対峙-2.重力と断罪斧、瓦礫の中の死闘
「ハハッ! 重力か、重いねぇ! だが私の斧は、絶望の重みすら断ち切るぞ!」
狂気の咆哮と共に、ヒノキが身の丈を超える巨大な断罪斧を横一文字に薙いだ。その一撃は単なる質量の暴力ではない。斧の軌道上にあった空気、魔力、そしてカバロが展開していた重力場さえも強引に「両断」する、異質な破壊力を孕んでいた。
カバロは重力槍『エクセリオン』を垂直に構え、その一撃を正面から受け止める。
——キィィィィィィィィィン!!
金属同士がぶつかり合う音ではない。空間そのものが悲鳴を上げ、軋むような轟音が鼓膜を震わせた。カバロの足元、半径3メートルの地面は超重力の余波によって円形に深く沈み込んでいたが、ヒノキはその「重力の地獄」を、狂気に突き動かされた脚力で平然と踏み越えてくる。
「……ほう。私の重力圏内でこれほど動けるとは。狂気という燃料で動くその心臓は、物理法則すら考慮に値せぬというわけか」
カバロの冷静な分析とは裏腹に、エクセリオンから伝わる衝撃は凄まじい。ヒノキの斧に宿っているのは、命を「素材」としか見なさない、純粋で絶対的な破壊の意志だった。
二人の攻防が繰り広げられるたび、衝突の余波だけで豪華な屋敷の支柱が飴細工のように折れ曲がり、粉砕されていく。
「おやおや、いい音がする! 屋敷が、木材が、悲鳴を上げているぞ! まるで剥製にされる前の、最高級の素材の声だ!」
斧を振り回し、バキバキと崩れ行く屋敷の音に剥き出しの狂喜を浮かべるヒノキ。対するカバロは、無表情のまま槍の石突で床を叩いた。
「……他人の家の柱の心配より、自分の背骨の心配をすることだ。貴様のその安っぽい狂気ごと、地の底へ埋めてやろう」
カバロの思考は冷徹だった。槍を突き出す。一点に集中した局所的重力波が光線のごとく走り、ヒノキの左肩を掠めた。その直撃を受けた背後の壁は、厚さ1メートルの石材もろとも直径5メートルに渡って円形に消失し、そこには漆黒の虚無だけが穿たれた。
「惜しいねぇ! 私を削るには、まだ重みが足りないよ!」
「……冷たいねぇ。なら、私の『真骨頂』を見せてあげよう。最高の職人は、現場にある素材を使いこなすものさ」
ヒノキが不気味に微笑むと、彼が持つ巨大斧の刃がドロリと液体のように形を変えた。周囲に散らばる瓦礫や、折れたマホガニーの支柱が、磁石に吸い寄せられる鉄屑のように斧へと集束していく。
特殊能力:『死界の工芸』
斧が触れた無機物――特に木材や石材を瞬時に「自らの武器の一部」として取り込み、巨大化・強化する権能。折れた柱を飲み込んだ斧は、瞬く間に数倍の質量へと膨れ上がり、禍々しい棘を幾重にも纏った「城門破壊用の超巨大斧」へと変貌を遂げた。
「私の斧は……折れない。壊れない。周囲のすべてを『材料』にして成長し続けるのだから! 君の重力で建物を壊せば壊すほど、私の斧は強く、重くなるんだよ!」
カバロの『蒼き駿馬の眼』が、巨大化した斧の質量移動を捉える。
(周囲の崩壊を糧にするか。厄介な特性だが……ならば、その質量ごと事象の地平に沈めるまで)
その頃、戦場から離れた隠し部屋。
孤児院を焼き払おうと画策していた黒幕の武器商人は、もはや逃げ場を失い、プレザの前に膝を突いていた。
「ま、待て! 殺さないでくれ! 私を殺せば、この国の経済が……流通が止まるぞ!」
必死の命乞い。だが、巨大な戦槌を肩に担いだプレザの瞳に、慈悲の欠片はなかった。
「遺言がうるせぇよ。あんたが壊そうとしたのは、そういう数字じゃねぇ。明日を待ってるガキどもの笑顔だ。経済のことより、自分の体が何kgの圧力で潰れるか心配しな」
プレザが冷たく言い放ち、空中で大きく開いた手を、一気に握りしめた。
『大気圧縮・葬送』
——ミシッ、メキメキッ!!
断末魔の声すら漏れる隙はない。商人の周囲の空気が瞬時に立方体の檻へと凝縮され、逃げ場を失った肉体は、内側へと向かう猛烈な圧力によって「一辺30cmの立方体」へと圧縮された。
かつて数万人の命を天秤にかけ、富を築いた男の最期は、ただの「重たい肉の塊」としての終焉だった。
「……さて、リーダーの方はどうだい? 変な『木こり』が暴れてるみたいだけど」
プレザが何事もなかったかのように鼻を鳴らし、瓦礫の山となった決戦場へと視線を戻す。
そこでは、カバロの重力と、増殖を続けるヒノキの巨斧が、空間そのものを食い破らんばかりに激突していた。




