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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第5部-冥静戦争開幕、三大組織の滅亡
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葬列-1.煉獄の静寂


東の街「オリエント・ポート」は、数分前までの活気を完全に失い、阿鼻叫喚の地獄へと変貌していた。

ベスパが仕掛けた連鎖爆破の火柱が天を焦がし、黒煙が太陽を覆い隠す。崩落する建物の下敷きになった者、燃え盛る火災に追われる者たちが、絶望の声を上げる。


「神様ぁ……助けてくれ! 誰か、誰か……ッ!」

「逃げろ! 街が、街が燃え落ちるぞ!」


逃げ惑う人々の悲鳴が響き渡る中、その喧騒を「無意味なノイズ」として切り捨てる二人の怪人が、広場の中央で対峙していた。


「……神だと? 救いだと? 嘆かわしい。死こそが、生者が等しく享受できる唯一にして最高の平等だというのに」


葬儀屋ソルが、その冷たい瞳に一切の光を宿さず呟く。彼の周囲だけは、燃え盛る火の粉さえも凍りつくような死の静静寂に包まれていた。


「剪定だと? 笑わせるな。俺が与えるのは、この世のあらゆる苦痛と迷いから解き放つ、絶対的な『死』という救済だけだ」


「吐き気がするな、サイコパスめ。救いなど不要だ。この世に必要なのは、秩序ある支配と完璧な管理のみ!」


巨大な裁断鋏を構えたルードが、貴族然とした所作で吐き捨てた。彼にとって、マンティの掲げる「略奪なき庭園」こそが真理であり、ソルのような無秩序な殺戮者は、庭を荒らす最悪の害獣に他ならない。


「笑止千万。貴様も、己の理想を押し付けるという意味では同類じゃないか」


ソルが鎌を低く構える。


「……始めようか。お前のその『規律』ごと、冥府へ送ってやる」


ルードが鋏を大きく開き、空間そのものを噛み切るような鋭い音を立てた。

「我が鋏に斬れぬ迷いはない。不浄な死神よ、ここで塵に還れ!」


冥府の「死」と、静寂の「規律」。正反対の思想を持つ二つの巨悪が、崩壊する街を舞台に激突した。


ソルの姿が、陽炎のようにゆらりと揺れた。

次の瞬間、彼の肉体は実体を持たない「影」へと沈み込み、視界から消失する。


『冥府魔術・影の葬列』


「そこかッ!」


ルードの足元、石畳の影が突如として無数の黒い鎌へと変貌し、彼の四肢を刈り取ろうと一斉に突き出した。

だが、ルードは一歩も動かなかった。彼は巨大な裁断鋏を、自身の周囲を円で描くように一閃させる。


『剪定術式・ガーデン・リセット』


ガギィィィン!!


空気を切り裂く衝撃波が放射状に放たれる。それは物理的な破壊に留まらず、空間に干渉して「魔力の流れ」そのものを強制的に遮断・切断するルード独自の術式だ。

実体化しかけていた影の鎌は、ルードの衣服を掠めることすらできず、因果の糸を絶たれた布切れのように力なく霧散していった。


「……ほう。俺の影を、物理的に『切り落とした』か。面白いな、気取り屋の貴族様」


ソルの声が、ルードの真後ろから響く。音もなく影から這い出したソルが、死を告げる葬送の鎌をルードの首筋へと、慈悲のない速度で振り下ろした。


「甘いな、葬儀屋!」


ルードは首筋に迫る鎌の冷気を感じながらも、驚異的な反射速度で裁断鋏の連結を解除した。

ガシャリという硬質な音と共に、鋏は二本の巨大な断罪剣へと分離する。


「我が鋏の役割は切断するだけではない。双剣にもなりうる」


「二刀流......どこかの剣豪の真似事か。興味深い」


ソルの挑発に対し、ルードは冷徹な笑みを浮かべて二本の断罪剣を構え直した。


「抜かせ。これは、美しき秩序を乱す雑草を根こそぎにするための、最も効率的な形態だ!」


ルードが地を蹴る。先ほどまでの重厚な挙動とは打って変わり、分離した剣は風を切り裂くような高速の連続突きへと変貌した。


『剪定術式・双華乱舞』


左右から交互に、そして同時に繰り出される刺突が、ソルの急所を正確に穿とうとする。ソルは鎌の柄を垂直に立て、火花を散らしながらそれを受け流すが、一撃一撃の重さが先ほどまでとは桁違いだ。


「……チッ、力が分散するどころか、加速しているか」


ソルは影に潜もうとするが、ルードの放つ鋭い剣気が空間を「固定」し、転移の隙を与えない。ルードは逃がさないと言わんばかりに、片方の剣でソルの鎌を封じ、もう片方の剣をその喉元へ一閃させた。


「終わりだ、死神!」


だが、ソルはその刃を避けるどころか、自ら首を差し出すように踏み込んだ。


「死を恐れぬ者に、刃は届かん」


ソルの体が物理的な質量を失い、透き通るような闇へと変じる。ルードの剣は虚空を切り裂き、逆に無防備な懐へとソルの黒い手掌が伸びた。


ソルの手がルードの胸甲に触れた瞬間、そこから波紋のように「腐敗」が広がり始める。強固な装甲がボロボロと崩れ落ち、ルードの肉体から生命の輝きが吸い取られていく。


「ぐ、おぉ……っ!?」


ルードは苦悶に表情を歪めながらも、残った左手の剣を地面に突き立てた。

「……ぬかせ! 私が倒れれば、誰がこの庭の静寂を守るというのだ!」


精神力で侵食を食い止めたルードが、零距離から最大出力の衝撃波を放つ。二人は互いに弾き飛ばされ、燃え盛る瓦礫の山へと叩きつけられた。


ソルが鎌を変幻自在に振る。

ルードはそれを十字に交差させ、背後から迫るソルの斬撃を真っ正面から受け止めた。


ギギィィィィィィン!!


火花が散り、鋼と魔力が激しくぶつかり合う。

ソルは重力を無視したような身のこなしで、跳躍と影への潜行を繰り返し、ルードの死角を突き続ける。右、左、そして頭上。変幻自在に繰り出される鎌の軌跡は、まさに死神の舞踏だった。


「無駄だ。俺の鎌は、生者の迷いを刈り取るためにある。貴様の中に、一欠片でも生への執着がある限り、この刃からは逃げられん」


ソルの無機質な言葉に対し、ルードは冷静に二本の剣を操り、すべての攻撃を精密に弾き返していく。


「迷いだと? 断じて否! 私が仕えるのはマンティ様の理想とする『完璧な庭』だ。その美しき規律の中に、私欲も迷いも存在せん! 貴様のような混沌ノイズを排除することこそ、我が至上の悦び!」


ルードの剣筋は、一撃ごとに鋭さを増していく。それはまるで、庭師が不要な枝を一本ずつ正確に、冷酷に切り落としていくかのような、狂気すら感じさせる正確無比な剣技だった。


戦いが激化するにつれ、ソルの瞳の奥にある虚無が、周囲の空間を侵食し始めた。

彼は大きく鎌を横一文字に振るう。


『冥府魔術・絶対零度(アブソリュート)の葬送曲(・レクイエム)


瞬間、吹き荒れていた火災の熱気が、嘘のように消え去った。

いや、消えたのではない。熱も、音も、そして空気の振動さえもが、強制的に「死の状態」へと収束させられたのだ。

物理的な氷結ではない。生命活動そのものを停止させる、概念的な零度。


「……っ、体が……!?」


ルードの洗練された動きが、一瞬だけ金縛りに遭ったように硬直する。肺に吸い込んだ空気が重鉛のように感じられ、魔力の循環が極端に鈍化していく。


「……無音の世界へようこそ、ルード。音も、規律も、理想も……冷たくなればすべては等しく無価値だ」


ソルがゆっくりと歩み寄る。その足音すら響かない死の世界で、葬送の鎌が青白く発光し、ルードの心臓を貫くべく突き出された。


「さあ、死神が貴様を楽に送ってやろう。……二度と目覚めぬ安らぎの中へ」


絶体絶命。ルードの視界が、迫りくる鎌の刃で覆い尽くされようとしたその時――。


「――お前たち、そこまでだ」


冷徹でありながら、凛とした鋼のような声が、音の消えたはずの空間を鋭く切り裂いた。

戦場に乱入した新たな気配。それは、冥府の死神も、規律の裁断師も無視できない、圧倒的な「刃の意志」を宿していた。

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