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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第4部-駿馬の聖域滅亡
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共鳴-重圧の騎士と光速の残影

 

 王都の喧騒が引き潮のように消え去り、冷徹な月光が石畳を青白く照らす刻限。街の外れ、旧市街の片隅に佇む古びた郵便局の屋上には、二人の男が影のように溶け込んでいた。


 一人は、彫刻のように整った顔立ちに、一切の隙を感じさせない紺色の旅装束を纏った男、カバロ。背負った長大な布包みからは、時折、空間を歪ませるような微かな重圧が漏れ出している。

 もう一人は、鏡面のように磨き上げられた細剣を腰に帯びた、紺色の身軽な装いの青年、フォス。


 カバロが懐から取り出したのは、鈍い光を放つ通信石だった。彼が微かな魔力を通すと、石は震え、聞き覚えのある落ち着いた老人の声が響く。


「……ゼトか。私だ。例の件、状況を報告せよ」


 通信の主、「繋ぎ屋」のゼトは、表向きは街の郵便局長としてアイリスやルンに深く信頼される好々爺だが、その実、裏社会の動線を掌握する情報網の権化である。


『……ええ、カバロ様。お待ちしておりました。ターゲットはアサシンギルド「黒い蠍」。連中、今夜は地下アジトで、先日の商船襲撃で得た金貨の分配に浸っておりますよ。酒の回りも最高潮。今ならまとめて「重力の底」へ沈める絶好の機会かと』


 カバロの瞳に、絶対零度の冷徹さが宿る。


「……標的の数は?」


『戦闘員を含め、およそ百。ボスの男は、次の標的を「聖母の孤児院」に定めたようです。土地の権利書を奪うため、建物ごと焼き払う算段を立てておりますな』


 その言葉を聞いた瞬間、カバロの周囲の空気が「ドスン」と物理的な音を立てて重くなった。足元の石材に、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。


「……情報の提供に感謝する、ゼト殿。これ以上の『不浄』は、この街の風を汚す」


『お武運を。明朝の集荷までには、すべてが「なかったこと」になっていると信じておりますよ』


 通信が切れる。カバロは隣で静かに細剣の鯉口を切ったフォスに視線を向けた。


「フォス、行くぞ。風が止む前に終わらせる。……一人も逃がすな」


「了解です、団長。光よりも速く、奴らの視界を奪い去りましょう」


-----


 地下アジト――そこは、かつて下水道だった場所を不法に拡張した、悪意と腐臭の吹き溜まりだ。

 湿った空気の中、立ち込める安酒の臭いと獣のような笑い声。円卓を囲む男たちは、弱者から奪い取った金貨を積み上げ、自分たちが犯してきた非道の数々を、誇らしげな勲章として語り合っていた。


 カバロとフォスはアサシンギルドに歓迎されていた。だが、これも彼らの作戦のうちの一つに過ぎない。


「そこの新入り二人、歓迎するぜ。それにしてもお前ら、その武器、ウチじゃ役に立ちそうだからな」


 ボスの男は、背負われた巨大な十文字槍と、腰に差された細剣を一瞥し、下卑た笑いを浮かべた。その槍の持ち主――カバロは、無言で周囲の「質量」を計っている。彼の『蒼き駿馬の眼』には、悪党たちの重心の乱れと、その浅ましい心拍のすべてが写り込んでいた。


「ガハハ! 見ろよこの輝き! 汗水垂らして働く馬鹿どもから毟り取る金は最高だぜ!」


「ボス、次は例の孤児院ですかい? あのシスター、街じゃ『聖母』なんて呼ばれてるらしいですが」


 ボスの男は、脂ぎった顔を歪ませて鼻を鳴らした。


「ああ、あの女ごと焼き払ってやりゃあ、ガキどもは逃げ惑う。そこを捕まえて売れば二石三鳥だ。あのアバズレ聖母が泣き叫ぶ顔が目に浮かぶぜ……!」


「……聞きましたか、団長」


 フォスが極小の声で、カバロに耳打ちする。その声音には、光速の刺突を繰り出す前触れのような鋭い殺気が混じっていた。


「酒の肴にするには、少々悪趣味な話だな」


 カバロの答えは静かだった。だが、その言葉と共に、アジト全体の空気が物理的な重圧を伴って「圧壊」し始める。


「何か言ったか? てめぇら、どこの回し者だ!」


 手下の一人がナイフを抜いて飛びかかった。だが、カバロは一瞥もくれない。


「フォス」


「はいはい、お仕事ですね」


 フォスが動いた、と思った瞬間。アジト内を、稲妻よりも鋭い「光の条」が駆け抜けた。松明だけが照らしていた薄暗い部屋は、一瞬で光度を増し、周囲にいた者たちの目をくらます。


「残光・千点突き」


 一瞬。たった一瞬の静寂の後、男のナイフは原子レベルの振動で粉々に砕け散り、周囲にいた十数人の衣服のボタンだけが、寸分の狂いもなく弾き飛ばされた。


「なっ……何が起きた!?」


「次からは、心臓の鼓動を止めてやる。……お前たち、光に焼かれたくなければ、動かないことだ」


 フォスは既に元の位置に戻り、細剣を鞘に収めている。その超抜的な速度に、悪党たちは恐怖で凍りついた。

 変装を解いたカバロが一歩、前へ出る。彼の歩み一つで、床の石畳が重力加速度に耐えかねてひび割れた。


「貴様。その卑劣な行い、何一つとして良心が痛まぬと見えるが……言い残すことはあるか?」


 目の前にいるのは魔王や勇者すらも凌駕する「444人リスト」の一角。ボスは重圧を増したカバロに震えながらも、強がって唾を吐き捨てた。


「良心だあ? 奪い、犯し、焼き払う。それがこの世の理だろうが! 奪われる奴が、弱い奴が悪いんだよ!」


 カバロの口角が、冷たく、そして鋭く吊り上がった。


「――答えは出たな。ならば、貴様の言うその『理』に従い、より強き重力の下で塵に帰すがいい」


 カバロが槍を静かに構える。

 その瞬間、アジト内の引力は反転し、真の絶望が彼らを飲み込み始めた。


「……おのれ、たった二人で舐めやがって! 全員で殺せ! 蜂の巣にしろッ!」


 ボスの怒号が響き、百人の暗殺者が四方八方から襲いかかる。

 カバロは静かに、背負っていた布包みを解いた。

 現れたのは、紺色の魔力を帯びた十文字槍――重力槍『エクセリオン』。


「膝を突け。貴様らが汚した大地が、貴様らを求めている」


 カバロが槍の石突を地面に軽く突いた。

 その瞬間、アジト内の重力が数万倍へと跳ね上がった。


「ぐっ……がああああ!!」


 襲いかかろうとした百人の男たちが、目に見えない巨大な足で踏みつけられたかのように、一斉に床へと叩きつけられた。石造りの床が彼らの体の形に陥没し、骨の軋む音が不気味に響く。

 それは「戦闘」ですらなかった。

 ただの「処刑」であり、「清掃」であった。


 カバロは、這いつくばるボスの前までゆっくりと歩み寄る。彼の一歩ごとに、周囲の空間がミシミシと悲鳴を上げ、天井から土砂が零れ落ちる。


「……化け物め……! これを、これを食らえッ!」


 ボスは震える手で、隠し持っていた禁忌の兵器「魔力猟銃」をカバロに向け、引き金を引いた。


 ドォン! ドォン!


 凄まじい発砲音と共に、高密度の魔力弾が放たれる。至近距離。回避は不可能なはずだった。しかし、放たれた弾丸は、カバロの顔面の数センチ手前で、まるで目に見えない壁に衝突したかのように停止し、そのまま「ペシャンコ」に潰れて床に転がった。


「……どこを撃っている。重力の前では、弾丸すら自由を失うというのに」


 カバロの瞳には、怒りすら浮かんでいない。ただ、害虫を駆除する際のような、絶対的な無関心があった。


「貴様らの罪状は『聖域の汚染』。……地獄への旅路は、私が加速させてやろう」


 カバロが槍を高く掲げた。


「『天秤(グラビティ・)の審判(ジャッジメント)』」


 槍の穂先に、極小の、しかし全てを呑み込む漆黒の「特異点」が発生する。


「待て……助けてくれ! 金ならいくらでも――」


「その金も、質量の一部に過ぎない」


 カバロが槍を下ろした。

 爆発音はしなかった。ただ、凄まじい「吸い込まれる音」が響いた。

 百人の外道、積み上げられた金貨、血に染まった武器、そして巨大な地下アジトそのものが、中心の一点へと収束していく。外道の命乞いの声ですらもその中心に吸い込んでしまう。


 物質が圧縮され、分子レベルで崩壊していく絶望的な光景。

 数秒後、そこにあったのは、広大な地下空間ではなく、掌に乗るほどの大きさまで圧縮された「ただの鉄屑の塊」だった。


「……完了したな」


 カバロが槍を布に包み直すと、崩落しかけていた天井を重力で固定し、何事もなかったかのように歩き出す。


「お見事です、団長。これじゃあ証拠隠滅どころか、歴史そのものから消えちゃいましたね」


 フォスが軽口を叩きながら後に続く。


「……さて、ゼト殿に報告だ。明日の朝、アイリス様が美味しいパンを焼けるよう、街の『ノイズ』は消したとな」


 彼らは確信していた。

 自分たちこそが、この街を影から守る「真の正義」であると。

 自分たちのような最強の戦士が、誰かに屈することなど万に一つもあり得ないと。


 だが、彼らはまだ知らない。

 この街の「真の恐怖」は、地下アジトの暗殺者などではなく、彼らを気にかける、一人の女性であることを。


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