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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第5部-冥静戦争開幕、三大組織の滅亡
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依頼2-2.煉獄のトランプと神速の検死


「ケッ、相変わらず堅苦しいねぇ……。なら、入り口の掃除は俺が引き受けてやるよ! 派手な景気づけだ、チップ代わりに受け取りな!」


エナガが不敵に口角を吊り上げ、指先に挟んだトランプを扇状に広げた。その瞬間、カードの縁から赤黒い魔力の火花がバチバチと爆ぜる。


「どっちに賭ける? ──『即死』か『爆死』か!」


シュッ、と空気を切り裂く音と共に放たれた六枚のカード。廃工場の入り口を固めていたオネブ直属の精鋭兵たちは、迎撃の暇さえ与えられなかった。超高速で飛来したトランプは、防弾仕様の野戦服を紙のように切り裂き、肉体に深く突き刺さる。


「なっ……がはっ!?」

「あ、熱い、身体が──!」


直後、突き刺さったカードが臨界点を超えて炸裂した。

ドォォォォォォン!!

凄まじい轟音と共に、六人の兵士は肉体もろとも背後の分厚い鉄筋コンクリートの壁ごと粉砕された。エナガは立ち上る硝煙を肺いっぱいに吸い込み、陶酔しきった表情で次のデッキをシャッフルする。


「あははは! どっちにせよ、俺の勝率100%というわけだ! 脳みそが痺れるねぇ……この『当たり』を引いた瞬間の感覚はよぉ!」


中毒症状にも似た多幸感に瞳を濁らせ、エナガは狂ったように笑いながら、瓦礫の山を乗り越えて工場内部へと突き進んでいった。


-----


エナガが正面から派手に暴れ、敵の注意を引きつけている隙に、カリスとガーネは工場の側面から侵入。複雑に入り組んだ配管の影を縫い、最深部の「特別解剖室」へと突入した。


通路には、異変を察知して駆けつけたオネブの護衛たちが立ち塞がる。

「侵入者だ! 標本の材料にしてやれ!」


だが、カリスの抜刀術はそれよりも速い。マゼンタ色の閃光が走るたび、護衛たちは声も上げられず喉を断たれ、床に沈んでいく。

「……あなたたちもまた外道。家族を想う少年の涙を知りながら、この凶行に手を貸すとは。香水の匂いを嗅ぐ価値すらありません」


カリスの冷徹な言葉が、死にゆく者たちの耳に最期の弔辞として刻まれる。隣ではガーネが双小太刀『砕火』を振るい、襲いくる敵の武器を硝子を割るような音と共に粉砕していた。


「マンティの下でどんな教育を受けてきたんだ? 命を何だと思っている」

ガーネの問いに答える者はいない。二人は重厚な防音扉を蹴り破り、ついにその「地獄の中心」へと足を踏み入れた。


そこは、無機質な水銀灯の照明の下、不気味なほど整頓された実験室だった。

部屋の中央。返り血一つ浴びず、一点の曇りもない白いコートを纏ったままの男──『庭の解体』オネブが、椅子に深く腰掛け、愛おしそうに銀色のメスを研いでいた。

「ご褒美だ! そこの三人は、予定を変更して特別に『麻酔なし』の肉体強化手術としようじゃないか!」


オネブが突如として、背後に控えていた負傷した手下たちに指を向けた。

「え……? オネブ様、何を──」


手下たちが恐怖に顔を歪める間もなく、オネブの手から放たれた極細のワイヤー状のメスが、彼らの四肢を正確に切り裂き、特殊な強化ボルトを打ち込んでいく。

「うぎゃあぁぁぁぁ!! 腕が、俺の腕があぁ!!」


「ふむ、実験は成功かな? 筋繊維を強制結合し、握力が120%上昇か。実に素晴らしい素材だ。これこそが『管理』された進化ですよ」


阿鼻叫喚の地獄絵図を前に、オネブの表情には微塵の揺らぎもなかった。彼は手元のメスを愛おしそうに見つめ、カリスとガーネに向かって、三日月のような冷徹な微笑を浮かべる。


「……やはり来ましたか。幼子の叫びという『ノイズ』に導かれた義賊の方々。それと、ベスパ様のところの不躾なギャンブラーですね。私の『演奏』を邪魔する不協和音ばかりだ」


オネブは顔を上げることなく、手元の銀刃を凝視している。

ガーネが即座に背後の逃走経路を封じ、正面にはカリスが『狂牙マゼンタ』を構える。マゼンタ色の濃密な殺気が室内の温度を奪い、床には霜が降りるほどの静寂が広がった。


「いい加減に反吐が出る。僕の一番嫌いな人種だ。命を弄ぶのを、さも高尚なことのように語る奴はね」

ガーネが嫌悪感を剥き出しにして小太刀を握りしめる。


「いいでしょう。私の『庭』をこれ以上騒がしくされるのは困ります。……あなた方も、私のコレクションになりたいようですね? ちょうど新鮮な標本サンプルが欲しかったところだ」


オネブがゆっくりと立ち上がる。その指がピアノを弾くように微細に動くと、空中に展開されていた目に見えないほど細く、鋭い超薄刃のメスが、光を反射して不気味に煌めいた。


「随分と悪趣味ね。その汚れた指先ごと、根こそぎ剪定してあげましょう」


カリスの剣気が膨れ上がる。

幼子の家族を奪い、この街に腐臭を撒き散らした「解体魔」との、凄惨極まる執刀が始まろうとしていた。オネブのメスが空を切り、標本室の静寂が、血塗られた悲鳴へと塗り替えられる瞬間はすぐそこに迫っていた。


「……標本あなたがたの鮮度を落とさぬよう、迅速に終わらせましょう。痛みは一瞬、その後の永遠こそが私の提供する『救済』です」


その言葉を合図に、部屋の温度が氷点下まで叩き落とされた。

カリスとガーネ、二人の義賊が左右から同時に地を蹴る。マゼンタ色の閃光と、硝子の反射光。不気味な照明の下で、殺意と調香、そして解体の技術が激突した。


カリスが愛刀『狂牙マゼンタ』を抜き放つ。鞘走る音さえ置き去りにする超神速の抜刀。一瞬で間合いを詰め、オネブの喉元を正確に、かつ冷酷に狙う一閃。


だが、オネブの動きは「戦士」のそれではない。それは死体と対峙し続けた「検死官」としての、異常なまでに精密で無駄のない回避行動だった。


キィィィィィィィン!


金属音が響く。カリスの刃が、オネブの喉元数ミリの場所で空を切った。オネブは柳のように身体を撓らせ、カリスの剣風を物理的にメスで「切り分け」ながら、すれ違いざまに彼女の頬を薄く掠め取った。


「無駄ですよ、カリス。あなたの筋肉の動き、血流の音、横隔膜の上下……すべて私には、皮膚の下の『解剖図』のように丸見えだ。どこに力が溜まり、どこから刃が放たれるか、術野を覗く私を欺くことはできません」


カリスの頬から、一筋の鮮血が伝う。

彼女の超感覚(ジャッカル・センス)が、オネブの全身から漂う「感情の欠落した死の匂い」に、これまでにない警告を発していた。この男にとって、自分は「倒すべき敵」ではなく、ただ「解体すべき肉の塊」としてしか認識されていない。その徹底的な非人道性が、カリスの闘志を静かに、しかし激しく燃え上がらせた。


「姉さんに……姉さんに触らせない……ッ!!」


カリスが受けたかすり傷を視認した瞬間、ガーネの瞳に怒りの火が灯った。彼は双小太刀『砕火』を逆手に構え、弾丸のような速度でオネブの懐へと突っ込む。


「虚実の剣──『硝子鏡面』!!」


ガーネが叫ぶ。

「部屋の明かりがついていることが、お前の敗因だ!」


室内を照らす手術灯の光を、小太刀の刀身が複雑に屈折させる。次の瞬間、オネブを取り囲むように、空間に24体ものガーネの残像が出現した。硝子職人としての知識を極限まで戦闘に転用した、視覚情報の飽和攻撃。本物がどこにいるのか、常人の目では判別不可能。死角から24の急所を同時に貫くべく、残像たちが一斉に突きを放つ。


しかし、オネブは薄く笑みを浮かべたまま、静かに目を閉じた。


「……眼球というレンズは、時に真実を歪める。だが、心臓の鼓動ビートが聞こえるのが、本物だ」


オネブは一歩も引かず、むしろガーネの突撃を迎え入れるように前へ出た。

23体の残像を、紙一重の動作ですり抜ける。それはまるで、複雑に絡み合った神経束から、一本の不要な糸を抜き出すかのような神業。そして、本物のガーネが突き出した右腕の「正中神経」の走行を、暗闇の中でなぞるようにメスを走らせた。


「しまっ……!?」


ガーネの右腕が、衝撃を受けたわけでもないのに、ふわりと力を失った。

斬られた感触さえない。出血も微量。だが、脳からの命令が右手に一切届かない。オネブ特有の暗殺術、『神経剪定しんけいせんてい』。肉を斬るのではなく、情報の通り道を物理的に遮断する絶技だ。


「まずは右腕から『放棄』しましょうか。次は……膝の関節を標本にします。可動域を奪えば、より観察しやすくなりますから」


オネブの指先が、流れるような動作でガーネの膝の皿へと滑り込む。

「僕には……まだ左腕がある……ッ!!」


ガーネは左の小太刀を振り下ろそうとするが、膝の裏に冷たい感触が走った瞬間、全身の支えを失った。痛みを感じる暇さえ与えない「解体」の技術。ガーネの視界が恐怖と困惑で白く染まり、その場に力なく崩れかける。


「ああ、素晴らしい。骨格の歪み、恐怖による筋肉の収縮……これこそが生命の美しさだ」


オネブのメスが、ガーネの首筋に狙いを定めた。標本を「完成」させるためのトドメの執刀。


「ガーネ、下がりなさい!!」


その瞬間、室内の空気が一変した。

カリスの纏う魔力が、怒りと悲しみを糧にして、マゼンタ色の巨大な蓮の花のように膨れ上がる。彼女が放つ濃密な「香気アロマ」が、工場の酸素を支配し、オネブの「死の領域」を強引に上書きし始めた。


「これ以上、あなたに指一本動かすことは許しません。……その不潔なメス、私の香りで『消臭』して差し上げましょう」


カリスの瞳が、これまでにない深い紅に染まっていた。標本室を包む静寂が、今、マゼンタの嵐によって引き裂かれようとしている。


カリスの放った香気は、ただの匂いではない。それは吸い込んだ者の自律神経を強制的に鎮静、あるいは麻痺させる「不可視の刃」だ。


オネブの精密な動作に、わずかな遅延が生じる。コンマ数秒の狂い。

「……ほう、嗅覚を介した神経汚染ですか。面白い、実に興味深い症例だ」


オネブは自身の鼻腔をメスで浅く切り、痛みによって強制的に覚醒を促すという狂気的な手段で、カリスの香気を振り払おうとする。だが、その隙にカリスは崩れ落ちるガーネを救い出し、一気に後方へと下げさせた。


「ガーネ、左手で止血を。……ここからは、私の仕事です」


カリスの剣が、マゼンタの炎を帯びて鳴動する。

オネブは返り血のついたメスを舌で舐め、不気味に目を細めた。

「さあ、検死を続けましょうか。あなたのその美しい『香りの出処』、解剖して確かめて差し上げますよ」


廃工場に、二つの相容れない「正義」と「狂気」が、再び音を立てて衝突した。

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