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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第3部-翠影双翼滅亡
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到着-2.表の顔、そして遭遇

 

 あの日、街の北側に突如として出現した「不自然な更地(森)」を見て、僕は確信した。

 この街に、あの厄介なコンビが来ている。

 地脈を操り、因果を植物の成長へと置換するあの手口は、444人リストの中でも『翠影双翼(フォレストフェザー)』の二人にしかできない芸当だ。


(……馬鹿な奴らだ。アイリス姉さんとルンさんの目の前で、あんな派手な不法投棄をするなんて)


 案の定、その翌日から姉さんの笑顔は「三日三晩寝ていない般若」のような、純粋で鋭利な美しさを帯び始めた。ルンさんに至っては、法律書の角でティル(チワワ)の頭を小突きながら、「不法占拠された私有地の原状回復義務」についてぶつぶつと呪文のように唱えている。


 このままでは、フォルトとアストも間違いなく「更生」の餌食になる。

 だが、これは僕にとっても千載一遇のチャンスだった。

 あの日、市場で出会った薬草農家の女・ピセア。彼女から感じた「凪」の違和感。そして、彼女が扱っているあの独特の香りがする薬草……。あれこそが、薬剤師ペセの作った「一時的な人間化の薬」の成分を凌駕する、因果そのものを書き換える鍵ではないかという直感があった。


 僕は一週間、チャンスを待った。そして今日、アイリス姉さんが孤児院の昼寝時間で目を離した隙に、イチゴ柄のドレスを翻して路地裏へと滑り込んだ。


 塀の上に座り、待つこと数分。

 路地の向こうから、気配を殺しているつもりで、その実、周囲の空気をピリつかせている男がやってきた。

 弓具屋の「表の顔」を装っているが、歩幅一つ、重心の移動一つが「いつでも相手の眉間を射抜ける」戦闘態勢のままのアストだ。


(……来たか。悪趣味な苺ドレスで待っていた甲斐があったよ)


 僕は、蔑みの視線を向けて通り過ぎようとするアストを呼び止めるべく、脳波を同調させた。


「(……待て。そこにいるのは翠影双翼のアストか)」


 僕が脳内に直接「俺(裏の顔)」の意識を叩き込むと、アストの動きがピタリと止まった。

 彼は即座に周囲を一瞥し、懐の獲物に指をかける。だが、殺気はどこからも感知できないはずだ。当然だ、発信源は僕なのだから。


「(……テレパシーだと? どこだ、どこに隠れてやがる……!)」


 アストの鋭い視線が、ついに塀の上の僕を捉えた。

 フリルに包まれたマンチカン。あまりにも情けなく、あまりにも戦場から遠い存在。しかし、僕の瞳だけは、かつて彼と死線を潜り抜けた時と同じ、冷徹な『狼王(フェンリル)の眼(・ヴィジョン)』で彼を見据えていた。


「……猫か。なんだその、苺のフリルドレスを着た悪趣味な姿は」


 アストが口を歪めて嘲笑する。だが、その声には困惑が混じっていた。


「……あの飼いアイリスは、遠目に見る限りただの一般人だ。外道にも、熟練の術者にも見えん。だが、なぜ俺の名を知っている? ……まさか、この猫が喋っているのか?」


 僕は塀からしなやかに飛び降り、アストの足元に音もなく着地した。フリルが風に舞う。


「にゃ~ん(僕はルウだ。姿はこうだが、わけあってアイリス姉さんに飼われている。……単刀直入に言う。お前たちが「表の顔」で取引している相手、ピセアが持つあの「薬草」だ。あれを手に入れろ)」


 アストの目が、驚愕と、それ以上の侮蔑で細まった。


「……444人リストの筆頭、死神のルウ……だと? その成れ果てが、ピンクの布に包まれて足元でゴロゴロ言っているのか。笑わせるな、腹がよじれるぜ」


 彼は本気で笑っていた。その慢心こそが、かつての僕やティルと同じ「転落」の前兆だというのに。しかし、僕はそれに反して毛を逆立てる。ここまで馬鹿にされるくらいなら威嚇で彼を試すしかない。


「シュー(やめろ、これでも僕は男だ。だが今はせいぜい笑ってろ。本題を言うがピセアの薬草には、僕たちを元に戻す……いや、この「因果の檻」から抜け出す手がかりがあるかもしれないんだ。……頼む、彼女と取引をして、あの薬草を手に入れてほしい。今はまだ、彼女に「害獣」として認識されていない君たちにしかできないことだ)」


「……あの薬草農家の女、ピセアにそんな力があるとは到底思えんが。ただの、おっとりした、少しボケた姉ちゃんだぞ?それで、どこでその情報を仕入れた?」


 僕はアストを見上げ、声(意識)を一段と低く沈めた。


「にゃあ(わからない。でも猫になってから急激に発達した嗅覚で「何かの匂い」を感じた。ピセアは……僕の勘だが、アイリス姉さんやルンと同じ「あっち側」の人間だ。世界の均衡を保つために、突出した力を「無害」な存在へ強制的に調律する……その最古の一族の末裔かもしれない)」


 僕の嗅覚は猫特有のそれ。僕の小さな髭は彼女の本性に敏感になっていた。

 アストの眉がピクリと跳ねた。


「にゃあ(アスト、警告しておく。君たちは今、絶壁の縁を歩いているんだ。あの日、邸宅を勝手に「森」に変えただろう? あれでアイリス姉さんの怒りの導火線に火がついた。ルンさんは、不法投棄された土地の固定資産税を誰に請求するかで、もうリストを絞り込んでいる)」


 僕は一歩近づき、アストの影を踏んだ。


「もしかしたら、次は君たちの番だ。このままピセアの「凪」に飲み込まれ続ければ、君たちも……あのティルのように震えるチワワか、あるいは長い耳を揺らしてニンジンを齧る「もふもふ」にされるぞ」


「……もふもふだと?」


 アストが鼻で笑い飛ばそうとした、その時。

 街の広場の方から、アイリス姉さんの穏やかで、どこか背筋を凍らせるような鈴の鳴るような声が響いてきた。


「ルウくーん? どこかしらー? おやつの時間ですよー」


 その声を聞いた瞬間、僕のマンチカンとしての身体が反射的にビクンと跳ね、尻尾が太くなった。アストもまた、理由のわからない「生物的な恐怖」に、わずかに肩を震わせた。


「(……時間が来た。アスト、忘れるな。ピセアに悟られる前に、あの薬草を確保しろ。それが、僕たち「リストの怪物」が人間としての尊厳を取り戻す、最後の希望なんだ……!)」


 僕はマンチカンの姿で脱兎の如く、アイリス姉さんのもとへと駆け出した。

 後に残されたアストは、路地裏の静寂の中で、自分の手の震えを押し殺すように弓の弦を強く握りしめた。


「……もふもふ、だと? ふざけやがって。俺たちが、そんな……」


 しかし、彼の脳裏には、ピセアが差し出した「ニンジンジュース」の、あの抗い難い清らかな香りが、甘い呪縛のように残り続けていた。


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