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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第4部-駿馬の聖域滅亡
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駿馬-カウントダウンの幕開け

 

 数日後。街外れの、厳重に遮蔽された隠れ家。

 なんの変哲もない数本の松明が照らす木造建築の部屋だが、その様子はおぞましい。

 そこに、南の大陸を震撼させてきた六人の怪物が集結していたからだ。


 円卓の主座には、紺色の外套を纏ったカバロ。その隣には、鏡のように細剣を磨くフォス、不機嫌そうに爪を弄るテンプ、腕組みをして沈黙するインル、そして戦槌を床に置いたプレザ、音波を調整するソニク。


「……さて、次の仕事だ。通算2213件目の依頼」


 カバロが重々しく羊皮紙を広げる。その場の空気が、彼の魔力によってズシリと重くなった。


「ターゲットは、隣国の軍部と繋がっている超大物の武器商人。さらに、雇われている護衛の中には、444人リストから漏れているが、実力はリスト入り確実と言われる『狂犬』が数名いる」


「相当恐ろしい極悪人ですね。一国を裏から操り、子供たちを戦場に送っているとか」


 フォスが冷たく笑う。テンプも双剣の熱を微かに帯びさせながら口を開いた。


「そんな外道、私が太陽の熱で蒸発させてあげるわ。……でもカバロ、一つ気になることがあるの。最近、私たちの同業者……あの『白爪』や『翠影双翼』の連中が、この街で忽然と姿を消しているでしょう? 20人近くが音信不通。何が起きているの?」


 カバロは苦虫を噛み潰したような顔で、窓の外――セダの住む古い屋敷の方角を睨んだ。


「……フン、我々が舐められるわけがないだろう。彼らが消えたのは、単純に詰めが甘かっただけだ。だが、この街には……我々の理屈が通じない『日常』という名の怪物が住んでいる」


 インルが短く付け加える。


「……リーダー、先日会ったあの『聖母』と呼ばれる女。あれは危険です。私の慣性が、彼女の前では無意味に思えた」


「わかっている。だからこそ、作戦は迅速に行う。彼女たちに気づかれる前に、全てを重力で押し潰す。我々『駿馬の聖域』が家畜にされるなど、あってはならないことだ」


 カバロの断固たる言葉に、メンバーは頷いた。

 彼らはまだ信じていた。自分たちの圧倒的な暴力こそが、世界の真理であると。


-----


 数日後。


 大陸南部に位置する武門の名門、アズール公爵家。その広大な応接室には、肌を刺すような冷気と、沈黙が支配していた。


 上座に座る現当主であり、カバロの父は、手元の報告書を乱暴に机に叩きつけた。そこに記されていたのは、行方不明となっている嫡男・カバロが「444人リスト」の一角、『蒼穹の騎士』として裏社会で暴虐の限りを尽くしているという、耳を疑う事実だった。


「あの馬鹿息子め……! 8歳で『風になりたい』などと戯言を抜かして脱走した挙句、20年も野放しにしていた結果がこれか。高潔なる重力魔法を、殺しの道具に貶めるとは!」


 公爵の怒りは頂点に達していた。カバロは脱走後、表向きは「腕利きの馬の調教師」として、ルウの営む「便利屋」とも裏で協力関係を築き、国家間の紛争解決にも寄与していた。その実力と信頼は、ある種、裏社会の秩序の要ですらあったのだ。しかし、カバロが何万人もの外道を屠ったという真実は、公爵家にとって「面汚し」以外の何物でもなかった。


「……捕らえ次第、死刑にしても構わん! アズール家の名を汚す者は、我が血族といえど容赦はせぬ!」


 公爵が怒号を上げたその時、窓際の影から、涼やかな声が響いた。


「——その必要はございません、旦那様」


「お前は……セダではないか。姿を消したと思っていたが、生きていたのか」


 公爵が目を見開く。そこには、かつてカバロの筆頭家庭教師であり、公爵家最強の隠密侍女と謳われたセダが、影から染み出すように立っていた。


「はい。あの子が飽きて帰ってくるまで、死なない程度に見守れ……との20年前のご命令、今も継続中でございます」


 セダの表情は、凪いだ湖のように静かだった。しかし、その瞳の奥には、教え子の不始末を「徹底的に」清算しようとする、教師特有の冷徹な光が宿っている。


「奴の行方を知っているのか? セダ、今すぐ軍を編成し、あの天災を拘束しろ。これ以上、我が家の名で殺戮を繰り返させるわけにはいかん」


 カバロの父が凄まじい怒気を見せる。だが、セダは何事もなかったかのように草原に生えている草のような毅然とした態度を見せる。


「軍など不要ですわ。あの子は今、とある街で『正義の味方』を気取り、英雄気取りで暴れております。ですが……」


 セダは優雅に一歩踏み出し、カバロがかつて愛用していた古い手袋を机に置いた。


「いずれにせよ、カバロの表の仕事——調教師としての信用も、裏での信頼関係も、間もなく完全に失墜するでしょう。彼が築き上げた20年のキャリアは、一晩の『教育』によって更地となります。あの子には、自分の重力よりも重い『現実』を知ってもらわねばなりません」


 公爵は、セダの纏う「本物の狂気」に、わずかな寒気を覚えた。

 カバロは天才だった。重力魔法を極め、一国の軍隊を更地にする「歩く天災」。しかし、セダはその天災を、幼少期に剣術と座学で完膚なきまでに叩きのめした唯一の存在だ。


「……何をするつもりだ」


「簡単なことです。あの子は『風になりたい』と言って家を出ました。ならば、風を追うことさえ許されない、静かな余生を与えてあげるのが、教師としての最後の慈悲かと」


 セダはアイリスから届いたばかりの「孤児院の収支報告書」と、ルンが考案した「荷車引き用ハーネス」の設計図を眺め、口元をわずかに歪めた。


 ......私を倒すには、この星の引力そのものを消し去ることですね。

 8歳だった幼子がかつて父に言い放った不遜な言葉を、セダは忘れていない。

 星の引力を消す必要はない。ただ、彼の「存在の格」を、家畜のそれへと書き換えればいいだけなのだから。


「カバロには、青い毛並みがよく似合うはずです。もう重力を操る必要もありません。せいぜい、シーツを絞る程度の圧力プレッシャーがあれば十分ですから」


 公爵家を後にするセダの背中には、一切の迷いもなかった。

 カバロがどんなに「駿馬の聖域」を率いて完璧な作戦を練ろうとも、彼女の描く「教育カリキュラム」からは逃げられない。


 20年に及ぶ放浪と、伝説の暗殺者としての栄光。

 それが「お利口なペット」へと書き換えられるまでのカウントダウンは、今、ゼロに向かって静かに動き始めた。


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