剣閃-2.崩れゆく支配と放棄の執念
要塞「アバドン」の墜落跡地。かつて空に君臨した鋼鉄の巨躯は、今はただの巨大な墓標と化し、南の大陸の赤土を血の色に染め上げていた。立ち込める黒煙と、焦熱の風。鼻を突くのは焼けた鉄と、生命が炭化する不快な臭気だ。
俺、ルウとカリスは、この大陸最大の危機を食い止めるための、細い糸のようなチャンスを掴みかけていた。だが、それは同時に、底なしの絶望の縁に立っていることと同義だった。
俺たちの眼前に立ち塞がるのは、完全なる「悪」としての権化。支配と破壊、その双極を担うベスパとマンティだ。
要塞からの墜落という、生物としておよそ生存不可能な衝撃を受けながらも、奴らは傷だらけの肉体で平然と立っていた。その異様さは、彼らがもはや人間という枠組みを逸脱した存在であることを無言で証明している。
全員が真正面への一点集中。今日ここで人生が潰えるかもしれないが、それでも奴らの凶行だけは止めるしかない。それが義賊としての矜持だ。
俺とカリス、ベスパとマンティはお互いの武器を出し合いながら鼓膜を破るかのような剣戟同士のぶつけ合いを繰り広げている。このぶつけ合いは火花が飛び散るどころか、爆発物同士のぶつけ合いに近いような動作。
「お前の『再生』ごと、その魂を切り離してあげよう」
激しい激突の中、冷徹な宣告を放ったのはマンティだった。仕込み杖から展開された『エデン・シザー』が、原子の隙間を滑るようにして死の軌跡を描く。音もなく、予兆もなく。ただ、そこにある結果としての「切断」だけが空間を支配する。防御という概念を物理的に嘲笑う、確定した死の剪定。
だが、俺の瞳――『狼王の眼』は、既にその0.5秒先を視ていた。
(……視える。因果の糸口が、死の隙間が)
俺は時速400kmの限界加速を思考にまで適用し、最小限の体捌きで鎌の必殺圏を紙一重で回避する。キィィィンと金属が擦れ合う高周波が鼓膜を突き、白狼剣の腹でその銀刃を強引に弾き返した。
「……マンティ。お前の『管理』は、ここで破綻する」
「……計算外ですね。私の構築した完璧な因果律に、これほどのノイズを混入させるとは」
マンティの、硝子細工のように無機質な瞳に、一瞬だけ歪な「揺らぎ」が生じた。精密な計算式が、たった一つの「個」の武勇によって狂わされたことへの困惑。
「ルウ、左から来る糸は私が斬ります。貴方はその『原子の隙間』を叩き潰しなさい!」
隣でカリスが鋭く叫ぶ。彼女は既に『紅蓮の香界』を全開にしており、戦場全域に撒かれたマンティの不可視の鋼線を、香気の粒子によってマゼンタ色の光として可視化していた。
紅蓮華の閃光が走る。彼女の愛刀『狂牙マゼンタ』が、俺を縛り、切り刻もうとしていた鋼線を、まるで熟した果実の皮を剥ぐように次々と断ち切っていく。
「剣豪風情が……。そのような小手先の調香で、私を惑わせると思わないことだ」
マンティが残った鎌を薙ぎ払おうとする。だが、道は開かれた。
俺は低姿勢で一気に地面を蹴り、無音の踏み込みでマンティの懐へと潜り込む。
『神速・処刑術:因果断絶』
極太刀・白狼剣の重厚な一撃が、マンティの『エデン・シザー』を正面から粉砕した。衝撃波はマンティの肉体を貫通し、背後にあった要塞の巨大な外壁をV字型に引き裂き、地響きを立てて崩壊させる。
「……信じ難い。これほどまでの純粋な暴力が、理を凌駕するとは」
マンティが数メートル後退し、折れた獲物を見つめて呆然とする。その表情に、初めて「驚愕」という人間らしい色が混じった。
「……ガハッ、面白い……面白いぞルウ! だが、俺を『放置』していることを忘れるなぁ!」
背後から、鼓膜を震わせる狂った哄笑。ベスパだ。
既に限界を超えた彼の肉体からは、紅蓮の火柱がプロミネンスのように噴き出している。獄炎の王杓『デス・スティンガー』が、余りある勢いで振り下ろされる。
俺は本能的な直感で、猫のような身のこなしで転移に近い回避を行うが、ベスパの放つ熱波は俺の白いコートの裾を一瞬で炭化させた。
「ええい、どいつもこいつもぉ!ちょこまかとしつこいぞぉ!」
ベスパが激高し、溶け落ちた王杓を捨てて拳を真っ赤に加熱させる。それは自身の命を薪にして世界を焼き尽くすための、絶望的なまでの熱量。
「おいベスパ……! なぜお前はそこまでして『放棄』にこだわっていやがる!」
俺は加熱されたベスパの拳を白狼剣で受け止める。全生命を停止させるかのようなベスパの一撃は俺の骨にひびを入れる。だが、それでもこのような状況だろうと関係なしに至近距離でその瞳を射抜いて俺は言い放った。
「お前が憎んでいるのは、放置された過去だろう! なのに、なぜ今さら世界を捨てようとする! それじゃあ、お前を見捨てた連中と、何も変わらねえじゃないか!」
ベスパの動きが一瞬、停止する。彼の内側にある、癒えることのない孤独という名の業火。
だが、そこにカリスが神速の突きで割って入った。
「いちいち聞くに堪えない。そのような私怨が、南の大陸を焦土に変えていい理由にはならないわ」
カリスはジャッカルのような動作でベスパの喉元を一気に切り裂こうとする。しかし、ベスパは間一髪でその牙のごとく研ぎ澄まされた剣を回避する。
ベスパの回避行動によってマンティが俺の視界に入る。マンティがすべてを静止させようとする能力を発動させようとするも、俺は奴を見ながら叫ぶ。
「マンティ、お前もだ! 管理と口では言っているが、結局お前がやっているのは、自分に制御できないものを切り捨てているだけだ。それは管理じゃない、ただの『拒絶』だ!」
「……不謹慎な。私の秩序を、その程度の言葉で定義できると思わないことだ」
マンティの指先から放たれた不可視の糸が、俺の肩を深く切り裂く。
俺たちの武器は既に限界だった。白狼剣の刃は欠け、カリスの狂牙は変色し、ベスパの拳は崩れ、マンティの鎌も原型を留めていない。
それでも、誰も止まらない。止まれない。止まってはいけないと全員が悟る。
この崩れ散った要塞の頂上で、義賊と、破壊者と、支配者の、すべての因果が激突する。
「終わりだ……ここで、全部終わらせてやる!」
俺の叫びは、爆発的なエネルギーの奔流に飲み込まれていった。




