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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第5部-冥静戦争開幕、三大組織の滅亡
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残照-英雄の孤独と、敵たちの「幸福」な結末


 窓から差し込む午後の陽光は、あまりにも穏やかで、数日前までこの大陸を焼き尽くそうとしていた劫火の記憶を嘘のように塗りつぶしていた。


 僕――白銀のマンチカン、ルウは、今、人生で最大級の屈辱と混乱の渦中にいた。

 ふわりとしたレースの感触が、全身を締め付ける。アイリス姉さんの手によって、約束通り「フリフリドレス三枚重ね」の刑に処されていたのだ。イチゴ柄、リボン付き、そしてフリル過多なペチコート。伝説の暗殺者『最悪の終焉』の威厳は、布切れの重みの前に完全に沈黙していた。


「ルウくん、そんなに不貞腐れないで。お洋服が寄っちゃうわよ?」


 姉さんの柔らかな声が響くリビングでは、現在、南の大陸の「影の支配者」たちが一堂に会してお茶会を開いていた。

 僕の目の前には、アイリス姉さんの親友であり、大陸法秩序維持機構の特別執行官――ルンさんが、隙のない法服を纏って座っている。彼女の足元には、真っ赤なリボンをつけられたチワワの姿のティルが、借りてきた猫(犬だけど)のように大人しくお座りをしていた。


「ベスパとマンティの残党は、生き延びた数名を除けば、現在はすべて私の管理下で戦争の復興作業に従事させています。もちろん、逃亡先で拘束した薬剤師のエルバも同罪。彼の潔癖症を活かして、街の瓦礫撤去と消毒作業に一生費やしてもらいます」


 ルンさんが眼鏡の奥の鋭い瞳を光らせ、冷徹に事務報告を行う。彼女にとって、ベスパやマンティといった巨悪は「法の庭を荒らした不法侵入者」に過ぎない。


「彼らは自身の力を過信し、法という秩序を軽んじた。その罪の重さは、一生をかけても贖いきれるものではありません。特にベスパ。彼は『放置された』と嘆きましたが、法は彼を放置していたのではない、彼が法から背を向けたのです。自業自得という言葉すら生ぬるい」


 ルンさんの「理」による断罪。隣でアイリス姉さんが「そういうこともあろうかと、最後の慈悲として、彼らの更生ルートをメモしておいたの」と、おっとり微笑んでいるのが逆に恐ろしい。


「(ケッ、俺が一発ぶん殴って分からせてやりたかったのによぉ……!)」


 足元のティルが、ルンさんの視線を盗んで僕にだけ聞こえるような唸り声を上げた。相変わらずの戦闘狂だ。チワワの体で何を言っているんだか。


 だが、そんな僕たち「家猫・家犬」の平穏を切り裂くように、アイリス姉さんが衝撃の事実を告げた。


「そうそう、ルウくん。寂しがらないでね。一緒にいたペロちゃんとルナちゃんは、別の素敵な飼い主さんのところへ行くことになったの」


「……ミャ!?」


 僕は思わず声を上げた。馬鹿を言え。あいつらは、大陸を心中させようとした超が付くほどの極悪人だぞ? そんな奴らを引き受ける奇特な人間がどこにいるっていうんだ。それに、あんな爆弾みたいな奴らと仲良くする筋合いなんて、僕には一ミリもない。


「ムク……(俺もルウさんと同じ意見だ。あんな汚い世界的テロ組織の連中、檻に入れておくべきだろ)」


 隣でカゴに入った黒ウサギのヌーベも、鼻をピクピクさせて同意する。僕たちが、もし記憶を消されたり、知らない誰かの所有物にされたりする未来を想像したら……背筋が凍る思いだ。いや、今は猫とウサギの姿だからか、『毛並み』が凍る思いと敢えて言い換えたい。


 けれど、姉さんの口から語られた「再就職先」は、皮肉を通り越して、運命の悪戯としか思えない内容だった。


-----


 まず、破壊神ベスパ。

 かつて八万九千人を殺害し、一晩で都市を溶岩の池に変えた男。彼は今、皮肉にも、かつて彼自身が焼き払おうとした都市の生き残りである、優しい老夫婦の元へと送られたのだという。


「あの子、なんだか抱きしめると温かくて、まるでお日様みたいだねぇ」


 老夫婦は、彼をアプリコット色のティーカップ・プードル『ペロ』として溺愛している。記憶を改ざんされた彼は、自分がかつて太陽の表面温度を纏って軍隊を蒸発させたことなど露知らず、今は老夫婦の膝の上で、日向ぼっこ専用の愛玩犬として「キャン!」と愛嬌を振りまいているらしい。

 そして彼には金の塊を鈴代わりにつけた首輪があるが、これが何を示すのかはこの老夫婦にはわかっていない。

 この彼の首輪は、実はアイリス姉さんが細工したものだということを話で聞いた。それは、ソルから持ち出し、アイリスが浄化した『溶けた金の塊』を小さく打ち直したものだ。

 破壊神が、かつての犠牲者の遺族を温める「太陽」になる。これ以上の社会的制裁が他にあるだろうか。


-----


 そして、冷徹な管理者マンティ。

 彼が「略奪者」として処刑し、家系を潰した汚職貴族。その一族の中で唯一、清廉潔白ゆえに生き残っていた末娘。彼女こそが、シャム猫『ルナ』となったマンティの新しい飼い主だった。


「まあ、ルナ。なんて高貴で、少し神経質なところが素敵なのかしら」


 最高級のシルククッションの上で、彼は「不純物のない完璧な管理」ではなく、少女の「気まぐれな愛情」という、最も計算不能なものに支配される日々を送ることになった。彼がかつて奪った富の残滓で、彼は今、最高級のキャットフードを差し出されている。

 この少女の報告によると、マンティことルナはホワイトローズの匂いを嗅ぐのが最近の趣味だという。記憶を改ざんされたマンティは3歳児のようにその薔薇に興味深々だというが、どこか記憶の片鱗を宿してそうである。そう考えると本当に恐ろしさも感じる。


-----


 二人とも、記憶は白紙に戻されている。自分がかつて世界を滅ぼそうとした巨悪だとは、微塵も思っていない。

 ……けれど、僕だけは知っているんだ。


「(……アイツら。あんなに殺し合って、憎み合ってたのに。今じゃ別々の場所で、幸せそうに『ワン』だの『ニャー』だの言ってるのかよ……)」


 窓の外、平和に流れる雲を見つめながら、僕は複雑な溜息をついた。

 あの戦争で、ネールはベスパに殺害され、アニルはマンティに殺害された。そしてアソラとオネブはカリスによって殺害されている。骸となって戦場で散った4人が聞いたらどう反応するだろうか。

 かつての三つ巴の死闘。大陸の命運を賭けた、あの熱い夜。

 あれは一体何だったんだ?

 僕たちが命を削って守った世界の結末。この「平和なペットショップのカタログ」のような光景を僕は望んでいたのだろうか。答えは否。死者も実際に出た戦争が呆気なく終わったという事実があるのにどこか納得がいかない。


「あら、ルウくん、また溜息? ドレスの三枚重ね、そんなに苦しいのかしら。じゃあ、四枚目にしましょうか?」


「(ミャッ!? ミ、ミャアアア!(やめてくれ! 今のままで十分だ!))」


 僕は慌ててアイリス姉さんの手に頭を擦り付けた。

 敵だった奴らは、過去を忘れて「救済」された。けれど、記憶を残された僕は、こうして姉さんの「愛の重圧フリル」に耐え続ける毎日だ。


 ふと、南の大陸に残してきた仲間たちのことを思う。カリス、ルビ、ロッサ……『月下狂牙』のみんなはどうしているだろう。

 まさか、彼らまでもが今頃どこかの庭で泥まみれになって「断罪」されているなんて、この時の僕は想像すらしていなかった。


「ルウくん。あなたも、あの子たちを見習って、もっと『可愛い家猫』としての自覚を持たなきゃダメよ?」


 ルンさんの足元で、ティルが勝ち誇ったように尾を振った。

 僕は三枚のドレスの重みに耐えながら、心の中でだけ、かつての「俺」として叫んだ。


(……救世主になったはずなのに、どうして僕だけが一番の被害者みたいな気分なんだ!)


 南の大陸の戦乱は、こうして「誰にも語られない平穏」の中に、完全に埋没していった。


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