本物の世界
時は少しばかり遡って、俺たちがメイの村へ行く事を決めた直後だ。
メイから反対意見が出た。
「やっぱりいけません!!」
今しがた俺の説得に応じて、村へ行く事を同意したのに百八十度意見を変えるなんて、余程辛いのだろうな。どのようにまた説得したものか。一度考え直してやはり無理だと判断した者を説得する材料なんて正直俺には無い。
ともかく訳を聞こう。
「…どうしたの?やっぱり行くのが怖くなった?」
「あ!いえ…違います!!そういう意味ではなく…」
ハッとしたメイは、なにかに気が付いた様に慌てて否定した。
「?」
「その…ヴィヴィさまが一緒に来てくださるのはとても嬉しいです。わたしも正直言って一人では…不安です…でもヴィヴィさまがわたしと一緒に村に来ると、きっと辛い思いをされます!…ですから。村へはわたし一人で戻ろうと思います。すみません。わがままばかり言ってしまって…」
「?…ごめんね。状況が良くわからないから詳しく説明してくれるかな?メイも一人では不安で、俺と一緒に行きたいって言うのが本心でいいのかな?それともやっぱり俺とは行きたく無い?」
「そんなっ!!ヴィヴィさまと一緒に行きたくないなんて…あるはずがありません!!」
「そっか。ありがとう。じゃあどういう意味で言ったのかもうちょっと詳しく教えて貰える?」
「…はい。お気を悪くさせてしまうと思いますが…ヴィヴィさまは人間…では無いですよね。そんなヴィヴィさまが魔物に襲われた村へ行くとなると、襲って来た狼と同じ目で見られる事になると思います。そうなると話をすることすら…できないかもしれません。わたしを救ってくださったヴィヴィさまがそんな理不尽な目にあわれるなんて…わたしは堪えられません。ですから村へはわたし一人で行こうと思います。」
それはそうだろう。あまりにもメイが普通に接してくれているし、俺自身イマイチ実感がない所為でつい失念していた。
…メイ曰く、俺の顔は化け物なのだ。
まともに会話が出来るなんて有り得ないだろう。メイだって目の前で助けて、誠心誠意会話したからこそ、今に至っているのだ。こんな事は例外に過ぎない。
「確かにそうだね。自分の顔の事をつい忘れてたよ。まだ自分では見た事が無いからあまり実感がなくてね。」
俺はあはははと笑って誤魔化す。
「でもメイの言う通りだな。どうしようか…」
問題は俺の顔な訳だ。この顔をどうにかして、人間らしく見せたらいいんだけど…どうしたものか。
俺の種族であるドッペルゲンガーというのもを考えると然程難しくは無さそうなんだけど、どうなんだ?
実際、《種族能力》というもので、《変身》と《部分変身》が解放され、俺は狼になったり、腕を変化させたりできる様になった。これを応用したりするとなにか出来ないのだろうか。
そもそも、この能力というものは何をして出現したのだったか。
確か初めて頭に声が響いたのは狼の一撃を喰らった直後だ。それも数回あの右前脚にやられた後だったと覚えてる。その時に解放されたのが《部分変身》《大爪狼の右腕》だった。《変身》もその時一緒に解放されたが、まだ変身できるものは無かった。
その後、狼を倒して(殺して)初めて、《変身》の選択肢に《大爪狼》が追加された。
それを考えると、《部分変身》では難しいだろう。人間の顔に変えたいのに攻撃を受けると言ってもどうすればいいか良くわからない。
では《変身》ではどうだろうか。こちらは多分いける。ただし大きな障害がある。
この方法で人間を追加しようと思った場合、多分人を殺す必要が出てくる。よっぽどの事や正当防衛などの理由がない場合、極力人は殺したく無い。それにこの場にいる人間とは即ちメイ一人だ。メイを連れて行く為に人間になろうとしているのに、メイを殺してその方法を獲得するなんて、矛盾もいいところだ。考えただけでゾッとする。
こちらの方法も却下だ。
そうなると参ったな。現状手持ちの能力で対処出来そうにない。俺は半ばヤケクソになり、心の中で叫んだ。
俺は人に顔を変えたいだけなんだよーーーーー!!!!!ドッペルゲンガーってんならなんとかしろよなーーーーーーーー!!!!!!
そんな俺の気持ちに応えるべく(かどうかはわから無いが)頭の中にあの声が響いた。
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《種族能力》の解放条件を満たしました。
《擬態》解放。
自身が望んだ姿に擬態出来ます。但し、身体能力、能力、レベル値などは[種族:ハイ・ドッペルゲンガー]又は併用能力に依存し、変化されません。
《擬態》を使用しますか?
YES/NO
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あ、なんか出た。
俺は一人で考え込んでいる間ずっと不安そうに此方を見つめていたメイに話しかける。
「あー多分、大丈夫っぽい」
「?」
メイは不思議そうな顔をして声を掛けた俺に顔を傾げた。
「ちょっとやってみるから見ててね」
未だ良くわかっていないメイを横目に、俺は《擬態》の発動を許可する。
自身が望んだ姿という事なので、俺は念じてみた。
この世界に於いて不自然ではない人間に形を変えろ。
些か抽象的過ぎただろうか。それでも能力が発動したのがわかり、なにか変化したのを感じた。
それを見ていたメイが目を零しそうな程大きく見開いて息を呑んだのが聴こえた。
「……すごく…きれい…」
変化の過程が綺麗だったのか、俺の顔の造形が綺麗なのかはわからないが、メイの反応を見る限り、成功しているのだろう。一応どんな見た目なのかメイに聞くことにする。
「どう?メイ。どういう風に見えるかな?人間になってる?」
「はいっ!!ヴィヴィさますっごくお綺麗です!」
そうか。見た目が綺麗なのか。確かに精神的には男だが、ドッペルゲンガーという肉体が男なのか女なのかわからないからな。
「ありがとう、メイ。じゃあ具体的な特徴も教えて貰えるかな?俺は男に見える?女に見える?」
「そうですね。どちらと言われても納得してしまうと思います。強いて言えば女性でしょうか。髪は細い絹のようなプラチナブロンドで瞳は目の覚めるように鮮やかな金色です。お顔はとても女性らしいですが、髪が短いので、男性にも見えます。どちらにしてもとてもお綺麗ですよ!」
…だんだんとメイが信者のようになってきてる様な気がして若干不安になる。このままで大丈夫かな…。
まあ、メイは一旦置いておく。
どうやら見た目は完璧に外国人の様だ。女性顔にベリーショートか。雰囲気もかなりマニッシュな感じになったみたいだし。いや、中身は男だからむしろジェンダー男子なんだろうか。意図せず流行りに乗った訳だ。但し、もはや別世界の流行りだけどな…
まあ、これで諸手を上げて村に行くことができる訳だ。
上出来だろう。
しかし、なんで今能力が解放されたんだろうか。
特になにもしていなかったはずだ。
したとすれば強く願ったくらいか。ふむ。わからん。
けど仮にだが、既に解放条件を満たしていて、いつでも発動出来たとしたらどうだろうか。この能力は明確に擬態する対象がある訳ではない。自分の望んだ姿になるというものだ。だから強く願った事によって解放された。仮に《変身》だと条件があり、それを満たした上で《大爪狼》という対象が使用出来るようになる。その条件とは、多分対象を殺す事だ。まあ、他にもあるかもしれないが。
だから《変身》では、条件を満たした時に使用できる様になったと通知が来たのではないか。
それに《擬態》の能力は《変身》の下位互換の様に感じる。まあ、変身条件がある《変身》に対して、姿を変えること自体には条件の無い《擬態》は完全に下位互換とは言い切れないが、条件さえ満たせばその変身した相手の能力まで使える《変身》の方が圧倒的に優秀だろう。そのため、俺は《変身》を解放する以前から《擬態》の解放条件自体満たしていたんじゃないかと思う。但し、必要になっていなかったし、強く願いもしなかったから解放されていなかった。と。
まあ、あくまで俺の想像だし考えても答えなんて出ないけどな。それにしても、他に解放可能能力が隠されている可能性がある訳か。まあ、あったとしても必要に駆られるまでは出てこないんだろうけど…なんか便利なんだか不便なんだかという感じだ。
そんな感じで、人間に擬態する事の出来た俺は問題も解決して、改めてメイの村へと向かう事になったのだ。
まあその手前、俺が狼に変身したところで驚いたメイと一悶着あったのだが(確かに一回目に見た時は変身を解いた瞬間に眠れる森の放尿少女になったんだっけな)それはまたの機会でいいだろう。
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そして現在。
俺たちは村長に案内され、村の中央広場へと来ていた。
そこには被害にあった遺体が静かに横たえてあった。
遺体の数は全部で三十四体。明らかに腕だけや、脚だけといった部分的な遺体もある事から犠牲者は更に多いのだろう。
メイはその中にあった二つの遺体によろよろと近づいていった。その遺体には大きな爪痕が痛々しく残ってはいるが、他の遺体に比べればまだ綺麗な方であった。
その遺体の前に力なく座り込むメイ。きっとあれがメイの両親なんだろう。
…まだかなり若い。きっと早婚だったのだろう。両親ともに三十を越えたばかりの様に見える。
メイの肩が小刻みに震えているのがわかる。俺は近付きたい衝動をグッと堪え、我慢する。
…ここはメイと両親三人だけにしてあげなければいけない場面だ。
そこで俺はメイから視線を外し、周りを見てみる。疲れ切った表情で憔悴しているご婦人。遺体の前でわんわん泣いている子供。みな思い思いに哀しみに浸っていた。
中でも子どもと思われる欠損した腕を抱いて叫んでいる男性の呪詛の声は聞くに堪えない悲痛さだった。
俺がいかに軽く考えてこの村へとやって来たのかが痛いほど理解出来た。
この世界は地獄だ。
俺のいた日本とは命の摩耗速度が全く違う。
気付いた時には隣の人が死んでいる。そういう世界だ。
尤も、俺のいた世界もそういう世界があった事は知っている。ただ、それはメディアが報じる架空の世界でしかなかった。俺にとっての現実じゃあ無かった。
ではここでは?
立ち込める血の臭い。響く怨嗟の声。絶望。後悔。呪い。様々な感情が渦巻いている。
それでも俺にとってここは現実では無い。悲惨だと心を痛める事は出来ても、それ以上は感じる事は出来ない。どこか俺とは違う世界のように映る。
ただ、唯一。俺はメイとの繋がりを感じかけている。今、彼女の哀しみだけは唯一俺にとっての現実だった。
彼女が悲しんでいたらなんとかしてあげたい。彼女が苦しんでいたら、半分背負ってあげたい。そう思う。
これが人との関わり合い。繋がりなのだろうか。その繋がりから初めて世界は本物になってゆくのだろうか。
少なくとも、メイが死んでしまったら、ここにいる人と同じように泣き、絶望し、世界を呪う事が出来ると思った。
だから俺は、何があってもメイだけは絶対に守ろうと誓う事が出来た。
こうして、俺の永い一日がようやく終わろうとしていた。
メイもようやく緊張を解く事が出来たのだろう。両親と最期の別れを済ませ、散々泣き疲れた彼女は今俺の腕の中で眠っている。
そこに村長が声を掛けて来た。
「改めて本当にありがとうございました。ヴィヴィアン様のお陰でこれだけの被害で済む事が出来ました。なんと感謝してよいか…今日はお疲れでしょうから我が家でゆっくりとお休みください。メイジーは私がブランシェット家に連れて行きましょう。」
俺は村長のその言葉に断りを入れる。
「お申し出有難いですが、今日はメイと一緒にいてやりたいので。メイの…ブランシェット家の場所だけ教えて頂けますか?詳しい話はまた明日にしましょう。」
「はい。わかりました。それでは案内させて頂きます。なかなかご満足行くもてなしなど出来ないかと思いますが、何卒今日より村の一員としてよろしくお願いします。」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします。では行きましょうか。」
そういって村長に案内されながら俺はメイを抱き抱え、ブランシェット家の中へと入っていった。




