第三章‐2
食堂は、飾り気はないが頑丈そうな長テーブルと丸椅子が整然と床に固定された、アッシュの高校の教室よりも狭いぐらいの空間だった。入り口の右手に厨房と繋がったカウンターがあり、そこで料理を受け取るようだ。メニューは一種類、つまり全員同じものを食べるらしい。
カウンターの前に一列に並んだ第七、第八小隊の面々は、次々と料理の載ったトレーを受け取っていく。アッシュは、自分のトレーの上の料理を見下ろしてみた。硬そうな黒パン、豆類と根菜を和えたサラダ、それとブラウンシチューのような肉と野菜が入った煮込み料理だ。
アッシュは、サーニャの隣の席に腰を下ろした。その足元にチッピィがペタリと腹這いになる。彼らの長テーブルでは、エリカの隣にアリーセとサーニャが座り、エリカの正面にはジゼルが、その隣には同様にクラリッサ=ファインマン曹長とカテジナ=ペトラ=ビェルカ兵長が座っていた。アッシュの前には、マーク=ラピッドファイア准尉とグェン=ヴァン・クォン軍曹が座る。ちょうど、男女で分かれたような形だ。
一同は、それぞれ食前の挨拶をしたり、食前の祈りを捧げたりしてから食事を始めた。アッシュはパンを半分に千切って、足元のチッピィに渡してやる。それだけでは寂しいので、ブラウンシチューのような料理から肉を分けてやった。その肉を食べるチッピィに尋ねてみる。
「美味いか、チッピィ?」
(しょっぱい)
チッピィはそう答えた。どうやら、かなり味付けが濃いらしい。そうしてチッピィに食事を分け与えると、アッシュはスプーンを手に取って豆類と根菜のサラダを口に運んでみた。こちらは、かなり酸っぱい。先日、セレストラル星系連邦の首星セレストにある陸軍本部の食堂で食べた料理は美味しかったのだが、それとは比べるべくもなかった。
(さすがに、後方と現場じゃ、食事事情は違うか……)
「アッシュ、君の星の料理と比べて、如何ですか?」
正面に座ったマークが尋ねてくる。アッシュは悩みながらも率直に答えた。
「あー、まぁ、なんていうか、雑な味だな」
「正直な方ですね」
その感想にマークが苦笑する。硬い黒パンを千切りながら、隣のクォンが口を挟んできた。
「戦闘糧食じゃねーだけ、まだましだぞ。あれは食えたもんじゃねー」
「コンバットレーションってどんなのなんだ?」
「もそもそした食感のシリアルバーだ。カロリーは高いけど、最悪なのは、その水気の全くないぱさつき具合ととにかく甘過ぎる味のおかげで、水なしじゃとても食えないことだなー」
(カロリーメイトのチョコ味を百倍にでもした感じか……?)
その味を思い出したのか、顔をしかめたクォンの説明に、アッシュはそんなことを思う。黒パンを飲み込んで、クォンが話を変えてきた。
「ところで、あんたの星の魔法ってどんな感じなんだ? うちの連邦の魔法と比べて、どの程度のレベルになる?」
自ら頭脳労働担当と言うだけのことはあるようで、知的好奇心が旺盛な性質らしい。だが、根本的なところを勘違いされているので、アッシュは手を振って、その質問自体を否定した。
「いや、うちの星には魔法はないよ。俺は、あんたたちの星の魔法を使ってるだけなんだ」
そう言って、右手を持ち上げると、装着した手袋型の魔装具を見せる。
「なんだ、そうか」
クォンは興味を失ったように言って、サラダを口に運んだ。逆に、マークが興味を示す。
「……失礼ですが、それは連邦法違反では? エリ――いや、ブラウスパーダ少尉が法を犯して、現地住民に魔法技術を伝えるとは考え難いことですが――」
「ああ。大きな声じゃ言えないけど、俺に魔法を教えてくれたのは、あんたたちの星の、いわゆる犯罪者だったんだ。済まないけど、詳しい話は勘弁してくれ」
事情ありげなアッシュの顔を見て、なにかを察してくれたのだろう。マークは頷くと、それ以上のことは突っ込んでこなかった。暫し、黙々と食事が進む。
ふと、アッシュは気になっていたことを尋ねてみた。
「部屋割りとか食事時間が小隊毎ってことはさ、ひょっとすると入浴時間なんかも――?」
「えぇ、小隊単位で割り振られています。おそらく、ご想像の通り、男女別に分けられているということはありません」
「思った通りか……。酷いな」
さすがに、銭湯のように広い男湯と女湯が用意されている、などと期待していたわけではなかったが、マークの答えにアッシュは顔をしかめる。彼もその感想に同意した。
「えぇ。軍隊の古き悪しき慣習ですね。現在では、ほとんどの小隊で、割り当てられた入浴時間を半分に区切って、男女が交代で使用しています」
「あぁ、やっぱり、そんなとこか。――マーク、ちょっと提案があるんだが」
「なんです?」
聞き返してくるマークに、アッシュは自分の案を説明する。
「あんたのところの小隊とうちの小隊の入浴時間を合わせて、それを男女別に割り振り直さないか? それなら、お互い、ゆっくり時間を使えるだろ?」
「なるほど。それは、いい案ですね」
アッシュの提案に、マークが頷いた。さらに話を続ける。
「ついでに、船室も同じように、男女別にしないか? 同性同士のほうが気楽だろ?」
「確かに、そうですね。では、小隊長と相談して――」
「あんた、いいこと言うじゃない。それ、採用!」
どこから聞いていたのか、マークの三つ隣の席のジゼルが立ち上がって、彼の言葉を遮るように宣言した。手に持ったスプーンでアッシュを指している。行儀が悪い。
「エリカもいいよね?」
「えぇ、確かに、そのほうがなにかと楽になりますし、いいと思います。私も賛成です」
ジゼルの確認に、エリカも頷く。ジゼルは、鼻歌でも歌い出しそうなほどご機嫌な様子だ。アッシュの察するところ、ゆっくり入浴出来るなどということよりも、おそらくエリカと一緒に入浴、一緒に就寝、というのが嬉しいのだろう。
(ていうか、この娘、エリカのこと好き過ぎだろ……)
百合か?百合なのか?などと妄想するアッシュ。その仕様もない考えを頭から追い出した。
「で、俺たちの入浴時間はいつだ?」
「第七小隊がおよそ一時間半後。第八小隊はその二十分後ですね」
アッシュの問い掛けに、マークが立体映像の時計を魔装機から表示させて答える。彼の返事に頷いて、アッシュは提案した。
「じゃあ、第七小隊の時間を女子が、第八小隊の時間を男子が使う、ってことでいいか? 部屋割りも同じように、第七小隊の船室を女子が、第八小隊の船室を男子が使う、ってことで」
一同が口々に同意の返事をしたり頷いたりする。それで話はまとまった。
食事が終わり、一同は船室に帰ると、荷物をまとめて、割り振り直された通りに部屋の移動を開始する。アッシュは移動しないので、エリカたちが部屋から出て行き、入れ替わりにマークたちが入って来るのを眺めていた。扉から見て右側のベッドの一段目にアッシュが座っている。それを見て、マークが逆側のベッドの一段目に、クォンがその三段目に荷物を置いた。
マークは偶然かな?などと邪推する。心の中で、くっくっく、と笑った。
暫くして、女性陣が入浴に向かったようだ。アッシュたちは、船室内でお互いの任地の話等をして時間を潰す。船室内にはテレビ等の娯楽機器はないので、話をするくらいしかやることがないのだ。やがて、遠慮がちに扉がノックされた。
「どうぞ」
マークの返事に扉が開き、湯上りで上気した肌に少し湿った髪のカテジナが、おずおずと顔を覗かせる。
「あ、あの、入浴、交替、です」
それだけ言って頭を下げると、カテジナは隣の船室に逃げるように入っていってしまった。何故、あんな内気な娘をメッセンジャーにするのかと思ったが、階級が一番低いからだろう。
「それでは、行きましょうか」
「はいよー」
「ああ。チッピィ、風呂、行くぞ」
(チッピィ、風呂、入る)
一同はマークを先頭に船室を出ると、浴場に向かった。マークが、アッシュの足元をとことこと歩くチッピィを見て言う。
「ところで、さっきから気になっていたんですが、どうして犬を連れているんです? 君の星の風習かなにかですか?」
「あぁ、いや、こいつは犬じゃない。バフスクだ」
アッシュの答えに、マークは軽く首を傾げた。
「バフスク?」
「第四惑星カチェーシャ固有種の希少生物だよ。知能が高く、魔法を使う。――へぇー、俺も実物を見るのは初めてだ。ペットショップなんかでも、なかなか入荷しないらしいぜ」
クォンが説明して、珍しげにチッピィを見る。自分のことが話題にされているとわかったのか、チッピィが、きょろきょろと三人の顔に視線を彷徨わせる。アッシュは、そんなチッピィを抱き上げて頷いた。
「ああ。まぁ、こいつは俺の小さなパートナーってとこかな」
「そうなんですか……。つくづく君は風変わりですね」
マークがそんな感想を漏らす。
セレストラル星系の一般的な風呂は、人一人が入れる程度のサイズの円筒形のカプセル内でミストサウナを使ったり、シャワーを使ったり、濡れた身体を乾かす為の温風を使ったりするものだ。アッシュは眼鏡と魔装具を外して服を脱ぎ、チッピィを連れてカプセルに入ると、適当な洗剤で髪と身体とチッピィを一緒に洗い、シャワーで流して温風で乾かした。
カプセルを出て、脱衣所で着替え、鏡を覗き込む。
「……あぁ、しまった。やっぱりか……」
鏡の中から、普段よりやつれたような自分が見つめ返してきた。染めておいたはずの白髪の色がすっかり落ちて、黒白半々の頭に戻っているのだ。この異星の文化圏のシャンプーだかボディソープだかはとても強力なようで、アッシュの星の毛染めを難なく落としてしまう。
「アッシュ、君、その髪……」
「なんだ、その頭!? 灰でもかぶったのか!?」
マークが遠慮がちに言い、クォンが遠慮なく笑った。アッシュは黒白縞々の頭を掻く。
「以前、ちょっと魔力を濫用し過ぎたことがあってな。そのときの名残だよ。目立つんで普段は染めてるんだ。『灰かぶり』は言われ慣れてる」
船室に戻る途中、化粧室にでも行っていたのか、エリカとジゼルに出会った。エリカがアッシュの髪に目を留めて、珍しく笑いを抑えながら言う。
「あら、アッシュ。また『灰かぶり』に逆戻りですか?」
「ああ。そうなんだよ」
「なーにー、その頭? みっともなーい」
ジゼルが彼の黒白の頭を見て、ぷぷーっと笑った。
「仕方ねぇだろ。俺だって、好きでこんな頭なわけじゃねぇ」
そうあからさまにばかにされると、さすがに気分を害する。憮然としてアッシュは言い返すが、ジゼルはもう一度彼の頭を見て、また、ぷぷーっと笑った。
(くそぅ、このツンデレめ。いつかイベントを起こしてデレデレにしてやるからな)
またアッシュはそんなことを考える。
船室の前で二人と別れて、アッシュたちは第八小隊の船室、通称『男子部屋』へと入った。交代制で当直があるので、全艦一斉の消灯時間などがあるわけではない。彼らは暫く世間話をして時間を潰してから、適当なところで照明を消してベッドに潜り込む。そうして暗闇の中、アッシュは一つの衝動を抑えていた。
――修学旅行の夜などでお約束の、あの台詞を言いたい。
暫く我慢していたのだが、遂にアッシュは誘惑に負けた。
「――なぁ、好きな娘、誰だよ?」
それを聞いて、クォンが、ぶっと吹き出す。
「僕は……、エリカさんが……」
驚いたことに、マークが生真面目に告白してきた。とはいえ、内容は驚くところではない。
「いや、済まん、マーク。単なる、うちの星のこういう場面でのお約束ネタだったんだ」
「まぁ、でも、どうせ皆知ってることだしなー」
「えぇ!?」
クォンの言葉に、マークが驚きの声を上げる。クォンがまた、ぶっと吹き出した。
「気付かれてねーと思ってたのかよ、副隊長? 気付いてねーのは、当のブラウスパーダ少尉と、うちの小隊長ぐらいじゃねーか?」
あのエリカ好き好きのジゼルが知ったら、マークへの風当たりは相当に強くなるだろう。
「あぁあぁぁ……」
マークが布団の中で悶絶している。アッシュは、くっくっく、と意地の悪い笑いを浮かべると、布団の中で寝返りをうって目を閉じた。




