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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第5部-冥静戦争開幕、三大組織の滅亡
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予兆-飼い主の見えざる場所

 

 南の大陸、活気あふれる表通りの喧騒から遮断された地下。そこには、微かにハーブと薬品の混じり合った、知性を刺激する香りが漂う一室があった。カリスの表の顔である「調香室」のさらに奥、魔力遮断の結界が幾重にも張り巡らされた密談の場である。


 そこに集ったのは、伝説の暗殺ギルド『月下狂牙(げっかきょうが)』の精鋭たち。444人リストの常連たちが一堂に会したその空間は、常人であれば精神が崩壊しかねないほどの濃密な「殺意」と、それ以上に固い「絆」に満ちていた。


「集まったわね。――皆、顔を上げなさい」


 カリスの凛とした声が響く。彼女は中央の円卓に一枚の羊皮紙を広げた。そこには、北の森の奥深くに築かれた、防壁に囲まれた拠点の地図が記されている。


「今回のターゲットは、北の森を拠点とする人身売買組織『茨の檻』。裏社会で『放棄』された身寄りのない子供たちを拉致し、異国の奴隷市場へ売り捌く外道どもよ。依頼者は、その組織に娘を奪われた女性。彼女は全財産である銀貨数枚と、己の命を賭して我々に縋ったわ」


 カリスの瞳がマゼンタ色に鋭く光る。その背後では、ジャッカルの幻影が牙を剥いたように見えた。


「敵の情報は?」

 そう問いかけたのは、メンバー最年長であり、チームの重鎮である男だ。彼は大太刀『紅蓮石』の鞘を愛おしそうに撫で、宝石細工師としての繊細な指先で、地図上の拠点の脆弱性をなぞる。

「情報屋によれば、構成員は8名と小規模だが、全員が元軍人の手練れだそうだ。トラップや魔法障壁も軍規準のものが配備されている。だが、我々の前では紙細工に等しいわね」


 カリスの言葉に、最年少の男が不敵な笑みを浮かべた。

「カリス姉さん、そんな連中、僕が光速で24箇所貫いて終わらせるよ? 硝子の残像に惑わされる暇も与えないよ」


「待てよ。あんな汚らわしい場所、俺の大太刀で拠点の屋根ごと叩き潰してやるのが一番早い」

 大太刀を背負った男が重厚な声を響かせる。彼は宝石を磨くように、敵の「構造」の弱点を見抜くことに長けていた。一撃で分子結合を断つ彼の剣は、文字通り城壁を砂の城へと変える。

「俺と『深紅硝の剣』がいれば十分だ。リーダー、俺たちに行かせてくれ」


 その時、隅で薔薇の剪定をしていた女が、細剣『薔薇棘』をそっと置いた。

「……紅剛石、そんなに大きな音を立てては美しくないわ。私が音速の刺突で、細胞一つ残らず爆ぜさせてあげましょうか? ちなみに、私の親友のピセアちゃん……あの薬草農家の彼女が言っていたわ。『森を荒らす不届き者は、肥料にすらならない』って。彼女、おっとりしているけど、たまに核心を突くのよね。最近はウサギを飼い始めたと聞くけど、あの2羽のウサギ、おどろおどろしい気配がする」


「ピセアか……」

 寡黙な炭焼き職人、『不知火の剣』と呼ばれた男が低く呟いた。彼の周囲の空気は、感情の高ぶりと共にわずかに陽炎を纏う。

「あの農家の女……確かに得体が知れん。俺の『不知火』の熱すら、彼女のそばにいると心地よい暖炉の火のように鎮まる気がする」


 華道家を本職に持つ男が、鞭剣『散花』を優雅に弄りながら、表情を曇らせた。

「……話が逸れたが、最近不穏な噂を聞く。大陸各地で我々のような『444人リスト』の猛者たちが、忽然と姿を消しているらしい。しかも、噂によれば『飼い主』が現れたとか……」


「飼い主だと?」

 大男が眉をひそめる。

「俺たちをペット扱いできるような人間がこの世にいるとは思えんが……まあいい。今は『茨の檻』を壊滅させることが先決だ。カリス、合図を」


 カリスは静かに頷き、マゼンタの魔力を指先に灯した。

「任務開始よ。一人も逃すな。子供たちの瞳から涙を奪った代償を、その命で支払わせなさい」


「「「御意!!」」」


 精鋭たちの影が、地下室から一瞬で消え去った。後に残ったのは、カリスが調合した「正義」という名の、少し切ない花の香りだけだった。


 -----


『月下狂牙』が闇を駆けていたその頃、街の最も高い場所、月光を反射して輝く豪華な邸宅の最上階では、全く異なる「闇」が渦巻いていた。


 重厚なオーク材のテーブルを挟み、二人の男が対峙している。

 一人は、この街の行政を掌握し、裏で私服を肥やす悪徳政治家、バルガス。

 そしてもう一人は、黒鉄の王杓を傍らに立てかけ、不遜な態度でソファに深く腰掛ける男――国家転覆組織『冥府の羽音』のボス、ベスパである。


「……ククク、ベスパ殿。君の提供してくれた『資金』のおかげで、邪魔なスラム街の更地化(放棄)計画は極めて順調だ。法的な手続きはすべて私が握り潰した。あそこが消えれば、我々の理想とする巨大利権都市が完成する。あそこには、もう価値のある人間など一人も残っていない……まさに『放棄』されたゴミ捨て場だ」


 バルガスはワイングラスを回し、醜悪な笑みを浮かべた。彼にとってベスパは、汚れ仕事を完璧に遂行し、巨額の利益をもたらしてくれる最高の道具だった。


 ベスパの黄金色の瞳が、冷徹な光を放つ。

「……ああ、俺を信じていろ。管理できんゴミ共は、俺がまとめて焼き払ってやる。俺のポリシーは『放棄』されたものの処刑だ。守る価値を失った命に、生存権などない」


「素晴らしい! さすがは『煉獄の劫火』だ。」

 バルガスは身を乗り出し、少し声を潜めた。

「しかし、あそこを一気に焼き尽くして、後で衛兵どもに気づかれたり、他国の調査が入ったりはしませんかな? 私の地位に傷がつくのは困るのだが……」


 ベスパは鼻で笑った。

「そのデメリットの心配は無用だ。俺の炎は物理的な証拠すら気化させる。跡には灰すら残らん。あんたたちも、俺の『管理下』にあるうちは、生きていることを約束しよう」


「もちろん、この国のためですな」

「ああ、喜んで」

 バルガスは、ベスパの放つ圧倒的なプレッシャーに冷や汗を流しながらも、自らの野望が叶う喜びに震えていた。彼にとって、ベスパの暴力こそが世界を再構築するための「刃」なのだ。


 だが、この傲慢な支配者たちは気づいていなかった。

 豪華なシャンデリアの影、天井裏のわずかな隙間に、一匹の異形な羽虫が潜んでいることに。

 それは、大陸のもう一つの巨悪、マンティの組織が放った偵察用使い魔『静寂の目』であった。


 ベスパとバルガスの密談の内容、資金の出所、そして襲撃のタイミング。そのすべてが、リアルタイムで「観測者」へと届けられていた。


「……管理できんゴミ、か」

 ベスパが立ち上がり、デス・スティンガーを手に取る。その一振りで、一国の軍隊が炭の彫刻に変わるほどの熱量が、部屋の温度を数度上昇させた。

「明日、あそこは消える。放棄された魂ごと、煉獄へ送ってやる」


 窓の外では、不気味なほど赤い月が昇っていた。

 北の森で正義のために刃を振るう『月下狂牙』。

 スラム街を地獄に変えようとする『冥府の羽音』。

 そして、そのすべてを飲み込もうと画策する何者か。


 破滅への歯車が、音を立てて回り始めた。

 だが、血気に逸る英傑たちはまだ知らない。

 聖母アイリスが「最近、夜遊びが過ぎる子が多いみたいね。少し大人しくさせなきゃ」と、魂の形を書き換える情けに訴える怒りが煮えたぎり始めていることを。

 そして、とある薬草農家が「大きなわんちゃんや猫ちゃんが来ても大丈夫なように、お庭の柵を丈夫にしなきゃ」と、覇王を繋ぎ止めるための新しいロープを鼻歌まじりに編んでいることを。

 最強の戦士たちがどれほど剣を振るおうとも、彼女たちが用意した「寝床」と「首輪」からは、決して逃れられないのだ。


 巨悪たちの「日常」が、まもなく音を立てて崩れ去ろうとしていた。

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