葬列-2.衛兵たちの介入
「やかましいな。月下狂牙の小太刀使いと刺突剣使いか...」
割って入ろうとしているのは、ガーネとロッサだった。
だが、ソルはその声を聴くにもかかわらず、ノールックで鎌を横一文字に振るう。
0.1秒にも満たないが、とてつもない風圧を感じさせるフルスイングだ。
ガーネとロッサは彼の鎌のリーチの広い暴風域から凄まじいバックステップでその場を離れる。
「一瞬だが、隙だらけだな?」
ルードが運よく回避したものの、右手に持っている鋏の片割れで神速の突きを繰り出す。
それでもソルがカウンターを返そうとする。
ソルの葬送の鎌が、音を置き去りにしてルードの首筋を撫でた。だが、切断の感触はない。ルードは限界を超えた反射神経で、自らの頸動脈を数ミリずらすことで「皮一枚」の回避に成功していた。
「……規律を……舐めるなッ!」
ルードの全身から、凄まじい密度の魔力が噴出した。それはソルの『絶対零度の葬送曲』が強いる静寂を、内側から強引に引き裂くほどの衝撃。ルードは二本の巨大な断罪剣を、空中で目にも止まらぬ速さで連結させ、巨大な裁断鋏の形へと戻した。
「庭に咲く花を愛でるように、貴様という雑草を、根元から刈り取ってやろう!」
ルードは裁断鋏の先端に全魔力を一点集中させる。空間を物理的に圧壊させるほどの重圧が、鋏の「顎」に宿った。
二人が再び激突しようとした刹那だった。
「忘れるなよ、影使い。お前こそどこを見て戦っているんだい? 僕たちの目は、鏡のようにどこでも君を捉えているよ」
中性的な声と共に、硝子の残像が戦場に舞い散る。ガーネだ。彼は双小太刀『砕火』を抜き放ち、ソルの「死角」を完全に封じ込めるようにして立ち塞がった。硝子職人としての腕が生む鏡面反射の剣技が、ソルの潜む影の領域を眩い光で焼き払う。
一方、ルードの背後には、優雅に細剣を構えたロッサが立っていた。
「あら、素敵な大きなハサミ。でも、薔薇の剪定には少し無骨すぎますわ。私の『薔薇棘』で、その筋肉、一本ずつ丁寧に間引いてあげましょうか?」
「……月下狂牙の薔薇女か。剪定を語るなど、烏滸がましい! 貴様ら義賊も、この不浄な死神も、まとめて私のハサミで切断するのみ!」
ルードはロッサの刺突を受け流しながら、鋏を大きく旋回させる。
ガーネ vs ソル。ロッサ vs ルード。
三つ巴の戦いから、二対二の構図へと戦火はさらに拡大した。
「……どこまでも醜い。有象無象が、死の静寂を汚すな……」
ガーネの残像に翻弄され、ロッサの刺突に防戦を強いられたソルが、低く呪うように呟いた。
その瞬間、彼の周囲の影がドロリと形を変え、実体を持たないはずの影が「物質的な闇」となって溢れ出した。ソルの瞳から光が完全に消え、その体そのものが影の塊へと変貌していく。
「すべて……虚無にしてやる。誰も救われず、誰も残らぬ、完璧な終わりの色だ……!」
ソルの絶叫に近い魔力解放により、周囲の地面が次々と「底なしの影」に飲み込まれていく。ガーネの硝子残像が影に呑まれ、次々と砕け散る。
「カリスちゃんに怒られちゃうわね……。でも、これは少し不味いかも!」
ロッサが全力で回避を試みるが、ソルの影から伸びる無数の触手が、彼女の細剣に絡みついた。死の冷気が、ロッサの体温を奪い、指先の感覚を麻痺させていく。
「ひぃぃ、化け物だ! 街が、街が飲み込まれるぞ!」
「衛兵を呼んでくれ! あの怪物たちを止めろ!」
住民たちの悲鳴が最高潮に達したその時、燃え盛る大通りの向こう側から、整列した足音が響いてきた。
「総員、構え! 市民を害する賊は、一人残らず鎮圧せよ!」
到着したのは、この都市を統括する衛兵団の精鋭たちだった。
その数、数百。普段なら、444人リストの猛者たちにとって衛兵など羽虫に等しい。だが、この時の衛兵たちは違った。彼らの背後には、何やら「異様なほどの圧」を放つ人物が随伴している気配があった。
「……ちっ、興が削がれた」
ガーネとロッサは、深追いせずに瞬時に身を翻した。彼ら義賊にとって、一般市民や公の執行機関との無益な殺し合いは誰かの逆鱗に触れる最大の禁忌だからだ。
「フン、ここまでか。命拾いしたな、死神」
ルードもまた、マンティの「完璧な管理」を乱す衛兵との衝突を避けるべく、裁断鋏を収め、組織の闇へと消えていった。
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その夜。
ソルは超重症を負っていた。
ルードの一撃は彼の魔力回路をズタズタに引き裂き、ガーネの硝子片が全身に突き刺さっている。彼は口から黒い血を吐き出しながら、辛うじて路地裏の暗がりに隠れることに成功した。
「はぁ……はぁ……なんだ、あの空気は……」
ソルは、先ほど衛兵と共に近づいてきた「何か」の気配を思い出していた。
それは、彼が虚無に落ちる前、まだ「人」であった頃の遠い記憶。
親から虐待を受け、村の誰一人として自分を助けてくれず、ただ絶望の中で冷たい床に転がっていた時に感じた、あの「理不尽なほどの正しさ」を持つ誰かの視線。
「思い……出したくないな。あんな温かくて、残酷なものは……」
ソルは震える手で、懐から一枚のトランプを取り出した。かつてエナガから「最後の一策」として託されていた、魔導トランプ。
「……何のために、今まで生きてきたんだろうな。救いもなく、ただ殺して、殺されて……。虚無になるくらいなら、最後くらいベスパ様の役に立って見せる……!」
ソルの瞳に、狂気混じりの覚悟が宿る。
「これを使えば、この街の半分は吹き飛ぶか。俺の命も、この虚無も、すべて爆炎の中に放棄してやる……!」
ソルがトランプに全魔力を注ぎ込み、自らの心臓へ突き立てようとした、その時――。
「……あら、そんな汚いおもちゃで遊んではいけませんよ。坊や」
路地裏の闇を切り裂いて現れたのは、場違いなほど高級なシルクのドレスを纏った女性。
その腕には、一匹の美しいロシアンブルーが、退屈そうにあくびをしながら抱かれていた。
ロシアンブルーのカバロ。今の彼の愛くるしい姿はかつて義賊だった誇りすらゼロだ。だが、彼にとっても一般人の常識を超えている彼女が極悪非道の人物まで相手をしようとするのは驚愕以外の何物でもない。
「ふにゃあ(この女、この前フォスが揉めていた巨悪までやるのか......)」
「……な、んだ……貴様は……」
ソルの魔力が、彼女の存在を前にして、あたかも「最初から無かったこと」にされるように霧散していく。
飼い主、セダ。
20年間、蒼穹の騎士を見守り続けてきた「影の教育者」が、南の大陸の終焉に、静かにその靴音を響かせた。
コツコツという靴の音が響く静寂の中、ソルは闘気を失い目を閉じた。




