ? 椙田店長!?」
待ち合わせをしたショッピングモールに入ってる映画館で映画を見て、食事のために飲食店の入ってる階に移動しようと歩いていたら声を掛けられた。
その声は聞いたこともない声で、聞き覚えのない声だった。
それもそのはずで、その声は拡ちゃんの苗字を呼んだんだから、拡ちゃんの知り合いってことで。
でもちょっと胸の中がモヤッとしたのは、その声が若い女の人の声だったからかもしれない。
「!?」
拡ちゃんが声を掛けてきたほうを振り向く。
一緒に私も振り返ると、そこには男の人がふたりと女の人がひとり立っていた。
そのちょうど真ん中にいた女の人が驚いたような顔をしてたから、きっとその人が拡ちゃんを呼んだ人なんだろう。
また胸の中がモヤッとなった。
だってその人は私よりもちょっと年上っぽくて、とっても可愛い感じの人だったから。
私は初めて見る人だった。
「春吉?」
「あー椙田さんじゃん」
「え? ウソ! あ、本当だ」
あとから驚きの声があがる。
この人達は一体?
「やだぁ~すっごい偶然! ウソみたい~♪」
(たぶん)春吉という女の人が、ニコニコな笑顔で近づいてきた。
「椙田店長、どうしてここに?」
「お前達は?」
「今の店長が結婚することになったんで、そのお祝い買いに来たんです。あ! 私はちゃんと休みですよ。広野君と柿崎君は仕事あけです」
「わかってるよ。サボってるなんて思ってないよ」
「だって椙田店長、厳しかったから」
「春吉、もう店長じゃないだろ? 今は本社で仕事してんだし」
「あ! そっか。つい……」
テヘって感じで、春吉さんがペロッと舌を出して肩をちょっと窄める。
その仕草はワザとらしくなくて、可愛い彼女に似合ってた。
視線は拡ちゃんに向けたまま。
また胸の中がモヤッとなった。
「椙田さん、ゴハン食べました?」
「いや……」
「なら一緒に食べましょうよ? 私達もこれからなんですよ。ね? いいじゃないですか、久しぶりだし聞いてほしい話もたくさんあるんですよ」
言いながら、私と繋いでいないほうの拡ちゃんの腕に手をかける。
「椙田さん本社に異動してから全然相談にのってくれないし、電話も素っ気ないんだもん」
むー! なんか馴れ馴れしいな。
しかも、拡ちゃんに電話って?
「当たり前だろ。オレよりも今の店長に相談することだし、今はオレもお前達の店だけが担当じゃないしな」
「冷た~い!」
なんか……拡ちゃんに好意もってるのバレバレ?
ううん、隠そうとしてない?
「春吉!」
「え?」
傍にいた男の人が私の存在に気づいて、彼女の腕を叩く。
「あ!」
たった今、気づきました! って感じで私を見る春吉さん。
本当に今、気づいたのかな?
なんか疑わしい。
「ごめんなさい、お連れの方がいたんですね。気づかなくて」
「…………」
じぃっと見られつつ『なにこの子? 私の椙田さんとどんな関係なのよ!』っていう雰囲気が伝わってきた。
考えすぎかもしれないけど、多分間違いないと思った。
拡ちゃんと繋いでた手に力が入る。
「ああ! 妹さんですか?」
うっ! 身内に決めつけられた。
まあ半分はそんな感じだけど。
拡ちゃんはなんて紹介するのかな?
こんな妹にしか見えない私を、恋人だなんて紹介してくれるのかな?
仕事でこの人達の上に立つ立場みたいだし。
こんなお子様で可愛くなくて、色気もない私が拡ちゃんの恋人だなんてわかったら拡ちゃんの仕事での立場が悪くならないかな?
こっそりと見上げた拡ちゃんの横顔は、どう思っているのかわからない。
「違う。フィアンセの颯子だ」
「「「え!?」」」
「!!」
みんなが驚いた。
私も驚いてしまった。
「マジっすか?」
「だって高校生?」
男性ふたりが身体を乗り出して聞いてくる。
「今年卒業したから、もう高校生じゃない。今は専門学校に通ってる。学校を卒業して、落ち着いたころに結婚しようと思ってる」
「!!」
私はまたまた驚いた。
は、初耳なんですけど!
「拡ちゃん?」
恐る恐る? 拡ちゃんを見上げると、とっても優しい眼差しで微笑んでる拡ちゃんと目が合った。
拡ちゃん、本気なんだ。
「で、でも椙田さん、そんなこと今まで一言も。付き合ってる人いないって……」
春吉さんが縋るように拡ちゃんに話しかける。
「颯子も学生だったし、色々あったからな。でも、18年も想われて10年待たせたからこれからは颯子のことを大事にしたいと思ってる」
「…………」
春吉さんがショックを受けてるのがわかった。
きっと“いつかは自分が……”って思ってたんだろうな。
でも、私だって10年待った。
ずっと傍にいてくれるって思ってたのに、どんどん私から離れていった拡ちゃんをずっと想い続けて、言葉じゃ言い表せないほどの辛いこともたくさんあった。
でも、やっと私のことを好きだと言ってくれて、ずっと傍にいてくれるって言ってくれた。
だから……
「はじめまして。フィアンセの喜多嶋颯子です」
自分の名前をハッキリと口にして、頭をペコリと下げた。
「え? ああ! はじめまして! えっと俺達以前、椙田さんが店長してたお店で働いてた者で……」
ここで改めて、その人が自分達を紹介してくれた。
「なんだ~~こんな可愛い彼女がいるんなら言ってくれればいいのに。そういう話、まったくしないから謎だったんですよね」
「謎だなんて大袈裟だな」
「だってフリーだってみんな思ってたから、椙田さん狙いのバイトとか結構いたじゃないっすか。あ! いやその……」
広野という人がそこまで話して、ヤバイって顔をした。
「拡ちゃんモテてたんだ」
「誰とも付き合ってなんかない」
「ひゃ~~“拡ちゃん”って呼ばれえるんですね。いいな~~」
「しかも、ずっと恋人繋ぎじゃないっすか♪ ラブラブですね」
「もう遠慮するのはやめたんでな」
「え?」
「は?」
拡ちゃんは繋いでた手をちょっと持ち上げて、フッと微笑みながら私のことを見下ろした。
「オレ達はもう行くから、お前達も仕事頑張れよ。ときどきだけどそっちにも顔出すから」
「はい! お待ちしてます」
「じゃあ気をつけて。ほら、春吉」
ずっと黙ってる春吉さんを広野さんが肘で小突くと、渋々といった感じで春吉さんが頭をちょっとだけ下げた。
あの人達、春吉さんが拡ちゃんのことを好きなの知ってるんだと思った。
でも、相手にされてないのわかってたのかな?
しばらく彼等を肩越しに見てると、拡ちゃんが繋いでた手をクイッと引くから私は前を向いて歩いた。




