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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第5部-冥静戦争開幕、三大組織の滅亡
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潜伏-闇医者の隠れ家

 

 僕はアイリス姉さんにルンさんが来たからといって、怯むわけにはいかない。


「にゃ、にゃあああッ!(ヌーベ、今だ逃げろ! 捕まってお説教が始まったら、今度こそ僕たちは『置物』にされるぞ!)」


 茂みに隠れていた僕――マンチカンのルウは、喉が裂けんばかりの悲鳴を上げた。アイリス姉さんの背後に見える般若のオーラは、もはや物理的な質量を持ってスラムの廃墟を押し潰そうとしている。


「あぁん? 誰だてめぇら! どいつもこいつも俺の邪魔をしやがって……女だろうとまとめて焼き払ってやる!」


 ドラアが逆上し、血走った眼で『火炎重戦斧』を振り上げる。だが、その刹那、ドラアの全身の産毛が逆立った。アイリス姉さんの「赤眼レッド・アイ」と視線がぶつかった瞬間、彼の自慢の炎が、恐怖に震えるようにして立ち消えたのだ。


「……ッ!? なんだ、この女……。熱が、俺の熱が吸い込まれる……!?」


「――『霧散・命懸けの終幕(ラスト・スモーク)』!!」


 その隙を見逃さず、ヌーベは残された全魔力を絞り出し、特大の目くらましを展開した。


 ドラアが飼い主たちを睨みつける。まるで機嫌が悪いとでも言わんばかりの顔だ。


(なんだよこの女。ビルが言っていたのは本当なのかよ......)


「ぐがああああああ!この女ども!後で覚えていやがれぇ!」


 ドラアもまた、本能的な恐怖に突き動かされ膝を奮い立たせた。

 彼はヌーベとは逆方向へ、転がるように全速力で逃走した。444人リストの猛者が、ただの保育士と公務員を前に、捨て台詞すら忘れて敗走したのだ。


 結果、ヌーベとドラアは共倒れに近い重傷。しかし、ヌーベは混乱の最中に、ドラアが取り落とした「全都市放棄計画」の最終確定書を死守していた。


「……はぁ……はぁ……。逃げ、ますよ……ッ!」


 ヌーベは僕と、泡を吹いて気絶した二羽のロップイヤー(フォルト、アスト)を強引に抱え上げ、闇に消えた。背後からは、「逃げても無駄ですよ、マナー違反の皆さん? どこまでも、どこまでも……追いかけて差し上げますわ」という、アイリスの慈愛に満ちた地獄の底からの声が追いかけてきていた。


 慈愛どころかむしろ閻魔大王という例えがここは正しいか。


 ヌーベが逃げる中、彼は街道に放置されていた荷馬車に飛び乗り、狂ったように手綱を引いた。


(くっ、この馬車を盗んででも行くしかない! アイリス様の「教育」に捕まるくらいなら、ベスパの火炎の中に飛び込んだ方がまだマシだ!)


「済まないけど、今は時間がない!今の俺は盗人かもしれんが必ず返す!」


 ヌーベの体はもはや動くのがやっとだ。裂傷に火傷、斧による切り傷の出血量が多い。血反吐が出ようとも生存本能に突き動かされていた。


 -----


 アイリス姉さんとルンの追跡を、文字通り死ぬ物狂いで撒いたヌーベは、血を流しながら夜の森を這っていた。馬車は途中で車輪が折れ、今は僕がヌーベの首元に掴まり、彼が二羽のウサギを背負うという無惨な姿だ。


「……はぁ……はぁ……。冗談じゃない……。俺は、ルウさんがまだ8歳のガキだった頃に出会って、共に旅を始めてから12年……。この30年の人生を、あのお姉さん方の『お説教』で終わらせるわけにはいかないんだ……!」


 ヌーベの意識が混濁し始める。彼の脳裏には、走馬灯のように過去が駆け巡っていた。


(ルウさん。俺とあんたが初めて出会ったのは、あの荒れ果てた北の町だった。……親を失い、それでもギラギラした眼で彷徨っていた8歳のあんたと、変人軍医のボーンさん。あの3人だけで、世界各地のアサシンをなぎ倒す旅に出たんだ……。

 楽しかったな。あの頃は、裏社会の頂点を目指して、武人として死ねるなら本望だと思っていた。ぺルラに俺の同期のライ、俺とルウさんが助けてやったアルム......。12人の仲間が揃い、『白爪ホワイトクロー』が最強の名を欲しいままにした時、俺は最高の人生だと思っていたんだ……。

 ……あの『アイリス』が本性を現して、あんたを「ルウくん」なんて呼んで猫可愛がりし始めるまではな!)


 ヌーベの執念。それは、かつてのリーダーが「可愛いペット」に成り下がっている現状への嘆きと、それ以上に、その平和な日常を壊そうとするベスパへの怒りだった。


 3時間後。ヌーベは街の最下層、汚水と油の匂いが立ち込める路地裏にある、古びた地下診療所の扉を拳で叩いた。


「……開けろ。開けるんだ。俺だ……ヌーベだ……」


 扉が重々しく開き、顔を包帯で幾重にも巻いた怪しげな男が現れた。かつてボーンの助手であり、今は闇社会で「解体」以外の医療を一手に引き受ける闇医者――ギルだ。


「おやおや、ヌーベの旦那じゃないですか。一体どこの軍隊とやり合えば、あんたほどの隠密がそんなボロ雑巾みたいになるんです? 444人リストの名が泣きますよ」


 ギルは皮肉を言いながらも、ヌーベの出血量を見て顔色を変え、彼を診察台へと担ぎ上げた。


「……そんなことはどうでもいい。いいから治療しろ。命を狙われている……最も恐ろしい『飼い主』たちにな……」


「『飼い主』? 旦那、熱でもあるんですか。この大陸で一番恐ろしいのは『冥府の羽音』のベスパか、『静寂の捕食者』のマンティでしょう」


 ギルが麻酔の準備をしながら笑う。だが、ヌーベは震える手で僕の頭を撫で、うわ言のように繰り返した。


「確かにベスパも怖いかもしれん。だけどな......」


 ヌーベが息がしづらい状況の中、吐き出した答えがこれだった。


「……違うんだ、ギル……。ベスパはただの火遊びだ。マンティはただの庭師だ。……あの『聖母』たちは、魂そのものを書き換える……。俺を、これ以上『良い子』にさせないでくれ……」


「にゃあ……(ヌーベ、しっかりしろ。……ギル、こいつを頼む。こいつが死んだら、誰が僕の「脱走」の罪を被ってくれるんだ。それにしてもギル。こんな状況でもよく冷静沈着だな。相当修羅場をくぐってきた猛者を相手にしてきてたんだな)」


 僕は診察台の横で、奪取した「起爆装置の鍵」と「最終確定書」を前足で踏みしめた。


 現在のヌーベの状況は全身に包帯を巻かれている。ギルによると、この怪我は重傷だが1週間ですぐに回復するらしい。


「(だけど、僕たちには時間がない)」


 絶望的な状況だったが、ヌーベの命は繋ぎ止められた。だが、僕たちの「戦い」はまだ終わっていない。ベスパの魔手はすぐそこまで迫り、そして何より、アイリス姉さんの「赤い瞳」が、この闇の奥まで見通しているような気がしてならなかった。


(ボーンさん、聞こえるか? あんたがオムツを替えている間に、僕たちはとんでもない泥沼に足を突っ込んじゃったみたいだ……!)


 僕は暗い天井を見上げ、一筋の冷や汗を流した。


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