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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第3部-翠影双翼滅亡
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粛清-4.フォルトの猛攻

 

 戦場は()()()がそこにいたとしても加速する。俺とベニタデが火花を散らすその中心に、赤い雷光を纏った巨躯が割り込んだ。「破壊の猛虎」ティルだ。


「チョコマカと……その小刀ごと叩き潰してやるッ!」


 ティルが咆哮し、身の丈ほどもある大剣を力任せに振り抜く。対するベニタデは、羽毛のような軽やかさでそれを受け流そうと妖刀を斜めに滑らせた。


 ガギィィィン!!


 空気が震え、衝撃波が同心円状に広がって床の絨毯をズタズタに引き裂く。純粋な膂力パワーにおいては、ティルが圧倒していた。ベニタデの細い腕が軋み、妖刀の刀身が折れんばかりにしなる。だが、ベニタデは狂った笑みを崩さない。


「重い、重いぞ破壊神! だが、その鈍い一撃が私に届くことはない!」


 ベニタデは衝撃を利用してコマのように回転し、ティルの大剣の側面を蹴りつけて跳躍した。空中で身を翻しながら、袖から放たれた隠し刀がティルの肩を浅く切り裂く。赤雷と妖気が火花となって混ざり合い、二人の怪物は文字通り「削り合い」の領域へと足を踏み入れていた。


 その乱戦の最中、ベニタデの意識が再び俺へと向く。奴が印を結んだ瞬間、宙に舞っていた無数の紅葉手裏剣が、意思を持つ生き物のように一斉にその鋭利な先端を俺へと向けた。


「死ねッ! 私の極彩色いろになるがいいッ!!」


 ベニタデの狂った叫びと共に、全方位に展開されていた紅葉の礫が、一斉に収束を開始した。

 視界を埋め尽くすのは、不規則な軌道を描いて迫る無数の死の木の葉。


(……チッ、逃げ場はねえか!)


 俺は漆黒の魔力を眼球に集中させ、『狼王(フェンリル)の眼(・ヴィジョン)』の深度を一段階引き上げる。加速する思考の中で、0.5秒後に訪れる絶望的な未来が、青白い残像となって脳内に投影された。

 左側頭部を削られ、右脇腹を貫かれ、そのまま全身を爆縮の渦に飲み込まれて、文字通り「肉の紅葉」に変えられる未来だ。


 まともに受ければ、死ぬ。だが、避ける隙間もない。

 刹那の判断で、俺は逆手に持った双極・白狼剣を胸の前で交差させ、防御の姿勢を取った。しかし、ただ縮こまったわけじゃない。俺は敢えて、着弾の直前に一歩前へと踏み込んだ。


「……ッ!!」


 衝撃が全身を襲う。四方から炸裂した魔力手裏剣の爆縮波が、俺の防壁に激突した。骨が軋み、臓腑が震える。だが俺はその凄まじい破壊エネルギーを、自らの跳躍力に置換した。衝撃に逆らわず、むしろそのベクトルを借りるようにして、後方へと一気に跳躍する。


 数十メートルの距離を瞬時に飛び退き、瓦礫の山に着地した。

 熱い液体が、右の頬を伝うのがわかる。薄く滲んだ血が、冷たい夜風にさらされて熱を奪われていく。


「……ハッ、速度だけなら俺と同等か。だが、捉えられないほどじゃねえ……!」


 ベニタデの狂気は、戦いの熱量に比例して純度を増し、技の冴えを極限まで研ぎ澄ませている。だが、奴の「死の芸術」に対する執着が強まれば強まるほど、その刃には明確な「意志」が宿る。意志がある以上、それは予測の範疇だ。


「捉えただと? 片腹痛いわ! 貴様はまだ、私の絵具のひとしずくに過ぎぬというのに!」


 ベニタデが再び地を蹴る。奴の影が、赤い軌跡を描きながら迫り来る。

 だが、俺はもう同じ手は食わない。


「……死神の糸に絡まって、バラバラになりな」


 俺は着地と同時に、指間に仕込んでいた不可視の魔力鋼糸を、扇状に広範囲へ展開した。ただの糸ではない。一本一本に「因果断絶」の魔力を纏わせた、高密度の切断罠だ。


 ベニタデの超高速の移動が、物理的な糸の網に阻まれる。


「ぐっ……!? 浅知恵を……!」


 奴の着物が弾け、肩から、脚から、鮮血が噴き出した。細く、鋭い糸が奴の皮膚を割き、骨にまで達する深い傷を刻む。

 だが、ベニタデの動きは止まらない。それどころか、奴は血を流しながらもさらに一段上のギアへと加速した。


「ハハハ! 素晴らしい! 素晴らしいぞ、死神! 私の血さえも、この舞台を彩る鮮やかな紅葉の色に染まる! もっとだ、もっと激しく、もっと美しく踊れッ!!」


 狂気が、奴の肉体のリミッターを外したのだ。

 ベニタデは、自らの肉が糸に削げ落ちる痛みさえ、自らの「芸術」を完成させるための絵具であるかのように笑い飛ばしている。妖刀から放たれる禍々しい赤い熱波が、周囲に張り巡らせた魔力鋼糸を一本残らず焼き切り、奴の影が再び、獲物を刈り取る大鎌のように俺の喉元へと肉薄する。


「終わりだぁッ!」


 妖刀の切っ先が、俺の皮膚を焼く熱を持って迫る。

 その瞬間。


「ルウ、下がってろ! こいつは俺の獲物だ!!」


 真上から、空気を押し潰すような凄まじい重圧が降り注いだ。

 空中へ逃れた俺の影を追い越すように、地響きを立ててその巨躯が突っ込んでくる。

 フォルトだ。


「……フンッ!!」


 振り下ろされた巨大な斧槍、ハルバード『大地の牙』が、ベニタデの進路を物理的に叩き潰した。石造りの床が爆発するように砕け、土煙が舞う。


「重いだけの鈍亀が! 鎧ごと、その厚い皮を斬り刻んでくれるわ!」


 ベニタデは空中で身を翻し、着地と同時に超高速の連撃をフォルトに叩き込んだ。

 一秒間に数十合。常人であれば一瞬で肉の塊へと変えられる、目にも留まらぬ乱舞。赤い閃光が、フォルトの全身を包囲するように走り抜ける。


 しかし、フォルトは避けない。一歩も引かない。

 奴の肌は、周囲の大地から吸い上げた土石の魔力と完全に共鳴していた。その防御力はもはや生物の域を超え、神代の鋼鉄をすら凌駕する硬度を帯びている。


 キンッ! カギィィン!! ギギィィッ!!


 ハルバードの柄と、妖刀の刃がぶつかり合うたびに、屋敷の土台そのものが悲鳴を上げて震動した。

 フォルトは、ベニタデの「速度」を力ずくで正面から受け止めている。避ける必要さえないその圧倒的な質量は、ベニタデがどれほど速く動こうとも、その攻撃をただの「表面的な傷」に留めてしまう。


「……無駄だ。お前の針のような剣じゃ、俺の魂までは届かねえ」


 フォルトの重厚な一撃が、ベニタデの剣を弾き飛ばす。

 衝撃。火花。地鳴り。

 圧倒的な「速度」を誇る剣鬼と、圧倒的な「質量」を誇る重戦士。


「これで、おしまいだ」


 アストの声が響いた瞬間、三本の魔力矢がベニタデの両目と額の寸前で爆発した。直接の殺傷ではない。強烈な閃光と衝撃波が、剣士の命綱である視界を完全に奪い去る。


「……ッ!? 目が、私の庭が見えん……!」


 その一瞬の隙を見逃す俺ではない。影に溶け込み、ベニタデの心臓を白狼剣で捉えるべく踏み込む。だが、トドメを刺したのは、静かに、そして深く「キレた」フォルトの一撃だった。


「森の静寂を乱した罪、その身で償え」


 ドォォォォォン!!


 地脈の全エネルギーを一点に凝縮し、乗せたハルバードが、ベニタデの胴体を真っ向から粉砕した。衝撃が広間全体を突き抜け、石壁が粉々に弾け飛ぶ。


 全身の骨と心臓が破裂した感覚に襲われるベニタデ。彼の目は轟音と火の粉に包まれる屋敷で虚空を見上げながら、ブツブツと呟く。


「私は......まだだ......最高の......風景を......35年の人生は...」


 聞こえたのは外道の情けない遺言。血をまき散らす風景を作るという歪んだ美学への悔恨の念など、俺たちには聞く価値すらない。

 美学という名の狂気に憑りつかれた剣士は、自らの血で描かれた本物の「紅葉」の中に沈み、物言わぬ肉塊へと変わった。


「やったな、フォルト」


 俺は剣を鞘に納め、荒い息を整えた。


「ああ。……さて、今から証拠隠滅の時間だ。森を汚した連中の痕跡、一つ残らず土に還してやるぜ」


 フォルトが満足げに笑い、ハルバードを構え直したその時だった。


「……あ、あの……。お話し中のところ、ごめんなさいね?」


 崩壊した壁の向こう側。パジャマ姿で、ニンジンカゴを抱えたピセアが、困ったように首を傾げて立っていた。彼女の足元には、先ほどまでベニタデが放っていた妖気や、俺たちの放った殺気が、まるで春風に洗われたかのように跡形もなく消え去っている。


「フォルトさん、アストさん。こんな夜中に……それに、ルウくんにティルくんまで。……どうして、そんなに大きな姿になっているのかしら?」


 ピセアの穏やかな瞳が、俺たちを真っ直ぐに見つめた。

 取り戻したはずの「俺」という自意識が、彼女の視線にさらされた瞬間、急速に「僕」という家畜の殻へと引き戻されそうになる。


 本当の地獄は、ベニタデとの死闘ではなく、ここから始まることを僕たちは直感した。


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