閑話 メイの記憶その1
本文の前に自分の言葉を書いてしまう事に抵抗を感じるのですが、すみませんが少しだけ前置きを。
この話はメイからの別視点ものとなっております。
書いてみて思いましたがとても難しい…他の作家さん方は本当に凄いと改めて思わされました。色々と言いたい事はありますが、言い訳にしかなりませんので割愛いたします。
前置きが長くなりましたが、以下本編です。
夢を見ていた。懐かしい夢。幸せな夢。
私がいて、お父さんとお母さんがいてお兄ちゃんがいる夢。
暖かい春の日にお家のお庭に出てみんなでお母さんの作ったご飯を食べてる。
お母さんが焼いた黒くてちょっと硬いパンにお豆のスープ。何時もの料理だけど、お庭で食べるとピクニックみたいで、いつもよりわくわくして美味しく感じる。
お父さんもお母さんも楽しそうだ。
あれ?お兄ちゃんがいない。どこに行ったんだろう?不安になる。そもそも私にお兄ちゃんなんていたかな?でもいるのだからいるのだろう。
あ!見つけた!お兄ちゃんだ。お庭の木の下でうとうとしてる。その髪は白金色でさらさらしている。あれ?お姉ちゃんだったかな?
あぁ、そうだ。思い出した。ずっと欲しかったお兄ちゃんとお姉ちゃんが昨日一遍に出来たんだ!
そう思ったところで目が覚めた。
「う…うぅん…」
とても暖かくて楽しかった夢を見ていた気がする。ずっとずっと欲しかったお兄ちゃんもいる夢。
そこで寝ぼけた頭を覚ましながらゆっくりと目を開ける。
「…ッ!!!!!!!!!!!!!!!」
そこには夢で見たお兄ちゃん。もといヴィヴィさまの顔がほんの数センチの距離にあった。
まだ寝ているのかすーすーと言う吐息が聴こえる。
わたしは顔がどんどん熱くなってくるのが分かった。
今きっと、わたしの顔真っ赤だよ…
どういう状況だろう。一緒のベッドにヴィヴィさまと寝てるなんて…。
…まずは昨日眠りに就いた時の事を思い出そう。
………
ダメだ!!全然思い出せない!
どうしよう…恥ずかしいコトとかしてない…よね?
一から考えていけば思い出せるかな…
そう考えたわたしは昨日起こった出来事を最初から思い出す事にしました。
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夜中と早朝のそのちょうど狭間。漆黒の空がほんの少しだけ藍を湛えだしたそんな時間。それは起こった。
静まり返っていた家畜共が断末魔の悲鳴を上げながら暴れだしたのだ。その異変に真っ先に気付いた家畜を飼っていた壮年の男が叫び聲を出した。
「魔狼だーーーーー!!!!!狼の魔物だぁーーーーあぎゃあぁぁぁぁぁあーーーーー!」
その声を皮切りに村は一斉に蠢きだす。
ブランシェット家でもそれは変わらなかった。
一番最初に異変に気付いたのはメイの母親ロメリアだった。その日は何故か悪い予感がして寝つきが悪く、終始浅い眠りを繰り返していた所為だ。その予感は最悪の形で当たったのだった。ただ、幸運な事にそのお陰でいち早く村で起こっている異常に気付き、命からがらメイは逃れる事となる。
「あなたっ!!起きて!起きて下さい!ヴェルメリオッ!!!メイ!あなたも!早くッ!」
そんな母の声に起されてわたしの永い永い一日が幕を開けた。
「んーんっ…どうしたのお母さん?」
「ん…ッ!ロメリア…何が起こっているんだ…?」
「魔物ですっ!魔物が村に入って来たみたい…」
「なにっ?本当かッ!急いで準備を…今すぐに裏口へ行くんだ!」
「えぇ…!」「はいっ!」
そうしてわたしはお父さんとお母さんと裏口へと向かい、飛び出したんです。
外に出ると、町中の悲鳴が段々とわたしの家の近くまで来ているようでした。もう数分、お母さんが起きるのが遅かったら逃げ出す暇すら無く飲み込まれていたでしょう。
町中を走り抜けて、私たちはオニバカエデの木を目指しました。
「メイジーっ!大丈夫か?もうちょっとだぞ!」
「はっ…はぁ…うん…大丈夫…」
「よし!いい子だ!もうちょっとだ頑張れよ」
「もう…わたしは…はぁっ…子どもじゃないよ」
「そうね…メイはもう立派な大人よね」
「うん…そうだよ!」
そんな会話をして走っている私たちに背後から一匹の魔狼が近づいて来ていました。
魔狼は音も無く忍び寄り
「がぁぁぁぁっ!!!!!!」
「おとうさんッ!?」
「ヴェルメリオッ!!!」
悲痛な叫びを上げる私たちをあざ笑うように魔狼は顔に笑みを張り付けていました。
「ぐぅッ…ロメリア…メイジーを連れて…早く…いけ」
「あなたッ!!」
「おとうさんッ!!!」
「早く…ッ!!」
「わかりました…メイ。先に行きなさい。」
「おかあさんッ?!そんな…!!」
「メイ…メイジー…私たちの可愛いメイ。あなたは立派な大人よ…だから、ね…わがまま言わないの」
「ッ…そんなの…ずるいよ…」
「いいから…早く行きなさい。親はね…子どもに夢を託すの…だから、ね…あなただけは生きて…生きるのは死ぬよりも辛い事なのよ…大人ってずるいの…」
「じゃあわたしも大人だよッ」
「…いいえ…あなたは立派な大人だけど、わたしと…ヴェルメリオの子どもなの…親にとってはいつまでも子ども…さぁ…早く行きなさい…」
「…ここまでみたいね…ヴェル…」
「いやぁ…まだわからないさ…また親子三人で暮らそう…メイジー、俺が合図したら森の中に走るんだぞ…」
「…ッ…おとうさん…」
「そんな顔するな…またきっと逢えるさ…それじゃあいくぞ…今だ!!!!走れ!!」
そのおとうさんの声を最後にわたしは森の中へ走って行きました。どんどん溢れてくる涙の所為で前が見え無くなって何度も何度も転びましたが、必死に走って逃げました。
魔狼が来ていない事を確認したわたしは、隠れられそうな木の窪みを見つけて、少し休憩しました。
息が上がり、涙で前が霞み、嗚咽が出て咳き込みました。脚もがくがくして限界だったし、身体は寒さと、恐怖とで震えてどうにかなってしまいそうでした。
「うっぅ…くっ…こわい…よ…おとうさ…おかあさ…ん」
それから暫くして、大きな生き物の気配がするのがわかりました。
その時にわたしは、お父さんとお母さんがもう居なくなってしまったことを確信したんです。
もう…どうでもいい…逃げる事も疲れたし、逃げてもどうせ食べられてしまう。それなら、早くお父さんとお母さんと一緒に天国に行きたい。
そんな事を思ったわたしに、お母さんが最期に言った言葉が浮かびました。
「あなただけは生きて…生きるのは死ぬよりも辛い事なのよ…大人ってずるいの…」
一人で逃げるのはつらい。でも…つらいって事は生きてるって事だ。お父さんとお母さんはわたしに夢を託して死んで行ったのだ。きっと最期まで諦めなかったに違いない。
すべてはわたしに生きて欲しいから。
だったら…わたしが今諦めたら…全部無駄になってしまう。それだけはだめだ。せめて、つらい思いをしても逃げて、逃げて、最期の一分一秒まで生きてやる。
その結果がだめでも、最期まであがいて、精いっぱい生きたよって…またお父さんとお母さんに言えるために。
わたしは窪みから抜け出し、また森の奥へと走って行きました。
魔狼は既にわたしの背後に居ましたが、わたしは振り返ること無く、必死に走りました。
見て、恐怖で脚が竦んでしまうくらいなら、見ない方がいい。そうしたら、一メートルでも二メートルでも先に進める。生きていられる。
魔狼は必死に走るわたしに時折、爪で攻撃をして来てはいたぶります。背中は裂け、肉が開いているのがわかりました。灼熱に熱した鉄の棒を押し付けられたような熱さの後、鋭い痛みに呼吸が止まります。幾ら嬲られ、倒されても、わたしは諦めずに走り続けました。
魔狼にとってはいつ仕留めてもいい玩具だったのでしょう。それがわかってもわたしは走り続けました。
痛みと、恐怖と、諦めと、絶望と、両親に逢いたいという渇望。そんな感情に嗚咽が溢れ出て、涙と鼻水で顔中がぐしゃぐしゃなのがわかりました。口の中は鉄の味がします。それでも走るわたしに、ついに、希望の光が一筋見えたのです。
前方の木の陰からバッと人が飛び出して来ました。
わたしは人がいた安心感と、これで助かるかもしれないという希望を抱きました。しかし、それもその顔を見るまででした。
わたしが見上げた顔は人間の物では無く、おぞましい魔物の物だったからです。
「あぁ…前からも魔物…」
希望を用意したように見せて、打ち砕く。そんな仕打ちに世界を呪いました。
お母さんの言った通りだ。生きる方が死ぬよりもつらい。
ただ、そんな絶望すらまだ生温いと世界はわたしに言います。あろうことか、人の形をした魔物がわたしに向かって喋ったのです。
「なにをしているっ!死にたいのか!!」
魔物が喋る。そんなの、見たことも聞いたこともありません。いえ…違いますね。
よく聞かされてはいるのに、見た事がないんです。当たり前です。それはおとぎ話や、童話、伝説の中での話で実際にはいるはずがないからです。
でも、わたしの眼の前には今、それが居る。
そこでフッとわたしの意識が遠のいていきました。
お、とうさ…ん…お…あ、さん…ごめ…な…
ここでわたしの記憶が暗転しました。
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「…うぅ…ん…ッ…」
ここは何処だろう…魔物二匹に食べらて天国に来てしまったんだろうか…
ゆっくり眼を開けようと身じろぎしたわたしに痛みが走ります。
「う…くッ…」
違う…ここはまだ天国じゃあない。辺りを見回すと、そこはわたしの倒れた場所でした。
何が起こったんでしょうか。
魔物同士で取り合いになって争っているのでしょうか。
だったら急いでここから離れなければ…
わたしは痛む身体をなんとか起こして、よたよたと歩き出しました。
足取りは重く、全身の疲労感によって意識ももうろうとします。血もいっぱい流れているみたいでした。
10分程度森を彷徨ったわたしは、ちょうど隠れれば見つかりにくそうな木の窪みを見つけたので、出来るだけ奥まったところで身を潜めました。
ここで一日やり過ごせたら森を出よう。そう思い、わたしは身体を休めました。
森はとても静かでした。サァァァアアアっと風の抜ける音、木々の擦れる音。鳥のさえずり。それだけです。
魔物が何処かに潜んでいるなんて思えない程、森は静かで、きれいでした。
「…ほんとうに…独りになっちゃったの…?」
お父さんとお母さんは本当にもういないのでしょうか。
わたしはもう、独りなんでしょうか。それだけがぐるぐると頭の中に狂ったように流れていました。
そんな思考の牢獄に囚われていたわたしが気付いた時には既に手遅れでした。
眼の前には先ほどの魔狼がジッと静かに此方を見ていたんです。
「あ…ぁぁ…そんな…かみさまっ…」
ここに居れば明日には森を抜けて、約束を果たす事が出来ると信じていたわたしに三度、いえ、四度でしょうか。世界は牙を剥きました。
魔狼だと思っていた狼が一瞬膨れあがったかと思うと、さっき、木の陰から飛びだして来た、ヒトガタの魔物へと姿を変えたからです。
そんなわたしに魔物は最期の追い討ちをかけます。
「ごめんごめん!狼の姿だったの忘れてた!もう安心して良いよ」
「ひっぁ……」
…やっぱり喋った…あれはわたしの聞き間違いじゃあなかった…んだ…
そんな驚愕という言葉では表せない絶望を感じたわたしは誰の声とも知れない音を発し、また意識を失ってしまいました。




