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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第5部-冥静戦争開幕、三大組織の滅亡
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断罪-不法投棄への宣告は、煉獄の呼び声に

いよいよ三つ巴の大戦争が本格的に...。

 

 その夜、街の喧騒を遠くに臨む執務室は、不気味なほどの静寂に包まれていた。

 窓の外には、先日ベスパと密談を交わしたばかりの悪徳政治家バルガスの姿がある。彼は手元のワイングラスを揺らし、自らの野望が成就する瞬間に酔いしれていた。ベスパの圧倒的な破壊力があれば、スラム街も、自分に楯突く反対勢力も、すべては塵となって消えるはずだった。


 だが、彼は一つ、致命的な計算違いをしていた。

「炎」という破壊の象徴を招き入れることは、同時にこの街を「完璧な庭」として管理しようとするもう一人の巨悪――マンティにとっての「禁忌」に触れる行為だということを。


 カチリ、と。

 施錠されていたはずの正面ドアのロックが、何者かの手によって音もなく解除された。


「……誰だ! 許可なく入るなと言ったはずだぞ!」


 バルガスが声を荒らげる。だが、開いたドアの向こうから現れた人物の姿を見た瞬間、彼の背筋に氷の楔が打ち込まれた。


 そこに立っていたのは、清潔感の漂う白衣を纏い、眼鏡の奥で冷徹な双眸を光らせる男。マンティの右腕であり、組織の掃除屋を務める検死官――オネブであった。


「夜分に失礼いたします、バルガス先生。少々、お庭の検分に伺いました」


 オネブの態度はどこまでも礼儀正しく、声には一切の抑揚がない。だが、その一歩一歩が執務室の空気を凍りつかせていく。彼は胸ポケットから取り出した超薄刃のメスを、まるで万年筆でも扱うかのように指先で転がした。


「オネブ……! なぜ貴様がここにいる! マンティには伝えてあるはずだ、私は私で最善の策を講じていると!」


 バルガスは声を震わせながら、デスクの裏に隠された緊急通報ボタンへ手を伸ばそうとした。しかし、オネブの視線がその動きを捉えただけで、バルガスの指先は麻痺したように動かなくなった。


「先生、あなたはやりすぎた。ベスパのような制御不能な『炎』をこの街に招き入れることは、庭の景観を著しく損なう『不法投棄』に等しい行為です。我が主マンティは、略奪を憎みますが、それ以上に『無秩序な破壊』を嫌悪されます」


 オネブの頭の中では、すでにこの先の光景がシミュレーションされていた。

 バルガスという個体を排除し、彼が癒着していた組織の末端を切り離し、ベスパへの「宣戦布告」という名の解体手術を開始する。

(……ああ、楽しみですね。これほどまでに肥大化した汚職の腫瘍を、麻酔なしで摘出できる機会など、そうそうありませんから)

 検死官としての本能が、静かに、しかし確実に昂っていた。彼にとって、戦争とは大量の「標本」が手に入る贅沢な実験場に他ならない。


「動くな、掃除屋! その一歩でも前に出れば、貴様の頭を吹き飛ばす!」


 静寂を切り裂く怒声とともに、部屋の左右に隠れていた二人の男が飛び出した。

 彼らはバルガスが莫大な報酬で雇い入れた、私設の護衛騎士たちだ。

 444人リストに載る怪物ではないものの、元軍の特殊部隊に所属し、数百の戦場を潜り抜けてきた「本物のプロ」である。


 一人は、二連装のタクティカル・ショットガンを構えた大男。

 もう一人は、漆黒の鞘から抜けば一閃、鋼をも断つ日本刀を構えた鋭い眼光の男だ。


「貴様! 何度言えば気が済む! 我々は『静寂(サイレント・)の捕食者(プレデター)』の軍門に降った覚えはないぞ!」

 ショットガンの護衛が、引き金に指をかけながら吠える。彼の銃口は、オネブの心臓を正確に捉えていた。


「そうだ。政治家(先生)が誰と組もうと、どこの誰を焼き払おうと、それはこのお方が決めることだ。身の程をわきまえろ、掃除屋の端くれが! 我々はベスパの炎を恐れてはいない!」

 日本刀の護衛も、殺気を込めた一歩を踏み出す。彼らにとって、白衣を着た優男など、一瞬で肉塊に変えられる「弱者」にしか見えていなかった。


 オネブは、ゆっくりと眼鏡の位置を直した。その動作には、一点の動揺も、一毫の恐怖も存在しない。ただ、深いため息が一つ。


「……呆れたものですね」


 オネブは、メスを握る指先をわずかに動かした。


「あなたたちは、自分が守っているつもりの『主』が、すでに死刑執行書に署名を終えた罪人であることを理解していない。そして、この部屋がすでに『処置室』に変わっていることも」


「抜かせッ!」

 ショットガンの護衛が引き金を絞ろうとした、その瞬間。


「いいえ、まだ引き金を引いてはいけません。指の神経が、まだ私のメスと『対話』を終えていませんから」


 オネブの瞳から、人間的な感情が完全に消失した。

 バルガスは、椅子に崩れ落ちたまま、目の前で繰り広げられる「捕食者」の侵食をただ見ていることしかできなかった。

 彼が頼みにした護衛たちの叫びは、オネブの纏う「静寂」によって吸い込まれていく。


「さあ、始めましょうか。先生、そして忠実なワンちゃんたち。痛覚の伝達を遮断する前に、あなたたちの『略奪の罪』を一つずつ丁寧に解体して差し上げます」


 窓の外では、マンティの組織『静寂の捕食者』の影たちが、邸宅を完全に包囲していた。

 ベスパへの宣戦布告。その最初の血が、今まさに贅沢な絨毯を染めようとしていた。


 政治家バルガスの顔が、苦渋と絶望に歪む。彼は震える手でデスクの縁を掴み、目の前の「死神」を睨みつけた。

「やれ! 殺せ! そいつを今すぐ肉片に変えてしまえ!」


 その叫びが引き金となった。

 ショットガンを構えた護衛が、至近距離で引き金を絞る。火薬の爆散音とともに、数百の散弾がオネブの全身を貫き、執務室の壁をハチの巣にする――はずだった。


「……話になりませんね」


 無機質な声。

 轟音が部屋に響き渡った瞬間、オネブの姿は揺らめく陽炎のように消失していた。放たれた散弾は空を切って背後の高級な絵画を粉砕し、白煙だけが虚しく立ち込める。


「なっ……どこへ消えた!?」


 護衛が驚愕に目を見開いたとき、その耳元で冷ややかな呼気が漏れた。


「……シマ荒らしが。不衛生な鉛玉を撒き散らさないでいただきたい。ここは『庭』ですよ。土を汚す不純物は、私が摘み取らねばならない」


 オネブはいつの間にか、ショットガンの男の背後に立っていた。

 男が振り向くよりも早く、オネブの指先が踊る。銀色の閃光が奔った。


 ガリッ、という硬質な音。

 男が手に持っていたショットガンの銃身が、まるで熟した果実のように縦に真っ二つに裂けた。それだけではない。銃を保持していた男の両腕が、肩、肘、手首の関節ごとに、一切の抵抗なく「切り離された」。


「…………あ?」


 男は、自分の腕が床に落ちるのを、他人事のように見つめていた。

 痛みはない。オネブのメスはあまりにも鋭利で、痛覚神経が脳に信号を送るよりも早く、肉の連続性を奪ったのだ。


「貴様ァァ!」

 日本刀の護衛が、怒髪天を突く勢いで斬りかかる。抜き放たれた刃は最短距離でオネブの首筋を狙った。


「あなたも、細切れになるのが相応しい」


 オネブは視線すら向けない。ただ、左手で持っていた予備のメスを後方へ流すように振った。

 キィィィィン、と高周波の金属音が響く。日本刀の刃は、オネブのメスが触れた箇所から「分子結合」を失ったかのように崩壊し、破片となって散った。


「ヒッ……が、あ……」


 刀の護衛が次の動作に移る前に、オネブの右手のメスが彼の喉元を正確に貫いていた。

 声帯を、頸動脈を、そして脊椎を。完璧な外科手術のような一突き。

 護衛は絶叫することさえ許されず、瞳から光を失って膝から崩れ落ちた。


「さて、先生。庭の掃除(解体)を始めましょうか」


 オネブは、血の一滴すらついていない白衣の襟を正し、震えるバルガスへと歩み寄る。

「ひ、ひいぃぃ! 助けてくれ! 金なら出す! ベスパ! ベスパァァーッ!!」


 バルガスが喉を潰さんばかりに叫ぶ。だが、その声は執務室より外部の、数メートル先へも届かない。

 外からは、ただ静まり返った夜の邸宅が見えるだけだ。


「安心してください。あなたは『放棄』されるのではありません。私の手によって、完璧な『秩序の象徴』へと造り変えられるのですから」


「ぐぅ...」


 メスが、バルガスの喉元に優しく添えられた。

 翌朝、そこには「人間の欲」を戒めるための、あまりにも惨烈で、しかし幾何学的な美しささえ感じさせる「肉の標本」が飾られることとなる。


 -----


 数日後。

 大陸の南端、火山岩に囲まれたベスパの拠点『冥府の羽音』本部。

 立ち込める熱気と硫黄の匂いの中、一人の部下が、震える膝を抑えながらベスパの前に跪いていた。


「ボス……ご報告が……。政治家バルガスが、殺害されました」


 ベスパの背後で、陽炎が不気味に揺らめく。

「……続けろ」


「はっ。現場は……その、言葉を失うほど惨烈な『標本』に変えられており、バルガスの死体はまるで生きたまま解体されたかのように……。そして、その胸元には、マンティの組織『静寂の捕食者』の紋章が、皮膚を切り刻んで刻まれていました」


 パキッ。


 ベスパが手に持っていた最高級のクリスタル・ワイングラスが、彼の握力ではなく、その掌から漏れ出た異常な「熱量」だけで瞬時に蒸発した。

 飛び散る破片さえない。ただの蒸気となって、赤いワインと共に消えた。


 ベスパの周囲の温度が、一気に十数度上昇する。

 彼はゆっくりと立ち上がった。その瞳には、もはや激情の波はない。ただ、すべてを焼き尽くすまで決して消えない「純粋な殺意」が、太陽のプロミネンスのように渦巻いていた。


「……マンティ。俺の契約相手を勝手に『処分』したか。あいつを殺していいのは、俺だけだと言ったはずだ」


 ベスパの声は、低く、重い。

 彼にとって、バルガスという人間はどうでもよかった。だが、自分の「管理下」にあると宣言したものを他者に奪われること、それは彼が最も忌み嫌う『放棄』への侮辱に他ならない。


(俺の領域に土足で踏み込み、俺の獲物を勝手に切り刻んだその罪。灰すら残さぬ灼熱で購わせてやる。マンティ、お前の『完璧な庭』ごと、この世から蒸発させてやる。略奪を憎むお前が、俺から『支配』という権利を略奪したのだ。その矛盾、煉獄の底で噛み締めろ)


 ベスパの背後から、噴火寸前の火山のような魔力が溢れ出し、拠点の石壁が赤く熱し始める。

「……通信石を用意せよ。マンティに宣戦布告をする」


「ボス、しかし、それでは全面戦争に……!」


 部下の制止を、ベスパの黄金色の瞳が一蹴した。

「構わん。ゴミが二つあれば、まとめて焼くのが『掃除』だ」


 熱波が渦を巻き、ベスパの手元に巨大な王杓『デス・スティンガー』が召喚される。

 かつてない規模の戦争の号砲が、今、灼熱の怒りと共に鳴り響こうとしていた。


 戦争のきっかけとなる一撃は、銃声でも爆鳴でもなく、ただ静かな「解体」から始まったのである。

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