傲慢-最強の自負
南の大陸の地下、あるいは人里離れた尖塔の頂。それぞれ異なる場所に潜伏する『静寂の捕食者』の幹部たちが、不気味な光を放つ通信石を介して意識を連結させていた。
静かな密室でネールが通信石を起動させる。これは軍事会議そのものの始まりだ。
「おい、エルバ。聞こえるか。……現場の調子はどうだ。星の巡りが、不吉な濁りを見せているぞ」
最初に口を開いたのは、要塞の観測室で巨大な魔導望遠鏡を覗き込む老戦士、ネールだった。その声は、長年「星」という運命の歯車を見つめてきた者特有の、乾いた響きを湛えている。
「ふん。絶好調とは言えんな。……我々の『庭』に勝手に爆弾を埋め込み、全都市放棄計画などと抜かすベスパめ。国家転覆もほどほどにしてほしいものだ。今日だけで除去できたゴミはほんの少しだけだ」
通信の向こう側で、エルバが不快そうに鼻を鳴らす音が聞こえる。彼の周囲では、常に揮発性の毒ガスが薄く漂い、近づく生命を白く脱色し続けていた。
「ベスパの野郎が動かしている『冥府の羽音』の情報は正確なんだろうな、ネール? ゴミの処理には、正確な場所の特定が不可欠だ。俺の漂白は、一点の染みも残さないのが信条でね」
「ベスパめ、私の監視網に一切引っかかっていない。私が動くことを常に見抜いているのか......」
ネールは不敵に笑う。
「くっくっ……。ネズミどもが何かを嗅ぎ回っているようだが、何をおびえているのだエルバ?」
冷ややかな笑い声を上げたのは、彫刻家のレニだ。彼は今、自らのアトリエで、凍結させた略奪者の死体をノミで削り、新たな「作品」へと作り替えている最中だった。
「義賊のネズミども……『白爪』だか『月下狂牙』だか知らないが、そんなものはまとめて凍らせて、私のコレクションの素材にしてやる。……最近噂の一般人風情に遅れを取ることなど、我ら『静寂の捕食者』の格が許さんよ。なあ、オーガが行方不明になったからなんだというのだ? あんな騒がしい笛吹き、いなくなれば静かで良い。殺されたオネブの知識も、今となっては私の創作意欲を刺激する素晴らしい素材だ」
レニにとって、組織の仲間が消えたことは「損失」ではなく「素材の調達」に過ぎない。その狂信的な言葉に、もう一人の出席者が重苦しい溜息をついた。
「マンティ様もアニルを殺害したときは、水色の髪の女に恐れをなしたというが……。私の部下20人も、ルンという眼鏡の女に怯えている始末だ。……マンティ様も、そしてお前も、冗談もいい加減にしてほしいものだ」
そう言ったのは、巨大な裁断鋏を傍らに置いた貴族、ルードである。彼は幹部の中でも義賊的な側面を持ち、組織の統率を重んじていた。だが、最近部下たちの間に広まる「得体の知れない女たち」への恐怖心が、組織の規律を蝕んでいることに苛立ちを感じていた。
「ヒゲ、貴族の皮をかぶってオネブや俺からも甘んじられていたお前に、統率を語る資格があるのか?」
エルバが嘲笑する。
「ベスパは俺が漂白してやる。冥府の羽音で一番汚いゴミは、あいつに決まっている。あの熱苦しい炎を、俺のガスですべて真っ白に冷やしてやるさ」
彼らの会話には、一つの共通点があった。
それは、自分たち『静寂の捕食者』こそがこの大陸の真の支配者であり、マンティこそが絶対的な頂点であるという、揺るぎない傲慢だ。
「何を言うエルバ!統率担当でもないのに俺のやり方に口を出すな!」
「喋るな!口論もそこまでだ」
ネールが幹部の口論の最中に重々しく制止する。
「特にルード。統率を目指すお前が、部下が取り乱した程度で揺らいでどうする。……いいかお前たち。ベスパを葬るのは、この私だ。魔導望遠鏡の照準は、すでに奴の急所を捉えている」
ネールにとって、ベスパは長年のライバルであり、超えるべき壁だった。
「第5支部から半径5km以内に異分子が来たら、即座に知らせろ。マンティ様がトップになる前から、私は彼を見守ってきた。……あの巨悪を、私の手で止める。マンティ様の望む庭を造るのはこの私だ」
ネールの声には、確かな戦士としての誇りが宿っていた。しかし、その誇りは、かつてエルバがフォスと揉めたときに路地裏で遭遇した「黒いオーラを纏った女性」の絶望的な重圧を、まだ知らないがゆえの虚像だった。
エルバは思い出していた。セダという女性に遭遇した際、自分の指先が止まらなかった震えを。だが、今の彼は通信石の向こうの仲間たちの手前、それを「一時的な体調不良」として脳内で処理していた。
(……あの女は、イレギュラーだ。だが、マンティ様が負けるはずがない。あの方は、この大陸の絶対的な捕食者なのだから)
「特にエルバ。今から兵を連れて第5支部に来てくれ。お前とは二人きりで、直接伝えたい作戦がある。お前さんの範囲攻撃……あの潔癖なまでの『漂白』が必要になる時が来る」
「ふん……。いいだろう。ゴミが溜まっているなら、掃除しに行ってやる」
「私は『月下狂牙』を素材にしよう」
レニが冷たく締めくくろうとする。
「今はベスパを優先したいところだが、あのマゼンタ色の剣士は、氷像にすればさぞ映えるに違いない……くっくっく……」
「月下狂牙と遊んでいる暇はないだろう。レニ」
先ほどまで取り乱しかけていたエルバがため息をつき、会議を終了した。
四人の幹部たちは、それぞれの野望と慢心を抱えたまま通信を切断した。
彼らは確信していた。
自分たちが戦っているのは、炎を操る怪人ベスパであり、暗躍する義賊ルウたちであると。
しかし、彼らはまだ気づいていない。
彼らが「一般人」と見なしている飼い主たち――アイリスの赤い瞳、ルンの六法全書、そしてセダの黒い深淵――が、すでに彼らの「庭」に土足で入り込もうとしていることを。
マンティの覇権を揺るぎないものと信じ、略奪者をゴミと見下す彼らの「安寧」は、すでに崩壊の一途を辿っていた。エルバが密かにルードに送った「怪物に気をつけろ」という短い連絡も、プライドの高い幹部たちの耳には届かなかったのだ。
南の大陸を二分する『冥静戦争』。
その中心で、星読みの老戦士と潔癖の薬剤師が合流する前から煉獄の炎もうごめいているのは確かだが、得体のしれない絶対的調律が動くなどみじんも思っていない。
(……待っていろ、ベスパ。そして邪魔な義賊のゴミども。この大陸を統べるのは、我ら『静寂の捕食者』だ。ゴミ一つ、塵一つ残さず、この世界を我らの理想の庭に作り替えてやる)
第5支部の暗い通路を歩きながら、エルバは自らの震える指を強く握りしめ、自分に言い聞かせるように呟いた。




