冒険者
改めて村を出発した俺とメイは、一晩野宿して(俺は狼の姿でメイを毛皮で包む様に寝た)、目的の場所へとやって来た。
不気味な程鬱蒼としている森だ。
シルフィード村周辺の森はまだ人の手が入っている安心感があったが、此方はそのまま原生林という感じだ。なにが出て来たとしてもおかしくはない。
そんな雰囲気をメイも感じたのだろう。
「なんだか…すごく不気味な森ですね…」
「そうだね。なにが起こるかわからないからしっかり背中に掴まっててね。」
そう言って俺は更に奥へと歩を進めた。
暫く歩くと、其処だけ木が生えておらず、少し開けた場所があった。つい今まで誰かが此処に居たのだろう。焚き火をしていた跡がある。
俺は急いでメイに降りて貰い、変身を使ったままで擬態を発動させた。
そう。今の俺は狼の力を保持したまま擬態によって普段の人間ver.の擬態をしている。つまり、見た目はただの人間に見えるが、中身は大爪狼の身体能力を有しているのだ。
以前、《擬態》を使えるようになった俺はその力を《変身》の下位互換だと思っていた。しかし、この力は決して下位互換なんかでは無く、想像した以上に優秀だったのだ。なにせ能力の上からでも重ね掛けができ、尚且つ数値には変化を及ぼさないのだから。姿を偽りながらも力を行使したい場合にはこれ程便利な能力も無いだろう。
そんな訳で、いつでも戦闘態勢に入れる様に準備をしつつ、状況を確かめる。
焚き火をしていた跡を触ってみるとまだ温かかったため、それ程時間は経っていないようだ。
話に聞いた冒険者だろうか。よく考えてみると高価な赤い染料の元になる魔物が生息しているのだ。それを狙った者が此処に来ているのは当然の事だろう。
俺たちはより一層の注意を払い、先へと進んで行った。
焚き火の跡があった辺りから俺の耳には微かに怒声と剣戟のような音が聴こえていた。人は複数人居るようだ。
メイにはまだ何も聴こえてはいない様だが、それも当然か。俺は今魔狼の聴覚を有している状態だからだ。
「メイ。どうやらこの先で何かと戦っている人が居る様だ。絶対に俺の側を離れないでね。」
俺はメイに念を押しなが、音の先へと進んで行った。
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鬱蒼と繁る森の奥の更に最奥。人の進入を悉く拒むような濃密な気配に支配されたその場所では、三人の人間が一匹の魔物と相対していた。
その人間たちは、既に全身に傷をつくり、血で汚れている。だが幸いにして、傷は浅く見た目の派手さほど致命傷は受けて居ないようだ。
三人組唯一の女が悪態を吐きながら叫ぶ。
「くそっ!前情報よりも硬えじゃねぇかよっ!巫山戯んなっ…俺の刺突剣が刺さりゃしねぇ!!」
革の胸当てを着け、手脚にも申し訳程度に装備を施した軽装の女剣士だ。
その女剣士を嗜めるように男が叫ぶ。
「ばかっ…出すぎだ!もっと下がれ!おいっ!ローデンッ!!頼む!」
この男も剣士だろうか。此方は女ほどの軽装では無く如何にも剣士然とした出で立ちである。鈍く光るプレートアーマーに身を包み、幅広の直剣を振りかざしている。
「はいっ!ラフィア!下がってくださいっ!!」
最後に出てきた男は一際体格が大きく、全身フルプレートに身を包んだ重戦士だ。手には大きな戦斧が握られていた。それを魔物へと振り下ろし、ラフィアと呼ばれた女と入れ替わる。
「ぐッ…助かった…!」
間一髪魔物の攻撃を避けたラフィアはフルグレインという剣士の元へと駆け寄り叫ぶ。
「おいッ!フルグレイン!!どうすんだよッ…本当に勝てんのかッ?!」
「ッ…わからんっ!取り敢えず一旦立て直すっ…おいローデンっ!次の魔物の攻撃を受け流したと同時に走るぞッ!タイミングは指示するっ」
「来るぞカウントっ!3…!2…!1…!今だッ!!!」
カウントと同時にローデンと呼ばれた重戦士の男は戦斧の腹の部分で魔物の攻撃を受けたが、完全にはタイミングを合わせられず受け流し損ねた。
若干足元がフラつき態勢を崩しかけたローデンだが、体格による力技でなんとか攻撃を押し退けた。と同時に振り返り、背後を見ずに走り出す。
先頭には軽装のラフィア、プレートアーマーのフルグレインと続く。ただ、速度はしっかりと一番重量の重いフルプレートのローデンに合わせていた。
仮に逃げきれない場合は直ぐに攻撃に反転する為だ。仲間一人が襲われている間に逃げるという選択肢は存在しない。逃げ切れるも、魔物を倒すも、やられて死ぬも運命は総て三人一緒に、だ。それが冒険者のチームというものだった。そうで無くてはいつかは自分が裏切られて死ぬ事になる。それを一人ひとりが理解していたからだ。
…魔物から走って逃げながら、全体を確認し、状況を判断するフルグレインは焦っていた。フルプレートを着込んでいるローデンは当然だが足が遅い。背後を確認しながら走るフルグレインはそう掛からない内に魔物に追いつかれる事を理解していた。
どうする?どうせ追いつかれるのならラフィアに声を掛けて反撃に出るか?いや。ラフィアの刺突でも刺さらなかったんだ。俺たちの武器では決定打には至らないっ…くそっ…どうしたらいい…?
暫しの逡巡の後、フルグレインは自ら囮になる事を決めた。それが一番生還の確率が高いと判断したからだ。
…結果、その判断が三人の命を救う事になった。
「ラフィアっ!ローデンっ!聴きながら走れっ!!」
「オレが囮になってあの魔物を足止めするっ!その間にラフィアはローデンを引き連れて出来るだけ遠くへ逃げろっ!」
「なっ!?バカッ!何言ってんだっ!死ぬ時は一緒だろうがっ…!!!」
「そうです!フルグレインだけに任せる気はありません!」
「…ばかはオマエらだっ!オレは死ぬ気なんざねぇんだよっ!三人で一緒に帰んだろうが!足の遅いローデンじゃ足止めした後追いつけねぇだろ!防御の薄いラフィアじゃマトモに一撃喰らったら死んじまうだろうがっ!オレならヤツの攻撃を受けながら隙を見てオマエらに追いつけるんだよっ!黙って言うこと聞けっ!」
「…くっ…」
「っ…」
長い間同じチームを組んでいた二人は、フルグレインの言ってる事が真実であると理解出来てしまった。
フルグレインの言が正論であり、三人揃った生還率も、最も高い案なのだと。
ただ、最も高いというのは生還率0%がほんの2、3%に上がったというだけ。三人で生きて帰れる可能性としては最も高い案かもしれないが、フルグレインが死ぬ可能性はその比ではない。97%は死んでしまうだろう。
そんな状況に送り出すのはチームとして正しいのだろうか。そんな葛藤に苛まされた二人だったが、結論は直ぐに出た。
「ローデン…スピード上げれるか?」
「はい…大丈夫です。フルグレイン、先に行ってます…!」
こんな危機的状況は幾度となくあった。その度に判断を下すフルグレインの決断が間違っ ていたら今この場に三人揃っては居なかっただろう。
フルグレインに対する信頼から二人は先に行く事を即座に決定した。
「あぁ…スグに追いつく。出来るだけ遠くへ行ってろ!」
今生の別れになるだなんてこれっぽっちも思っていない。それでも二人は答えるフルグレインの顔を何度も見てから走り出した。
「さぁ来いッ!バケモノめっ!!オレが喰い散らかしてやるよっ!!!」
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ガシャガシャと金属の擦れる音とぜいぜいと喘ぐような人の息遣いがだんだん此方に近づいてくる。その音は、最早メイの耳にも届くようになっている。
「ヴィヴィさまっ!人が走ってきますっ…魔物も一緒でしょうか…?」
「いや…来るのは人だけみたいだ。先ずは話をしようと思うけど、襲われる可能性だってあるからメイは俺の背後で隠れてて。」
「…わかりました。ヴィヴィさま。お気をつけを…」
…メイにはあぁ言ったけどいざ相対するとなると、とんでも無く怖い。状況や問答次第では殺し合いになる可能性だってあるのだ。俺は果たして人間を殺す事が出来るのだろうか…?今更ながらそんな考えを自問していた俺に、答えを出す余裕は与えられ無かった。
…来る!!
そう感じた瞬間、息も絶え絶えに走り抜けて来た女と男が姿を現した。突然視界に現れた俺たちを、男女は唖然とした様に見つめた直後叫んでいた。
「ここでなにしてるッ!!危険だから直ぐに立ち去れっ!」
「凶悪な魔物が直ぐそこに迫っていますっ!早く逃げてっ…」
どちらが男かわからない程に乱暴な口調で言った方が女で、焦りの中にも丁寧さを失わない声を発したのが男だった。
それぞれに叫んだ男女だが、ヴィヴィアンたちが状況を理解していないと見て焦りと怒りを感じていた。
「なにを悠長にやってる!!直ぐそこまで魔物が来てるんだぞッ!」
…とりあえずこの人たちは敵では無いようだ。
男女の言葉を聞いて少し緊張の解けた俺は二人に問いかけた。
「…魔物とは赤の染料の元となる虫の魔物ですか?」
「なにを悠長なことをッ!!!そうだ!!その魔物だっ!!どれだけ凶悪な魔物が直ぐそこまで迫っているかやっと解ったかっ!!!?」
「それでしたら問題ありません。俺たちはその魔物を狩りに来たんですから。」
「ハァッ!?巫山戯るのも大概にしろッ!!お前たちはどう見たってただの村人だろっ!冒険者である俺たちですら歯が立たなかったんだぞッ!おいっ!ローデンも何か言ってやれッ」
問答を見ていたローデンがハッとした様に慌てて口を開いた。
「そうですっ!もう時間がありませんッ!急いで逃げなければ…!私たちの仲間の一人が命懸けで魔物の足止めをしているのです!」
…そうか。それでさっきからもう一人の足音が近づいて来ているのか。
ではその後ろを這いずりまわる様な音が魔物という訳だ。
もう時間が無いな。じきに姿を現わす筈だ。
「そこをどいて下さい。このスピードだと今から逃げてもじき追いつかれると思います。もうそこ迄来ていますから」
「なッ!!それは本当かッ!お前らが悠長な事を言ってるからフルグレインの決死の覚悟が無駄になったじゃあねぇかッ!これで全滅だっ!俺らも、お前らもなッ!」
女は吐き捨てる様に言い、男は苦虫を噛み潰した様な顔をしている。
程なくして、そこに男が姿を現した。
「…ッ!!!!!オマエらッ!!まだこんな所にッ!!早く走れっ!」
その直後。姿を現した男が油断した一瞬、背後から男の脳天に不可避の一撃が入れられようとしていた。
「「フルグレインッ!!!!!」」
くっ…元のスピードでは間に合わない。俺は《大爪狼》の身体能力を使い、男の前へと飛び出した。
「ばかやろうッ!お前が行ったってッ…」
「ッ!!死にますよッ…!」
「ヴィヴィさまっ!!」
男を突き飛ばし、魔物の攻撃から救ったかの様に見えたが、それは標的が入れ替わっただけ。魔物はヴィヴィアン目掛けて無慈悲な一撃を振り下ろした。
圧倒的な攻撃力。ヴィヴィアンは呆気なく魔物の鋭い一撃を脳天に受け、一瞬にしてその身を縦に斬り裂かれた。
その場に居た誰もがそう幻視した。
「「「「ッ……!!!」」」」
脳裏に浮かんだ斬殺された屍体。
誰もが其れを想像し、眼を背けた。次は己の番だと。
しかし、数秒、或いは数瞬の出来事だったかもしれないが、それは一向にやって来る気配は無かった。
一番最初に眼を開けたのはメイであった。その光景はヴィヴィアンをよく知るメイを以ってしても驚愕という感情以外には無かった。
「あ…ぁ…そんなッ…ヴィヴィさまっ!!…みなさんっヴィヴィさまは御無事です。」
メイのその一言に怖々、眼を開けた一同は、眼の前で起こっている事態を理解出来なかった。
それは驚愕という言葉を以ってしても生温い程異常な光景だった。
魔物が放った不可避にして致死である筈の一撃を左腕の一本のみで受け止めて居たのだ。其れも血を流すどころか傷すら付けずに。
しかし、一同の驚愕は其れで終わりでは無かった。
攻撃を仕掛けていた筈の魔物が酷く暴れだしたかと思うと、ヴィヴィアンはなんとは無しに右腕で殴ったのだ。
さほど力がこもっている様には見られなかった。
しかし、ヴィヴィアンの一撃が当たった瞬間、かつて魔物であったものは散り散りに弾け飛んだ。
「…う…そ…」
「…これ…は…」
「…ははっ…オレはユメでも…見ている…のか…?」
三者三様に言葉を溢した直後、メイだけは走っていた。
「ヴィヴィさまっ!!!御無事でっ!お怪我はありませんかっ?!!メイは…メイはっ…」
「うん。大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。メイ。」
軽い調子でそう言って、ヴィヴィアンはメイの頭をぽんぽんっと撫でた。
「でも参ったな…あんなにバラバラになってしまって染料の元を取り出せるんだろうか…結構力は抜いたんだけどなあ…」
三人組の冒険者は、唯ただその光景を呆気に囚われて見ている他なかった。ヴィヴィアンの最後に放ったぼやきなど、放心している三人には単なる音として虚しく響くのみであった。




