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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第6部-東部戦争開幕、三大組織滅亡
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序曲-崩壊への静かなる胎動

いよいよ新たな戦争が勃発……。


 南の大陸を二分し、長きにわたって裏社会を支配していた二大巨頭――暴力の化身ベスパ率いる「冥府の羽音」と、管理の信奉者マンティ率いる「静寂の(サイレント・)捕食者(プレデター)」。その両組織の同時崩壊は、大陸の勢力図を一夜にして白紙へと戻した。

 空飛ぶ要塞アバドンの残骸が地上に降り注ぎ、かつての支配者たちが「飼い主」を名乗る謎の存在によって無力化されていく。その喧騒の影で、冷たい熱を帯びた不気味な鼓動を刻み始めた組織があった。


 国家転覆組織、『骸蝶の軍勢(スカル・パピヨン)』。


 東部の山岳地帯。険しい岩肌に隠された彼らの本拠地は、常に冷たい霧に閉ざされ、生命の気配を感じさせない死の静寂が支配していた。その深部、重金属の防音材で塗り固められた密室は、外界から完全に遮断された真空のような空間である。

 中央に鎮座する巨大な円卓を囲むのは、絶望を糧に「新世界の神」を夢見るリーダー・リュカと、彼を唯一無二の主と仰ぐ最精鋭の幹部たち。かつて本来の姿という名目の下に集った彼らの瞳には、今や底知れない虚無の闇だけが沈んでいた。


 沈黙を破ったのは、円卓の端に座るスカだった。彼は分厚い調査報告書を叩きつけるように置く。傍らには、処刑具を思わせる大盾斧『断頭台』が、主の静かな怒りに呼応するように鈍い光を放っている。


「スカ、その報告書の内容を説明せよ」


 リュカの低い声が響く。感情を排したその音圧に、周囲の構成員たちが身を硬くした。スカは親友でもあった主の眼差しを正面から受け止め、淡々と現状を口にした。


「……『静寂の捕食者』が完全に瓦解した。マンティを含め、その幹部たちは行方不明。エルバが唯一生存しているが、奴は冥静戦争の復興作業に従事させられているとの報告がある。もはや、戦う意志を根底からへし折られたということだ。南の大陸の均衡は、今この瞬間をもって完全に消失した」


 その言葉を受け、遊撃部隊のヒプが、自身の身長ほどもある巨大な骨槌を肩に担ぎ直した。華奢な少女のような外見に反し、彼女から放たれる威圧感は、密室の温度を氷点下まで引き下げる。


「あーあ。マンティの連中をこの手で粉々にするのを楽しみにしてたのに。拍子抜けもいいところ。いなくなったんなら、もうアイツらに構う時間は無駄だね」


 無表情な顔を崩さないセキが、冷徹な分析を付け加える。


「マンティも結局はその程度の器だったということだ。完璧な管理を謳いながら、自分自身の足を救われるとは滑稽極まりない。ベスパも同様だ。あの暴力の塊のような男が消え、今は側近のビルという男が焼け跡の灰をかき集めて迷走しているらしい。……終わった組織に用はない」


「ビル? あの愚直なだけの男が?」


 拷問担当のリブが、蛇のようにうねる魔鞭の感触を確かめながら冷笑した。


「ベスパへの忠誠心と野心だけは本物のようですが、大局を見る目がない。彼が新しいボスを気取ったところで、今の『冥府の羽音』は死にかけの獣が最後にあがいているに過ぎませんわ。ワタクシの檻で可愛がってあげる価値もありませんわね」


 幹部たちの冷笑と軽蔑が渦巻く中、円卓の奥で深く椅子に腰掛けていたリュカが、ゆっくりと瞼を持ち上げた。その瞳に宿る紫色の光は、見る者の魂を凍らせるほどに冷酷だった。


「……冥府の羽音と静寂の捕食者。旧時代の遺物どもが滅びたか」


 リュカの言葉は、預言のように重く、そして無機質だった。


「イレギュラーという不確定要素を招き寄せた時点で、奴らは死ぬ運命にあったのだ。ベスパは己の膂力に溺れ、マンティは自らが作り上げた箱庭に安住した。その隙を、正体不明の『飼い主』という女に突かれた。救いようのない道化たちの末路だ」


 リュカは、手にした大鎌『冥蝶』の柄を慈しむように撫でる。彼の背後からは、500人の部下と魔力リンクされた『翅の衣』から漏れ出した紫色の鱗粉が、死の帳のように漂っていた。


「だが、我々は違う。この腐敗した世界を一度『虚無』へと還し、私が完璧に管理する真の新世界を再構築する……。その計画は、もはや何者にも止められん。時代が変わるのではない。私が時代を終わらせるのだ。……さて、第一フェーズに移行する」


 リュカの視線が、影の中に同化していた男――諜報担当のタロへ向けられた。


「東部を掌握する上で、最大の障害となるのは自警団『紫電の檻』。そして、あの偏執的な予報士だ。タロ、潜入の成果を見せろ」


 影が揺らぎ、タロがその姿を現した。彼は「丸見えだ」と呟き、不気味な笑みを浮かべて報告書を展開する。


「計画は極めて順調です、ボス。あの街は今、偽りの平和を享受している。団長のグリと、気象予報士のガレ……この二人は『街を守る』という目的こそ共通していますが、その思想は水と油。正義の形が違うのです。……少し背中を押してやれば、彼らは勝手に潰し合います。奴らの内密な会話も、すべて私の耳には筒抜けです」


「面白い。熱血漢のグリと、理屈屋のガレか。相容れない正義がぶつかり合った時、その火種は国をも焼き尽くすからな」


 防衛担当のセキが、多節棍『百足』をカチリと鳴らして同意した。かつての生真面目な武人の誇りを捨てた彼にとって、リュカの描く終焉こそが唯一の救いだった。


 すると、特攻担当のウルが、自らの肉体を改造して生み出した骨の刃を両腕から突き出し、狂気に満ちた叫び声を上げた。


「ヒャハッ! だったら俺が今すぐ乗り込んで、あの平和ボケした街ごと八つ裂きにしてきてやろうか!? ガレとかいう男、そいつの肺を内側から切り刻んで、トゲイモリのエサにしてやりたいぜ!」


「待て、ウル。貴様は常に血を急ぎすぎる。正面から挑めば、窮鼠に噛まれることもある」


 制止したのは、冷静沈着な参謀役を務めるフェムだった。元騎士団長としての厳格さを備えた彼は、リュカの「優雅なる破壊」を最も理解している。


「あの東部の街でいきなり派手に暴れれば、不必要な警戒を招く。衛兵どもだけではない。『蒼天の凪(アズール・カーム)』に『紫電の檻』も呼ぶことになる。最近この東部には、あの『飼い主』が現れたという不穏な噂もある。リブ、貴様もだ。慢心して『飼い主』なる女に遅れを取ることは許されん」


「ええ、分かっていますわ。その女がどれほどのものか、ワタクシの檻に閉じ込めて、一滴残らず絶望を搾り取って差し上げます」


 リブが鞭を振るい、鋭い破裂音が部屋に響く。フェムは満足げに頷き、ウルに視線を戻した。


「ウル。貴様の役割は工作だ。小さなアリの一穴が、巨大な堤防を崩すように仕向けろ。……すべては『自然現象』であったと、衆目に思わせるのだ。ガレが最も得意とし、最も信頼している『気象』を逆手に取る。それが奴への最大の侮辱となる」


「……なるほどな。ガレって野郎、空の異変には敏感でも、自分の足元に仕掛けられた毒には気づかねえってわけだ。最高に面白そうじゃねえか……!」


 ウルは不気味に舌なめずりをし、再び闇へと溶け込んでいった。


 最後に、リュカが再び口を開いた。その言葉は、もはや命令を超えた「呪い」のように、幹部たちの心根に深く突き刺さる。


「……平和という名の淀みは、時に劇薬を必要とする。ガレ、そしてグリ。彼らが守ろうとしている『今日』が、いかに脆い砂上の楼閣であるか。その絶望を特等席で見せてやろう」


 リュカは窓の外、遠く東部の空を見つめた。そこには、まだ穏やかな月明かりが海と川を照らし、平和な街並みを包んでいるはずだ。


「マンティやベスパのような無骨な暴力は振るわない。彼らの守るべき正義を、彼ら自身の手で汚させ、自壊させる。それが、新しき神となる私からの、最初で最後の慈悲だ」


 リュカの宣言に呼応し、500人の精鋭たちが一斉に膝を突く。彼らから放たれる圧倒的な忠誠心は、紫色の魔力の奔流となり、本拠地を不気味に揺らした。


 リュカが見つめる先――東部の街。レンガの壁に囲まれ、人々の笑い声が絶えないその場所は、明日をも知れぬ「実験場」へと変貌しようとしていた。街の人々は、自分たちが何かに守られていると信じ、明日も今日と同じ太陽が昇ると疑っていない。

 しかし、その足元にはすでに、数え切れないほどの「骨の棘」が埋め込まれ、目に見えない「蜘蛛の糸」が張り巡らされていた。


「(……ガレ。お前の予報で、自分たちの滅亡は予知できるかな?)」


 タロの囁きが冷たい風に乗り、静寂の中に溶けていく。


 冥静戦争という未曾有の嵐が去り、世界が束の間の休息を得ているその隙間。より深く、より執念深い闇が、東部の街を音もなく包囲しようとしていた。

 それは単なる支配ではない。精神の根幹を腐らせ、魂を「虚無」へと誘う、かつてない悲劇の幕開けだ。


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