決裂-氷と炎の対話
ベスパの拠点、その最深部。周囲の空気は、主の怒りに呼応して陽炎のごとく揺らめき、石造りの床は熱せられた鉄のように赤みを帯びている。ベスパは、中央に据えられた巨大な通信石へ、剥き出しの魔力を流し込んだ。
魔力が流し込まれた石は青い光を帯びる。石の光が激しく明滅し、ノイズの後に冷徹な、あまりにも無機質な声が響き渡った。
「はい、どなたで? 私の静寂を乱すほどの緊急事態でしょうか」
「マンティ、白々しい真似を……。あの事件を一体どう思っている」
紳士のような声を装ったマンティ。マンティの声を聞いたベスパは、地鳴りのように重く響くような声で話し始める。
「俺の契約相手、バルガスを勝手に『処分』した落とし前、まずは話ぐらいは聞いてやろう。貴様の組織の連中が、俺の庭で随分と趣味の悪い工作をしたようじゃないか」
通信の向こう側、マンティはどこまでも静かだった。氷の刃が空間を滑るような、一切の感情を排した声が返ってくる。
「ベスパ、勘違いしないでいただきたい。あれは元々、我々の管理下にある『庭の備品』だ。庭師が、枯れかけた枝や害虫を処分するのは当然の義務。他人が口を出すことではない」
「備品だと? 横槍を入れる筋合いはないはずだ。バルガスは俺と手を組み、この大陸の『放棄』されたゴミを清掃するための重要な鍵だった。貴様に勝手に剪定される覚えはない……!」
ベスパが拳を握りしめると、周囲の壁にめきめきと亀裂が走る。
しかし、マンティは慇懃無礼な態度を崩さない。
「我々にとっては、あなたのその粗雑なやり方こそが不愉快なのですよ。我が領土において、二重契約という『略奪』に手を染めたあの男は、もはや管理するに値しない汚物だった。ベスパ、あなたは『炎』を操るが、管理という概念を理解していない。火を放つだけの野良犬に、私の庭を語らせるつもりはありません」
「……野良犬だと?」
ベスパの瞳に、黄金の煉獄が宿る。
ベスパの周囲の壁が、怒りの熱量に耐えきれず真っ赤に溶け始め、溶岩となって床を這い出した。拠点の気温はもはや生物が生存できる限界を超えている。
「ふざけるな。あいつは俺と協力し、この大陸の『放棄』を進めるための重要な駒だった。俺の断りもなく勝手に剪定するなど……かつての暗黙の了解(約束)と違うではないか!」
かつて、この二大巨悪の間には「互いの獲物には干渉しない」という冷徹な秩序が存在していた。だが、マンティは「管理」という独善的な理屈を掲げ、ベスパの意志という名の境界線を土足で踏みにじったのだ。
「約束? あなたの言うそれは、ただの『放任』でしょう」
マンティの声が、一際冷たく研ぎ澄まされる。
「私の庭に火を放とうとする害虫を、これ以上見過ごすわけにはいかない。無秩序な破壊は庭の景観を著しく損なう。……ベスパ、これ以上の越境、および不法投棄(死体の放置)は、即刻『排除』の対象になりますよ」
「……いいだろう。その気取った庭ごと、煉獄の底へ沈めてやる。俺が直々に『管理』しに行ってやるよ、マンティ! 灰すら残さぬ灼熱が、貴様の言う『静寂』だと思い知らせてやる!」
「おや、剪定バサミの届く範囲に、自ら首を差し出してくれるとは。手間が省けますね」
パキィィィィィィン!!
通信石がベスパの放つ高熱と、向こう側のマンティが放った冷徹な魔力の衝突に耐えきれず、粉々に砕け散った。会話は絶望的に断絶した。
ベスパはゆっくりと振り返り、整列していた精鋭たち――300人の破壊者たちを見据えた。
彼の背後には、もはや怒りの炎ではなく、冷酷な決意としての黒い煙が立ち昇っている。
「全員、よく聞け」
ベスパの声が、拠点全体に響き渡る。
「マンティとの対話は終わった。あいつらには言葉など不要だ。自分たちが世界の剪定主だと自惚れているあの気取り屋どもに、真の『放棄』を教えてやる。マンティの組織『静寂の捕食者』は、本日をもって俺たちの排除対象とする!」
部下たちが一斉に武器を掲げ、地を揺らすような咆哮を上げた。
「狙うはマンティの首ただ一つ。あいつを灰に変え、あの潔癖な『庭』を地獄の炎で塗り潰せ! 我が計画の再始動は、あいつの処刑の後に始まる! 征くぞ、煉獄の行軍だ!!」
「「「おおおおお!!!」」」
もはや、南の大陸を二分する300人対300人の、血で血を洗う総力戦を止める術はなかった。
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一方、その頃。
マンティの拠点でも、白衣を纏ったオネブが静かにメスを構え、300人の「管理者」たちが音もなく闇に溶け込んでいた。
「ベスパの炎……。庭を焼く不純物は、一滴の魔力まで吸い尽くして肥料にしてしまいましょう」
二つの巨悪による衝突は、スラムを焼き尽くし、やがて大陸の運命さえも飲み込もうとしていた。
だが、彼らはまだ知らない。
激闘の爆心地に建つ孤児院で、短足のマンチカン・ルウが「やれやれ、これじゃあお昼寝もできないな」と身支度を始めたことを。
そして、傍らのアイリスが「少し、空気が熱すぎると思いませんか?」と、かつてないほど苛烈な「般若」の圧を放ち始めていることを。しかし、これはかなり先の話になる。




