第二章‐3
土曜日になり、半日の授業が終わると、篤志は、ゲームソフトでも物色しに行こうぜ、という誠人の誘いを断って帰宅した。学生服から私服に着替えて、適当に昼食のパンを頬張り、一日分の着替え等を小さめのボストンバッグに準備すると、チッピィを移動用の小型のバスケットに詰め込んで、セレストラル星系連邦陸軍第六辺境警備師団第二連隊第一大隊第八小隊駐留基地という名の古アパートに向かう。途中、以前も利用した洋菓子店に寄って、手土産のケーキを買い込んだ。ギリギリの食費でやりくりしている彼にとっては、この出費は多少痛かったが、彼女たちの喜ぶ顔が見られると思えばなんということはない、と心の中で強がる。
地下鉄の駅から地上に上がり、戦前からあるのではないかと思わせる古い民家と真新しい高層マンションが混在している不思議な街並みを抜け、屋根の上でレドームが回転している奇妙な木造二階建てアパートに辿り着いた。時刻はちょうど十四時。お茶にはいい時間だろう。
部屋に招き入れられ、早速エリカたち三人と、持参した手土産のケーキでお茶にする。今回も篤志の分のケーキは、アリーセにねだられ、サーニャに無言で要求され、エリカに控えめに希望されて、結局三人に分けられることとなった。お茶を飲み、これからの任務とは関係のない他愛のない話をしながら、少し時間を潰す。
十五時半になろうかという頃、エリカたち三人が寝室に引っ込み、着替えて出てきた。エリカは詰襟に階級章の付いた濃緑色の上着に、同色のミニのタイトスカートとベレー帽という陸軍女性士官服姿で、アリーセとサーニャも、それより細部の意匠が少し簡略化され、帽子もない陸軍女性下士官服姿だ。
(そうか。正式な軍の任務だから、軍服なのか……)
普段からミニスカートでもオーバーニーソックスを履いているアリーセや、基本的にロングスカートのサーニャの生足を見るのは新鮮だったが、先日初めてエリカのミニスカート姿を見たとき同様に、セクハラになるかもしれないと考え、コメントは控えておく。
「……俺だけ、こんな格好でいいのかな?」
篤志は、自分の、普通のシャツとジーンズという私服姿を見下ろした。エリカが苦笑する。
「貴方は正式な軍人ではなく、民間人の現地協力員なのですから、仕方ないでしょう。そもそも、着る制服がないじゃありませんか」
「まぁ、それもそうなんだけど」
篤志は言って、右手の包帯を解き、『彼女』の形見の、青い、手首から中指の付け根までしか覆わない装飾用の手袋型の魔装具を装着した。これで彼の中のスイッチが、『倉嶋篤志』から『魔法使いアッシュ』に切り替わる。
エリカもサーベル型の魔装剣を提げた剣帯を腰に巻き、アリーセも長銃身のアンチマテリアルライフル型の魔装銃を背負い、サーニャも額冠型の魔装具をかぶった。
「それじゃ、俺はこれから自動翻訳アプリを使うから、皆は自分の星の言葉で話してくれ」
「はい。では、そうさせて頂きます」
右手の魔装具を示しながらアッシュが言うと、三人を代表してエリカが返事をする。全員の準備が終わったことを確認すると、エリカが宣言した。
「それでは、参りましょうか」
そうして、玄関から靴を取ってくる。いつものフラットなサブリナシューズではなく、編み上げの軍用ブーツだ。
「おう」
「いえす、まぁむ」
「了解」
他の三人もそれに倣って、靴を取りに行く。そして、四人はそれぞれの荷物を持つと、居間の窓からベランダへ出て靴を履き、飛行魔法を起動して次々に飛び立った。
まだ梅雨入りには早い時期だったが、六月初旬の空はどんよりと黒雲が立ち込めている。曇天の下、なにもない鉛色の海の上を進んだ。やがて、魔装機の操作端末で大気圏内往還船との合流ポイントを確認していたサーニャの指示で一同が停止する。そのまま暫し待っていると、上空の雲を割って大気圏内往還船が降下してきた。アッシュが先日初めて乗った、『彼女』の遺した大気圏内往還船は、どう見ても小型自動車のようにしか見えなかったが、今回の陸軍第六辺境警備師団第二連隊第一大隊所属の大気圏内往還船は、大型のバスのように見える。
(なんで、いちいち車っぽいんだ……?)
彼の感覚では、明らかに空を飛ぶ乗り物とは思えない、その大気圏内往還船を見ながらアッシュは呆れたように考えた。
彼がそんなことを考えている間に、降下してきた大気圏内往還船が停止する。これもバスと同様に、運転席の隣に設置された乗降口が開いた。そこから、最初にエリカが乗り込む。
「あぁ、ロイター少尉。お疲れ様です。お手数をお掛けして恐縮です」
エリカが運転席――否、操縦席と呼ぶべきか――に座った、陸軍男性士官服姿の黒髪青眼の優男に声を掛けた。優男は白い歯がキラリと輝くかのような錯覚を起こさせる笑みをその整った口元に浮かべると、エリカに言う。
「硬いじゃないか、エリカ姫。上官の目のないところでぐらい、士官学校時代のように、フランツと呼んでくれないか?」
「……そうですね、フランツ。お迎え、ありがとうございます。安全運転で、よろしくお願いしますね」
エリカも笑みを見せると、操縦席のすぐ後ろの座席に座った。
「お出迎え、恐縮でありますぅ、さぁー」
「恐縮であります、サー」
アリーセとサーニャも敬礼しながら次々と乗り込んでいく。最後にアッシュが乗り込んだ。
「うん? 君は……?」
フランツと名乗った優男が疑問符を発する。エリカが口を挟んできた。
「こちらは、我が第八小隊の現地協力員、アッシュ=クラシマです」
「あぁ、君が、あの……。ふぅん、なるほど……」
フランツが意味ありげな目線で、アッシュを観察する。おそらく先日の事件の顛末を綴ったエリカの報告書を読んで、彼のことを知っているのだろう。どんな風に書かれているのか、知りたいような気もするし、知らないほうがいいような気もする。
「僕はフランツ=ロイター。彼女と同じ少尉で、第四小隊の小隊長を務めている。よろしく。――あぁ、今は手が離せないから、握手は勘弁してくれ」
そう言うと、フランツはウィンクをして寄越した。言動がいちいち気障な優男だ。
「……あぁ、よろしく」
同性の性として、二枚目には無条件で敵愾心が発生するらしい。アッシュは無愛想に挨拶する。そんなアッシュに微笑みを向けていたフランツだったが、アッシュの持つバスケットから顔を出したチッピィを見て、その爽やかな笑みを凍り付かせた。
「――あー、その毛むくじゃらの生き物を乗せるのは構わないが、なるべく離れた座席に乗せてくれるかな」
「なんだよ? あんた、犬が怖いのか?」
「いやいや! 怖いなんていうわけではないよ。ただ少し、その、なんというか――」
アッシュの突っ込みに、しどろもどろになるフランツ。笑いを顔に出さないよう苦労する。
「了解だ。ロイター少尉」
チッピィのバスケットを抱いて、アリーセ、サーニャと一緒に一番後ろの座席に座った。
「――それじゃ、発進するよ。安全運転で行くつもりだけど、シートベルトはしっかりと締めておいてくれ」
そう宣言して、フランツが大気圏内往還船を発進させる。すぐに低い黒雲を突き抜け、夕暮れにはまだ早い青空の中に飛び出した。
座席から身を乗り出して、操縦中のフランツとなにか話しているエリカの黄金色の後頭部を眺めやりながら、アッシュは小声でアリーセに聞いてみる。
「あいつ、何者なんだ? エリカと親しいみたいだったけど」
「ロイター少尉殿ぉ? エリカの士官学校の同期だって、前に聞いたよぉ」
アリーセが答える隣で、サーニャが無表情にとんでもないことを口走った。
「あの少尉殿は女たらしです」
思わずアッシュは吹き出す。
「そうなのか?」
「はい。わたしの兄さんと同じ匂いがします」
今日のサーニャは、まるでびっくり箱だ。アッシュはもう一度吹き出した。
「サーニャには兄貴がいるのか。それで、その兄貴は女たらしなのか?」
「はい。専門課程の学校に通っていた頃は、毎月違う女の人と街を歩いていました。現在は実家を出て一人暮らしをしていますから、おそらく毎月違う女の人が家に通って来ていると推測されます。あの兄には困ったものです」
サーニャが珍しいことに溜め息のようなものを漏らしながら、淡々と述べる。アッシュは、くっくっく、と笑い声を押し殺した。
「そうか。で、その兄貴は今はなにやってるんだ?」
「ビルの設計士です。第三惑星セレストのキンブルという地方都市で建築デザイン事務所に勤めています」
「ふぅん」
そういえば、こんな話はしたことがなかったな、とアッシュは思う。流れで、アリーセにも聞いてみることにした。
「アリーセは? 兄弟いるのか?」
「うん。弟が二人と妹が一人いるよぉ。みぃんな可愛いんだぁ」
にぱぁっと笑ってアリーセが答える。
「おぉ。それは大家族だな」
アッシュは感心したように相槌を打った。アリーセが尋ね返してくる。
「アッシュはぁ? 兄弟いるのぉ?」
「……あ、ああ。妹が一人な」
うっかり、あまり触れたくない話題に自分から触れてしまった。アッシュはこんな話を振ったことを今更ながら軽く後悔するが、アリーセはそんな彼の内心には気付いていないように、さらに聞いてくる。
「へぇー。可愛いぃ?」
「……まぁな」
「ふぅん。会ってみたいなぁ」
「……機会があったらな」
そうして、アッシュが今一つ気が乗らないような会話をしている内に、大気圏内往還船はこの星の重力圏を脱出し、目的の陸軍第六辺境警備師団第二連隊第一大隊所属の軽巡洋艦に到着したようだ。さすがに、先日乗った『彼女』の遺した航宙船などとは比べ物にならないほどに大きい。鋭角で攻撃的なシルエットの、全体としては細長い三角錐のような形をした艦体だ。
「こいつが、その軽巡洋艦か。名前はなんて言うんだ?」
「ディートガルトだよぉ」
アッシュの問いにアリーセが答える。
「ディートガルトか。なかなか格好よさげな響きの名前だな。どういう意味なんだ?」
「第三惑星セレストの河川の名称です。その流域に同名の地方も存在します」
今度の質問にはサーニャが答えた。
「ふぅん。――それじゃ、例のドラスネイル、あれはどういう意味だ?」
「連邦樹立前の第四惑星カチェーシャに存在した大国の名前でした。現在でも、その地方の名称として残っています。軍艦の艦名は基本的に、軽巡洋艦には河川名、重巡洋艦には山岳名、戦艦には連邦樹立前の旧国家名が付けられるのが慣例になっているようです」
またもサーニャが答える。
「そうなのか。サーニャは博識だな」
「……いえ」
珍しいことに、アッシュの褒め言葉にサーニャは微かに照れているようだった。
(おぉ、レアな表情だ!)
アッシュは脳内でその視覚情報を『名前を付けて保存』する。
そうこうしている間に、彼らの乗った大気圏内往還船は軽巡洋艦ディートガルトの格納庫に着艦した。
「さて、お客様方、到着です。足元にお気を付けてお降り下さい」
フランツがおどけた船内アナウンスを放送する。一同は自分の荷物を持ち、大気圏内往還船から降りた。操縦席から降りたフランツに、エリカが声を掛ける。
「フランツ、ありがとうございました。お手間をお掛けして」
「どういたしまして。エリカ姫のお役に立てるなら、光栄の至りだよ」
フランツは舞台俳優のような大仰な礼をした。
「それでは、エリカ姫、送迎任務完了の報告があるので、僕はこれで。また後ほど」
そう言って、フランツは格納庫から艦内に続く通路のほうへと歩いていく。ちなみに、この艦内には重力があった。なんらかの魔法か、それとも別系統の科学技術かはわからないが、人工重力を発生させているらしい。先日訪れた惑星セレストの宇宙港にも人工重力があったが、このサイズの艦船程度でもそれが可能なのは驚きだ、とアッシュは感心する。
それはそれとして、アッシュは先ほどのフランツがエリカを呼ぶ呼び名が気になっていたので、エリカに歩み寄って後ろから声を掛けてみた。
「……エリカ姫?」
「もう、アッシュまで! 止めて下さい」
エリカは振り返ると、照れたように少し薄桃色に染まった頬を膨らませる。
「士官学校時代のあだ名です。誰が言い出したのかわかりませんけれど、いつの間にか定着してしまって。きっと、私の世間知らずを皮肉っているんです」
エリカはそう言うが、アッシュにはそのあだ名の付けられた本当の理由がわかるような気がした。確かに彼女には、『姫』と呼びたくなる気品がある。深窓の姫君ではなく、戦場の先頭を駆ける戦姫の風格だ。
「エリカは人気者だったんだな」
「――えぇ、まぁ。おかげさまで、友人は多かったと思います」
アッシュの感想を肯定するエリカ。
(そうか。成績はトップで、自分を差し置いて『姫』なんて呼ばれて、常に人の輪の中心にいるような彼女だ。あの高飛車女が目の仇にするのも、無理ないのかもな)
アッシュは、先日、セレストラル星系連邦の首星セレストで出会った、元王族の家系のお嬢様だというエリカの士官学校の同期にして自称ライバル、アマーリア=ウィルナー=クァトロロッソ=ロスロレンツィ少尉のことを思い出す。
ふと、アッシュは別のことに思い至った。
「それで、エリカ。あのフランツってやつと、その……、付き合ってたのか?」
「え? いえいえ、そんなことは! そういったお付き合いは、したことがありません!」
アッシュの質問に、エリカは慌てて首を振る。
「あぁ、そっか……。悪い、変なこと聞いて」
「いえ……」
微妙な空気になってしまった。それをなんとかしようと、アッシュは話題の転換を図る。
「ところで、この大隊に小隊っていくつあるんだ?」
「――私どもの第八小隊までです」
「じゃあ、小隊長も八人ってことだろ? その数で、同じ大隊の小隊長に同期が配属されてるなんて、確率的に珍しいんじゃないか?」
アッシュの疑問に、エリカは人差し指を細い顎に当てて答えた。
「それが、士官学校の私たちの代では、何故なのか、辺境警備隊の志願者が妙に多かったんです。それで――」
以前、エリカは自ら辺境警備隊を志願したのだ、と聞いたことがある。つまりそれは、明らかに『エリカ姫』の後追いだろう。
「勿論、辺境警備隊でも他の連隊や大隊に配属された者も大勢いるのですが、実はこの大隊にはもう一人――」
「エリカ!」
エリカの説明を遮って、少し舌足らずな甘い声が彼女の名を呼んだ。ピンク色のふわふわした巻き毛をツインテールにした少女が艦内に繋がる通路から駆け寄ってきて、エリカに体当たりするように飛び付く。
「ジゼル! もう! びっくりするじゃありませんか」
ピンク髪の小柄な少女を抱き止めたエリカが、窘めるように言った。ジゼルと呼ばれたピンク髪の少女が、ぺろりと小さな舌を出す。
「だって、早く会いたかったんだもん」
「小隊長! 自軍艦内とはいえ、お一人で先行するのは控えて下さいと、あれほど――!」
その少女が出てきた通路から、また一人の人影が走ってきた。今度は金髪で長身の男性だ。彼はピンク髪の少女の後ろで急停止すると、エリカを見て慌てたように敬礼する。
「エリ――いえ、ブラウスパーダ少尉、ご無沙汰しております」
エリカが軽く微笑んで答礼した。見知った相手だが、軍人の癖で階級章を確認してしまう。
「ラピッドファイア曹長――、いえ、准尉に昇進されたのですね。おめでとうございます」
「サンキュー・マム。この度、現場での士官育成研修を受講する運びとなりまして、おかげさまで准尉を拝命致しました」
金髪の男性が堅苦しい口調で言った。エリカは微笑を大きくする。
「ではすぐに、私たちと同じ少尉に成られるのですね」
「イエス・マム。そう成れますよう努めております」
彼は敬礼しっぱなしだ。
「あ、いたいた。小隊長ー! 副隊長ー!」
さらに一人の少年と二人の少女が、次々と駆けつけてくる。一気に人数が増えてしまったので、アッシュは後ろから遠慮がちにエリカに声を掛けた。
「エリカ、済まないけど、そろそろ紹介してくれないか?」
「あ! 失礼しました」
エリカは慌てたように言って、ピンク髪の少女を指し示す。
「こちらは、私の士官学校の同期で、ジゼル=アンリエット=シャンティエ少尉です」
ジゼルと紹介されたピンク髪の少女は、少し拗ねたように頬を膨らませた。
「同期、なんて他人行儀ね。親友でしょ?」
「そうですね。――私の親友のジゼルです」
エリカは笑みを浮かべて言い直す。
「それと、彼女の後ろの方々は、彼女の指揮する第七小隊の皆さんです」
それから、今度はアッシュのほうを指し示した。
「こちらは、我が第八小隊の現地協力員、アッシュ=クラシマです」
先ほど、フランツに紹介されたときも思ったのだが、彼の本名は正しくは『アツシ=クラシマ』だ。しかし、エリカにも、もうそれは既に忘れられているのかもしれなかった。そういえば、先日作った彼女たちの星の身分証の名前も読めていないのだが、そこにも『アッシュ=クラシマ』と記されている可能性が高い。
アッシュは、とりあえずその件については棚上げすることにした。まず、ピンク髪の少女に向かって右手を差し出す。
「アッシュだ。よろしくな、ジゼル?」
しかし、彼女はその手を取らずに、両手を腰に当てた。小柄な少女がそんなポーズを取っても偉そうには見えず、むしろ微笑ましい。精一杯張った胸のほうも、その小柄な体格にお似合いの微笑ましさだ。そのポーズでジゼルは、さほど背が高いわけでもないアッシュの顔を見上げる。近くで見ると、その瞳もピンク色をしていた。
「シャンティエ少尉殿、よ」
「は?」
いきなり言われた台詞に、思わずアッシュは聞き返す。
「シャンティエ少尉殿って呼びなさいって言ったの。エリカのとこではどういう教育してるのか知らないけど、上下関係ははっきりさせなくちゃ。民間人に嘗められたくないわ」
もとい、口調はとても偉そうだった。アッシュは差し出した右手を戻して、ガリガリと頭を掻く。この手のタイプには逆らわないほうがいい、と経験で知っていた。
「はいはい、了解しました。シャンティエ少尉殿」
アッシュがそう返事をすると、ジゼルは満足そうに頷く。次に、金髪碧眼の長身の青年が一歩前に出た。彼はわりと歳上に見える。おそらく二十歳くらいではないだろうか。
「僕はマーク=ラピッドファイア准尉です。第七小隊の副官を務めています。よろしく」
と、右手を差し出してきた。彼も結構な二枚目だったが、フランツと違い、全身から好青年オーラを醸し出しているので、好感が持てる。アッシュはその右手を握り返した。
「アッシュだ。よろしく、ラピッドファイア准尉」
「僕のことはマークで結構ですよ」
明らかに歳下のアッシュに対してこの態度。本当に好青年だ。
「ああ。それじゃ、マーク、よろしくな」
それを聞いて、ジゼルが噛み付く。
「ちょっと、マーク――じゃなかった、ラピッドファイア副長! あなたがそれじゃ、下の者に示しが付かないじゃない!」
「まぁまぁ、小隊長。そう硬いことを言わなくてもいいでしょう」
ジゼルはまだなにか言いたげだったが、彼の包容力の高そうな微笑を見て諦めたようだ。ふんっとばかりに、そっぽを向く。マークが握っていたアッシュの手を離すと、すかさず隣に出てきていた緑色の長い髪をツインテールにした少女がその手を握り、ぶんぶんと振った。
「クラリッサ=ファインマン曹長よ。あたしもクラリッサでいいわ。得意分野は砲撃。といっても、おたくのおチビちゃんの大火力には敵わないけどね」
彼女も少し歳上に見えたが、女性の歳はよくわからないので断言は出来ない。緑色の瞳で興味津々に彼の顔を覗き込んでくる彼女に少し気圧されながら、アッシュは言葉を返した。
「ああ、クラリッサ。よろしく」
「おチビちゃんたちも久しぶりー。相変わらず可愛いわねー」
クラリッサはアッシュの手を離すと、アリーセとサーニャを順にハグする。感情表現がオーバーなタイプらしい。
その次は、青紫色の髪と眼をした、同年代に見える少年が右手を差し出してきた。
「グェン=ヴァン・クォン軍曹。グェンが姓で、クォンが名前な。専門はセキュリティ関係。頭脳労働担当だ。よろしくなー」
「よろしく、クォン」
彼もアッシュと握手を交わすと、アリーセたちのほうに歩み寄り、声を掛ける。
「おう、アリーセ。こないだの密輸組織制圧作戦以来か? サーニャとは久しぶりだなー」
最後は、セピア色の長い髪と瞳の人形のように整った容貌をした小さな少女だった。ひょっとすると、アリーセやサーニャよりも歳下かもしれない。
「あ、あの、カテジナ=ペトラ=ビェルカ兵長です。よ、よろしくお願いします」
「ああ、よろしくな、カテジナ」
なんとなく、守ってあげたくなるタイプだ。
ともあれ、これでようやく全員と挨拶を交わしたことになる。
「さ、エリカ。それじゃ、食堂にでも行ってお話しよ?」
ジゼルがエリカの腕を取った。エリカが苦笑のような笑みを浮かべる。
「ジゼル。荷物くらい置かせて下さい」
そういえば、彼らはここに着いたばかりで、格納庫から艦内に入ってすらいない。
「いいわ。どうせ、船室は隣同士なんだもん。行こ?」
ジゼルがエリカの腕を引っ張る。苦笑したまま、エリカが引っ張られていった。第七と第八小隊の面々がその後を追う。
狭い艦内通路を一列になって進んだ。いくつかの梯子や急な階段を上り、何度かの分岐路を経て、居住区画に辿り着く。ジゼルの言った通り、第七と第八小隊の船室は隣同士だった。
「それでは、すぐにそちらに伺いますね」
そうジゼルに声を掛け、手を振ってくる彼女に手を振り返して、エリカは自分たちの小隊用の船室の扉を開ける。エリカたち三人に続いて、アッシュも扉をくぐった。
「――ていうか、俺も同じ部屋でいいのか?」
「はい。男女の区別なく、小隊毎に船室が割り当てられていますので」
尋ねるアッシュにエリカが答える。
「軍隊って、そういうもんか……」
呟いて船室の中を見回した。が、見回すほどのこともない。狭い室内の左右に三段ベッドが設置されているだけの殺風景な部屋だった。いくら大きな軍艦とはいえ、居住空間に割けるスペースは限られている。船室は本当に最低限、寝るだけの空間なのだろう。
「あたし、一番上ねぇ」
そう言って、アリーセが左側のベッドの三段目に登っていった。無言で反対側のベッドの三段目にサーニャが登る。
「アッシュはどこにされます?」
「ああ。俺は一番下でいいや」
尋ねてくるエリカに答えて、アッシュは右側のベッドの一段目に腰を下ろした。ベッドの足元側に、チッピィの移動用のバスケットを置く。普段の寝床より小さいが、我慢してその中で寝てもらうしかない。チッピィはそこから顔を出して、周りを眺めているようだ。
「では、私はこちらで」
と、エリカは左側のベッドの一段目に荷物を置く。
「それでは、申し訳ありませんが、私は少し出てきます」
エリカが言った。アッシュが応じる。
「ああ。あのツンデレのところか?」
「ツンデレ、とはなんですか?」
その単語は、エリカには通じなかったようだ。アニメやマンガ好きのアリーセにはわかるらしく、にははと笑い声を上げた。反応はないが、ネット好きのサーニャにもおそらく通じているのだろう。アッシュは手を振った。
「いや、なんでもない。気にしないでくれ。行ってらっしゃい」
「……はい。行って参ります」
首を傾げながら、エリカが船室から出て行く。それを見送って、アッシュはごろりとベッドに横になった。
「ったく、あのツンデレめ。せいぜい今のうちにツンツンしてるがいい。そのうちイベントを起こしてデレデレにしてやるぜ」
アッシュの呟きを聞きつけて、またアリーセが、にははと笑う。なんとなく、サーニャまでもが笑っているような気配がした。




