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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第4部-駿馬の聖域滅亡
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対峙-1.狂気の木こり

 

 深夜の月光さえ届かぬ、武器商人の巨大な屋敷。その周囲を囲む高い城壁のさらに上空、重力によって強引に「空中に固定された足場」の上に、カバロは立っていた。


 彼の眼下には、贅を尽くした悪の拠点が広がっている。カバロは静かに目を閉じ、特殊能力『蒼き駿馬の眼(ペガサス・アイ)』を発動させた。視界が質量と重心のグリッドへと切り替わる。壁の向こうに潜む護衛の心拍、地下に隠された金塊の重み、そして逃走用に構築された空間転移の微かな魔力反応。


「……見つけたぞ。逃走用の地下通路、および空間転移の座標を全て捕捉した」


 カバロが指先で空中に円を描く。彼が操る重力の歪みによって、屋敷全体の構造が透視されたように虚空に浮かび上がった。逃げ道は、もうどこにもない。


「インル、プレザ。鼠を一匹も逃がすな。ここは今日、奴らの墓場となる」


 背後に控えていた二人の怪物が、音もなく頷く。彼らにとって、これは戦闘ではない。「不浄」の排除であり、日常を守るための清掃作業に過ぎない。


「了解だ。……お前らは今日ここで死ぬ。一歩たりとも外へは出さん」


 インルが、屋敷の正門前でゆっくりと腰を落とし、鋼鉄の如き拳を地面に叩きつけた。

『絶対拒絶』。

 その瞬間、地面から不可視の波動が走り、屋敷の周囲一帯の「慣性」が固定された。空間そのものが凍りついたかのように硬質化し、物理的な破壊はもちろん、高度な空間転移魔法ですらその「不動の壁」を突破することはできない。


「さあ、豪快に潰すぜ! 掃除の手間も省けるくらいにな!」


「いきなり地震か!?」「お前ら、敵襲だ!」


 突然の現象に騒ぐ護衛たち。

 インルが敵陣に顔を出したときには、彼らはすでに宙に浮いていた。


 続いて飛び出したのは、戦槌を軽々と担いだプレザだった。彼女が空中で槌を振り抜くと、大気が爆鳴を上げて凝縮される。


「『大気圧殺プレス・エア』!」


 目に見えない巨大な「壁」が屋敷を襲った。衝撃波だけで外壁は内側へと爆ぜるように崩壊し、迎撃に出ようとした私設軍隊の兵士たちは、何が起きたか理解する間もなく、極限まで圧縮された空気の質量によって地面へと圧搾された。


「俺を舐めるな! この魔法障壁は——」


 精鋭の護衛剣士が叫び、魔力を込めた盾を構える。だが、インルはその男の首を片手で掴み、無感情に言い放った。


「下衆が、逝くといい」


 インルが指先に「停止」の概念を流し込むと、男の体内を流れる血液も、魔力も、心臓の鼓動も、すべてが物理的に停止した。男は彫像のように固まったまま、沈黙した。


「化け物め……! 騎士団でもねえのにこの戦力、何なんだ貴様らは!」


 屋敷の最奥、最高級のマホガニーで作られた執務室で、武器商人の男は失禁しかけながら叫んでいた。モニターに映し出されるのは、自分たちが誇った数千の兵力と最新の魔導兵器が、たった数名の侵入者によって「塵」のように処理されていく光景だ。


「お前ら、あいつを呼べ! 金ならいくらでも払う! あの狂人を、死神を連れてこい! 私の全財産をくれてやる、あの男を……ヒノキを呼び出せッ!」


 商人の絶叫が響き渡る中、執務室の重厚な扉が、内側から「圧縮」されてコインほどの大きさにまで丸められた。


 入り口に立っていたのは、紺色の外套を翻すカバロだ。槍の穂先から漏れる重圧が、室内の豪華な調度品を次々と粉砕していく。


「金で命が買えると思っているのか。その傲慢さが、貴様の質量をさらに醜く重くしていることに気づけ」


 カバロが冷徹に告げた、その時だった。


「おやおや。立派な体格の騎士様たちだ……いい木材になりそうだねぇ」


 崩れた天井の瓦礫の中から、場違いに明るい「鼻歌」が聞こえてきた。

 砂塵の向こうから姿を現したのは、返り血で赤黒く染まった革のエプロンを纏った大男、ヒノキ。

 彼は自分の身長を優に超える巨大な「断罪斧」を、まるで小枝のように肩に担いでいた。


「木材はいかが? 丁寧に皮を剥いで、骨を削って……百年保つような、素敵な家具にしてあげるよ」


 ヒノキは不気味に目を細めると、斧の刃にこびり付いた肉片を、愛おしそうに舌で舐めとった。その瞳には、生命への敬意など微塵もなく、ただ「素材」を品定めする職人のような狂気だけが宿っている。


 444人リストの中でも、その異常性ゆえに他の暗殺者からも蛇蝎のごとく嫌われる男。ターゲットの肉を削ぎ、骨を加工し、それを「作品」として世に送り出す猟奇的な彫刻師。


「……444人リストの狂人か」


 カバロは槍を水平に構え、周囲の引力を臨界点まで引き上げた。


「この屋敷も木材でできているだろう? 貴様ごと、まとめて星の核まで圧縮してやろう」


「ははは! 硬い木は加工しがいがあるねぇ! 君の骨は、きっと丈夫な椅子の脚になる!」


 狂気の斧が振り下ろされ、重力の槍がそれを迎え撃つ。

 空間が歪み、衝撃で屋敷が根底から震える中、カバロはまだ知らなかった。

 この狂人を倒したとしても、その後に控えているのは、自分たちを「もふもふ」として『加工』しようとしている、元家庭教師や保育士などの「真の調律師」たちであることを。


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