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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第5部-冥静戦争開幕、三大組織の滅亡
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潜入-2.炎の中から這い出る悪鬼


「……っ、も、申し訳ありません、ドラア様! すぐに、すぐに最終調整を終わらせます!」


リーダー格の男が、膝を激しく打ち鳴らしながら床に這いつくばる。その指先が、熱でドロドロに溶け始めたコンクリートに触れ、ジュウ、と嫌な音を立てた。だが男は熱さすら忘れたように、狂ったように端末を叩き始める。


ドラアは鼻を鳴らし、巨大な『火炎重戦斧』を肩に担ぎ直した。

火の粉が彼の動くたびに周囲へ飛び散り、まるで彼自身が歩く噴火口であるかのような錯覚を抱かせる。


「ふん。ソルが『邪魔が入ったから先に行け』なんて殊勝なことを言うから、どんな化け物が来るかと思えば……。結局、俺が睨みを利かせてなきゃこれだ。あいつは静かすぎて、ゴミ共が舐めるんだよ。恐怖ってのは、肌を焼く熱さで教えるのが一番効率がいいんだ」


ドラアが吐き出す言葉の一つ一つに、暴力的な熱が宿る。

ケージの中で、マンチカンの姿をした僕は、黄金の瞳を細めてその背中を凝視した。


『(……ヌーベ、聞こえるか。ドラアは今、ソルの言葉を信じて警戒心を高めている。だがその矛先は、外からの侵入者であって、内部の「ネズミ」には向いていない)』


僕は念話で、隣に立つ「ベル」……変装したヌーベに呼びかける。

ヌーベは顔色ひとつ変えず、汗を拭う素振りさえ見せずに、ドラアの前に一歩踏み出した。


「ドラア様。……配置図の最終確認、および爆弾の魔力充填は完了しております。あとは、ベスパ様のご指示を待つのみかと」


ヌーベの声は冷徹で、感情の起伏がない。まさに『冥府の羽音』の末端、感情を捨てた兵士そのものだ。


ドラアが獰猛な笑みを浮かべ、ヌーベを見下ろした。


「ああ? お前、見ねえ面だな。……まあいい。ベスパ様の名前を出したってことは、何か知ってんのか?」


ドラアの放つ熱波が、ヌーベの至近距離を掠める。並の人間なら気絶するほどの威圧感だが、ヌーベは眉ひとつ動かさない。その「静」の反応が、かえってドラアの興味を削いだ。


「ちっ、愛想のねえ野郎だ。おい、そこの不気味な動物共はなんだ? 趣味の悪い剥製か?」


ドラアの視線が、ケージの中の僕たちに向く。

その瞬間、アストとフォルトの殺気が跳ね上がった。


「(……っ、殺してやる。この筋肉ダルマ、俺たちを「剥製」だと……!)」

「(落ち着けアスト! 今動けば、一瞬で消し炭にされるのは俺たちだ……!)」


二匹のウサギが小刻みに震えている。それは恐怖ではなく、極限まで抑え込まれた闘争心だ。


僕は、あえて「欠伸」をしてみせた。

無防備な、取るに足らない愛玩動物のフリ。

ドラアのようなバトルジャンキーにとって、戦う価値のない弱者は景色と同じだ。


「にゃあ~……」


喉を鳴らし、わざとらしく腹を見せて丸くなる。

ドラアの視線から、スッと「殺意」が消えた。


「けっ、シケた置物だ。……いいか、一分だ。一分以内に残りの回路を繋げ。さもなきゃ、この施設ごと、お前らを極上の炭に変えてやる」


ドラアが重戦斧を担ぎ直し、配置図が投影された図面に置かれたテーブルへと座ろうとする。

その背中が開いた。


溶け始めたコンクリートの床にへたり込む中、僕の耳にヌーベの冷静な念話テレパシーが届く。


『ルウさん、あの男、目を反らしました』


その合図と同時に、僕はケージの歪んだ隙間から、音もなく滑り出た。


(……今だ)


僕はケージの隙間から、音もなく滑り出した。

溶け始めたコンクリートの床にへたり込む中、僕の耳にヌーベの冷静な念話テレパシーが届く。


『今です、ルウさん。……ターゲットは、あなたから十メートル先だ』


その合図と同時に、僕はケージの歪んだ隙間から、音もなく滑り出た。マンチカンの小さな体躯は、立ち込める煤煙と陽炎の中に溶け込む。

時速400kmの神速は出せない。だが、この小さな体と、培ってきた暗殺の技術は、今の僕にとって最大の武器だ。


(ドラア、君の言う通りだ。恐怖は熱さで教えるのがいい。……でもね、本当の「終焉」は、いつだって冷たく、無音で訪れるものなんだよ)


僕はドラアの足元、溶岩色に染まった影の中へと、吸い込まれるように消えた。


そして、消えた瞬間。ここからがヌーベの本番だ。


ヌーベが大きく腕を振るった。


「――『最悪の不可視・霧の(ミスト・)迷宮(ラビリンス)』!!」


バッ、とアジト中に立ち込めたのは、視界をゼロにするほど濃密で、かつ魔力を乱反射させる特殊な幻惑の霧だ。


「何だ……!?おいそこの雑用野郎、今、何か通ったか?」


ドラアが獣のような勘で違和感を覚え、重戦斧を構え直した瞬間。僕はその巨大な脚の間を、文字通り「影」となって通り抜けた。ドラアの腰元、無造作に下げられていた、装飾の施された「起爆装置の鍵」――。


僕はそれを鋭い牙で噛み千切り、奪取した。


アジト中はパニックに陥る。ヌーベの幻術はさらに深度を増していた。男たちには「ドラアが自分たちを無差別に焼き殺そうと斧を振り下ろす幻影」が投影され、狂乱した彼らはドラアに向かって発砲し始める。逆にドラアの瞳には、「部下たちが一斉に反旗を翻し、自分を暗殺しようと群がる幻影」が映し出されていた。


「にゃあ(……見事だ、ヌーベ。これこそがかつて戦場を混乱の極みに陥れた、霧の参謀の真骨頂!)」


「この裏切り者共がぁ……ッ! まとめて灰になれ、ゴミクズども!!」


ドラアの咆哮が地下空間を震わせる。逆上した彼は、幻影の部下たちを「掃除」すべく、『火炎重戦斧』を全力で一閃した。放たれた極大の熱波が、周囲の空気を爆発的に膨張させ、アジト内に山積みされていた予備の魔力燃料瓶に引火する。


――ドォォォォォン!!


鼓膜を突き破るような大爆発と共に、巨大な地下貯水施設そのものが、内側から弾けるように崩落を始めた。天井が剥がれ落ち、溶岩のような熱風が地上へと噴き出す直前。ヌーベは、鍵を咥えた僕と、ケージの中で目を回している二羽のロップイヤーを両脇に抱え込んだ。


「失礼、少々揺れますよ!」


ヌーベは爆炎を背に、崩れ落ちる瓦礫の合間を縫って垂直に跳躍した。崩壊する天井のわずかな隙間を目がけ、重力を無視したような超人的な身のこなしで、僕たちを連れて地上へと這い出していく。背後では、地下アジトが完全に生き埋めになる凄まじい轟音が響き渡っていた。


日光が照らす中のスラムの空き地。

相変わらずの日照りだ。

土煙と炎が噴き出し、廃墟となった跡地を見下ろしながら、僕はヌーベの腕の中で荒い息を吐いた。


「にゃあ(……やったか? あの爆発、並の人間なら跡形も残らないはずだ)」


だが、その期待は瞬時に打ち砕かれる。

瓦礫の山が、内側から凄まじい圧力で吹き飛ばされた。炎の中から、蒸気を上げながらゆっくりと這い出てきたのは、全身に火の粉を纏ったドラアだった。


「……ちっ、逃げられたか。ネズミの分際で、小ざかしい真似を」


彼は火炎重戦斧をガリガリと肩に担ぎ直す。驚くべきことに、その肌には火傷一つない。熱をそのまま己の魔力へと変換し、肉体を強化する特異体質を持つ彼にとって、自らが引き起こした爆発など、心地よいそよ風に等しかったのだ。


ドラアは、自分の腰元から「鍵」が消えていることに気づき、その瞳に底冷えするような怒りを宿した。


「面白いじゃねえか、あの雑用野郎。……俺から物を盗んで、この街を生きて出られると思うなよ。じっくり、炭になるまで焼いてやる」


避難させた僕とウサギたちを安全な岩陰に残し、ヌーベは一人、月光に照らされた瓦礫の山の上へ戻っていった。彼は「参謀」としての仕事を完遂し、追撃を断つために、あえてドラアの前に姿を現したのだ。


(ルウさん。今の爆発で、ベスパに加担していた悪党の九割は再起不能です。まともに動けるのは、あの怪物だけだ。起爆装置の鍵は奪いました。これでベスパの『全都市放棄計画』は、物理的に数週間の足止めを喰らうことになります)


ヌーベの念話が、決意と共に響く。


「……ドラア。君の火遊びは、ここで終わりにしてもらおう。これ以上の『放棄計画』の進行は、俺たちのアイリスが愛するこの庭を汚すことになるからね」


ヌーベの言葉に、ドラアは機嫌悪そうに斧の刃を赤く発光させた。


「オイマやソルから噂に聞いていたが、まだこんな骨のあるアサシンが嗅ぎついていたとはな。アジトを破壊させる真似をしたのは気に食わねえが……いいぜ。その澄ましたツラを、真っ赤に溶けた鉄板みたいに焼いて、二度と笑えなくしてやるよ!」


ドラアが地を蹴り、周囲の酸素を燃やし尽くしながら、巨大な熱の塊となって突進する。

対するヌーベは、静かに霧の刃を両手に形成した。彼は今、借り物の幻術の衣を完全に脱ぎ捨て、かつての『白爪(ホワイトクロー)』としての、鋭く冷徹な眼光を露わにする。


「……名前を教えてやろう。俺は『白爪』。かつて『最悪の不可視』と呼ばれた男、ヌーベだ! 今回の依頼者は特定の誰かじゃない。お前の無慈悲な火遊びで怯えている、この街のみんなだ!」


一閃。

赤熱した斧の刃と、白銀の霧の刃が激突し、太陽の照りつける地面を切り裂いた。


「にゃあ(……ヌーベ! 死ぬなよ!)」


僕は岩陰から、その激闘の火花を黄金の瞳に焼き付けた。

最強の盾であるヌーベと、最強の矛であるドラア。

一週間のタイムリミットを抱えた僕たちの戦いは、今、ついに最高潮の激突を迎えていた。


(アイリス姉さん。……ごめん、帰るのが少し遅くなりそうだ。でも、この火は必ず消してみせるから!)


僕は起爆装置の鍵をしっかりと前足で押さえ、闇の中で牙を剥いた。


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