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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第4部-駿馬の聖域滅亡
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遭遇-運送屋とマンチカン

 

「……やっと、やっとだ。あの呪わしい布きれという名の魔導監獄から、解放された……!」


 僕は今、アイリスの孤児院の縁側で、陽光を浴びながら自分の前足をまじまじと見つめていた。

 数日前まで僕の四肢を縛り、魂までをも締め付けていたあの悪夢――『特製・苺ドレス(フリル特盛仕様)』は、もうそこにはない。

 アイリス姉さんが「ルウくん、お洗濯するから脱ぎましょうね」と慈愛に満ちた(しかし逃げ場のない)微笑みを浮かべて脱がせてくれたのだ。


 今の僕は、本来の白く美しい毛並みを誇るマンチカンだ。だが、心に刻まれた「フリルという名の傷跡」はあまりにも深い。


 かつて時速400kmで戦場を駆け抜け、視認することさえ許されぬ神速で三万人以上の命を刈り取ってきた『最悪の終焉』。それが僕だ。

 国家の存亡を左右し、魔力反応爆弾で戦場を更地にしてきたこの「俺」が、あろうことかイチゴのアップリケを背負い、ピンクのレースをなびかせて街中にチラシを配り歩いたのだ。


 通りすがりの人々からは「あら可愛い」「お人形さんみたい」と愛でられ、孤児院の女の子たちには着せ替え人形の如く弄ばれた。あろうことか、あのアストとフォルト――翠影双翼の二人が、僕のその姿を見て「あのアサシン・リーダーが、あんな無残なことに……」と言わんばかりの絶望の眼差しを向けたあの瞬間。僕の暗殺者としてのプライドは核分裂を起こして粉砕され、歴史の藻屑として消え去った。


「にゃ、にゃあ……(いや、まだだ。まだ終わってなどいない。姿さえ、人間の姿に戻ることさえできれば……!)」


 僕は縁側から、青く霞む遠くの森を鋭い眼光で睨みつけた。

 そこには、獣化を解くための鍵となる「青い月見草」の精製に協力した翠影双翼の二人が……いや、今は「茶色と白銀のロップイヤー」という毛玉に成り果て、ピセアさんの庭で虚無の表情を浮かべてキャベツを齧っている二匹のウサギがいるはずだ。


 現状、かつての仲間との連携は絶望的と言わざるを得ない。

 僕たちの神速は「お座り」の一言で封じられ、空間を切り裂く白狼剣は「お手」の対価としておやつに変わった。アイリス姉さんの聖母の如き笑顔は、どんな物理障壁よりも堅牢で、逃げ場のない檻のように僕を優しく包み込んでいる。


(……だが、諦めるわけにはいかない。僕は再びあの二振りの太刀を握り、風になるんだ。この、短くて丸っこい足のままで終わるわけにはいかないんだ!)


 僕は決意を込めて、自慢の(しかし今はただ柔らかいだけの)肉球をぎゅっと握りしめた。

 その時、背後から「ルウくーん、おやつにしましょうか」というアイリス姉さんの声が聞こえた。


 ……反射的に尻尾が小さく揺れた。

 暗殺者としての本能が、カリカリの小魚の匂いに反応してしまったのだ。

 僕は己の情けなさに天を仰ぎながらも、逃れられない本能に従い、トテトテと短い足で部屋の中へと向かっていくのだった。


 そんな僕の感傷を遮るように、街のメインストリートから重厚な足音が近づいてきた。

 僕は鋭い視線を向ける。そこには、僕の二倍はあろうかという巨大な木箱を、事も無げに背負った大男がいた。


(……あの男、ただの運送屋じゃないな)


「不動の騎士」インル。

 カバロ率いる『駿馬の聖域』の一員だ。彼が歩くたび、周囲の地面が微かに沈み込むような独特の「重圧」を感じる。彼は「動かない」という慣性を固定し、あらゆる衝撃を無効化する歩く要塞だ。


 インルがふと足を止め、路地裏の縁側に座る僕と目が合った。

 男の目が、プロのそれへと変わる。


(……なんだ? この猫は。ただの家猫にしては、殺気を完全に殺しきった『無』の気配を感じる。それに、この鋭い眼光はどこかで……)


 インルの直感が、最大級の警戒信号を鳴らしているのが分かった。僕も無意識に喉の奥で低く唸る。僕の『狼王の眼』が、彼の筋肉の収縮と、大盾を隠し持っているであろう空間の歪みを捉える。


(インル……「444人リスト」の猛者か。昔の僕なら、0.1秒で喉笛を裂ける。……いや、今の僕の足の長さでは届かないか。くそっ、この短足め!)


 緊迫した沈黙を破ったのは、背後から聞こえた鈴を転がすような声だった。


「あら、運送屋のインルさん。いつも重いお荷物をありがとう。孤児院への配給、助かっていますよ」


 アイリスが、買い物カゴを手にふわりと現れた。

 その瞬間、インルの肩がビクリと跳ねた。彼は即座に「ただの愛想の良い運び屋」の顔を作り、深く頭を下げる。


「いえ、アイリスさん。これが仕事ですから。……そちらの猫は、あなたの?」


「ええ、ルウくんっていうの。とってもお利口さんなのよ。ね、ルウくん?」


 アイリスが僕の頭を優しく撫でる。その掌からは、何の魔力も感じられない。だが、インルの顔色は見る間に土気色へと変わっていった。

 彼は本能で察知しているのだ。この聖母の笑顔の裏にある、底知れぬ「何か」を。


(この女……カバロ様が言っていた『要注意人物』か。一見ただの善人だが、間合いに入った瞬間に人生が詰む気配がする……。この猫も、この女に飼われているのか!? ならば、この猫の正体はまさか……)


 インルは突然せわしなく手を動かした。運送屋にしては少しばかりか焦ったような表情。


「……失礼します! まだ配達が残っていますので!」


 逃げるように去っていくインルの背中を見送りながら、僕は溜息をついた。

 インル、君の判断は正しい。この女に睨まれたら、重力も慣性も、ただの「行儀作法」の前に屈することになるのだから。


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