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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第6部-東部戦争開幕、三大組織滅亡
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お茶会-檻の中の終焉と、最凶のティータイム

 

 石鹸の清潔な香りと、立ち込める柔らかな湯気。

 東部の街の片隅にあるサリックスさんの洗濯屋は、相変わらず平和そのものの空気に満ちていた。軒先に干された真っ白なシーツが風に揺れ、道行く人々が朗らかに挨拶を交わす。


 だが、そんな「日常」という名の光景の真ん中で、僕――かつて伝説の暗殺チーム『白爪ホワイトクロー』を率い、三万以上の命を刈り取った「最悪の終焉」の僕は、この世の終わりを予感させる絶望に浸っていた。


 理由は明白だ。

 目の前で、透き通るような水色の髪を揺らしながら、楽しげに鼻歌を歌っているアイリス姉さんの手元にある「それ」のせいだ。


「さあ、ルウくん。東部は少し夜風が冷えるみたいだから、この新しいお洋服を着ましょうね。ふふ、フリルがとっても素敵よ」


「みゃう(馬鹿を言わないでくれ、それは姉さんのエゴじゃないか……)」


 その一言にか弱い声が思わず漏れ出てくる。

 僕の視線の先には、純白のレースと真っ赤なイチゴの刺繍がこれでもかとふんだんに施された、世にも恐ろしい「フリフリドレス」が鎮座していた。しかも、冥静戦争でのペナルティとして、今は三枚重ねの重装備だ。


 今の僕は、白くてふわふわのマンチカンに転生させられている。抗う術はない。

 時速400kmで戦場を駆け抜け、あらゆる魔法障壁を無効化した「双極・白狼剣」のプライドは、アイリス姉さんの聖母のような微笑みの前では、一瞬にして蒸発してしまうのだ。いや、正確にはその笑顔の背後に透けて見える「般若の影」に、僕の本能が平伏してしまうと言ったほうがいい。


「にゃ、にゃあ……(姉さん、せめて……せめてこのフリル三枚重ねだけは勘弁してくれ……)」


 僕の精一杯の、そして悲痛な抗議は、姉さんの耳には「可愛らしい甘え声」としてしか届かなかった。

 僕はあっさりと首根っこを掴まれ、逃亡不可能な「イチゴの檻」へと押し込められた。


 情けない。実に情けない。

 だが、屈辱に浸っている暇はなかった。

 サリックスさんの店の軒先、そこにはもう一人の、僕と同等かそれ以上の「被害者」が繋がれていたからだ。


 真っ赤なリボンを首に巻かれ、細い足でプルプルと震えながら、それでも必死に眼光を鋭くして威厳を保とうとしている小さなチワワ。

 かつて僕と三日三晩にわたる死闘を繰り広げ、一軍を正面から粉砕した「轟く赤雷」――『焔牙騎士』のリーダー、ティルだ。


 アイリス姉さんと、その親友である「鉄の女」ルンさんが、お茶を淹れるために店の奥へと引っ込んだ。

 二人の気配が遠ざかったのを確認し、僕は即座によちよち歩きで行動を開始した。よちよち歩きは誰がどう見ても「かわいい猫だね」と思われるだけで済まされる。


「(おい元便利屋! お前、やっぱりその手の女の子の格好が絶望的に似合うじゃねぇか! 爆笑もんだぜ、そのフリル!)」


 ティルが、チワワ特有の制御不能な震えを隠しきれないまま、前足で僕を指し示して思考伝達(アサシン通信)を送ってきた。

 ……こいつ、自分が真っ赤なリボンで「おめかし」されて繋がれている現状を棚に上げて、よくもまあ笑えたものだ。


「(黙れ、ティル。僕はこれでも男だ。……それに、君こそルンさんにそのリボンを結んでもらった時、大人しく喉を鳴らして尻尾を振っていただろ? 僕は見ていたぞ)」


 僕はマンチカンの短い前足で、顔についたイチゴのレースを鬱陶しそうに払いながら冷ややかに返した。僕は短い手足を回しながらも本題に入る。


「(……それよりティル、状況は分かっているね? アイリス姉さんは、あの冥静戦争の激戦に割って入って、破壊神ベスパと静寂の捕食者マンティを、文字通り『しつけ』たんだ。あの大物二人さえ、今はどこかで猫や犬にされてるっていう知らせは君も知っているだろう?)」


 ティルのチワワ顔が、一瞬で険しくなった。

「(……ああ、思い出しただけでも毛が逆立つぜ。あの二人が一瞬で無力化されたって聞いた時は、耳を疑ったもんだ。だが、今の問題はそっちじゃねえ。……東部だ。また不穏な風が吹いてやがる)」


 ティルの喉が、野生の直感に反応して「グルル」と低く鳴った。


「(……ガレとグリだ。あいつらも義賊気取りの馬鹿正直者だが、今はあいつらの小競り合いどころじゃない事態が起きてる。……『骸蝶の軍勢スカル・パピヨン』。リュカの野郎が、本腰を入れてこの街を『管理』しにきやがった)」


「(同感だ。昨夜の爆発……あれは明らかに宣戦布告。ただのテロじゃない、この街の既存の勢力を嘲笑い、新世界の礎にするための『掃除』だ)」


 僕の脳裏に、昨夜の灰色の夜明けがフラッシュバックした。

 もし、僕が今のこの「ぬいぐるみ」のような姿ではなく、時速400kmで動ける「最悪の終焉」であったなら。あの爆発が起きる前に、工作員を一人残らず解体できていたはずだ。

 だが、今の僕はアイリス姉さんの腕の中で、ドレスの重みに耐えながらミルクを待つ「可愛い猫ちゃん」でしかない。


「(ティル。……今度、あいつに頼みたいことがある)」


 僕がそう告げると、ティルの短い尻尾がぴくりと跳ねた。


「(ルウ。そいつは誰だ。パぺか?サレか?)」


「(確かに彼らも呼びたいところだけどな…)」


「(……ライのことか? あの酪農家の巨漢。あいつなら、アイリスの姉御の前でも、あの『動じない』性格で何とか誤魔化せるかもしれねえな)」


 僕は深く頷いた。

 僕の仲間であり、酪農を営む巨漢・ライ。彼は僕を連れて逃走しようとするほどの無鉄砲さと、重鉄槌のような揺るぎない精神力を持っている。

 前回、冥静戦争の際には参謀役のヌーベが動いてくれたが、彼は結局アイリス姉さんの逆鱗に触れ、今はどこかで黒ウサギとして跳ねている。


「(この案件には、ライが適任だ。ヌーベのような知略や小細工は、かえって姉さんの勘を刺激する。……ライなら、姉さんの目を盗んで、物理的にガレたちの援護に回れるはずだ。奴の重力槌なら、リュカの軍勢の進軍を一時的にでも食い止められる。……その間に、ガレとグリを無理矢理にでも握手させる)」


「(キャン!(いいぜ!)……今回だけは、ライバル同士の共闘といこうじゃねえか。あのリュカとかいう気取った野郎に、この街を好き勝手させるわけにはいかねえ。俺たちの戦場を汚す奴は、俺が……いや、俺たちの仲間が叩き潰す)」


 ティルの瞳に、かつての破壊者としての鋭い輝きが宿った。

 たとえ、その体が震えるチワワであったとしても。


「あら、ルウくんとティルくん、とっても仲良しね。何か秘密のお話でもしているのかしら?」


 奥からティーセットを運んできたアイリス姉さんが、地面に座る僕たちを見下ろして柔らかく微笑んだ。

 その瞳には一点の曇りもない。慈愛に満ちた、澄み切った水色の瞳。……けれど、その奥に潜む「格」が放つ無言の威圧を、僕たちは肌で感じ取っていた。


「ルンさん。この子たち、昨日からずっと真剣な顔をしているんですよ。何か大事な相談をしているみたいに見えませんか?」


「ふん。法に触れるような企みでなければ良いのですが。……もし何か隠し事をしているようなら、ティル。次はマナー検定1級の反復だけでなく、六法全書の書写(全巻分)を命じますよ。前足でペンを持つ修行も兼ねてね」


「(姉さん、僕が猫になったとしても心まで読もうとするのはやめてくれ……)」


 ルンさんが眼鏡の縁を指先でクイと上げ、冷徹な視線でティルを射抜いた。

 ティルは一瞬で「キャン!(滅相もございません!)」と短く鳴き、情けなく仰向けになって腹を見せた。

 全世界を震え上がらせた「轟く赤雷」が、一人の女性の言葉だけで、生物的な防衛本能に完全敗北している。


 僕は、アイリス姉さんの膝の上にそっと飛び乗った。

 三枚重ねのイチゴドレスのフリルが、もこもこと僕の視界を邪魔する。

 ……屈辱だ。身悶えするほどの屈辱だ。


 けれど、この穏やかで温かい膝の上、そしてサリックスさんの店の平和な石鹸の香りを守るためなら。

 僕は、たとえイチゴ柄のドレスに身を包んだ「もふもふ」の姿であっても、影を渡り、因果を断ち、戦場を駆けるだろう。


 窓の外では、ガレの計算をあざ笑うかのように、漆黒の蝶がゆっくりと舞い始めている。

 ガレ、グリ。

 君たちがその誇りを賭けて戦場に立つなら、僕たちも「裏」から最大限の加勢をしよう。


「さあ、おやつにしましょうか。ルウくんには、栄養たっぷりの特製ホットミルクを用意したわよ。ふふ、ドレスを汚さないように飲んでね?」


 アイリス姉さんの優しい声が、午後の光の中に響く。

 東部戦争の火蓋が切られたその瞬間、世界で最も恐ろしい二人の女性と、世界を震撼させた二匹の獣による、あまりにも奇妙で、あまりにも平和なティータイムが始まった。


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