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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第5部-冥静戦争開幕、三大組織の滅亡
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激突-1.剛腕 vs 警笛

 

 南の大陸を真っ二つに割る未曾有の動乱『冥静戦争』。その火蓋は、一人の検死官のメスによって切られた。

静寂の(サイレント・)捕食者(プレデター)』のオネブが、ベスパと通じていた汚職政治家を暗殺したその瞬間から、均衡は崩れ、殺意が世界を覆った。


 会議を終えたオーガは、薄暗い通信室の隅で冷徹な声を漏らしていた。

 相手は、この戦争の引き金を引き、今は地下の解剖室で死体と戯れている男、オネブである。


「オネブ、貴殿の部下を借りたい。あの野犬――『煉獄の剛腕』ビルを仕留めるには、貴殿の歪んだ知識と、その成果物が必要だ」


 通信の向こう側で、カチカチとメスを弄ぶ不快な音が響く。オネブの声は、死者の喉を借りたかのように低く、湿っていた。


「ほう、いきなりあの怪物を狙うのですか。理由をお伺いしてもよろしいかな?」


「ビルは『冥府の羽音』の闇金担当で、組織の資金源を担っていると聞く。武闘派でありながら金も動かすビルを排除することは、ベスパの組織の「財布」と「右腕」を同時に叩く。私にとっては極めて効率的な制裁そのものだ。あのベスパを止めるにはまずはその枝葉となるビルから剪定する」


 これが彼の最善策だと判断した理由だ。


「よろしいでしょう。ちょうど『材料』には困っていませんから。つい先ほども、部下たち20人に麻酔なしの強化改造を施し終えたところです。期待していいですよ、オーガ。私の技術は、彼らの痛覚を戦闘快楽へと変換することに成功した」


 オーガの唇が、侮蔑を孕んで僅かに吊り上がる。

「まさに猫の手も借りたいならぬ、『狂人の手』も借りたい、だな。制裁の準備を整えよう」


 -----


 数日後。

 街の郊外、巨大な円筒形の貯水施設が立ち並ぶエリアは、死の静寂に支配されていた。

 かつては人々の生活を支えていた水瓶は、今や逃げ惑う人々の悲鳴と、破壊の予感に震えている。住民にとって、これが戦争という名の厄災だ。平穏を奪い、家を砕き、未来を焼く。

 その静寂を、地面を割るような重い足音が踏みにじった。


「……スカした庭師の犬が、俺の前に立ち塞がるか」


 現れたのは、岩塊のごとき肉体を持つ巨漢。ベスパの右腕としてその覇道を支える男、ビルである。


「マンティの野郎は、こんな笛吹きのガキを寄越すほど余裕がねぇのかよ」


 ビルの右腕に装着された重圧手甲が、魔力の高まりと共に赤黒く熱を帯びる。周囲の大気が陽炎のように揺らぎ、彼の放つ殺気が物理的な重圧となって空間を押し潰した。


 対峙するオーガは、風にそよぐ柳のようにしなやかな立ち姿で、静かにビルを見据えた。その瞳には、恐怖も、高ぶりもない。あるのは、侵入者を排除せんとする冷徹な義務感だけだ。

「野犬の遠吠えは聞き飽きました。……身の程をわきまえなさい。ここは我が主、マンティ様の庭。そして私は、不法侵入者を排除する警笛アラームです」


 オーガが指を鳴らす。

 それを合図に、物陰から20人の異形が飛び出した。

 オネブの手によって痛覚を奪われ、筋繊維を鋼の如く改造された兵士たちだ。彼らは唸り声を上げ、死を恐れぬ特攻をビルに仕掛けた。


「ハッ! 汚ねぇ細工を……まとめて砕け散れッ!」


「調律だと? 抜かしてろッ!」


 ビルが地面を蹴った。

 その100キロの巨体からは想像もつかない瞬速。爆発的な推進力によって、彼は一瞬で距離を詰めた。赤黒い魔力が手甲に収束し、握り込まれた拳が空間そのものを歪ませる。


「煉獄奥義・空間爆砕!」


 ドォォォォォォン!!


 衝撃波が四散し、空気が一瞬で断熱圧縮され、高熱の突風が吹き荒れる。直撃を免れたはずの改造兵士たちが、木の葉のように吹き飛ばされ、コンクリートの壁に叩きつけられて肉塊へと変わる。


 改造兵士は声を上げる間もなく、痛みも感じることすらなく何が起きたかわからぬまま、呆気なく目を閉じてしまう。


 ビルの背後にあった巨大な貯水タンクは、見えない巨人の手で握りつぶされたかのように飴細工のごとく捻じ曲がり、内部の数千トンの水が爆発と共に噴出した。


 だが、オーガの姿はそこにはなかった。


 彼はまるで闘牛士が赤い布をひらりと翻すように、ビルの突進が引き起こすわずかな風圧を逆に利用し、流れるような動作で回避していたのだ。


「……遅いですね。その筋肉、ただの重荷になっていませんか?」


 オーガは懐から銀色の「高周波の笛」を取り出し、唇に寄せた。


「その傲慢な肉体ごと、不協和音の中に沈みなさい」


 オーガが笛を短く吹き鳴らす。


 キィィィィィィィン――。


 それは人間の耳には聞こえない、だが「魂」を直接削り取るような極細の超高周波だった。指向性を持った音波は、不可視の「刃」と化し、ビルの剛健な肉体を容赦なく襲う。


「ぐっ……!? ど、どこからだ……!」


 ビルの頑丈な皮膚に、何の前触れもなく無数の切り傷が刻まれていく。鉄よりも硬いはずの筋肉が、目に見えない「音の剃刀」によって薄皮を剥ぐように削り取られていく。

 オーガの攻撃はそれだけでは終わらない。音波はビルの内耳、三半規管を直接揺さぶり、脳幹を狂わせた。


「う、あ……ぐあぁっ!」


 世界が回転する。上下左右の概念が消失し、ビルは地面が傾いているような錯覚に陥った。一歩踏み出そうとすれば足がもつれ、自慢の剛腕は空を切り、空しく空気を爆ぜさせる。


「無駄ですよ。あなたの筋肉がどれほど硬かろうと、細胞そのものが奏でる共鳴まで防ぐことはできません。……私の庭で、あなたはただの壊れた楽器だ。不協和音を撒き散らす不燃ゴミは、解体されるのが筋でしょう?」


 オーガは優雅に微笑み、再び笛を構える。その仕草は、狂暴な獣をいたぶる調教師のようでもあった。


 しかし。


 ビルは、両耳からどろりとした鮮血を流しながらも、その場に踏みとどまった。


 三半規管は破壊され、視界は二重三重にブレている。だが、その瞳には敗北の兆しなど微塵もなかった。逆に、脳が沸騰するような狂気的な笑みがその口元を裂く。


「……ハッ、ハハハ! おもしれぇ。脳みそが腐るような音を出しやがって。だがなぁ、庭師の犬……」


 ビルが低く身を構える。彼の体温が急上昇し、周囲の地面が彼の放つ熱量でガラス状に溶け始めた。


「俺の拳は、音が届くよりも速く、お前のその『理屈』ごと叩き潰すためにあるんだよ!」


 ビルは自らの鼓膜を、自身の魔力で内側から爆破した。

 音による平衡感覚の混乱を、物理的に遮断するという暴挙。


「抜かせ。ここからが俺の戦場だ。……三半規管がイカれたなら、野生の勘で殴り殺すまでだ!」


「……どこまでも強情な。では、その神経、一本残らず焼き切って差し上げましょう」


 オーガの冷徹な追撃が始まる。

 不可視の音波による裁断と、空間を砕く熱核の剛拳。

 南の大陸の運命を左右する二人の巨頭による激突は、もはやどちらかが肉片に変わるまで止まらない、極限の死闘へと突入した。


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