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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第3部-翠影双翼滅亡
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粛清-3.紅葉斬り

 

 白狼剣の重厚な柄を握りしめる掌に、かつて数多の修羅場を潜り抜けてきた時にしか得られない、懐かしくも鋭い緊張感が走る。脳裏の深淵から、裏社会で囁かれていた一際不吉な噂が、鮮明な映像を伴って引きずり出された。


(……紅葉斬りのベニタデ。確か数年前、一夜にして一つの宿場町を、犠牲者の血で描いた『紅葉』で埋め尽くした狂執の剣士。444人リストの中でも、一際異彩を放つ狂人か)


 この男には、金への執着も権力への渇望もない。ただ、死体をいかに「美しく」並べるか、いかに惨たらしく、かつ芸術的に命を散らすか……その一点のみに心血を注ぐ異常者。かつて俺が「効率的な終焉」を求めて刃を振るっていた頃、最も相容れず、最も厄介だと断じていた同業者だ。


 俺は眼光を極限まで鋭く研ぎ澄ませ、0.5秒先の未来を視覚化する『狼王(フェンリル)の眼(・ヴィジョン)・ヴィジョン』を解放する。視界に混じる漆黒の魔力が、ベニタデの微細な筋肉の収縮、重心の揺らぎ、そして彼を取り巻く死の予感を解析していく。その情報の全てを、冷徹に脳内へと叩き込んだ。


「ハハハ! やれ、ベニタデ! この無礼者共を一人残らず皆殺しに――ぐっ、あ……」


 背後で、勝利を確信した貴族が下劣な狂喜の声を上げた瞬間、その言葉は断ち切られた。アストの指先から、音もなく放たれた高密度の魔力矢。それは大気を切り裂く音すら置き去りにし、貴族の眉間を寸分の狂いもなく貫いていた。


「……うるさい。主役はあんたじゃないんだ。黒幕はさっさと逝け」


 アストの声は、凍てつく冬の夜風よりも冷たい。彼は崩れ落ちる貴族の骸には目もくれず、残りの指で次なる矢を番え、周囲への警戒を解かない。


「さて、背後に来た護衛どもを潰すか。ルウ、そいつはマジで厄介な奴だ!」

 

 アストが後ろを振り向きながら次の護衛を近距離で矢をつがえる必要もなく粛清していく。彼の弓は近距離にも対応でき、刀剣のようにも活用できる。


 自らのスポンサーを、眼の前で「害虫」のごとく掃除されたベニタデ。彼は一瞬の静寂の後、青白かった顔を激昂で真っ赤に染め上げた。


「……貴様、私の『舞台』を汚したな……! 最高の芸術を完成させる前に、後援者を消すとは……許しがたい、万死に値する不作法だ!」


 ベニタデから放たれる殺気が、制御不能な爆発を起こす。広間に展開された赤い幻影は、より深く、より粘り気のあるドロリとした血の色へと変貌していった。


「死ねぇ、無礼者がッ!」


 ベニタデが地を蹴った。踏み込みと同時に、抜刀。赤い軌跡が夜の闇を切り裂き、俺の白狼剣と正面から激突する。


 ガギィィィン!!


 硬質な金属音が耳を突き刺し、激突の衝撃波だけで広間の最高級大理石が蜘蛛の巣状に砕け散る。超音速を超える超高速の剣戟。背後に控えるティルやフォルトですら、迂闊に手を出せば一瞬で肉を削がれ、細切れにされる極限の速度領域だ。


 ベニタデの妖刀は、振るたびに周囲の空気を異常加熱し、摩擦によって舞い散る火花が、まるで夜に散る紅葉のように俺の視界を遮っていく。


(速い……! だが、捉えられないほどじゃない!)


 だが、この男はただの剣客ではなかった。打ち合いの最中、ベニタデの服の袖から鈍い銀光が飛び出す。仕込み刀だ。


「私の懐に飛び込もうなど、甘いんだよ。勇者をこれで35人も葬ってきたのだ」


(俺の急所を狙うつもりか……!?)


 俺は双極の刃を交差させ、その蛇のような連撃をミリ単位の精度で受け流す。一撃ごとに重みが増し、奴の妖刀が俺の魂を啜ろうと牙を剥くのが、皮膚の感覚を通じて伝わってきた。


「逃がさぬぞ、死神! 貴様の首を、私の最高傑作の頂点に据えてくれよう!」


 間合いを取ろうとした俺に対し、ベニタデが懐から無数の暗器を放った。それは紅葉の形を模した、極薄かつ鋭利な特注の『紅葉手裏剣』。


「フンッ!」


 白狼剣で叩き落とそうとしたが、その手裏剣は空中で物理法則を完全に無視し、不規則に軌道を変えた。まるで秋風に弄ばれる本物の木の葉のように、俺の死角を突いて四方八方から包囲する。一枚一枚が魔力による爆縮機能を備えており、かすめるだけで肉を削ぎ、骨を断つ必殺の礫だ。


(……面倒な真似を)


 俺が虚無の魔力を剣に纏わせ、全方位への「因果断裂」を繰り出そうとした――その時だった。


「離れろ! ルウ!」


 猛虎の咆哮。ティルが、その巨躯に見合わぬ瞬発力で踏み込み、魔力を込めた灼熱の投擲槍をベニタデへ向けて全力で投じた。しかし、ベニタデは狂った笑みを浮かべたまま、わずかな身のこなしでそれを回避する。


「無駄だ! そんな単調な攻撃、これくらい読めているわ!」


 その殺戮の嵐の只中、屋敷の外から、のんびりとした、しかし妙に耳に残る、規則正しい「足音」が近づいてきた。


「……あらあら。随分と賑やかね。誰か、お庭で焚き火でもしているのかしら?」


 崩壊した壁の大きな隙間から、ひょっこりと顔を出したのは、あのおっとりとした薬草農家のピセアだった。花柄のパジャマ姿で、片手には「うさぎ用のニンジンが入ったカゴ」を大事そうに抱え、眠たそうに目をこすっている。


 だが、極限状態にある俺たちは、その異様さに気づく余裕すらなかった。伝説の亡霊たちと狂執の剣士、五人の化け物による死闘は、止まることなく加速していく。


「私の奥義でも食らうがいい! 散れ、紅葉!」

 ベニタデの周囲で、血の嵐が吹き荒れる。


「ガァァァッ! チョコマカと……俺の大剣で吹っ飛びやがれ!」

 ティルが真っ赤な雷光を纏った大剣を振り回す。ベニタデの紅葉手裏剣がティルの鋼のような筋肉に突き刺さり、血が噴き出すが、破壊神はそんな痛みなど意にも介さない。


「痛くも痒くもねぇぞ! まだまだだ!」


 崩壊し続ける豪華な広間。舞い散る血と火花。そしてその中心へ、カゴを揺らしながらパジャマ姿の聖域が、ゆっくりと足を踏み入れていく。地獄のような戦場と、昼下がりのようなピセア。その絶対的な不調和が、やがて来る「終焉」の足音であることを、俺たちはまだ知る由もなかった。


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