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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第5部-冥静戦争開幕、三大組織の滅亡
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断罪-5.最悪の終焉

 

 ベスパがプードルになり、マンティがシャム猫になった。南の大陸を二分し、多数の軍勢を動かした二大巨悪が、アイリス姉さんの掌の上で「可愛いペット」へと書き換えられた。

「キャン……」「フシャー……」

 かつての破壊神と冷徹な管理者は、凶悪すぎる面影すらなく愛くるしい鳴き声を立てている。


 その光景を、僕は戦慄と、そしてどこか「これで終わったんだ」という奇妙な安堵感で見つめていた。そうだ、僕はやったんだ。カリスと協力し、ボロボロになりながらも、この世界の破滅を食い止めた。歴史に刻まれるべき、白銀の暗殺者「ルウ」の、人生最大の武勲。


 ……そう、確信していた。


「さて……。最後はあなたね、ルウ!!」


 背筋に、絶対的な死の予感よりも鋭い、氷のような戦慄が走った。

 アイリス姉さんの周囲の空気が一変した。ベスパやマンティ、あの化け物たちに向けられていた時とは比較にならない、純度100%の「私情」が混じった怒りの波動。そのプレッシャーだけで、要塞の頑強な瓦礫がパキパキと音を立てて粉砕されていく。化学反応だの物理法則だの魔術だの通り越して、概念そのものから砂粒のように破壊されてしまう。


「ヒ、ヒィッ……!?」


 僕は情けない声を上げ、一歩後退した。今の僕は、時速400kmで走る「俺」の姿だ。誰もが恐れる死神の姿だ。なのに、アイリス姉さんの前では、蛇に睨まれた蛙どころか、まな板の上の魚にすらなれない。


「お利口さんにしてるって約束しましたよね? 最近ここ一週間も帰ってこないと思ったら……何ですか、この大惨事は! ヌーベさんと結託して勝手にお家を抜け出して、あげくに勝手に『獣化』を解いて……! また『俺』とか名乗って、格好つけて、挙句の果てに殴り合いですって!? 」


「……な、何を言っているんだ、姉さん!? 何度も説明をしているだろう! この二人は世界を滅ぼそうとしていたんだ! 僕が止めなきゃ、君だって死ぬかもしれなかったんだぞ!それを3歳児の戯言だと言い張るのもいい加減にしてくれ!」


 僕は必死に食い下がった。そう、これは正当防衛であり、正義の執行だ。僕がここで戦わなければ、南の大陸は灰になっていた。英雄として、感謝される筋合いはあっても、怒られる筋合いなんて微塵もないはずなんだ。


 アイリス姉さんの怒鳴り声なんか死ぬよりも怖い。ここまで怒られるのは白爪を解散させられたとき以来、そしてティルとの決闘での乱入事件以来だ。


「言い訳禁止!!あなたはまだ子どもなの!!」


「やっぱり......言い訳する前に、マンチカンになるくらいなら......いっそのこと......殺してくれ......」


 僕は過呼吸になりながら答える。アイリス姉さんに詰められた僕の答えは一つしか出なかった。

 ――要塞アバドンが墜落しかけたときに、僕はバランスを崩して死ぬべきだったんだ。猫になった習性が染みついていることを感謝しようと考えたけども、やっぱりこの考えは取り消しにしよう。


「殺しません!! 世界を救う前に、自分の立場を理解しなさい! あなたは私の『家猫』なの! 家猫が外で野良猫ベスパや捨てマンティと喧嘩して泥だらけになって、挙句に要塞まで落として! 帰ったらお風呂の刑です! それから、お利口さんじゃない子には、フリフリドレスを三枚重ねで着せますからね!!」


「さ、三枚重ね……!? ま、待ってくれ、僕は女の子じゃない!僕はこれでも444人リストの――」


「お・す・わ・り!!」


 ドォォォォォン!!


 物理的な衝撃波ではない。魂の根底を屈服させる「言霊」の暴力。

 僕は気づいた時には、地面に額を擦り付ける勢いで土下座していた。伝説の暗殺者「最悪の終焉」が、白目を剥いて震えている。


「待て、僕は……僕は英雄になるはず……。大陸を救った救世主として、歴史に名を刻んで、みんなから感謝されるはず……なのに……」


 思考が真っ白に染まる。

 ヌーベと一緒に、「今度こそ自由を掴み取ってやる」と意気込んで脱走したあの夜。

 アイリス姉さんに無許可で、ヌーベの霧の術で無理やり獣化を解除し、人間の姿で戦場を駆け抜けた一週間。

 そのすべての努力と、死線を潜り抜けた達成感が、今、アイリス姉さんの「お風呂の刑」という宣告の前で、音を立てて崩壊していく。


 ボフッ。


 聞き慣れた、そして最も絶望的な音が響いた。

 視界が急激に低くなる。銀髪の青年としての視界が消え、四つ足で地面を踏みしめる感覚が戻ってくる。


「……ミャ……(嘘だろ……)」


 僕は反射的に後ずさり、逃げ去ろうとした。時速400kmは出せなくとも、このマンチカンの身体なら、瓦礫の隙間を縫って逃げ延びられるかもしれない。


 しかし、アイリス姉さんの手は、音速を超える僕の逃走本能よりも早かった。


「はい、確保」


 首根っこを、痛くない、しかし絶対に逃げられない絶妙な力加減でつかみ上げられる。宙ぶらりんになった僕の視界に、アイリス姉さんの――般若の形相から一転して、聖母のような慈愛に満ちた目の笑っていない笑顔が飛び込んできた。しかし、アイリス姉さんは僕の首根っこを容赦なく優しい手つきでつかみ上げた。


「ルウくん、おいで」


 僕の小さな真っ白の体はアイリス姉さんの持った籠に詰められた。


 白銀のマンチカンに戻された僕は、目の前の現実に絶望した。

 一つの籠にはプードルになったベスパことペロ、シャム猫になったマンティことルナ。そしてもう一つの籠の中には、すやすやと眠る黒ウサギのヌーベと僕がいる。


「さあ、みんなでおうちに帰りましょうね。ふふ、賑やかになって、孤児院のみんなも喜ぶわ」


 アイリス姉さんは、機嫌を直したように鼻歌を歌いながら、僕たち「4匹」を丈夫な籠に詰め込んだ。


 僕の誇りは? 41,442人からさらに殺害人数を更新しようとした僕の伝説は?

 世界を救ったはずの英雄は、今や夕食のメニューと、三枚重ねのフリフリドレスの恐怖に震える、ただの「お持ち帰りされた迷子」に成り果てていた。


 夕暮れの南大陸。

 要塞の瓦礫を背に歩く一人の女性と、その手にある籠から漏れる悲痛な鳴き声。

 それが、世界を滅ぼしかけた「冥静戦争」の、あまりにも呆気なく、そして愛くるしい幕引きだ。

 これがある意味「最悪の終焉」なのかと僕は揺れる籠の中で悟った。

次回、冥静戦争のアフターストーリー

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