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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第6部-東部戦争開幕、三大組織滅亡
143/155

予報-歪められた予報と紫電の鉄槌

 

 爆破の黒煙が東部の夜空を汚した翌日。

 街は一見して静まり返っていたが、その実、張り詰めた糸のような緊張感が路地裏の隅々にまで満ちていた。


 気象観測所の最上階。冷え切った空気の中で、ガレは手元の通信石が放つ不気味な光を凝視していた。接続先は、南の大陸でも指折りの実力を持つ自警団『紫電の檻』のリーダー、グリ。


「……もしもし?」


 ガレの低く、温度を欠いた声が空間に響く。それに対し、受話口から返ってきたのは、大気を震わせるほどの怒気を孕んだグリの声だった。


『単刀直入に言うぜ、ガレ。……あの爆破は、あんたらの仕業か?』


 ガレの眉が微かに跳ねる。彼の脳内にある数千の計算式には、犯人候補として「蒼天の凪」が挙がるなどという無意味な項目は、塵ほども存在しなかった。


「何を言っている。寝言なら予報の後にしろ」


『白々しい真似はやめろ! あの爆破の手口は間違いなくプロだ。魔力痕跡を消し、気流の死角を突き、あんたの『天変のウェザー・アイ』を完璧に欺いてみせた。……そんな真似ができる奴が、この街に他にいるか? まさか俺たちに宣戦布告するつもりか? それとも、裏で「冥府の羽音」や「静寂の(サイレント・)捕食者(プレデター)」とでも手を組んだのか!』


「……待て、グリ。俺の観測網には、メンバーに疑わしいような証拠は一切ない。正気か? 俺たちが自分の庭を焼き払って、何の利があるというんだ」


『無能を晒しているのか、それとも裏で糸を引いているのか。どちらにせよ、昨日の火の海が『自然現象』じゃないことだけは確かだ。あんたの予報は外れた。この街の平穏を預かる者として、その落とし前をどうつけるつもりだ!』


 ガレは瞳を鋭く光らせた。

 ぶっきらぼうな彼にとって、身内を疑われることは、自身の計算を否定されること以上に許しがたい侮辱だった。何より、この街の「空気」を誰よりも愛しているのは自分たちだという自負がある。


「落とし前だと? ……そんなに疑いたいなら、今すぐアジトに来い。俺たちの『潔白』を、数式と記録でその頑固な頭に叩き伏せてやる」


 ガレは一方的に通信を切った。

 苛立ちで指先が震える。彼は即座に特殊通信を起動し、街の各所に散っている仲間に招集をかけた。


「シュバ、手元の針を止めろ。雨具を縫っている場合じゃない。ヌヴ、ネボ、ネーヴ、アルス……叱責されても構わん、今すぐアジトへ戻れ。嵐が来るぞ」


 -----


 数時間後の夜。

 静まり返った観測室。そこには、リーダーのただならぬ気配を察したメンバーたちが、影のように整列していた。


「ヌヴ、シュバ、ネーヴ、ネボ、アルス! ……おめぇら、俺に黙って裏切るような真似はしてねえだろうな!」


 ガレの視線が、一人ひとりの顔を射抜く。

 その瞳には、かつてないほどの殺気が宿っていた。もし万が一にでも裏切り者がいたならば、この場で『気圧断絶』を執行し、自らの手でケジメをつける。それがリーダーとしての彼の矜持だった。


 最初に口を開いたのは、灯台守のネボだった。彼は愛用の煙管『五里霧』を握りしめ、いつもの飄々とした態度を捨ててガレを真っ直ぐに見返した。


「リーダー。オイラたちが、あんな腐った利権や破壊を求めるわけがない。……あのベスパやマンティの野郎どもと一緒にしないでいただきたい。オイラたちの誇りは、この空の透明度にあるんだ」


「笑止千万だ、兄貴」


 雨具職人のシュバが、低く鼻で笑った。多弾頭針『時雨』が月光を反射して怪しく光る。


「俺がゴロツキから這い上がれたのは、あんたが表の仕事を紹介してくれたからだ。この恩を忘れて街を焼く? ……グリの旦那も、よほど頭に血が上ってるらしいな」


「僕も同意見です。叔父さんたちと争うなんて、考えたくもない……」


 氷細工師のネーヴが、悲しげに瞳を伏せる。彼の周囲の温度が、動揺に合わせてわずかに低下し、床に霜が降りる。

 プリズム研磨師のアルスも、空色の髪を震わせながら憤慨していた。


「自分たちが犯人なんて、アタシのプリズムでも屈折させられないほどのデタラメですよ! 絶対に、絶対に許せません!」


 気球乗りのヌヴは、黙って自身の体を霧へと変え、無言のまま「いつでも行ける」という意志を示した。


 ガレは、メンバーたちの瞳に宿る一点の曇りもない忠誠を確認し、短く息を吐いた。


「……分かっている。お前たちが裏切るはずがない。だが、グリの奴は完全に『敵』を見誤っている。……あるいは、誰かに見誤らされている」


 ガレの脳内で、急速に再計算が始まる。

 自分の『神の目』を潜り抜け、なおかつ『紫電の檻』との間に致命的な亀裂を生じさせた存在。その「見えない蝶」の不気味な羽ばたきを、ガレはようやく肌で感じ始めていた。


 -----


 その頃、自警団『紫電の檻』の本拠地では、グリを中心に重々しい武装が進められていた。


「……冥府の羽音のビルと手を組んだのか? まさかな。ガレがあんな下衆どもと手を組むとは思えねえ。だが、あの爆破の『計算』の高さは……あいつの仕業だとしか思えねえんだ」


 グリは、多節剛鞭『紫垂れ』の節々を確認し、その冷たい鋼の感触を確かめる。

 彼の隣では、染物師のロショが、紫の魔液を瓶に詰めながら静かに問いかけた。


「グリ、影の動きはどうだ。犯人の尻尾は掴めたか?」


「……不自然なほど静かだ。まるで、誰かが『音』そのものを消しているような……。ロショ、これは蒼天の凪の仕業じゃないにしても、あいつらが何かを『見落としている』のは確かだ。俺たちの家族であるこの街が焼かれたんだ。見逃すわけにはいかねえ」


 ロショは、甥であるネーヴの顔を思い浮かべ、胸を痛めた。だが、拷問担当としての冷徹な顔がそれを上書きする。


「……もしあいつらが道を踏み外したなら、この紫の魔液で染め上げるしかないな」


 背後では、他のメンバーもそれぞれの得物を確認していた。

 宝石商のアマは、投擲砕石『紫晶』の輝きを調整し、果実商のウバは巨大な鉄球大鎚『紫房』を軽く振り回して床を震わせる。

 花屋のビオは、いつもの薄ら笑いを浮かべながら、指先で極細の魔力ワイヤーを弄んでいた。


「グリさん、準備は万端ですよ。……宝石の輝きで、あの予報士のメッキを剥がしてやりましょう。僕たちの街を汚した罪は重いですよぉ」


「行こう。……『蒼天の凪』のアジトへ。東部の平和が、誰のせいで崩れたのか、はっきりさせようじゃねえか」


 グリが立ち上がると同時に、彼の背後から圧倒的な紫のオーラが噴出した。

 それは巨大な藤の蔓のようにうねり、本拠地の石壁を揺らし、夜の街を威圧する。

 彼らにとって、これは私怨ではない。「正義の執行」なのだ。


 -----


 そのころ、リュカは北西の山脈の断崖から、眼下に広がる街を見下ろしていた。

 夜風に揺れる魔導甲冑が、周囲の魔力を吸い取り、禍々しい輝きを放っている。彼はこの結末が、自身が描いた「自滅のシナリオ」そのものになることを確信していた。


「フフフ……。熱血漢のグリは、裏切りを最も嫌う。理屈屋のガレは、無能のレッテルを最も嫌う。……互いの『逆鱗』を、ほんの少し突いてやればいい。くだらん正義感や誇りという名の毒が、内側から彼らを蝕み、共倒れへと導く」


 暗闇の中で、リュカの『骸蝶の軍勢』が静かに羽ばたきを強める。

 500人の部下たちの視覚と魔力を共有する「群知能」が、街の全域を把握していた。

 大鎌『冥蝶』を傍らに置いたリュカの瞳には、かつて彼が「希望の魔戦士」と呼ばれていた頃の慈悲の光は微塵もない。あるのは、すべてを無に還し、自らが神として完璧な管理社会を再構築するという狂気じみた信念だけだ。


「リュカ様。紫の連中が動きました。……獲物は完全に網にかかったようです」

 諜報担当・タロの声が、暗闇に溶け込むように報告する。


「スカ、セキ、フェム。お前たちは余興の準備をしておけ。二つの組織が血を流し、疲弊しきったその『瞬間』こそが、我らの饗宴の始まりだ。この街は一度灰になり、私の手で美しく生まれ変わるのだから」


 リュカの命令に、側近のスカが大斧『断頭台』を地面に突き立てて応える。

「了解しました、我がマイ・ロード。かつての友を屠り、新世界の礎にする準備はできています」


 翌朝、東部の空には重苦しい積乱雲が立ち込めようとしていた。

 それはガレの超天才的な予報にも、グリの鋭い直感にもない、血と紫電の色に染まった「嵐」の予兆。


『蒼天の凪』のアジトへと続く一本道。

 そこに、重装の自警団『紫電の檻』が姿を現した時、南の大陸を揺るがす「東部戦争」の火蓋は、最悪の形で切って落とされる。


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