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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第5部-冥静戦争開幕、三大組織の滅亡
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弾丸-1.星の檻と煉獄


南の大陸の北端に位置する、天を衝くような巨塔――『静寂(サイレント)の捕食者(・プレデター)』第5支部、天体観測要塞。その最上階にある観測室では、外界の喧騒とは無縁の冷徹な静寂が支配していた。


「……第5支部から半径3km以内に異分子が侵入しました」


部下からの無機質な報告を受け、組織の「目」として君臨する老戦士、ネールは、愛用の魔導望遠鏡から目を離すことなく、微かに眉を潜めた。彼の視線の先にあるのは、レンズ越しに映る物理的な景色ではない。天に煌めく星々の運行と、地を這う生命の因果が交差する「運命の座標」だ。


「星の巡りが狂っている……。略奪の相ではないな。これは、万象を飲み込み、すべてを無価値な塵へと帰す『無』の相。ベスパ……。あの男、この大陸で一体何を考えている……。我々が管理し、育んできたこの美しい『庭』に、これほど巨大な不浄を放置しておくわけにはいかん」


ネールの声は、古びた羊皮紙が擦れるような乾いた響きを湛えている。彼にとって、マンティという主が統べるこの大陸は、一木一草に至るまでが厳格に管理されるべきコレクションであった。その調和を乱すベスパの「煉獄」は、庭師が最も忌み嫌う、根絶すべき雑草に他ならない。


「このルートは私の観測に入っていなかった。かなり用心深いベスパだが、幹部を数名失ったと聞いて冷静でない様子を見せるのか?となると結論は一つ。ベスパの行き先が最終計画の要となるということか....」


魔導望遠鏡の倍率を上げる。熱量で陽炎のように歪む大気の向こう側、数キロ先の地平から、黒煙を棚引かせながら進撃してくる一人の男の姿が、鮮明に網膜へと焼き付いた。


煉獄の炎を纏い、地上のすべてを「放棄」しながら進むベスパ。彼の足跡は溶岩の川となり、その威圧感だけで周辺の森は瞬時に立ち枯れていく。


その時、雲一つない天の彼方から、一筋の鋭い光が音速を超えて降り注いだ。


――ドォォォン!!


ベスパのわずか数センチ先、大地が凄まじい衝撃と共に爆ぜた。進撃の歩みが止まる。視認すら不可能な距離、地平線の彼方からの精密射撃。砂塵の中で、ベスパは不快そうに視線を上げた。


「……姑息な真似を。マンティの飼い犬か」


ベスパの呟きに呼応するように、上空の空気が魔力の波動で震え、巨大なホログラム状の星盤アストロラーベが投影された。それはネールが数キロ先から放つ、意思の投影である。


「ベスパ。貴方の歩みはあまりに騒がしく、そして不完全だ。星々の静寂を乱し、庭の秩序を脅かすその下俗な炎……。私がここで観測し、その因果ごと射抜かせてやろう」


ネールの声が、虚空から直接ベスパの脳裏に響く。


「星が告げています。貴方の終着点はここではない。……無に還るべき灰の場所へと、導いて差し上げましょう」


「射抜けるものなら、やってみろ。……その前に、貴様の塔が、俺の熱量で溶け落ちなければの話だがな」


ベスパが獄炎の王杓『デス・スティンガー』をゆっくりと振り上げる。

対するネールは、数キロ離れた天文台の観測席から指先一つ動かさない。彼は望遠鏡を通じて、ベスパという個体の「運命の軌跡」を算出していた。


「算定完了。射出……一。……二。……三」


ネールが魔導望遠鏡を媒体にして、高密度の重力弾を連射する。

それは物理的な質量を持った弾丸ではない。星の動きから導き出された「その位置に、破壊という結果が着弾する」という未来を確定させる、回避不能の因果律攻撃だ。


ベスパの周囲で、目に見えない衝撃が次々と爆ぜる。重力の圧力によって地面がクレーター状に陥没し、熱核の炎が四散する。しかし、ベスパの歩みは止まらない。

彼の身に纏うプロミネンス・アーマーが、外部からの衝撃エネルギーを吸収し、それを熱へと変換してさらに火力を高めていく。


「無駄だ。俺が『放棄』した空間に、因果などという理屈は通用せん」


ベスパが地を蹴った。一歩で数百メートルを跳躍する、爆発的な瞬発力。移動経路の大気は断熱圧縮により発火し、空中に炎の傷跡を刻んでいく。


「観測済みです。貴方の熱源反応から、筋肉の収縮による次の一歩、その瞬間の心拍数の乱れに至るまで、すべて私の盤上にあります」


ネールは冷徹に術式を展開した。


『占星魔術・十二宮(ゾディアック)の檻(・プリズン)


突如、ベスパを包囲するように地上から十二本の巨大な光柱が立ち上がった。それぞれが黄道十二宮の星座の力を宿した拘束具となり、ベスパの肉体を空間ごと物理的に固定しようと締め付ける。同時に、遥か上空からはネールの魔力によって擬似的に生成された巨大な隕石の塊が、大気を燃やしながら降り注いできた。


「星だと? そんな遠いところにある死んだ光で、俺の……この胸に渦巻く底なしの怒りが消せるとでも思ったか!!」


ベスパは不敵に笑うと、拘束されたまま王杓を無理やり地面に叩きつけた。

刹那、彼の心臓部から噴出した魔力が、光の檻を内側から食い破るほどの爆炎となって吹き上がった。熱核爆発に匹敵する衝撃波が、十二の光柱を一本ずつ、飴細工のように溶かし、砕いていく。


数キロ先の観測室で、ネールの鏡面がひび割れた。


「……流石はベスパ。知能を嘲笑うに相応しい暴力だ。ですが、この程度の反抗も、すべては計算の内よ……」


ネールの言葉には、焦りはない。彼はベスパの圧倒的な破壊力を「観測」し、それをあえて受け止めることで、敵を自分の庭の最も深い場所へと誘い込んでいた。


ベスパは不敵に笑うと、拘束されたまま王杓を無理やり地面に叩きつけた。

刹那、彼の心臓部――その脈動に合わせて、内包された超高密度の魔力が一気に暴発する。熱核爆発に匹敵する衝撃波が、十二の光柱を内側から飴細工のように溶かし、砕いた。


「……流石はベスパ。知能を嘲笑うに相応しい暴力だ。ですが、この程度の反抗も、すべては計算の内よ……」


数キロ先の観測室でネールの鏡面にひびが入るが、老戦士の瞳に揺らぎはない。彼はすぐさま次なる「未来の座標」を算出しようと望遠鏡へ指をかけた。


だが、その瞬間。

レンズ越しに映るベスパの姿が、爆炎の残滓と共に消失した。


「何……!?」


直後、ネールの網膜に、地平線を一文字に引き裂く「紅蓮の線」が焼き付いた。

ベスパが地を蹴ったのだ。

岩のような巨躯からは想像もつかない、スズメバチが獲物を穿つ瞬間に似た、溜めのない超高速移動。彼が踏み出した一歩ごとに大地は溶岩の池へと姿を変え、その移動経路にある大気は猛烈な断熱圧縮によって強制的に発火する。


空中に刻まれるのは、炎の傷跡。

ドォォォン! と遅れてやってくる衝撃波が、周囲の木々を、岩石を、ネールが「管理」してきた美しい庭のすべてを粉砕しながら、赤黒い彗星が塔へと肉薄する。


「速い……! だが、捉えきれぬ道理はない!」


ネールは冷徹に術式を上書きする。

ベスパの熱源反応から、筋肉の収縮による次の一歩、その瞬間の心拍数の乱れに至るまで、すべてを盤上に書き出す。


「算定……着弾まで〇・二秒。逃さぬ!」


ネールが放つ、空間そのものを削り取るような重力弾の連射。

だがベスパは止まらない。降り注ぐ因果律の礫を、彼は回避すら「放棄」した。身を包むプロミネンス・アーマーが、外部からの衝撃を喰らい、それを自身の火力を高める糧へと変換していく。

被弾するたびにベスパの焔はより白く、より凶悪に膨れ上がり、死の熱風を撒き散らす。


遠距離からの「精密」な狙撃による削りか。

至近距離からの「圧倒的」な暴力による粉砕か。

南の大陸の頂点を決める、知能と力の極致が、今まさに臨界点を突破しようとしていた。


ベスパの進撃は加速し、その距離はすでに数百メートルにまで縮まっている。


「捉えたぞ、老いぼれ……!!」


爆炎を纏った破壊神が、ついに天文台の基部へと肉薄した。


「ほう、来ただけでも感謝するぞぉ!」


ネールがこの瞬間を期待していたかのように歓喜の雄たけびを上げる。

巨塔が内側から溶け落ちようとする中、知能と力の極致が、今まさに臨界点を突破しようとしていた。


だが、この戦いはのちにとある追跡者たちの期待を裏切る結果になる。


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