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コチニールカイガラムシ

村長の家を出た俺とメイは二人揃って村を歩いて回った。案内は勿論メイだ。

といっても、村の広さはゆっくり見て回っても一周するのに一時間もあれば事足りる程度だった。


今は村人総出で倒壊した小屋の撤去や、壊れた家屋の修理などを行っている。

食事と話し合いを終えた村長も俺たちと一緒に出て、今は村人の指揮を取っていた。

俺とメイはそれを見て回っていたのだが、あまりにも見ているだけだと居心地が悪いので、手伝いを申し出たところ、村の人全員に村を救ってくれたヴィヴィアン様に雑務をさせるなど畏れ多い事ですと断られてしまった。


まあ、幸いな事に建物自体の被害は殆どないため、二、三日中には問題なく作業は終わっているだろうと思う。

しかし困ったな。こうなると些か手持ち無沙汰だ。

ざっと村を見て回った限り、村長の情報の通りで概ね間違いがなかった。典型的な第一次産業で生計を立てている寒村という感じだ。

殆どの村人が麦と野菜を作り、自分たちで消費した余りを行商人に売り、ほんの幾ばくかの通貨に変える。そのお金はいざという時の為に蓄えておく。一応貨幣経済がやってきてはいるが、殆どは村の中だけで完結してしまっているようだ。貴重なタンパク源は漁師と家畜を育てていた男に依存していたようだが、家畜の方は今回の事件で全滅だ。漁師の男も五人居たそうだが、今は三人になってしまったという。家畜と違い、漁師は天候や日によっても収穫物に差が出る為、安定供給は難しい。今尤も重要なのはタンパク源の確保だろう。ただ、幸いにして、干し肉や魚の乾物など、多少蓄えがあるため、しばらくは問題ないそうだ。

それでも、消費すればいずれは無くなる。早急に解決したい問題ではあるが、今日明日でなんとかなるような問題では無い。今しばらくは騙し騙しなんとか解決の糸口を模索するしかないな。


あとはやっぱり金か。第一次産業で完結している村であるため、金になりそうな物が全くと言って良いほど無い。

麦を売っているにしても、殆どは消費する分しか生産出来ていないのだから結局金にはならない。

これを解決しない事には、今回はなんとかなったとしても、今後同じ事が起こった時に必ず破綻する時が来る。

そうならない為にも、しっかりと金を作れる構造が必要だ。

となるとやっぱり一番に思いつくのは特産品を作るという事だろうか。ザ・村興しの定番だな。

この村にしか無い、という物を生産できるようになれば、それこそこぞって商人がやって来るはずだ。

そうする事で、ちゃんとした貨幣経済の中にこの村を組み込む事が出来るだろう。

ただ、言うは易し行うは難しだ。取り敢えずは第二次産業を取り入れて何かをするという方向に持っていきたいと思うが、俺に出来る事といえば服作りだ。先ずは作った服を商人に売ってみるのもいいかもしれない。

しかし、そこにも問題がある。それは俺が居なくなった途端に成り立たなくなってしまうからだ。まあ、かと言ってなにもしないのもアレだし作った分は金になるだろうし、やって悪い事は無いだろう。問題はおいおい考えていけばいい。なんだかんだと言い訳をしたが、結局俺が服を作りたいのと、暇だからなにかしたいという事なんだけどな。

この村では女の人が機織りをしている事が多いそうだから生地はあるらしいし。


そうだな。練習がてらにメイの服でも作るか。

いまメイは、年季の入った生成りのワンピースに俺のあげたローブを着ている。生成りと言っても、ずっと着ていたのだろう、色はくすんできている。ローブだって茶色い地味なローブだ。可愛らしいメイが着ているから清貧の少女然とした雰囲気はあるが、年頃の女の子が着るには地味過ぎるし、もう少し可愛らしい服でもいいだろう。

そう思った俺はメイに尋ねる。


「メイはどんな服が着たい?」


「?」

「服…ですか?」


そうだな。唐突に質問をし過ぎた。これでは意味がわからないだろう。俺はメイに説明する事にした。


「この村はいま、魔物の被害で大変だ。食べ物もなんとか備蓄でやりくりしていかなければならない状況だよね。それは簡単に言えばお金がないからなんだよ。自分達が食べる分しか作れていなかったからお金が無い。お金が無いから食べ物が無くなった時に外から買う事も出来ない。だから俺はこの村でお金になる手段を作ろうと思っているんだ。そこまでは良い?」


メイはコクリと頷いた。


「それが村長の家で言った村の復興につながるプランなんだけど、俺はこの村の特産品を作ろうと思っている。その内の一つとして、服を作って売れないかなって思ってるんだよ。だからその練習としてメイに服を作ろうと考えているからメイはどんな服が着たいのかなって思ってさ。」


俺の言葉にしばし考える様子のメイ。

少し難しかっただろうか。多分この村は何十年と農作物を作って自分たちの輪の中だけで完結していたのだろう。

そんな暮らしが当たり前になっている者にお金を作る手段を作ると言ってもいまいち理解出来ないだろう。

メイの沈黙はそういう事だろうなと考えていた俺にとって、全く別の角度から答えが返ってきた。


「それは…ヴィヴィさまが作られるのですか?」


「…うん?あぁ…そう。そうだよ。これでも服作りには少しだけ自信があってね。自分の店を持つっていう夢もあるんだ。」


農作業など全くわからない俺でも、多少なりとも出来る事はある。俺は少し誇らしげに答えた。

そんな俺に対してメイは溢れんばかりに目を見開いて、心底嬉しそうに顔を綻ばせた。


「…ではっ!ご記憶が戻られたのですね!!」


今度は俺が考える番になった。

ゴキオクガモドラレタノデスネ?なんの事だろうかと思った瞬間にハッとした俺は嫌な汗が一筋流れた。

マズイ!俺はよく分からん状況から記憶喪失という事にしたんだった!!焦った俺は咄嗟に捲し立てる。


「あ…いや!確かに記憶は戻ったんだけど、限定的で、俺が服を作ってて、将来店を持ちたいと思っていたという事ぐらいなんだよ…!」

我ながら苦しいと思う…なんだよ記憶喪失で森で彷徨っていた魔族(・・)が服を作っていて、店を持つ夢があるだなんて。どんな魔物だよと自分でも思う。


「…そう、ですか。それでも一部といえどもご記憶が戻られた事をメイは…嬉しく思います。」

あれ?この子自分の事をメイって呼んでいただろうか?いや、いまそんな事はどうでもいい。こんなわけのわからん事を言う人外を疑う事もせずに、本当に喜んでくれているメイの心が純粋過ぎてツラい!!!こんなしょうもない嘘を吐いている自分の心を掻き毟りたくなる衝動に駆られながら、なんとか言葉を捻り出した。


「…あぁ…ありが…とう」

ぐはっ…自分で言ってダメージを受ける。

俺はもうメイに嘘を吐きたくない。真実を言ってしまおうかという思いに押し潰されそうになるが、状況がわからない今、まだなにも言うべきではないだろう。

俺はいつか必ず、真実を話そうと心に決めた。


「えー…と。それで、先ほどのお話なんですが…ヴィヴィさまが…その…メイ…の服を作ってくださる…というお話で間違いありませんでしたでしょうか…?」


「あぁ、うん。そうだよ。練習で悪いんだけど、メイの服を作らせて貰えないかなと思って。嫌じゃない?」

なんとか俺は自己嫌悪から立ち直ってメイに答えた。


「嫌じゃないです!!メイはとても嬉しいですっ!ご褒美ですっ!!」


「あ、はい…。」

偶にこの子はノリがわからない時がある。


「…それでさっきの話に戻るんだけど、メイはどんな服が着たい?」


「メイはヴィヴィさまが作ってくださる服ならばなんでも嬉しいですっ!ヴィヴィさまが作って下さって着用しろと言われるのならば、どんな際どい服でも着てみせますっ!!…それとも、初日の様にローブ一枚で下には一糸纏わぬ姿の方がヴィヴィさまがお好きだとおっしゃるのでしたら、メイは何も着なくても構いません!あ!でもそれだとせっかくヴィヴィさまにお召し物を作って頂ける機会ですのに自ら棒にふる事になってしまいます!!あぁ…メイはどうすれば良いのでしょうかっ!ヴィヴィさまのお好みを取るかメイの欲望を取るか…究極の二択ですっ…あぁ…」


「メイ…わかった…ストップだ…」

俺はこれ以上続けられたら堪らないと思い、辟易しながらもメイを止める。

あと、メイ。その究極の二択とやらには俺のお好みは入っていないからな。どちらもメイの欲望だ。

しっかりとツッこむ事は忘れない。勿論心の中でだ。


「あ!はい。申し訳ありませんヴィヴィさま!つい嬉しくて我を忘れてしまいました…」


…どうしてこうなったんだろう。

メイがだんだん露骨になってきてないか?

なんだかシルフィード村の復興なんかより余程大きな問題を抱えてしまっている気がするのは気のせいでは無いと思う。まだ村の復興はデザインの領域であり、俺の対処可能範囲だ。しかし、メイの暴走を止めるとなると俺のデザインの知識では全く対処のしようが無いではないか。

解決策の見当たらない問題がすぐ近くで膨れあがっているものほど怖いものは無い。

それでもどうする事も出来ないものには目を瞑るしかない。俺は無理やり頭から追い出して忘れることにした。


「…まあ…じゃあ俺が勝手に作るから、あんまり期待しないで待って…」


「そんなっ!ヴィヴィさまの作られる…」

「あぁ!わかった!メイ!君をイメージしてすっごく可愛い服を作ってみせるから期待してて!」


「はいっ!期待して待ってますっ!!」


……なんだろう…すごく疲れたな…

まあ、メイの服は俺が適当に作ろう。

本当はこの世界の女の子の好みとかを知りたかったんだけど、ヴィヴィアン教に入信している信徒一号では参考になら無い事がよくわかった。

それにこういう村では好きな服を着る事すら出来ないだろうから、どんな服が好きなのか聞いた所でどのみち具体的な話はあまり出なかっただろう。

そのあたりのリサーチをするにはやはり大きな街に出て生活しながら流行を見てみるしかないだろうな。

とりあえずは無難な服や、作業に特化した服などを考えて作ってみよう。


俺はそう思いメイと共に布を見せて貰うため、広場で作業をしているご婦人方の元へと向かった。


村長にも訳を話し、協力して貰って生地を確認した俺は少し悩んだ。

生地自体は思った程悪く無い。もっと硬くてゴワゴワした使い物にならないような生地も覚悟していたが、そこそこ手触りも良く使用には耐えうる程度だった。まあ素材は亜麻(リネン)で、そのままでは一般的な庶民向けの服にしかならないだろうが。

それよりも問題なのは色が殆ど生成りだという事だった。当然だ。生地が染められていないのだから。

ここでは日本の常識が通用しないという事を若干失念していたようだ。生地の良し悪しは覚悟していたが、色が無いとは考えていなかった。ここでは染料も高価なんだろうか。化学染料なんてあるようには見えないから高いんだろうな。


「生地を染める染料というのは高価なんですか?」


俺は生地を織ったフラノ・フランネルというご婦人に問いかけた。ご婦人と言っても歳は若く二十代後半だろうか。髪はブラウン系のブルネットで、長い髪を一つ括りにしてある。見た目は活発そうで元気な美人だった。

不幸にも昨日の一件で旦那さんを亡くし、この若さで未亡人となってしまった彼女だが、この村では一番織物が上手いそうだ。


「そうですねーそりゃあもう高価ですよ!一応村でも木や草で染めたものはありますけど、貴族様がお召しになるような染料は手が届きません。」


そうか。染めてある生地を見せては貰ったが、お世辞にも良いとは言えないものだった。

天然染めの為、色ムラが多少見られるし何より色合いがすべからく地味なのだ。殆どが茶色や黄土色。黄色はあっても、色が薄く、殆ど黄ばんだ様にしか見えない。

これではなかなか売り物にするのは難しいだろうな。


「そうですか…では、例えば赤色の染料などは何処で手に入りますか?」


「赤色ですか!?一番高価な色じゃあないですか。赤色の染料で染められた布ならば一メルト購入するのに王国金貨二枚は必要ですよ?」


メルトとはこの地に於ける長さの単位で、一メルト≒一メートル程度の認識だそうだ。その下にセムメルト、ミムルメルトと続くそうだが、そちらも十分の1ずつの単位なので、だいたい俺の世界と同じ認識で間違いないだろう。

ふむ。それにしても高いな。俺の世界でも中世ヨーロッパでは王族貴族がこぞって赤色を着用していたけど、確かその生地も一メートル何十センチかで庶民がパンを六百日買える様な金額だった筈だ。そんな事を大学の服飾史の講義で習った気がする。それだけ天然染めで綺麗に染められた生地の価値が高いという事なのだろうな。

俺の世界では天然の赤色というとコチニールという(・・)から抽出していたが、ここでも同じなんだろうか。因みに化粧品なんかの裏の成分表示にもコチニールと記載されている商品は多い。あれは総てコチニールカイガラムシの事である。


「では、その赤色に染める為の原料なのですが、もしかして虫から採れたりしますか?」


「良くご存知ですね。はい。虫から採る事が出来ます。但し、虫とは言っても昆虫型の魔物ですけど。真っ赤な見た目通り、とても凶暴で小型の魔物程度なら捕食してしまう程だとか。その強さは駆け出しの冒険家では徒党を組んでいたとしても倒され、ベテランの冒険家でも一人で挑む事はあり得ないそうですよ?だから、赤色の染料や生地というのはすごく高値で取り引きされているのです。」


…なんか俺の思っていた虫とは違ったが、さすが異世界(仮)だと思って納得する。

俺の知っているコチニールはとても小さな虫で、数を集めなければ数グラムの染料にもならない為にとても高価だった。

しかし、この世界では赤色の色素が採れる虫は一匹でも充分だが、とんでも無く強い為にとても高価なようだ。


「その魔物の生息場所などはわかりますか?」


「この村から西側にあるドワーフ王国との国境付近の森に生息しているって話は聞いた事があります。」


「そうですか。フランネルさん、ありがとうございます。参考になりました。因みにですが、村を襲った狼とではどちらが強いですか?」


俺の質問に少し眉を寄せて暗い表情になったフランネルだったが、すぐに表情を戻して答えた。


「もちろん、魔狼です。あれ程強大な魔物は殆ど居ません。ヴィヴィアン様だったら虫程度、負けることはありえないと思います!」


「…無神経な質問をしてしまいました。すみません。答えてくださって、ありがとうございます。」


「いやですよ!そんなお顔しないでください!せっかくのヴィヴィアン様のお美しい顔が勿体無いです!村を救ってくださったヴィヴィアン様に感謝こそすれ、謝られることなんて無いんですから。そんな事よりも、ご武運お祈りしてますからね!」


「はい。じゃあメイ、行こうか?」

俺はもう少し自分の発言に気を付けなければいけないな。そんな事を考えながら、メイを連れて早めに家へと帰る事にした。家に帰ってから、少しばかりメイに聞きたい事があったからだ。


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