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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第5部-冥静戦争開幕、三大組織の滅亡
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激闘-霧の幻術師 vs 煉獄の焼却者


スラムの廃墟は、もはや地獄の底と化していた。ドラアの振るう『火炎重戦斧』が空気を切り裂くたび、爆鳴と共に周囲の酸素が燃え尽きていく。


「ハハハ! どこを狙ってやがる! 鈍いぜ、不可視ィ!」


ドラアの咆哮と共に、真っ赤に熱せられた斧の刃がヌーベの胴体を真っ二つに断ち割った――かに見えた。肉が焼ける嫌な音が響き、ヌーベの体が上下に泣き別れる。だが、切り裂かれた断面から溢れ出したのは血ではなく、実体を持った不気味な「白い霧」だった。


「――残像だ。君が斬ったのは、僕がそこに置いていった『過去』だよ」


本物のヌーベの声が、全方位から重なって響く。彼は霧の中に完全に溶け込み、ドラアの死角――背後、真上、そして足元の影から同時に不可視の霧の刃を放った。


「『霧散・八重の刃』!」


霧の刃はもはやただの液体ではない。氷のように鋭い刃となってドラアの眼を狙う。


「チッ、チョコマカと……! 目障りなんだよ!」


ドラアは自身の体内に蓄積された数千度の熱量を、毛穴という毛穴から一気に噴出させた。凄まじい熱風が同心円状に広がり、迫り来る霧の刃を瞬時に蒸発させていく。熱波によって周囲の瓦礫がドロドロに溶け出し、戦場は呼吸するだけで肺が内側から焼けるような超高温の空間へと変貌した。


茂みでこれを見ていた僕とウサギ2羽は、マンチカンの短い手足で踏ん張りながら、熱風に煽られる毛並みを必死に押さえていた。


「にゃぁあ(……まずいな。ヌーベの幻術は温度変化に弱い。ドラアの熱量があのまま上がり続ければ、霧を展開することすら不可能になるぞ)」


「霧なんてなぁ、全部焼けば消えるんだよ! 理屈じゃねえ、火力が足りねえだけだ! 『煉獄(プロミネンス)咆哮(ハウル)』!」


ドラアが重戦斧を力任せに地面に突き立てた。瞬間、彼を中心として巨大な火柱が柱状に吹き上がり、ヌーベが展開していた「霧の領域」を一気に吹き飛ばした。強制的な晴天。隠れ蓑を失い、姿を露呈したヌーベの胸元へ、ドラアの跳躍と共に超重量の斧が迫る。


ヌーベは回避が間に合わないと判断し、瞬時に手元の霧を極限まで凝縮させ、ダイヤモンド並みの硬度を持つ「霧の盾」を作り出して受け止めた。


――ガギィィィィィン!!


金属音ではない、魔力と熱が衝突する異様な音が響く。ヌーベの細身の体が地面を数メートル削りながら後退し、受け止めた腕の骨がミシリと軋んだ。


「どうした、不可視! 隠れなきゃ何もできねえのか! その澄ました面を、俺の熱でドロドロに溶かしてやるよ!」


「……ふっ、隠れるのは『準備』のためだと言ったはずだぞ。ドラア、君の攻撃は単調だ。火力は凄まじいが、そこに『知性』を感じない」


ヌーベは苦痛に顔を歪めながらも、不敵な笑みを崩さない。彼の瞳の奥では、さらに深く、静かな魔力が練り上げられていた。


「にゃあ(……ヌーベの奴、持久戦に持ち込む気か。ドラアの魔力消費を誘い、一瞬の隙を作るつもりだな。だが、アイツの腕がそれまで持つかどうか……)」


僕は横にいる二羽のウサギに視線を送った。フォルトとアストも、ウサギの姿ながらに戦況を分析し、いつでも地脈を操作して割り込めるよう前足を震わせている。


-----


戦場が灼熱に包まれている頃、そこから遥か遠く離れた南の森。

伝説の『調律師』ピセアは、エプロン姿で鼻歌を歌いながら、夕暮れ時の薬草園で土を丁寧に整えていた。


「あらあら……なんだか遠くの空が、少し熱っぽいかしら。夕焼けにしては赤すぎるわねぇ。お天気が荒れるのかしら」


彼女は、自分の工房から門外不出の「人間に戻る薬」が盗み出されたことも、かつて世界を震撼させた怪人たちがスラムで殺し合いをしていることも、全く気にする様子がない。ただ、ふと足元の空のカゴを見つめ、少しだけ小首を傾げた。


「フォルトちゃん、アストちゃん。どこへ行ったのかしら? お夕飯の時間はもうすぐですよ。……ふふ、悪い子たちね。お夕飯までに帰ってこないと、今日のブラッシングの刑は3時間に増やさないといけないわね」


その穏やかな言葉と共に、ピセアの背後から「ひまわり」のような黄金色の魔力が、優しく、しかし圧倒的な質量を伴って溢れ出した。彼女の周囲にある植物たちが、その魔力に当てられて異常なまでの成長を見せ、周囲の空間そのものが彼女の意志に「調律」されていく。


スラムで火炎を操るドラアも、霧を操るヌーベも、あるいは大陸を焼こうとしているベスパさえも、この世で最も恐ろしいのが「火」ではなく、この穏やかに微笑む女性の「教育」であることには、まだ気づいていない。


-----


僕はスラムの岩陰で、原因不明の戦慄に襲われていた。


「にゃあ(……クソ、今はあの女のことだけは考えたくはないが急ぐぞヌーベ! ドラアを倒すのが先か、ピセア姉さんのブラッシングが始まるのが先か……これは時間との戦いだ!見つかればフォルトとアストもお持ち帰りされる!)」


僕は起爆装置の鍵を口に咥え直し、激闘の渦中へと飛び出す機会を伺った。タイムリミットの中、僕たちは「火炎の怪人」と「聖母の怒り」という、二つの絶望に挟まれていた。


スラムの廃墟は、もはや生物が生存できる環境ではなかった。ドラアの『火炎重戦斧』が振り下ろされるたび、酸素は猛烈な勢いで消費され、周囲は灼熱の真空へと変貌していく。


「逃げ場はねえぞ、ヌーベ! お前の霧も、その肺も、全部俺が焼き尽くしてやる! 炭になる覚悟はできたかぁ!」


ドラアの斧が赤熱を通り越し、白銀に近い輝きを放つ。一振りごとに大気が爆発し、衝撃波が瓦礫を粉砕する。ヌーベは内臓を焼かれたかのように血を吐きながらも、霧の残像を何十、何百と展開し、ドラアの視神経に直接「幻覚の熱」を送り込んでいた。

敵の温度感覚を狂わせ、実際よりも熱く、あるいは冷たく感じさせる精神汚染。ヌーベの戦いは、肉体だけでなく脳そのものを破壊する不可視の侵食だった。


「……焼き尽くせると思うな。霧は……水は、この世のどこにでも存在する。たとえ君が、すべてを乾かし尽くしたとしてもだ!」


ヌーベが限界を超えた魔力を解放した。大気中にわずかに残った水分と、自分自身の血液を媒体にし、霧を「液体」の状態まで超圧縮・凝縮させる。それはドラアの超高熱を奪い、物理的にその動きを封殺する新技――『深淵の窒息(アビス・スロート)』。


ドラアは視界を奪われ、狂った温度感覚に翻弄されながらも、本能だけで斧を振り回す。


(目がやられたか? だが視界を遮ったところで、俺の火力に近づけるわけが……!)


だが、ヌーベの狙いは外側ではなかった。彼は霧状にした自身の魔力を、ドラアが酸素を求めて大きく吸い込んだその「肺」の内部へと直接送り込んだ。内側から凍てつくような冷気を発生させ、ドラアの心臓に直接的な負荷をかける。


「がはっ……! げほっ……! チョロまかい真似を……、内側からだと……!?」


ドラアは激昂し、自身の命を削るかのような全方位爆破を敢行した。二人の魔力が、死力を尽くした臨界点を超えて正面から衝突。周囲の瓦礫が文字通りの粉塵となって舞い上がり、夜空を覆い尽くした。


もうもうと立ち込める土煙が、夜風に流されてゆっくりと晴れていく。

満身創痍のヌーベと、全身から蒸気を上げるドラア。二人が最後の一撃を放とうと、互いの喉元を狙って地を蹴ろうとした、その瞬間だった。


戦場の中心に、場違いなほど穏やかな、そしてこの世の終わりを告げるラッパのような声が響き渡った。


「あらあら、まあ……。こんな夜遅くに、火遊びをしている悪い子はだぁれ?」


その声が耳に届いた瞬間、ドラアの炎が、ヌーベの霧が、恐怖に震えるように霧散した。

だが、二人のアドレナリンはそれでも止まらない。まさに獣の様相そのものだ。

瓦礫の山の頂に、エプロン姿のまま「お散歩用」のランタンを手にしたアイリス姉さんと、六法全書を小脇に抱えた特別執行官のルンさんが、静かに立っていた。


アイリス姉さんの瞳は、すでに鮮血のような赤に変色していた。


――レッド・アイ・ドミナンス


その背後には怒れる般若の形相が、この世ならぬオーラとなって幻視される。一方のルンの眼鏡は月光を反射して冷たく光り、その手には「公務執行妨害」および「都市破壊罪」を告げる真っ赤な赤切符が、処刑宣告書のように握られていた。


444人リストに載る猛者であるはずのドラアとヌーベの二人は、その瞬間に「心臓を直接握り潰された」ような精神的プレッシャーに襲われていた。


アイリス姉さんが来ている。まさか、ピセアが通報を入れたのか?

メイによる裏工作も完ぺきだったはずだ。なぜ来ている?君はここに来てはよくない!


「にゃ、にゃあ……(……し、しまった! 飼い主たちに見つかった……! 終わった、僕の人生(猫生)が終わった!)」


岩陰で鍵を咥えていた僕は、恐怖のあまり毛並みが逆立ち、しっぽがいつもの倍の太さになっていた。横ではフォルトとアストのウサギコンビが、白目を剥いて泡を吹きながら痙攣している。


「あなたたち、街の人たちが眠る時間に、こんなに大きな音を立てて……。お行儀が悪いなんてレベルではありませんわ。……さあ、二人とも。じっくりと、『教育』の時間が必要なようですね?」


アイリス姉さんが微笑む。しかし、その笑顔はマンティすらも敗走させた「死よりも恐ろしい事象」そのものだった。


地獄の激闘は、聖母の「お散歩」という名の絶対王政によって、一瞬にして終結へと向かおうとしていた。

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