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閑話 メイの記憶その2

「う…うぅん…」

「ん…ここ…は?」


眼を開けたわたしの前にはあの魔物が居ました。


「ひっぁ……」

なん…で…どうして…どう…


サッと血の気が引いていく音が聞こえた気がして、またわたしの意識が遠のいていくという所で、わたしの意識は焦ったような声に引き戻されたんです。


「落ち着いてっ!大丈夫だから!何もしないし、怪我も治ってるでしょ?」


けが…?確かに身体が痛く…ない?

「え…きず…いっぱいあったのに…それに服…」


身体にあった傷は綺麗になくなり、血も付いていませんでした。何が起こっているのか、わたしは頭がいっぱいで理解できません。それに、ふかふかとした身に覚えのないローブを纏っていました。

わたしは恐る恐るローブをつまみ、ガバッと一気に開きます。


「…え…ひゃぃっ!!!!」

「なん…で…私の服…はだか…え…」


顔が一気に強張るのがわかりました。

どんどん状況が転がり、落下していっている様な気分です。


わたしは…これからどうされるんだろう…


そう不安になっていると、眼の前の魔物がまた、慌てた様に喋り出しました。

「え…と、よく聞いてね?傷だらけで、服も破れてて、血も凄くて、えー、傷口を綺麗にしなきゃいけないから、仕方なく、仕方なくね!!…服を脱がせて、水で綺麗にしてから、傷を治して、持ってたローブを着せたんだ。えと…意味わかる?」


なんでこの魔物はわたしの傷を治して、綺麗にする必要があったんだろう…


そう考えたわたしに一つの確信めいた考えがよぎりました。

それはとても恐ろしい考えでした。

わたしは意を決して、喋る魔物へと問いかけました。

きっと、顔から血の気が引いて、真っ青になっていたと思います。それでもなんとか震えない様に、声が消えてしまわないようにと、辛うじて出すことが出来ました。


「…わ…たしを…たべるッ…つもりですかッ…」


「……。」

わたしに核心を突かれた魔物は黙ってしまいました。


物語に出てくる魔物のように、食べるつもりだったんだ…


喋る魔物はなんでバレたのかという表情をしていました。

やっぱり人間に化けて騙すつもりだったんでしょう。

わたしは恐怖でいっぱいだったけど、食べられてしまうとしても、最期まで立ち向かってやろう。必死に足掻いてやろうと思い、自分では上手く化ていると思っている魔物に言ってやりました。


「えと…人間…じゃあない…で…よね…」

わたしが言った事に対して、本当に驚いている様子の喋る魔物は言いました。


「え…?なんで…わかるの?」


この言葉を聞いたとき、わたしは恐怖よりも呆れの方が少しだけ勝っていました。

やっぱり魔物は喋っても魔物なんだと。


「…だって…かお…」


わたしの言葉に、なにが可笑しいのだろうかという雰囲気を出した魔物は、ペタペタと自分の顔を手で触りだしました。


その直後、失敗したと言わんばかりに焦りだしたと思ったら一転、魔物はとても冷酷な声を発しました。


「今はどうでもいい。消えろ」


…ッ………


わたしはすぐに自分の失敗を悟りました。

間抜けな魔物だと思って気を抜いていた精神が最大限警告を発し、カタカタと身体が震え、喉からは嗚咽が出かかっていました。

それも当然です。喋る魔物というだけで、確実に魔狼なんかより知能も高いんですから。どちらがより狡猾で、恐ろしい魔物かなんて比べるまでもなかったんです。

そんなわたしがなんとか絞りだせた言葉は命乞いでした。


「ひぃっ…ごめ…なさ…たべなぃ…で」


わたしは…ばかだ…これで、もうお母さんとの約束も…まもれない…


完全に諦めてしまったわたしに対して魔物の言葉は理解できないものでした。


「あ、ご、ごめん!今のはこっちの話!君には関係ないから大丈夫だよ。絶対食べたりしないし、落ち着いて…ほんと…お願い…」

「…えと、とりあえず君がなんで怯えていたのかわかりました。君から見て、今の俺の顔ってどんな風に見えてるのかな?一応確認の為に教えて貰える?」


「……」


どういうこと…だろ…なにを言っているんだろ…う

魔物が人を食べないなんて話は…信じられない…

でも、なにか雰囲気も違う…ここはなんでもいいからとにかく喋らないと…

そう思いわたしは口を開きましたが、声が出ませんでした。なにか言わないと。とにかく喋らないとと焦れば焦るほど口がパクパクするだけで音にならず消えてしまいます。

なんでも良いから声に出てと思ったわたしは、お母さんに昔聞いたお話を伝えました。そのお話が一番この魔物に似ていると思ったし、よく覚えていた話だからなんとか声になったんです。


「…昔、お母さんに聞いた、…雨の…日に出てくる…白い布、を被った魔物に似て、います…」


それはとても恐ろしい魔物のお話。


「…その、魔物は悪い子ども、を狙っていて…雨の日になると、森の影からジィーーーっとこちらを見てきま…子どもが…一人になる、といつの間、にかうろしに立っていて…そのまま森の中に…攫っていって、たべ…てしま…ます…そのかおに…ある目はまぶたがなく、て充血して真っ赤で…す…口にあ…る歯は針みた…で、いっぱぃ…で、血…を、吸いま、す………」


わたしが話し終えると、どういう訳かその魔物は慌てているようにも見えました。


すると変な事を聞いてきたのです。

「…えっとその魔物は…見た事あるかな?」


わたしは何を言っているのだろうと思い、その魔物をじっと見つめました。

あなたがその魔物じゃあないの?

そう言い掛けたけど、ここで機嫌を損ねるとなにをされるかわかりません。少なくとも今直ぐには殺されるような事は無さそうなので、見た事は無いという意思表示をするために、首を横に振りました。


「多分、俺はその魔物じゃあないと思うから安心して。そもそも、俺は自分の事を人間だと思っていて、君を助けたんだ。」


「…」

いま、この魔物は何を言ったんでしょう。

自分を人間だと思って君を助けた…?

でも…確かにわたしは傷を治されて…でも人間って…?

わたしは酷く混乱してしまいました。

この魔物はわたしを食べようとしていたんじゃないの…?

続く言葉に更に追い討ちをかけられます。


「信じられないかも知れないけど、俺は自分が何者なのか、ここが何処なのか記憶が無いんだ。」


「?」

とにかく、わたしは話を必死に聞こうとしました。


「俺は今日、この森で目覚めた。見る限り、手足は普通で、身体も人間のようだったから俺は自分が人間だと思ってたんだ。さっきまではね。ここには自分を映す鏡も、池みたいなモノもなかったし」

「そこに狼に追いかけられた君が来たんだ。俺は自分が人間だと思っていたから、助けなきゃと思って君の前に飛び出した。」


あっ!…そうだ!!魔狼は…ッ

わたしは目の前の魔物におずおずと尋ねました。

「あっ…あの狼は…?」


「倒したよ。ギリギリだったけどね。まぁ、君が追いかけられてたボス一匹だけだけど…」


た…おした…?あんなに強い魔物…を?


わたしは信じられない言葉を聴きました。


おとうさんと…おかあさんを殺した…あの魔狼を…

じゃあ…もういい…の…?もういいのかな…ねぇ…おか…あさん…うッうぅ…


うっ…うぅ…うぁッあぁぁ…ぁあああああああ…

「…あり…がと、うござ…ぃます…」


わたしは涙がとまらなかった。もう、あの狼はいない。

おかあさんの希望は繋がった…の?

少なくとも、わたしは今…生きてる。

おかあさんもおとうさんも居なくて…寂しくて…逢いたくて…辛い…でも生きてる。

辛いって事は生きるって事だ。だからわたしは辛くても生きていく。そう、おかあさんが言ってたから…


自分でもびっくりするくらいわたしは泣いた。

まだ目の前には魔物が居るが、わたしは信じてもいいような気がしてた。どこか人間みたいなこの魔物を。

…不思議ともう、この魔物が怖いとは感じなかった。


「わたしは、あなたの言うことを…信じます。あなたはわたしが狼に襲われた時に助けてくださって、わたしの傷の手当をし、村の仇の狼まで倒してくれました。仮にあなたに騙されたとしても、わたしはあなたを怨みません。この御恩は一生を掛けて御返ししたいと思います。どうか…あなたのお名前を教えてくれますか?」

尋ねた声は少し震えてしまったけど、多分それは泣いてた所為だろう。わたしはそう思う様にしました。


そこで魔物を見ると、少し困ったような顔をした気がして、わたしはハッと気付いた。


「あっ…無遠慮な質問、ごめんなさい!憶えて…いらっしゃらない…のですよね。」

そうだ…この魔物は記憶が無いって話してくれたばっかりだったじゃない。それをわたしは無神経にも聞いてしまった…


そんなわたしを気遣ってか、魔物は今決めたとでも言う様に、ゆっくりと、確認するように自分の名前を告げました。


「…ヴィヴィアン。ヴィヴィアンだ。ヴィヴィって呼んでくれたらいいよ。」


「ヴィヴィアン…さま。良い、お名前ですね。」

わたしは…わたしを、おかあさんを、おとうさんを助けてくれた人の名前をしっかりと心に刻み付けました。


「はは、堅苦しい名だろ?ヴィヴィでいいよ」


「で、では…失礼して…ヴィヴィ…さま…。」

こんな友達の様なやりとりをしていると、本当にこの人は人間なんじゃあないかという思いが湧いてきます。

それが可笑しくって、なんとなく居心地がいいような恥ずかしいような感じがして、気が付いたらわたしは笑っていました。


「うん。それでいいよ。」

ヴィヴィさまは満足された様に、とても優しい声音で言いました。


「えっと、それで君の名前とか、どうしてこの森で追われていたのかとか、聞いても良いかな…?」


一瞬、わたしは両親が魔狼に立ち向かって行く所を思い出して俯きそうになりましたが、なんとか、ヴィヴィさまを見て話す事が出来ました。

今度はわたしが話さなければいけない。


「はい。助けて頂いたのに、名前も言わずに失礼なことをしました。わたしの名前はメイジー・ブランシェットと言います。…ヴィヴィさまがご迷惑じゃなければ…その…メイ…と呼んで欲しいです…。」


「うん。メイか…いい名前だね。」


「っ…いえ…そんな、こと…ないです。」

まさかわたしはそう呼んで貰えると思っていなかったので、メイと呼んで貰えたこと、いい名前だと言って貰えた事に顔が上気するのがわかりました。


「そんなに謙遜をするものじゃあないよ。お父さんとお母さんが付けてくれた名前だろ?ならいい名前に決まってるさ。」


「そう…ですね…本当に。そう…」

そうだ…この名前をつけてくれたのは両親だ。だからわたしはこの名前を誇って生きて行かなければいけないんだ。


「それで、その…メイの…ご両親はどうしてるの?」


ヴィヴィさまは知っているんだろうか。わたしの両親が魔狼にやられた事を。例え知らなかったとしても、なんとなく分かっているんだと思う。それでいて、わたしに気を遣っているんだ。

だからわたしは、なるべくしっかりと声に出した。

わたしは大丈夫ですってヴィヴィさまに伝えるために。


「わたしの両親は…ヴィヴィさまが倒された狼に殺されました…。」


「…そうか。それは辛い経験をしたね…。」


ヴィヴィさまの表情は分かりづらいけど、本当に辛そうだった。


わたしのために憐れんでくれているんだ。わたしはヴィヴィさまが魔狼を倒してくれていかに救われたか。


「いえ、わたしだけならば、絶望の果てに朽ちていたでしょうが、ヴィヴィさまが倒して下さいました。わたしは元より、両親も、シルフィード村の人々も安らかに眠っていると思います。」


「…うん、そうだね。ありがとう。そう言って貰えると、何も出来ないけど俺も救われる気がするよ…」


ヴィヴィさまの言葉に、思わずわたしは叫んでいました。


「そんなっ…なにも出来ないだなんて。ヴィヴィさまが居てくださったお陰で村の仇を討つ事が出来ました。わたしの傷を癒してくださったのもヴィヴィさまです。ヴィヴィさまが居てくださらなかったら、わたしは死んでいました。治癒の術も使える方がなにも出来ないなど…本当に何も出来ないのは…わたしです。」


「うん。そうか…そうだね。…でもメイ。君もそんなに悲観しなくていいよ。今はまだ無理でも、目的を見つければきっとなにか出来るようになるから。それで…」


わたしはヴィヴィさまとは…違います…そう言いたくなりましたが、続くヴィヴィさまの言葉を待ちました。


「治癒の術、と言ったけど、ここにはなにかの術があるのかな?例えば、…そうだね魔法。のような…」


…?

わたしはヴィヴィさまの仰っていることがよくわかりませんでした。わたしの傷を癒してくれたのはヴィヴィさまでは無かったのでしょうか。

わたしは答えると共にヴィヴィさまに尋ねました。


「はい、あります。わたしは使えませんが魔法があり、治癒の術もその魔法の一種です。…ヴィヴィさまは…治癒の術でわたしを助けてくれたのではないのですか?」


「俺がメイに使ったのは治癒の術ではないよ。俺は魔法というものを使えない。」


では…どのように?疑問に思ったわたしが言葉にする前に、ヴィヴィさまに見せられたものに言葉を失いました。


「俺がメイに使ったのはこの[中級ポーション]だ。」


「…っ!!!!!!!!…ポーション、それも…中級だなんて…っ」

そんなものを他人にポンと使うだなんて聞いたことがありません。わたしはパニックになりました。


「なにか慌ててるみたいだけど、気にしなくていいよ。俺が好きで使ったんだ。それに、気付いた時には既に持っていたものだからね」


ヴィヴィさまは笑いながら仰いますが、そんな訳にはいきません。きっと記憶が無いからその価値がわかっていないのです。わたしは大慌てで説明しようとしました。


「それでも!こんな高価なアイテムを…っ。」


…説明になりませんでした。

酷く焦るわたしに、ヴィヴィさまは助け舟とばかりに、落ち着いて質問をされました。


「治癒のアイテムは一般的なものではないのかな?」


「…はい。わたしも下級ポーションしか見た事がありません。それも村の方へ偶にくる行商の方が売っているのを見た事がある程度です。その下級ポーションですら王国金貨で一枚もするんです。中級ポーションになると王国金貨五枚は下らないと思います。」


その後わたしは、如何にポーションが貴重で高価なものかを話しました。ヴィヴィさまはこの辺りの通貨もご存知ないようで、質問されてきた事にも答えました。


如何に高価なものをわたしなんかに使ったか、という事を理解されたようでしたので、わたしはヴィヴィさまに言いました。ポーションの代金を身体で支払わせて頂きたいと。


「…ですから、直ぐには無理ですが、一生を掛けてヴィヴィさまにお支払いさせて頂けないでしょうか…ヴィヴィさまのお側で働かせては頂けないでしょうかッ…?」


この時のヴィヴィさまはどのような表情だったのでしょうか。わたしには読み取る事は出来ませんでしたが、何故かお困りの様子だったように見えました。

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