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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第5部-冥静戦争開幕、三大組織の滅亡
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依頼2-1.血塗られた幼子の懇願


拠点の入り口に、一人の少年が崩れ落ちていた。

全身にどす黒い返り血を浴び、纏ったボロ布からは腐敗と鉄錆の混じった、鼻を突く「死の臭い」が漂っている。

特筆すべきは、その小さな背中だ。鋭利なメスで刻まれた無数の『記号』――それは個体識別番号か、あるいは解体の手順を示すマーキングか。生々しい肉芽にくげとなった傷跡が、呪いのように少年の肌を覆っていた。


カリスは、静かに少年の瞳を覗き込む。

光の消え失せたその瞳の奥には、底なしの憎悪と、震えるような恐怖だけがよどんでいる。

それは、自らの命をまきにしてでも復讐を遂げようとする、絶望的な覚悟の色だ。カリスはその「香りの変化」を即座に読み取った。


「……その趣味の悪い傷、説明してくれるかしら」


カリスの問いに、少年は小刻みに歯を鳴らしながら答えた。

『静寂の捕食者』オネブの研究所を脱走する際、追っ手の護衛たちに切り刻まれ、弄ばれながらも、執念だけでこの場所に辿り着いたのだと。


依頼者の口から出た名前はマンティの幹部、『庭の解体』オネブ。彼は戦争の混乱に乗じ、スラムや村から人々を攫っては、「戦争に必要な人体標本」を作るという悍ましい実験を繰り返していた。

少年の震える告白によれば、彼の両親は『静寂の捕食者』と呼ばれる解体魔、オネブの毒牙にかかったという。兵力増強という大義名分の下、麻酔すら介さぬ非人道的な改造実験の末に命を落としたのだ。さらに、実験に耐えられず「失敗作」と見なされた者たちは、その尊厳を剥ぎ取られ、臓器の一つひとつまでが闇市場へ売り払われたという。

彼の実験による犠牲者は既に200人を超え、その中には少年の家族も含まれていた。オネブにとって、人間は尊厳ある生命ではなく、単なる「解体し、保存すべき素材」に過ぎなかった。


そのとき、南の大陸の夜を切り裂くような、喉を潰さんばかりの絶叫が『月下狂牙』のアジトに響き渡った。


「お願いだぁぁ!! あいつを……あの白い悪魔を、殺してくれ!! パパも、ママも……みんな、生きたままバラバラにされて、変な瓶に入れられたんだ!!」


カリスは静かに少年の前に膝をつくと、震える小さな手をその細い指先で包み込んだ。


「……安心しなさい。その叫び、私が最高の『鎮魂香レクイエム』に変えてみせましょう。あなたの家族を冒涜したその刃、二度と振るえぬよう、マゼンタの闇へ沈めて差し上げます」


カリスの瞳が、凍てつくようなマゼンタの光を放つ。444人リストの中でも、最も生理的な嫌悪を催させる変態的な暗殺者、オネブ。彼を巡る「粛清」の歯車が、静かに、しかし確実に回り始めた。


-----


数日後。南の大陸でも有数の劣悪な環境を持つスラム街に、夕暮れの赤い陽光が差し込んでいた。立ち並ぶ廃屋、垂れ流される汚水、そして澱んだ空気。


その路地裏に、ボロを纏って気配を消した二つの影があった。

リーダーのカリスと、彼女を「姉さん」と慕う双小太刀の使い手、ガーネである。


「……ここが、あの標本魔の潜伏地帯か。鼻が曲がりそうな嫌な匂いだね、姉さん」


ガーネが中性的な顔を歪め、背中の双小太刀『砕火』の柄にそっと手をかける。硝子職人としての顔を持つ彼は、光の反射に敏感だ。この街に漂う、死体から発せられる独特の脂ぎった光沢を本能的に嫌悪していた。


カリスの超感覚ジャッカル・センスは、五感を研ぎ澄まし、周囲の情報を「香り」として視覚化する。

「ええ……。消毒液の鼻を突く匂いと、腐敗しきった死の静寂が混じっている。……あの廃工場の中に、獲物は潜んでいます。ですが今はお静かに」


二人が一歩踏み出そうとした、その時だった。


「おっと。せっかくの『当たり』を引いたと思ったが、相客がいるとはね。ツキが変わっちまうかな?」


頭上から降ってきた軽薄な声。

二人が見上げると、廃工場の屋根の縁に、一人の男が腰掛けていた。

派手な色のジャケットを羽織り、指先で器用にトランプの束をシャッフルしている男――ベスパの組織『冥府の羽音』の幹部、エナガである。


「……マゼンタの剣に、硝子のガキか。アソラの件はあんただったか? あの無骨な鞭男をバラバラにした香水の香りが、ここまで漂ってるぜ。お近づきの印に、一枚引いてみるかい?」


エナガの瞳は享楽的に笑っているが、彼が弄ぶトランプの端からは、触れただけで一区画を消し飛ばしかねないほど濃密な「爆破の魔力」が立ち上っていた。


「エナガ……。ベスパの飼い犬が、何の用ですか」

ガーネが鋭い視線を向け、抜刀の構えをとる。


「おいおい、そんなに殺気立つなよ。俺はただのギャンブラーだ。……まぁ、今日はちょっとばかり『デカい勝負』をボスから任されててね」


「『デカい勝負』だと?お前、月下狂牙への宣戦布告か?」

ガーネが双小太刀を抜き放とうとした瞬間、カリスがその肩を静かに制した。


「待ちなさい、ガーネ」


カリスの一言で、ガーネの殺気がピタリと収まる。彼女は屋根上のエナガを見据えたまま、凛とした声で告げた。


「今はあなたと争うつもりはありません、エナガ。……私たちがここに来たのは、ある幼子の涙を止めるため。庭の解体屋、オネブを粛清しに来ただけです。もし邪魔をするというなら……あなたのカードが爆ぜる前に、その首を落としますが?」


カリスの言葉には、脅しではない絶対的な「事実」としての重みがあった。復讐を誓った少年の絶叫が、今の彼女の剣を支える唯一の動機。組織間の抗争など、この目的の前では枝葉に過ぎない。


エナガは一瞬、虚を突かれたように目を丸くしたが、やがてククク……と肩を揺らして笑い始めた。その笑いは次第に大きくなり、不気味な享楽を帯びていく。


「ハハッ! 傑作だ! 正義の味方の『月下狂牙』様と目的が重なるとは、今日の運勢は最高にイカれてやがる。……実は俺も、ボスのベスパから特命を受けててね」


エナガはトランプを扇状に広げ、オネブが潜む廃工場を指し示した。


「冥静戦争の発端を作ったあの狂った庭師――オネブを、最高に派手な花火にして殺せって言われてるんだよ。あいつの解体癖は、ウチのボスにとっても『管理不能なゴミ』なんだとさ」


エナガは屋根から軽やかに飛び降り、二人の数メートル手前に着地した。その足取りはダンスを踊るかのようで、全く隙がない。


「どうだ、マゼンタ? どっちが先にあの『標本野郎』の首を獲るか、賭けてみないか? 勝った方には……そうだな、この街の支配権でも、俺の命でも、好きなもんを賭けてやるぜ」


ベスパの幹部と、月下狂牙のリーダー。本来ならば大陸の覇権を争い、血を流し合うはずの両者が、一人の「解体魔」という共通の敵を前にして、一時的な共闘――あるいは残酷なまでの競り合いという奇妙な緊張状態に突入した。


「悪いが、僕たちはお前のふざけた賭けに乗るつもりはない」

ガーネが小太刀を構え直し、冷たく言い放つ。

「僕たちはあの解体魔を、生かしておけないからここに来ただけだ。お前の遊びに付き合うという目的はないよ」


「つれないねぇ。だが、獲物を横取りされるのが嫌なら、急いだほうがいいぜ?」


エナガがニヤリと笑い、トランプの一枚を廃工場の扉へと弾いた。

小さな爆発音が響き、巨大な鉄扉が歪んで開く。そこから溢れ出したのは、耐え難いほどの腐臭と、冷え切った狂気の気配だった。


カリスはマゼンタの剣を引き抜き、その闇を見据える。

「……行きましょう。断罪の時間です」


三つの凶星が、オネブという地獄の底へと、同時に足を踏み入れた。

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