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第三章‐1

 艦内放送によって、全小隊が格納庫に集められる。どこかへ行こうというわけではない。これから、ブリーフィングがあるとのことだった。大きな軍艦といえども、これだけの人数が一度に集まれる場所は限られているのだろう。

 小隊長を先頭に、小隊毎に整列している。エリカたちの第八小隊は一番右端だ。さらに、その一番後ろにアッシュが並んでいる。チッピィがその足元に、おとなしく座っていた。

 隣の列は、先刻紹介された第七小隊だ。先頭では、隣同士のエリカとジゼルがなにか話をしている。アッシュの隣はクォンという同年代の少年だったが、つい先ほど知り合ったばかりの相手に馴れ馴れしく話し掛けるのは、少々気が引けた。視線だけで見回すと、集団の中央付近先頭には、彼らを大気圏内往還船(シャトル)で迎えに来た、あの気障な優男、フランツの姿も見える。

 観察してみると、一つの小隊は三人から六人と、まちまちな人数で構成されていた。全員が軍服姿で、私服なのはアッシュ一人だけだ。どうやら民間の協力員でここにやって来ているのは、彼だけらしい。その為、その場のほぼ全員が彼に注目しているようだ。ちらちらと視線が寄越され、ひそひそと彼について噂する声も聞こえてくる。居心地が悪いこと、この上ない。

「――何者だ、あの私服の男は?」

「第八小隊? ということは、ひょっとして――」

「――あぁ、あの報告書の? あれは本当なんですかね?」

「――一人で戦艦を撃沈したって話? さすがに、それは――」

「眉唾物よねぇ――」

「いや、公式の報告書だぞ? 虚偽が記載されているわけは――」

 等々、一応、声をひそめて話しているようだったが、丸聞こえだ。

(戦艦ドラスネイルの被害は中破だっつの)

 ここでも噂に尾ひれが付いているらしい。

(それにしても、エリカ、俺のこと、どういう風に書いてくれたんだよ……?)

 アッシュは憮然としながら、しかし表面上は何食わぬ顔で、その場に起立している。

 そうして待っていると、いかにも剛健そうな身体付きの大隊長、ハンナ=シュタウフェンベルク大尉が、モデル体型の副官、セラフィーナ=カルティアイネン中尉を伴って格納庫に入ってきた。ハンナは一同の正面で肩幅に足を開いて立つと、鞘に入ったままの軍刀型の魔装剣を床に突き、その柄頭に両手を乗せる。隣に立ったセラフィーナが、パンパンと手を叩いた。

「傾注ー。これから大隊長のお話があります」

 軍人というより小学校の先生のようだ。それでも、その場は静まり返る。さすがに統制が取れているな、などとアッシュは感想を抱いた。そんな彼の思考を余所に、ハンナが口を開く。

「我々は陸軍だ。管轄は惑星の上。そんなことは、貴様たちも百も承知のことと思う」

 相変わらず声が大きい。

「しかし、海軍共の管轄である(そら)の上、この辺境宙域担当の第七艦隊は現在、正常に機能していない。どこかのばか者が、旗艦ドラスネイルを解体修理で入渠させてくれたおかげでな」

(うぉ!)

 一同の視線が一斉に突き刺さり、さすがにアッシュも怯んだ。

「陰険ちょび髭のボルジモワ『元』提督閣下が軍事法廷送りになったのは喜ばしいことだが、そのせいでイガートカルのような海賊共が、我が物顔でこの辺りをうろつきまわっている。そいつを退治して欲しいと、軟弱な船乗り共が我々屈強な陸軍に泣きついてきたというわけだ」

 あちこちで小さな笑いが起こる。

 アッシュの使っている自動翻訳アプリはたいへんな優れ物だが、唯一の弱点は初出の名詞の翻訳にタイムラグが発生することだ。アッシュは小声で、翻訳されなかった単語を、前に立っているサーニャ=ストラビニスカヤ伍長に尋ねてみる。

「イガートカルってなんだ?」

「あなたの星のハイエナのような獣です」

 前を向いたまま、視線も寄越さずに発せられたサーニャの返答は、いつも通り淀みがない。

「そうか。サンキュ」

 アッシュは礼を言った。その間にも、ハンナの演説は続いている。

「――短い間とはいえ、留守にした任地が心配な気持ちもあるだろう。だが、これは、高慢ちきな海軍野郎共に恩を売る絶好の機会だ。せいぜい高く売り付けてやることにしよう。任務に当たっては、己の能力の全てを余すところなく発揮しろ。手を抜いた者には、鉄と雷が打ち下ろされるものと思え。以上だ」

 それだけ言うと、ハンナは軍刀型の魔装剣を片手にぶら提げて、さっさと艦内へ続く通路のほうへ歩き出してしまった。

「本作戦の詳細については、配布したファイルのOE‐一八六三aからdを参照。各自、きちんと目を通しておくこと。以上です。質問はありますか? ――それでは、解散」

 セラフィーナがそう言って、ハンナを追うように通路のほうへ歩き出す。一同は緊張が解けたようにガヤガヤと喋りながら、通路に向かって行った。

 アッシュは、前を歩くエリカ=デ・ラ・メア=ブラウスパーダ少尉に声を掛ける。

「わざわざ集まって、これだけかよ? 作戦の資料が配布されてるんなら、各自、それを見ておくだけでいいんじゃないか?」

「そうですね……。まぁ、大隊長殿からの檄と言いますか、景気付けのようなものでしょう」

 エリカが微笑みの表情を作って応じた。アッシュは今一つ納得がいかなかったが、ここは彼の所属する組織ではない。口出しをする権利もないだろう、と飲み込むことにした。

「作戦前には、いつもこれをやるんだよぉ」

 その大火力を見込まれ、単独で召喚されて大隊の作戦に参加することもある、というアリーセ=フィアリス軍曹が言う。

「士気を高める為に行う儀式のようなものだと推測されます。非論理的ですが、非効率的というわけではありません」

 サーニャも、そんな風に言ってきた。

「そんなもんか……」

 ひとまず置いておいて、話を変える。

「ところで、そろそろ腹が減ってきたんだが、晩飯ってどうなってるんだ?」

 エリカが、魔装機から立体映像(ホログラフィー)の時計を表示させて時間を確認した。

「あぁ、ちょうどこれから、第一から第四小隊の食事時間ですね。私たちは、その四十五分後です。全員が入れるほど食堂が広くないので、二交代制になっているんです」

「おう。四十五分後な」

 アッシュはエリカの答えに頷く。今すぐ倒れそうなほど腹が減っているわけではない。一時間弱ぐらい我慢できるだろう。ちなみに、エリカは自分の星の時間の単位を口にしたのだろうが、それは自動翻訳でアッシュの星の時間単位に換算されて耳に届く。便利だ。

 そんな話をしている内に、自分たちの船室に戻ってきた。四人はそれぞれのベッドに腰掛ける。正面の三段ベッドの三段目に陣取るアリーセは、足をぶらぶらさせていた。同じベッドの三段目――頭上のサーニャの様子はわからない。一段目のアッシュはベッドに座って、足を床に投げ出す。チッピィがその足元の床で丸くなった。エリカがきちんと足を揃えて、アッシュの対面のベッドに腰を下ろす。ミニスカートなので、行儀悪く足を広げると見えてしまうだろう。アッシュは慌てて、彼女の白い太腿から目を逸らした。誤魔化すように口を開く。

「ていうかさ、俺、配布された作戦資料っての、貰ってないんだけど」

 その言葉に、エリカは人差し指を細い顎に当てて小首を傾げ、思案するような顔になった。

「あら、そうなんですか? 元々、員数外だからでしょうか……」

「まぁ、コピーでもさせてもらえばいいんだけどさ」

「あ、申し訳ありません。一応、部外秘ですので、隊の中といえども、許可なく他人にコピーすることは禁じられているんです」

「そうか……。じゃあ、要点だけでも説明してもらうか。それぐらいならいいだろ? でないと、俺、なんの為にここにいるのか、わからなくなっちまう」

「――はい。わかりました」

 アッシュの言葉に、エリカは少し躊躇ったが、結局は頷く。そして、魔装機の操作端末を開き、作戦資料のファイルを表示したウィンドウに目を落としながら説明を始めた。

「基本的には、海賊船タビー・トリスが現れるまでは、小隊毎に定められた当直任務の当番以外にやることはありません」

「当直任務って、なにやるんだ?」

「昔ながらの――つまり貴方の星にもあるような電子的な観測機器と、光学観測――つまり望遠鏡等を使った目視による哨戒任務です。簡単に申し上げれば、タビー・トリスが出てこないか見張りをする、ということですね」

「見張りか。ん? 観測魔法は使わないのか? よくわからないけど、軍艦の魔力炉くらいの大出力なら、かなりの広範囲を楽に観測出来る規模の観測魔法が使えるんじゃないか?」

 エリカの説明に、アッシュは疑問に思ったことを聞き返してみる。頭上――ベッドの三段目からサーニャの声が降ってきた。

「現在、このディートガルトは不可視結界を展開、隠密(ステルス)状態でマリクレール=アントワーヌを護衛しています。その為、外部から存在を察知される確率はかなり低くなっていますが、結界内部にいる為、結界の外部へは魔法が通りません」

「あぁ、そっか。軍艦が客船に貼り付いてるのが丸見えじゃ、海賊船だって近寄ってくるはずないもんな」

 サーニャの説明に、アッシュは納得したように頷く。少し苦笑気味に、エリカがその彼の言葉の後を引き取った。

「それに、景観の問題もあるようです。軍艦が周りをうろうろしていては興が削がれる、とマリクレール=アントワーヌのほうから苦情があったらしくて」

「おいおい。守ってもらってるくせに勝手な言い草だな。これだから、金持ち様は……」

 アッシュがやっかみ半分の感想を漏らす。

「とにかく、当直任務の内容はそんなところです。私ども第八小隊の当直当番は、明日の十九時からになっています」

「OK。了解した」

 アッシュはエリカに了承の返事をした。そして、話を次に進めることにする。

「それで、実際に海賊船が出たらどうするんだ?」

「おそらく対艦戦闘になるでしょうね。私たちはそれぞれ所定の配置について、操艦、攻撃、防御等を行うことになります」

「なるほど。で、俺の配置って、どこだ?」

「はい、えぇと――」

 アッシュの質問に、エリカが魔装機の操作端末のモニターで次々に作戦資料のファイルを開いて目を通していくが、やがて困ったような顔で目を上げた。

「申し訳ありません。貴方の戦闘配置については、どこにも記載されていません。どうやら漏れているようです」

「マジか……」

 そもそも員数外なので仕方のないことなのかもしれないが、全くないがしろにされている。

「なんとかならないか? それじゃ、ホントに俺、なにしにここへ来たのかわからない」

「わかりました。上と相談してみます」

「済まないけど、頼む。――欲を言えば、銃座の一つも任せてもらいたいところだな」

 アッシュは調子に乗ってそんな軽口を叩いた。エリカが口元に笑みを作る。

「ご希望の一つとして、承っておきましょう」

「お互いに動いてる船で相手を狙うのって、意外と難しいんだよぉ? アッシュ、やったことあるのぉ?」

 対面のベッドの三段目のアリーセが、一段目のアッシュを覗き込むようにして言ってきた。

「いや、勿論、ないけど」

 当然、ゲーム以外では、あるはずもない。その答に、アリーセが、にははと笑った。

「それでも、いないよりはましでしょう。空いている銃座があるようでしたら、担当出来るか聞いてみます」

 エリカも案外酷いことを言う。

 そのとき、コンコンとノックの音がしたかと思うと、すぐに船室の扉が開いた。ピンク色の巻き髪のツインテールが、ひょこっと覗く。第七小隊の小隊長、ジゼル=アンリエット=シャンティエ少尉だ。

「エリカー、ご飯、行こ?」

「あぁ、もうそんな時間ですか。では、参りましょう」

 エリカが立ち上がるので、アッシュもそれに倣った。アリーセとサーニャも、それぞれベッドの三段目から降りてくる。扉から通路に出ると、第七小隊の面々が待っていた。二つの小隊が合わさった大所帯は、一列に並んで狭い艦内通路を食堂へと向かう。

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