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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第5部-冥静戦争開幕、三大組織の滅亡
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提案-調律師に気づかれる前の会議

 

 アトリエを包む空気は、僕とルビの拳が交わした熱気が引くと同時に、再び重苦しい静寂へと沈んだ。

 カリスの左肩を蝕む、どす黒い変色。そしてガーネの右腕の感覚を奪った、神経系を焼き切るような魔力毒。解体魔オネブが死に際に残した執念は、剣聖と呼ばれた彼女たちの「誇り」であるはずのしなやかな動きを、確実に、そして残酷に奪っていた。


「……やはり、ピセアちゃんと正式に取引しておくべきだったかしら」


 ロッサが溜息混じりに、手にした薔薇の棘を弄びながら呟いた。その瞳には、かつての取引仲間への隠しきれない懸念が滲んでいる。


「おいおい、ピセア『ちゃん』ってなんだ?まさか俺とフォルトを売るのか?」


「これ以上、あの忌々しいブラッシングだけは受けたくはねぇよ。裏切るような真似したらぶった斬るぞ」


 フォルトとアストが怪訝そうに尋ねる。実はロッサは表の仕事でピセアと取引で仲がいいということを翠影双翼(フォレストフェザー)の2名は知っていたが、それでも彼らは疑う。

 彼らの質問に対してロッサが何事にも動じないかのように答える。しかし、僕に「ババア」と罵倒されたことに根を持っているのか、どこか不機嫌な口調だ。


「馬鹿をおっしゃい。そもそも貴方たちはあの2羽のウサギの正体だったの?」


 ロッサは刺突細剣『薔薇棘』を手入れしながら、まだ続ける。

 月下狂牙の狙いはベスパとマンティ。それ以上のことは興味がない模様だ。


「あの娘の『調律』があれば、こんな嫌な魔力毒なんて、一瞬で綺麗さっぱり消せたはずなのに。……でも、彼女と取引をするのは、ベスパの爆弾より高くつくかもしれないわね」


 ロッサの言う通りだ。伝説の調律師ピセアの力は絶大だが、その代償は時に計り知れない。それに、今この瞬間もアイリス姉さんと共に僕たちの行方を追っているであろう彼女に、こちらから接触するのは、火薬庫に火を投げ込むようなものだ。


「……その必要はないよ、ロッサ。ここに、ヌーベが……文字通り命懸けで持ち出したものがある」


 僕は懐から、琥珀色に輝く小さな、しかし存在感のある小瓶を取り出した。

 実はヌーベはドラアとの戦闘中に命がけで敢えて僕が隠れていた茂みの中にに、ピセアの薬草園から持ち出していた薬を敢えて落としていた。

 戦闘中のヌーベが「念のため」と僕に託していたのだ。

 あらゆる魔力汚染を浄化する最高級の『万能薬』。かつてヌーベが便利屋の同僚として、あるいは白爪の参謀として培った「最悪を想定する癖」が、今この絶体絶命の局面で光を放った。


 万能薬を一滴、カリスとガーネの傷口に垂らし、残りを服用させる。

 わずか数分後だった。

 彼女たちの身体を覆っていたオネブの呪いとも言える黒い霧が、朝日を浴びた霜のように、シュアアア……と微かな音を立てて霧散していった。


「……ふぅ。身体が軽くなったわ。神経の隅々まで、淀んでいた血が通い出すのがわかる」


 カリスがゆっくりと立ち上がり、愛刀『狂牙マゼンタ』を軽く一閃した。


 ――シュパァン!!


 抜刀の衝撃波だけで、アトリエの隅に置かれていた鉄製の甲冑が見事に両断される。鮮やかなマゼンタ色の剣気が、浄化された空気の中に蓮の花びらのように舞い散った。


「これなら、いつでもベスパの首を撥ねにいける。……待たせたわね、ルウ」


 カリスの瞳には、かつての「美しき死神」としての鋭利な光が完全に戻っていた。僕は安堵すると同時に、真剣な眼差しで二人に向き直った。


「助かるよ。……君たちは以前、ベスパの部下である拷問師のアソラと、マンティの部下である解体魔オネブをそれぞれ粛清したと聞いた。奴らの死に際に、何か計画のヒントになるようなことはなかったか?」


「特に奴らの遺言に直接的なヒントは見つからなかった。だが...」


 僕の問いに、ガーネが記憶を辿るように、硝子細工のような鋭い瞳を細めた。


「……オネブの手下たちを追い詰めた時、ある一人は血を吐きながら笑って、こう言っていました。『捕食者の目が、自分たちの背後にある真の庭を捉え始めた』と」


「捕食者の目……? マンティの組織のことね」


 カリスが言葉を引き継ぐ。彼女のジャッカルのような超感覚が、南の大陸全域に広がる「不穏な匂い」を嗅ぎ取っていた。


「最近、マンティの第5支部の動向が妙に騒がしいらしいわ。あそこを統括しているのは、天文学者を引退した男。数キロ先から標的の眉間を射抜く、組織の『目』よ」


「最近ゼトからの連絡が入っていたがネールという情報がある……」


 フロスが口を開く。


 僕は顎に手を当て、思考を巡らせる。

 ネール。さそり座の誇りを持つ老戦士であり、魔導望遠鏡を使いこなす知能派。奴は単なる狙撃手ではない。星の動きから運命の分岐点を読み、略奪の兆候を予測する、マンティの軍師的役割も担っている。


「奴が動いているということは、ベスパが仕組んだ地下の爆弾配置を、マンティ側もすでに正確に把握している可能性がある」


「つまり、マンティはベスパの計画を止めるために動いている、と?」


 ルビが太い腕を組み、怪訝そうに尋ねる。僕は首を横に振った。


「いや、マンティにとってこの大陸は、自分が管理する『美しい庭』だ。ベスパがそれを焼こうとしているのを、ただの『汚染物質の除去』として排除しようとしているんだろう。……だが、彼らのやり方はいつも極端だ。毒をもって毒を制す際、庭の住人である平民たちの命なんて、彼らの計算には入っていない」


 ベスパが大陸を焼き、マンティがそれを力ずくで捩じ伏せようとする。

 二つの巨悪が正面衝突すれば、その間に挟まれた何百万という命が火花となって消える。


「第5支部を叩き、ネールの魔導望遠鏡から情報を奪う。そうすれば、ベスパの空中要塞の正確な進行ルートと、マンティが仕掛けようとしている『浄化』の全貌が見えるはずだ」


 僕の言葉に、フォルトとアスト、そしてカリスたち『月下狂牙』の面々が、静かに、しかし力強く武器を握り直した。


 伝説の三組織――白爪、翠影双翼、そして完全復活を遂げた月下狂牙。

 アイリス姉さんの目が届かないこの闇の中で、南の大陸を救うための、マンティ第5支部への強襲作戦が、今まさに形作られようとしていた。


「(ヌーベ、聞こえるか。君が繋いでくれた命の薬が、死神を蘇らせたよ。……僕たちは今から、星を堕としに行く)」


 僕は窓の外、ネールが見守っているであろう不気味に輝く星空を見上げ、不敵な笑みを浮かべた。

 タイムリミットまで、あと六日。


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