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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第5部-冥静戦争開幕、三大組織の滅亡
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断罪-3.煉獄の劫火へのしつけ

 

 ガラクタだらけの地獄はいつの間にかアイリス姉さんが連れてきた穏やかな日差しに塗り替えられていた。地形すら留めていない瓦礫の地獄、その中心で繰り広げられているのは、戦史の常識を根底から覆す「しつけ」の光景だった。


 僕の目の前で、街の保育士であるアイリス姉さんが仁王立ちになり、全人類の敵として恐れられた「破壊神」ベスパを真っ直ぐに指差していた。


「ベスパさん。聞こえていますか? あなたがやっていることは、世界を救うことでも『放棄』することでもありません。ただの『盛大な八つ当たり』です! 親に捨てられたのが悲しいからって、大陸ごと心中しようだなんて……そんな身勝手な論理、私の孤児院の3歳児でも言いませんよ!」


「……なっ、なぜ貴様がそれを知っている!?」


 ベスパが狼狽の声を上げた。彼の過去は、国家の最高機密よりも厳重に隠蔽されていたはずだ。親に裏切られ、一人戦火の中に置き去りにされた絶望。それが彼の「煉獄の劫火」の種火であることを、僕でさえ断片的にしか知らなかった。けれど、アイリス姉さんはすべてを見通していた。


 どうやら、ベスパの右腕であった「葬儀屋」ソル……フロスをセダさんと協力して犬に転生させた際、彼の中に残っていたすべての「因果」を、隠し事一つなく読み解いていたらしい。


「そうね、ソルくんが言ってたの。あの子は大怪我をしたから治してあげたつもりなのに、ひどいことを言うもの」


 短い言葉で語られた残酷な真実。ベスパはついに察した。だが、それは彼特有の、独りよがりで歪んだ方向への理解だった。


「ソルめ、使い物にならんな。自ら放棄したかと思えば飼い主に売った……。そういうことだな。やはり守れぬ絆に価値はない」


 ベスパが、血の混じった唾を吐き捨てながら吐露した。裏切りと放棄を何よりも忌み嫌う彼にとって、信頼していた幹部が「ペット」に成り下がり情報を漏らした事実は、いかなる敗北よりも屈辱的だったのだろう。けれど、アイリス姉さんの反応は、そんな彼の「悪の矜持」を微塵も認めないものだった。


「……ベスパさん。今、自分の仲間を『使い物にならない』と言いましたね? 相手を理解しようともせず、ただ役立つか否かで生命を切り捨てる。……その言葉、私が一番嫌いな言葉です」


 姉さんの瞳が、鮮血のような赤……『レッド・アイ・ドミナンス』の光を強めた。その瞬間、ベスパの周囲で荒れ狂っていたプラズマの残光が、完全に消滅した。


「……黙れ……。貴様のような、平和のぬるま湯に浸かった女に何がわかる……!」


 ベスパは膝をつき、激痛に耐えながらアイリス姉さんを睨み返した。全身を焼く炎は消えかかり、王杓『デス・スティンガー』はボロボロに砕けている。それでも、彼の瞳の奥に澱のように溜まった「絶望」だけは、未だに消えていない。


「俺はこの『放置された世界』のシステムを、根底から書き換えるつもりだった……! 無能な奴らがのうのうと生き、誰にも顧みられない命が腐る……。守る力のない愛も、管理できぬ絆も、すべては欺瞞だ! そんな因果そのものを、俺の炎でリセットするはずだったんだ……!」


 彼は叫んだ。それは破壊者の咆哮というよりは、あまりにも巨大なトラウマに押し潰された子供の悲鳴だった。かつての彼は、家族を愛する穏やかな少年だったという。領土争いの戦火の中、保身のために自分を捨てて逃げた両親。父が作ってくれた、唯一の宝物だった木彫りの人形さえも焼かれた瞬間、彼の世界は終わったのだ。


「『守れぬなら、最初から壊すべきだ』……か」


 僕は、ボロボロになった自分の手を眺めた。ベスパは間違いなく、数万人を殺した救いようのない極悪人だ。義賊である僕ですら、彼の罪を許すことはできない。だけど、彼が抱える「世界の不条理」という現実は、確かにそこに存在していた。


「……あらあら」


 アイリス姉さんはそう言うと、懐からゴロリと、歪な形をした「金の塊」を取り出した。それは、かつてベスパが憎悪と共に拾い上げた因縁の品であり、彼の部下であったソルが「絶望の証」として大切に持っていたものだった。


「なっ……! それは、ソルに預けたはずの……!」


 ベスパの瞳が驚愕に見開かれる。アイリスはその禍々しい熱を帯びた塊を、素手で優しく包み込んだ。


「ベスパちゃん。これなーんだ。セダさんから預かりました」


「そんなもん、決まっている。幹部どもを恐怖で抑制し、裏切りを把握するための道具だ! これがあれば、もっと完璧な焦土にできたはずだ!」


「嘘ね……。ソルさんはこれを『救いの証』だと思って持っていたみたい。でもね、ベスパさん。私の目には、これがあなたの『捨てられなかった心』に見えるの」


 アイリスが魔力を込めると、金の表面が淡く発光し、その奥に閉じ込められていた「何か」が透けて見えた。それは、ベスパが数十年前に灰にしたはずの、父が作った「不揃いな木彫りの人形」の燃え残りだった。


「愛なんて無価値だと叫びながら、あなたはこの人形の欠片を、一番信頼する部下に預けて守らせていた……。すべてを焼き尽くして放棄したつもりで、本当は誰よりも、あの日離れた手の温もりを欲しがっていたんじゃないですか?」


「……黙れ! そんなものは、とっくに俺が放棄したはずだ……!」


 ベスパは叫んだが、その声はひどく掠れていた。アイリスの指先から伝わるのは、彼が否定し続けてきた「他者の体温」。金の塊に封じられた人形の記憶が、彼の冷徹な破壊衝動を内側から溶かしていく。


「放棄なんて、させません。あなたが捨てたかったこの悲しみも、思い出も、私が全部まとめて引き受けてあげます。書き換える? ええ、いいですよ。でも、それは世界のシステムではなく、あなたの『態度』からです」


 アイリス姉さんは、恐れを知らぬ足取りでベスパの目の前まで歩み寄ると、そのごつごつした大きな頭を、まるで幼子をあやすように優しく包み込んだ。その手のひらから放たれるのは、殺意をすべて植物の栄養に変えてしまうような、絶対的な安らぎの気配。


「自分を愛せない人に、世界をどうこうする資格なんてありません。あなたは、まず自分自身を『大切にされる』経験からやり直すべきです。大丈夫。私のところに来れば、もう誰にも『放置』なんてさせません。……寂しかったのね、ベスパちゃん」


「……は? ベスパ……ちゃん……?」


 ベスパが唖然とした、その瞬間だった。アイリス姉さんの瞳が強い光を放ち、爆発的な「更生魔力」が放出された。


「あ……あああああ! 俺の炎が……筋肉が……縮んでいく……!? なんだ、この……温かい魔力は……やめろ、俺は破壊の王だ……ッ!」


 ベスパの巨躯が眩い光に包まれる。筋細胞の一つ一つが、破壊の道具から「愛されるための柔らかさ」へと書き換えられていく。大陸の果てまで敵を追い続けた獄炎の王杓は、コロンとした小さなおもちゃの骨へと変じ、数万人を焼き殺した劫火は、ふわふわとしたアプリコット色の美しい巻き毛へと変容していった。


 光が収まり、そこにはかつて世界を震撼させた破壊神の姿はどこにもなかった。


「キャン……?(……え?)」


 つぶらな瞳、濡れた鼻先、くるんとした尻尾。最強の破壊神ベスパは、アイリス姉さんの腕の中にすっぽりと収まる、あまりにも愛くるしい「ティーカップ・プードル」へと転生させられていた。


「まあ! なんて可愛らしいのかしら! この子は今日から『ペロ』ちゃんね。いい子ね、ペロちゃん。もう一人ぼっちで怒らなくていいのよ」


 僕はその光景を呆然と見つめていた。彼女が言っていた「しつけ」の意味。それは、敵を殺して終わらせることではなく、その存在意義を塗り替え、誰かに愛される「無力な存在」へと戻すことだったのだ。


 かつて両親に放置された少年は、今、新しい「飼い主」という名の絶対者の腕の中で、生涯奪われることのない居場所を与えられた。皮肉なことに、これが彼にとっての唯一の救いだったのかもしれない。


「さあ、次はマンティさん。……あなたの番ですよ?」


 アイリス姉さんが、微笑みを浮かべたまま、もう一人の巨悪へと視線を向けた。その背後で、冷徹な管理者のマンティが、人生で初めて「冷汗」を滝のように流しながら、ガタガタと震えているのが見えた。


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