粛清-2.粛清の行進
「協力してやるよ。僕も……いや、俺も、溜まりに溜まったストレスを吐き出したくて仕方がなかったところだ」
自分の口から出た「俺」という一人称に、脳の芯が痺れるような快感を覚えた。
「僕」ではない。アイリス姉さんの腕の中で甘える、去勢された家畜のような呼び名ではない。数万の魂を刈り取り、歴史の裏側で畏怖された一人の戦士としての名乗りに、血管が歓喜で震えている。
俺の瞳は、すでに日常の光を失い、標的の命の脈動を透視する『狼王の眼』へと変貌していた。
月光の下、四人の「444人リスト」が並び立つ。
影に潜むアスト、巨躯を誇るフォルト、赤雷を纏うティル。そして、死神の俺。
一国を滅ぼしかねない絶望的な戦力が揃い、夜の森を滑るように進んでいく。足音も、呼吸音もない。ただ、彼らが通り過ぎた後の草木が、冷たい殺気に当てられて白く凍りつくだけだ。
向かう先は、この地方一帯を裏で牛耳る強欲な貴族の拠点。
奴はピセアの住むあの静かな森さえも買収し、私欲のために切り拓こうと画策しているという。
「森を壊す奴は、俺のハルバードが許さねえ」とフォルトが低く唸る。
だが、俺にとっての理由はもっと単純だ。
俺の、俺たちの誇りを踏みにじったこの「不条理な世界」への、最初の報復だ。
たどり着いたのは、深い森の奥に聳え立つ、要塞のような貴族の屋敷だった。
高さ十メートルを超える石壁。その上には数百人の重武装した私兵が並び、高位の魔術師たちが放つ探知の結界が、蜘蛛の巣のように夜空を覆っている。
「……さて、どう料理する? 搦手で行くか、それとも正面からぶち抜くか」
ティルが好戦的に笑い、その拳に赤い雷光を爆ぜさせた。チワワの頃の怯えは微塵もない。
「正面なんて面倒な真似はよせ。俺たちが作戦会議する必要があるか?」
アストが冷ややかに言い放ち、すでに弓を引き絞っている。
俺は腰の『白狼剣』の柄に手をかけた。
触れるだけで、剣に宿る狼の魂が俺の意思と共鳴し、黒い霧となって溢れ出す。
マンチカンの姿だった時、この剣の重みさえ持てなかった屈辱が、今、どす黒い力となって全身を駆け抜けた。
「俺の『白狼剣』は、すでに獲物を求めている。……0.5秒で終わらせてやる」
俺は影に溶け込み、一歩踏み出した。
地面を蹴る感触が、マンチカンの柔らかな肉球ではなく、鋼のような強靭な踏み込みへと変わっている。
(ああ……これだ。この感覚だ)
精神が研ぎ澄まされ、世界がスローモーションに沈んでいく。
見張りの兵士が瞬きをする。その僅かな暗転の間に、俺は影を渡り、屋敷の門を越える。
結界? 探知? そんなものは、死神の歩みの前ではただの無意味な光に過ぎない。
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かつてない規模の粛清劇が幕を開ける。
俺たちの後ろでは、フォルトが「一気に更地にするぞ!」と叫びながらハルバードを振り上げ、ティルが咆哮と共に門を粉砕した。
「……邪魔だ。消えろ」
俺は最前線の兵士の喉元へ、音もなく白狼剣を振り下ろした。
返り血が頬を打つ。
「ルウくん」と呼ばれた昨日の自分を殺すように、俺は夜の要塞へと深く、深く沈んでいった。
要塞の如き屋敷の正門。重武装した護衛たちが周囲を警戒していたが、彼らの視界から突如として「色」が消えた。
「なっ、何者だぁ……!?」
一人が叫ぼうとした瞬間、その喉元に冷たい銀の刃が添えられる。
背後に立つのは、あの屈辱的な苺ドレスの面影など微塵もない、冷徹な暗殺者。
「……声を出すな。風が吹く間に、お前たちの命は終わる」
俺の指先がわずかに動く。指間に張られた不可視の魔力鋼線が、夜風に乗って死の網を広げた。一閃。周囲の護衛たちが構えていた最新鋭の魔導武器が、バターのように細切れになって地面に落ちる。悲鳴を上げる暇さえ与えない。これが、俺が取り戻した「死神」の領域だ。
「隠れてコソコソするのは性に合わねえんだよ! どけッ!!」
正門を文字通り「粉砕」して現れたのはティルだ。彼の拳から放たれる赤い雷光が、屋敷が誇る最新の防衛障壁を紙細工のように引き裂いていく。
「なんだお前!」「お前たち、撃て!」
護衛たちが突然の轟音に声を荒げるがティルはそれでもお構いなし。火砕流のごとく本丸へと突撃する。
「雑魚に構ってる暇はねえ! どけと言ってるんだッ!」
ティルが地面を叩けば、地脈を伝わる衝撃波で数十人の私兵が木の葉のように舞い上がる。逃げ場を失った連中の退路を、フォルトの巨大なハルバードが物理的に封鎖し、上空からはアストの矢が正確に魔術師たちの杖を射抜いていく。
要塞はわずか数分で、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。俺たちの連携に、もはや言葉はいらない。
屋敷の最奥、金銀で飾られた贅を尽くした大広間。
震えながら椅子にしがみつく悪徳貴族の前に、四人の怪物が姿を現した。踏みしめる絨毯が、兵士たちの返り血で黒く染まっていく。
「ひ、ひぃぃっ! 貴様ら、何が目的だ! 金か? 爵位か? 命だけは、命だけは助けてくれ!」
「金で森の静寂が買えるか? 命で払ってもらうぜ。……それが森の掟だ」
フォルトが冷たく言い放ち、一歩踏み出す。その巨躯から放たれる威圧感だけで、貴族の心臓は止まりかけていた。だが、その絶望の淵で、外道は醜い笑みを浮かべた。
「……ハハッ! 待て待て、そう焦るな。この私を殺せば、この国がどうなるか分かっているのか!? 出てこい! こいつは私の切り札だ。お前たちと同じ、あのリストに名を連ねる男だぞ!」
貴族が狂ったように隠し扉を叩く。
重厚な石の扉が開き、そこから一人の男が静かに歩み出た。
血のように赤い着物を纏い、腰には不気味な妖気を放つ長刀を差している。その足取りには一切の迷いがなく、ただ静かな殺気だけが部屋を満たしていく。
「444人リストの『終焉』に『破壊』、それに『双翼』か。……なるほど、豪華な顔ぶれだ」
男が刀を抜くと、広間全体に、季節外れの真っ赤な紅葉が舞い散るような幻覚が広がった。
「私は『紅葉斬り』のベニタデ。……お前たちの首、私の庭の肥やしにしてくれよう」
アストが毅然とした顔で言い放つ。
「今の言葉そのままそっくり返すよ。お前こそ森の肥やしになれよ」
リスト入りした外道の剣士。
その刀身から放たれる妖力は、俺たちの警戒レベルを一段引き上げさせるに十分な鋭さを持っていた。
「……4人同時か。面白い。これなら私の『死神』としての腕慣らしにはちょうどいい」
俺は白狼剣を構え、赤い幻影の中へと踏み込む。伝説の亡霊たちによる、最悪の共演が始まった。
だが、高揚する俺の意識の片隅で、妙な違和感が拭えなかった。
この圧倒的な力。この絶対的な自由。
……それにしては、先ほどからピセアの薬草の香りが、鼻腔の奥にこびりついて離れない。
――この戦いの騒ぎが、もしも森の奥で眠る「あの調律師」の安眠を妨げてしまったら?
なんていうことは今は考える必要などない。目の前の敵を粛清するだけだ。その時、俺たちが手にしたこの「伝説の姿」が、どのような結末を迎えるのか、その恐ろしさを完全には理解していなかった。




