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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第3部-翠影双翼滅亡
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粛清-1.脱走決行

 

 キャンプ地に戻ったアストは、フォルトが持ち帰ったピセアの「青い月見草」と、受け取ったレシピを元に、慎重に精製を開始した。


「アスト、レシピを間違えるなよ。一回でも手順を間違えたらすべて水の泡だ」


 フォルトが魔力で火力を調整し、アストが精密な手つきで抽出液を混ぜ合わせる。


「……できたぜ」


 焚き火の光に透かされた小瓶の中には、濁りのない、透き通った翠色の液体が満ちていた。


「最近、誰かが試作で薬を作っているやつがいるという噂を聞いている。だが、この薬はより純度が高い。ピセアの薬草のおかげか……これなら、奴らもアイリスたちの目を盗んで長時間、元の姿を保てるはずだ」


 フォルトが拳を握りしめる。


「よし、あとはこれをどうやってあの『イチゴ猫』と『震える犬』に届けるかだ」


「ちょうどいい、あいつらにも数件手伝ってほしい依頼がある。その相手は444人リスト入り確実の猛者がいるとかいないとか...」


 二人は勝利を確信していた。


 しかし、彼らの背後の草むらで、ピセアが落とした「摘み取り用のハサミ」を探しながら、すぐそこまで歩いてきていることには、まだ気づいていなかった。


-----


 静寂が支配する深夜の孤児院。

 僕は孤児院の窓際で目を光らせながら月を見上げていた。僕のもとに一羽の伝書鳩が来ていた。その伝書鳩はフォルトの使い魔でもある。僕は伝書鳩から小さくなった体で苦労しながらも手紙を受け取った。


「にゃっ(...…やっぱりこの手足は難しい。口ならどうだ)」


 慣れない肉球で手紙を開けようとするが、その短い手は人間時代の器用な手先に比べると扱いが慣れない。おまけにイチゴドレスのせいなのか、体も動かすのが辛い。

 僕が見た手紙の内容は、アイリス姉さんですら判読できないような文字だ。


――この件、僕を呼びたいということだな。


 隣のベッドで穏やかな寝息を立てているアイリス姉さんの気配を、僕はヒゲの先まで神経を尖らせて探っていた。彼女は一度眠れば深い。だが、その「平穏」という名の檻は、僕のような怪物にとってはどんな結界よりも強固だった。


(……今だ)


 僕は音もなくベッドを抜け出し、鏡の前に立った。月光に照らされた、ピンクのイチゴ柄ドレス。これまでの屈辱の象徴。僕は器用に前足と口を使い、そのフリルを脱ぎ捨てた。布一枚なくなっただけで、皮膚を撫でる夜風が、かつての戦場の冷気に思えてくる。


「にゃあ(……先に行くよ、姉さん)」


 窓から夜の闇へと飛び出す。同時に、街の反対側――ルンさんの屋敷の方から、凄まじい速度で接近してくる小さな影があった。首に引きちぎられた高級リードを巻き、必死の形相で疾走してくるチワワ……ティルだ。


「キャン!(待たせたな、ルウ!)」

「にゃ(静かにしろ、バカ犬。まだ街の中だぞ)」


 僕たちは最短ルートで街外れの森へと駆け抜けた。そこには、約束通り、翠色のマントを翻したアストと、巨躯を揺らすフォルトが待っていた。


 アストの手には、焚き火の光を吸い込んだような、透き通った翠色の小瓶が握られている。ピセアから掠め取った薬草と、伝説のレシピが結実した「禁断の薬」。


「さあ、飲みな。お前らの『正体』を呼び戻してやるよ」


 アストの冷徹な声と共に、僕の前に小瓶が置かれた。僕は迷わず、その液体を飲み干した。


 小瓶の中身が喉を通り、胃に落ちた瞬間。内側から、煮え滾るような熱が全身の血管へと噴き出した。


(……来るッ!!)


 バキバキと、耳障りな骨の軋む音が森の静寂を切り裂く。

 視界が急激に高くなり、短かった手足が、鋼のような筋肉を伴って伸長していく。皮膚の下を這う魔力の奔流が、マンチカンの矮小な器を内側から破壊し、本来の「姿」を再構築していく。


 光が収まった時、そこにはもう、ピンクのドレスを着た猫はいなかった。

 純白の衣を纏い、腰には双極・白狼剣。

「終焉の死神」と呼ばれた僕――ルウが、月下に立っていた。


「……ハッ、元通りだ! この重み、この感覚……やっと地獄から戻ってこれたぜ!」


 横を見れば、同じように変貌を遂げた男がいた。

 震えるチワワなどではない。全身に赤い雷光を纏い、その一撃で城壁を粉砕する「破壊の猛虎」ティルだ。彼は己の拳を握り締め、狂喜に満ちた咆哮を上げようとしていた。


「おい、あまり騒ぐな」


 僕はティルを制しながら、己の感覚を確かめた。指先の鋭さ、魔力の密度。ピセアの薬草のおかげか、これまでの精製薬とは比べ物にならないほど「人間」としての実感が濃い。


 そんな僕たちへ、フォルトがハルバードを肩に担ぎ直し、重厚な声をかけた。


「再会の挨拶は抜きだ。いきなりで申し訳ないが、手紙でも伝えた通り協力してほしい依頼が数件できた。俺たち『翠影双翼』だけじゃ、少々手が足りないほどの大物だ」


 アストもまた、弦のない魔法弓を引き絞り、緑色の魔力矢を番えながら冷ややかに笑う。


「あんたらも、あのドレスやバッグの中で衰えてはいないだろう? 腕慣らしにはちょうどいい相手だ。……『444人リスト』の猛者たちの実力、久しぶりに見せてもらうぜ」


 僕は腰の剣の柄に手をかけた。

 心地よい重量感。あのおっとりとした薬草農家の女や、聖母のようなアイリス、そして鉄の規律を持つルン……。あの女たちに支配されていた屈辱の時間は、今この瞬間に終わったのだ。


「いいだろう。……僕たちの『正義』を邪魔するゴミどもを掃除してからだ。その後で、あの姉さんたちに、本当の『恐怖』ってやつを教えてやる」


 僕は不敵な笑みを浮かべ、闇へと足を踏み出した。

 死神と猛虎、そして翠影双翼。

 伝説の亡霊たちが再び揃い、大陸の裏側が再び血と恐怖で塗り替えられる――はずだった。


――しかし、この時の僕たちはまだ気づいていなかった。

 精製された薬に含まれていたピセアの「調律成分」が僕たちが拘束される呪いへのカウントダウンの始まりであるということに。


 そして、森の奥から僕たちの姿をじっと見つめる、摘み取り用のハサミを手にしたピセアの穏やかな視線にも。


「あらあら、みんな揃って……お外遊びは、もう少しで終わりですよ?」


 その呟きは、夜風に消えていった。

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