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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第5部-冥静戦争開幕、三大組織の滅亡
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依頼-死の香りを纏う剣聖

 

『月下狂牙』の地下拠点。普段は洗練されたアロマの香りに満ちているこの場所に、今は重く冷たい「絶望」が立ち込めていた。


 潜入のスペシャリストであるロッサ。彼女は『棘茨姫の剣』と巷で言われている。紅色の髪をなびかせたロッサに抱きかかえられて連れてきた少女。彼女は口にせずとも、一目見ただけで絶望を語っている。少女の服は引き裂かれ、泥と乾いた血に汚れ、その瞳はあまりの恐怖に感情を失い、ガラス細工のように空虚なのがその証拠である。


「カリスちゃん、この子を見てあげて。……道端で震えていたのを見つけたの」


 ロッサの報告に、カリスは調香の作業を止め、驚愕の表情を浮かべた。少女の小さな手は、何かに取り憑かれたように、泥に汚れた一枚の家族写真を握りしめている。


「……お願い、します。パパも、ママも、お兄ちゃんも……あの、赤い目をした人たちに……」


 少女は絞り出すような声で、あの日起きた惨劇を語り始めた。


「私たちの村は、ただの平和な農村でした。でも、ある日突然、炎を纏った男たちが現れたんです。彼らは村の入り口に大きな旗を立てて……『この場所は管理不能なゴミとして放棄された』って笑いながら。

中心にいたのは、真っ赤な目をした、綺麗な鞭を持った男の人でした。彼はパパとお兄ちゃんを捕まえて、こう言ったんです。『この村の人間は、異端者を拷問するための実験台としての価値がある。お前たちの悲鳴の音色は、どれほど美しいか聞かせてくれ』って……。パパは私を床下に隠して、逃げろって叫んで……。床の隙間から見えたんです。パパの体が、薔薇の棘みたいな傷跡だらけになっていくのが。あんなに優しいパパが、獣みたいな声で鳴いて、それでも死なせてすらもらえなくて……。お兄ちゃんも、ママも……」


 少女は、震える手でポシェットから数枚の銅貨を取り出し、テーブルに置いた。それが、彼女が必死に持ち出した全財産だった。


「これで、あの人たちを……殺してください。お願い……お願い……」


 少女はそのまま、糸が切れた人形のように泣き崩れた。かなり短い告白。しかし、そこには一国を滅ぼすほどの呪いと悲しみが凝縮されていた。


 カリスは静かに少女の前に跪くと、震える小さな頭を優しく撫でた。そして、テーブルの銅貨には手を触れず、代わりに少女の頬を伝う冷たい涙を、繊細な指先でそっと拭った。


「その涙、高くつきますよ。お嬢さん」


 カリスの声は、どこまでも澄み渡り、同時に絶対的な死を予感させる冷たさを孕んでいた。


「あなたが流した一滴につき、彼らの命を一つ、マゼンタの闇へ沈めて差し上げましょう。この銅貨は……あなたの新しい生活のために持っていなさい。これは代金ではなく、私の『誇り』をかけた仕事ですから」


 カリスは立ち上がり、背後に置かれた名刀『狂牙マゼンタ』を手に取った。

「ロッサ。この子をアイリス姉さんのところへ連れて行って。あそこのハーブティーなら、この子の凍りついた心も少しは溶けるはずよ」


「……わかったわ。カリスちゃん、相手は狂っているわよ。気をつけて」


「狂気なら、私の剣の方が一枚上手であることを教えてあげるわ」


 カリスはマゼンタ色のマントを翻し、単身で拠点を後にした。


 -----


 ターゲットは、ベスパの組織『冥府の羽音』第2支部。そこは、略奪した物資の集積所であると同時に、拷問官アソラが管轄する、生きた人間を「標本」にするための地獄の実験場だった。


 月光が照らす廃倉庫。そこには、約40名の『冥府の羽音』の構成員たちが、武器の手入れをしながら次の「仕事」への期待に胸を躍らせていた。


「おい、みんな、支度をしろ! ボスから伝達が入ったぞ。マンティの野郎どもと本格的にやり合う前に、景気付けの『掃除』だ!」


 手下Aが、血の跡がこびりついた斧を研ぎながら叫ぶ。


「武器の手入れはできているな? アソラ様の鞭にかかった連中の悲鳴は、何度聞いても飽きねえからな。次はどこの村だ?」


 手下Bが、歪な笑みを浮かべて仲間に問いかける。


「通達では、最初は東の街に行けと言われている。あそこにはまだ『未開発』の獲物が大勢いるからな」


 手下Cが地図を広げた瞬間、手下Dがその頭を小突いた。


「馬鹿野郎! 声がでかいぞ! 国家の騎士団に嗅ぎつけられたら面倒だ。ここはあくまで秘密の拠点なんだぞ」


「けっ、騎士団がなんだ。アソラ様がいれば、あんな連中、薔薇の飾り物にされるだけだ……」


 その時だった。

 倉庫の頑丈な鉄扉が、まるで紙細工のように音もなく垂直に「切断」され、外へと倒れ込んだ。


 砂塵の中から現れたのは、夜の闇に溶け込むマゼンタ色のドレスを纏った一人の女性。

 彼女が歩む一歩ごとに、空気中に高密度の「殺意」が散布され、手下たちの呼吸が物理的に詰まっていく。


「……何者だ!?」


 カリスは愛剣の柄に手をかけ、氷のような瞳で群がる手下たちを見下ろした。


「香りを嗅ぎに来ました。……汚物と、腐った血の匂いが、この場所をあまりにも汚しているもので」


 カリスの周囲で、マゼンタ色の魔力が蓮の花弁のように舞い散る。それは、これから始まる凄惨な「剪定」の合図だった。


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