第二章‐1
密入星者騒ぎから一週間ほど経った。
その間に、倉嶋篤志の通う高校の一学期中間試験期間は終了している。今は平常授業に戻って数日後のロングホームルームの時間で、彼は自分の席で、先ほど配られた中間試験の結果表に目を落としていた。だいたい予想通り、どの教科も平均点以上は取れている。これならば、素行不良で目を付けられている教師や、一人暮らしを許してくれている親にも、まず文句を言われることはないだろう。ひとまず最初の山は越えたな、と安堵する。
それにしても、試験期間中に密入星者、盗賊ラングラン=クレドと対決したり、その後、宇宙海賊事件の隠蔽の為の情報操作を行ったりしていたわりには、よくもまぁ、人並み以上の点数が取れたものだ、と自分で自分に感心してしまう。
ホームルームが終了し、担任教師が教室から出て行くと、教室内は途端に蜂の巣をつついたような騒ぎになった。生徒たちはそれぞれ、友人同士で点の見せ合いをしていたり、逆にライバル同士で牽制し合ったりしている。
「倉嶋ー、どうだったよー?」
篤志の二つ前の席の伊勢田誠人が、彼にそう尋ねながら相変わらず一つ後ろの山城紗紀の席を占領した。もっとも、彼女はホームルームが終わるとすぐに教室を出て行ってしまった為、今は迷惑を掛けていないので問題はないだろう。
「ほれ」
成績など隠すようなものでもない、という主義の篤志は、結果表を誠人に手渡してやった。
「うわー、なんだよー! おまえ、成績いいんじゃねぇか!」
それに目を通して、誠人が声を上げる。上空に放り投げられて、ひらひらと降ってくる結果表を、篤志は空中でキャッチした。
「いや、まぁ、普通だろ? 中の上ってとこじゃねぇか?」
特に謙遜でもなく、事実として述べる。誠人に聞き返した。
「おまえはどうだったんだよ?」
その言葉に、誠人は自分の結果表をくしゃくしゃと鞄に突っ込む。
「そんな点見せられたら、見せられるかよ!」
よほど悪かったらしい。そこへ、豊川翔毅がやってきた。
「まこっちゃん、倉嶋、どうだった?」
「まぁ、並よりは上ってとこだな。豊川は?」
答えて尋ね返す篤志に、前の席に座った誠人が振り返って、ひらひらと手を振る。
「あー、聞かないほうがいいぜ。絶望する。ショーキは昔から頭いいんだ」
「そんなことないよー」
えへへ、と謙遜する翔毅。その照れ笑いは、愛嬌があると言えなくもない。
「ちょっと、伊勢田! あんた、赤点なんか取ってないでしょうね?」
いつの間にやら、誠人の座る机――実際は紗紀の机だが――の脇に立っている翔毅の隣に、クラス委員、蒲郡紫子が立っていた。両手を腰に当てた、いつものお説教ポーズだ。
「はい! 巨乳委員長様。赤点だけは死ぬ気で回避しました!」
誠人が敬礼して答える。お説教ポーズのままで紫子が頷いた。
「よろしい。倉嶋は?」
「心配されなくても、全教科平均点以上取ってるよ。ていうか、なんで俺まで伊勢田と同レベル扱いなんだ?」
篤志が答える。誠人がジト目で篤志を見た。
「倉嶋、なにげに酷いこと言ってねぇ?」
「だって、あんた、二日も無断欠席してるし、普段から内職で授業ろくに聞いてないじゃないの。心配にもなるわよ」
呆れたように言う紫子。言われていることは事実なので、篤志には反論する術がない。なので、矛先を変えた。
「豊川には聞かないのかよ?」
「豊川はどう見ても優等生タイプでしょう。聞くまでもないわ」
紫子の評価に、また翔毅が、えへへ、と照れ笑いする。篤志はふてくされたように呟いた。
「不当な差別だ。待遇の改善を要求する」
「権利を主張する前に、義務を果たしなさい」
紫子はバッサリだ。篤志はさらにふてくされる。
「俺はやれば出来る子だっつの」
「だったら、普段からちゃんとやりなさい」
紫子の言うことは正論だ。もう、篤志は黙るしかない。
「ホント、おまえら、仲いいよなぁ」
「漫才みたいだよね」
そんな二人のやりとりを聞いて、誠人と翔毅が感心したような声を上げた。
「誰が漫才よ!?」
紫子がギロリと翔毅を睨む。
「うわぁ! ごめん、委員長」
翔毅は震え上がり、慌てて話題を変えた。
「そそそそういえばさ、こないだの謎の光、覚えてる?」
「あー、あのUFOとかいうやつ?」
誠人が相槌を打つ。
「うん。でも、あれ、やっぱり倉嶋が言ってた通り、どこかの国の軍事衛星の爆発だったらしいんだよね。ネットでもUFO説は、もう下火」
翔毅が残念そうに言った。
「ほらな。だから、現実を見ろって言ったろ?」
篤志はそう応じながら、情報操作が上手くいっていることに密かに安堵する。試験勉強の合間を縫って、毎晩せっせと掲示板やブログのコメント欄にデマを投下し続けた甲斐があったというものだ。サーニャなどは一日中これをやっていたに違いない。
「あぁ、残念だなぁ。UFOいないのかなぁ」
翔毅が嘆く。もうその話題には興味を失ったらしい誠人が、席から立ち上がった。
「そんなことより、そろそろ帰ろうぜ。――なんか腹減ったな。マックでも食ってくか?」
「伊勢田、下校時の買い食いは校則違反よ」
紫子が言うが、誠人は不服そうな顔をする。
「えー? 委員長だって、この前、倉嶋と学校帰りにケーキ食ってたろー?」
それを指摘されて、紫子の顔が傍目にもわかるほど赤くなった。
「ななななんであんたがそれを知ってるのよ!?」
「このクラスに、それを知らない人はいないと思うよ」
翔毅までもが突っ込む。それを聞いて、紫子はわなわなと身体を震わせた。自分の大きな胸を抱き締めるように両腕を身体に回すと、勢いよく背を向ける。
「わたし、もう帰るわ!」
だーっと自分の席まで走って鞄を取ると、教室のドア目掛けて駆けていってしまった。
「委員長様、明日もその巨乳を拝ませて下さい」
「委員長、ばいばい」
紫子の背に、誠人と翔毅が別れの挨拶の言葉を掛ける。ドアから飛び出していく紫子に、篤志も別れの挨拶を投げた。
「じゃーな、委員長」
廊下の向こうから、紫子の叫びが聞こえてくる。
「委員長って言うなーっ!!」
「……だから、なんで、俺だけ?」




