要塞-3.崩落する玉座
足元から伝わる振動が、もはや地震の域を超えている。
頭上では、ベスパとマンティという二つの災厄が、この要塞そのものを破壊しながら殺し合っている。その余波で、通路の壁はひしゃげ、火花が狂ったように散っていた。
この気配は直接伝わらなくても固体へと伝導する熱気。むしろ肌で体感温度が急激に上昇するのを感じる。ベスパとマンティの戦いか。マンティもここに登ってきているということだろう。
「ベスパの野郎、こんな禍々しいもんを空に浮かべやがって……! 趣味が悪すぎて反吐が出るぜ!」
隣を走るルビが、怒号と共に巨大な大太刀『紅蓮石』を抜き放った。
行く手を阻むように通路の天井から降りてきた自動防衛システム――熱核レーザー砲台が、充填音を鳴らす暇さえ与えられない。ルビの精密な一撃は、砲台の分子結合を正確に捉え、分厚い装甲ごと縦一文字に両断した。
「セキュリティは気にするな、ルウ! 前へ進むのみだ!雑魚と機械は俺とフロスで片付ける!」
「……わかってる!」
俺は二刀『白狼剣』を逆手に保持し、肺が焼けるような熱風を吸い込みながら加速した。
IQを極限まで引き上げ、要塞の構造図を脳内に展開する。ベスパの性格なら、心臓部は最も奥深く、かつ「何かあってもすぐに放棄できる」場所に配置しているはずだ。
「ルウ、左だ!地脈の魔力が逆流している……あそこが心臓部だ!」
フロスが鞭剣『散花』を振るい、迫りくる警備兵の喉元を音もなく撫で切る。血飛沫が舞う中、俺たちはついに、その「絶望の源」へと辿り着いた。
重厚な扉をルビが蹴り飛ばした先。
広大な空間の中央に、脈動する巨大な結晶体が鎮座していた。「魔力集積炉」。
大陸全土に埋設された大型爆弾へ、一斉に起動信号を送るための遠隔中枢だ。これさえ起動すれば、南の大陸の主要都市は一晩で灰に変わる。
「これが奴の『全都市放棄化計画』のキーだったというわけか!」
『狼王の眼』で心臓部の構造、建物の構造、物質の融点に沸点、あと何秒持つのか、角度計算、真実を覗く。すべてを0.5秒で察知した。こんなものは察知したからには即座に切り捨てなければならない。
「……これだけのエネルギーを、ただ『捨てる』ためだけに溜め込んでいたのか」
俺は、その青白い光を放つ炉を見つめ、言い知れぬ憤りを感じた。
ベスパ。お前が味わった「放棄」の痛みは、同情の余地があるかもしれない。でも、だからといって他人の人生まで勝手に「放棄」していい理由になんて、なるもんか。
「フロス、いけるか!?」
「ええ、お任せを。……この美しい花々が、貴方の不細工な計画を終わらせる肥料になる」
フロスが懐から取り出したのは、淡い光を帯びた花の種。
彼がそれを炉に向けて放つと、種は空中で瞬時に発芽し、魔力を吸い取って急成長を始めた。
『曼珠沙華・カルマ・ディストラクション』
「散りなさい……!」
フロスの指先が弾かれる。
炉に吸い込まれた魔導の花びらが、システムの内側から魔力の流れを逆流させた。安定していた出力が臨界点を超え、結晶体に亀裂が走る。
「……キュィィィィィィィィン!!」
耳を裂くような高周波と共に、魔力集積炉が内側から結晶化し、大爆発を起こした。
その瞬間、大陸各地に張り巡らされていたベスパの「死のネットワーク」は完全に沈黙した。全都市放棄計画。それは、一人の義賊と二人の剣士の手によって、物理的に潰えたのだ。
「フロス! ルウ! 離れるぞ! ここが保たねえ!」
ルビの声が、爆音にかき消されそうになる。
心臓部を失った空中要塞『アバドン』は、断末魔のような軋み声を上げ、その巨大な質量を支えきれずに空中分解を開始した。
重力加速度に従う落下。轟音とともに恐ろしい急降下の始まり。0.1秒でも0.1度の角度がずれたら骨がはじけ飛び肉片だけになるのは間違いない。
「……っ、死ぬ気で掴まってろ!」
要塞の外壁が剥がれ落ち、眼下には遥か遠く、豆粒のような地上と、雲海が見えた。
俺はルビとフロスの服を掴み、崩落する装甲板を足場にして、必死に落下の衝撃を殺そうと試みた。
だが、俺たちの遥か頭上――。
要塞の最上階デッキだった場所では、足場が崩落し、重力がその支配を始めた絶望的な状況下にあっても、まだ「怪物たち」の殺し合いが続いていた。
「……要塞が落ちるか。だが、貴様の首を獲るまでは止まらん! 俺の『放棄』は、貴様を殺して初めて完成する!」
ベスパが王杓を振るい、落下する瓦礫をプロミネンスで蒸発させる。
「足場ごと蒸発させれば、貴様も助からんぞ!」
マンティは足元を見る暇もない。だが、何事もないかのように不可視の魔糸を取り出す。
「不合理だ……! だが、この瓦礫の雨もまた『剪定』の舞台としては悪くない。不純物をゴミ捨て場へ送り届けてやろう」
マンティは空中で不可視の魔糸を自身の周囲の瓦礫に絡め、それをスイングさせることで自由自在に機動していた。
数千メートルの上空から、二人は降り注ぐ瓦礫の雨を足場にする凄まじい体技を披露しながら、空中で拳と鎌を交差させ続けていた。
一打ごとに大気が震え、散る火花が流星のように夜空を彩る。
そして、墜落の衝撃を魔力の爆発で相殺しながら、二つの影は凄まじい土煙を上げて、地上の戦場へと同時に着地した。
……ドォォォォォォォン!!
地響きと共にクレーターが穿たれる。
完全に粉砕した要塞は、中にいたベスパの護衛たちもろとも吹き飛ばされる。常人なら間違いなく即死。
もうもうと立ち込める砂塵の中から、満身創痍のベスパとマンティが姿を現した。
服は裂け、全身から血を流しながらも、その眼光は未だに衰えることを知らない。
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「……はぁ、はぁ……。あいつら、あの状況で生きてんだな。予想通りのバケモンだ」
瓦礫の山から這い出した俺は、痛む脇腹を押さえながら、その二人の背中を見つめた。
「おいおい、ルビにフロスは......どこにいるんだよ......」
目に砂埃が入りそうだ。声がかすれそうになりながらも独り言をつぶやく。
幸いなことに独り言を出せているだけでも生きている。超が付くほどに恐ろしい激痛もとい触覚、聴覚に嗅覚。視覚は機能しにくくても、五感のうちこの感覚さえあれば、死んでいない。
幸いなことに、俺の身体は無意識に「最適解」を選んでいた。
かつてアイリス姉さんにマンチカンに転生させられた時、俺は知ったんだ。低い重心がもたらす驚異的な衝撃分散と、節々の柔軟性が衝撃を「逃がす」感覚を。 あの短い足でスロープを駆け下りた時のしなりが、今の俺の関節を、肉を、砕ける直前で踏みとどまらせていた。。
この俺が生きているという真実だけは帰ったら、殺し屋としての人生を奪ったアイリス姉さんに感謝するしかない。
「生きててくれよ、あの2人」
俺はフラフラになりそうになりながらも立ち上がった。俺たちの手は、かろうじて最悪の結末を食い止めたとは言え、仲間が生きているかどうかだけはどうしても気になってしまう。これは便利屋として白爪時代のお人よしの性なのか戦争中に呼び起されてしまう。
「うぉ......なんだよあれ」
目の前にいたのはルビとフロスの衝撃的な姿。二人とも今ので超が付くほどの重傷。これは全治1か月よりも恐ろしい傷か。
「死ぬなよ......」
焦燥感にかられた俺はすぐさま二人のもとに駆け寄る。
目を閉じていたが、二人とも生きるか死ぬかの状況だ。
呼吸音を感じる。ということは生きてる。
彼の安否確認ができて安心したいところだが、今は感情に浸る場合ではない。
あの中央で睨み合っている二人の「巨悪」が生きている限り、この地獄は終わらない。
俺の中に、冷たく、そして鋭い殺意が沸き上がる。
それは「義賊」としての使命感じゃない。もっと個人的で、もっと身勝手な、一人の男としての憤りだ。
スラム街の連中が必死に生きてる場所を、
仲間たちが笑い合える時間を、
そして……俺がアイリス姉さんの元で過ごす、あの退屈で平和な日常を。
お前たちは、自分たちの勝手な理想やトラウマのために、土足で踏み荒らそうとした。
(その罪は……万死に値する。猫として喉を鳴らし、甘える術を知ったからといって、俺の魂まで家畜に成り下がったと思うなよ!)
俺は、折れかけた白狼剣を握り直した。
時速400km。俺の肉体が悲鳴を上げようと、もう一度あの速度を出す。
「ベスパ、マンティ。……お前たちの平和な日常を何よりも壊そうとした罪は、一番重い。その罪を、死んで償う以外に何があるんだ!」
俺は、『僕』自身の「日常」を、この手で取り戻すために。
二人の怪物が対峙する、その死域へと、全速力で突っ込んだ。
「あいつらには……俺がとどめを刺す!」
天空から墜ちた神々の黄昏。
そこに、一人の「猫」……いや、一人の暗殺者として、最後の審判を下すために割って入る。
南の大陸を焦がす長い夜は、まだ明けない。




