第六章‐5
アッシュはしっかりとハーネスを身に付けると、カラビナでザイルを固定する。このザイルは合成繊維の超高分子ナントカ製で伸び率が高く耐衝撃性に優れている、とサーニャが説明していた。材質はよくわからなかったが、とりあえず信頼して自分の命を預けるしかない。
「俺も自分から志願したんだから、あんまり文句も言えねぇけどさぁ。あのおばさん、とんでもねぇこと考えるよなぁ。短時間とはいえ、真空中でハッチを開け、なんてよぉ」
アッシュは愚痴る。アリーセはいつものように、にははと笑い、サーニャもいつものように無言だった。
この第一格納庫は艦の最前部に位置し、揚陸用の巨大なハッチが前面に付いている。ここを開けて直接、敵艦への砲撃や砲撃からの防御を行う、というのが今回の作戦だった。勿論、外は真空の宇宙空間だ。ハッチを開けっ放しにしていては、あっという間に格納庫内の空気が吸い出されてしまう。それを防ぐ為に、既にアッシュの最硬の耐物理結界『琥珀の封』が格納庫内に張り巡らされていた。しかし、結界の内部から外部へは魔法が通らない。攻撃魔法で貫通しても、結界の破壊に費やした分の威力が減殺されてしまう。従って、防御や砲撃を行うときには、この結界も改変して穴を開けなくてはならない。彼らが今身体に結び付けているのは、そのときに外へ吸い出される空気と一緒に飛ばされないようにする為の命綱だった。
本来ならば、真空空間に身を晒す危険がある場合には、真空防護服を着るのが当然だろう。真空防護服とは、その名の通り、真空に対応する為に与圧し、酸素供給や二酸化炭素等の排出を行い、冷却装置を組み込んで体温調節を行い、また各種宇宙線といったものから人体を守る為に全身を覆った防護服だ。だが、そのケブラー等の合成繊維やアルミ等の金属を重ねた多層構造の分厚い防護服越しでは、人体と魔装機等の間に魔力が通わない。それ故、この作戦では真空防護服を着るわけにはいかないのだ。それに、一人で着ることも出来ないような防護服を着込んでいるような時間的余裕もない。
現在、この広い第一格納庫にいるのは、防御担当のアッシュとチッピィ、砲撃担当のアリーセとサーニャの三人と一匹だけだった。設置された試作品だという巨大な魔装砲は、砲身が六メートルを優に超え、口径も三十センチメートル以上ある。間違いなく、個人の魔法使いが持つには最大サイズだろう。『超弩級』の名は伊達ではないようだ。
アリーセとサーニャは、並べるとその長銃身すら短く見えてしまうアリーセの魔装銃をこの超弩級魔装砲に接続したり、砲撃魔法のプログラムを補正したり、各部の動作をチェックしたりしていた。その作業をしながら、不意にアリーセが話し掛けてくる。
「アッシュぅ、さっきはありがとねぇ」
「ん? 俺、なんかお礼言われるようなことしたか?」
心当たりがない。
アリーセが、彼女にしては静かな口調で言う。
「あたしが『化け物』って言われたときに、怒ってくれたことぉ」
「あぁ、そんなことか。当たり前だろ。友達なんだからよ」
そんな風に言いながらも、アッシュは自分の台詞に少し照れてしまった。アリーセが静かに話し出す。
「あたしねぇ、基礎学校の頃、いじめられてたんだぁ。この魔力値の高さのせいで、化け物って。遊んでくれる友達もいないわけじゃなかったけど、しつこくいじめてくるグループがいてねぇ。今になって思えば、あの子たち、あたしが怖かったんだろうねぇ」
少し寂しげに、にははと笑った。
アリーセの測定魔力値は四百オーバー。標準的な魔法使いの二倍から四倍、一般人に至っては二十倍近い。畏怖され、忌避されるのが、当然の反応なのかもしれなかった。
アリーセは相変わらず、静かに言葉を紡ぐ。
「だからねぇ、さっき、アッシュが、今、『化け物』って言ったやつ、どいつだ?って言ってくれたとき、すごく嬉しかったんだよぉ」
「そう、か……」
アッシュは、そんな相槌しか打てなかった。サーニャはなにも言わない。仲のいい二人のことだ。既に、この話を聞いて知っているのかもしれない。
「――ていうかさ、作戦前にそういう話すんの止めろよ。死亡フラグみたいじゃねぇか」
アッシュは誤魔化すようにおどけてみせた。アニメやマンガ好きのアリーセは、『死亡フラグ』の意味がわかったようだ。
「ホントだねぇ」
にははと笑う。サーニャが突然口を開いた。
「それでは、死亡フラグを回避する手段を教えましょう」
ネット好きの彼女も、『死亡フラグ』の意味はわかっているらしい。アッシュは雰囲気を変える為、彼女の言葉に便乗することにする。
「お、どんなのだ?」
「パインサラダを――」
「いや、それ、超有名な死亡フラグじゃねぇか!」
「間違えました。パインケーキです。これを義理の妹に作ってあげれば完璧です」
「あぁ、そっちなら大丈夫だったか。でも、普通は、義理の妹なんていねぇだろ……」
そのやりとりに、アリーセが普通の女の子のように笑った。今のは、ひょっとしたら、サーニャなりの冗談だったのかもしれない。
(おーい、色男。そっちの準備はどうだー?)
頭の中にクォンの声が響いた。艦橋に呼び出されたもののやることがなくなってしまった彼は、艦橋とアッシュたちの間の連絡役をやってくれている。
「おぅ、クォン、ちょっと待て。アリーセ、サーニャ、どうだ?」
「あと少しで終わります」
(そうか。なるべく早くしてくれよー。ヴラジミーロフ少尉殿の話じゃ、タビー・トリスの主魔力砲発射まで、もう三十秒ってとこらしいぞー)
「うわ、もう、そんなか! じゃあ、攻撃より先に防御だな。ハッチを開けてくれ」
(はいよー。ハッチオープン)
クォンの軽い返事と共に、前部揚陸ハッチがわずかに開放された。緩やかに風が流れ出す。アッシュの最硬の耐物理結界『琥珀の封』といえども、空気の流れまで完全に遮断することは出来ない。人の背丈分ほど開かれたハッチの向こうには、ポツリポツリと星明かりが灯るだけの漆黒の虚空が口を開けている。タビー・トリスまでの距離は五千メートルということだったが、宇宙空間では五キロメートル程度、目と鼻の先だ。その艦影は意外なほど大きく見えた。
「二人とも、結界に穴を開けたら、しっかりなにかに掴まっておけよ?」
「いえす、さぁー」
「了解」
アッシュは二人の返事を確認して、クォンとの念話に意識を戻す。
「クォン、主砲発射までのカウントダウンを頼む」
(へいへい。二十一、二十――)
アッシュはクォンのカウントダウンを頭の中で聞きながら、左腕に抱えたチッピィの首の下にある魔装機の役割をするという朱い石に、『彼女』の魔装具を着けた右手を押し当てた。
「チッピィ、魔力増幅、頼むぞ」
(チッピィ、魔力、増幅、返す)
魔力特性『増幅』を持つチッピィを生体魔力増幅装置として、アッシュの送り込む『停滞』と『減衰』の特性を持った魔力が増幅され、再びアッシュに送り返されてくる。
「く……ぅ……っ!」
やはりこの、身体がはち切れんばかりに溢れてくる増幅された魔力の感覚は、気分のいいものではない。卑近な例で言えば、食べ過ぎて満腹なのに、口に次から次へと食物を詰め込まれているようなものなのだ。
(十二、十一――)
「もっとだ……、もっと……!」
だが、『あの魔法』の起動閾値には、この程度ではまだ足りない。増幅した魔力をまたチッピィに送り込み、さらに膨れ上がった魔力を受け取る。それをひたすら繰り返した。
鼻血がポタリと床に滴り落ちる。指先の爪の間からも出血していた。視界が赤く染まる。充満する魔力に身体が耐え切れないかのように、あちこちの毛細血管が破れているらしい。
(五、四、三――)
クォンのカウントが終わりに近付いた。アッシュは魔装機の操作端末を開き、予め用意しておいた改変済みの構造式を結界に流し込んで穴を開けると、魔装具を着けた『彼女』の右手を大きく開いて前方に突き出し、身体中にはち切れんばかりに溢れている何倍にも増幅された魔力の全てを注ぎ込んで、彼の正真正銘、最強の防御魔法を起動する。
「『月下の白虹』!!」
結界に穴が開いたことで、開かれた揚陸用ハッチから吸い出される空気の量がいきなり増えた。ゴゥッと風の流れが凶暴になる。アッシュは開きかけのハッチに足を突いて、飛ばされないように踏ん張った。身体に繋いだザイルがピンと張り詰める。
アッシュの伸ばした右手の先の虚空に、直径五十メートルほどの影色の魔法陣が展開した。同様の魔法陣がその前方に次々と開いていき、ディートガルトの尖った艦首の前に合計七枚の魔法陣が並ぶ。五千メートルの彼方から音もなく飛来した白い魔力の奔流が、その魔法陣に受け止められ――、突き抜けた。そしてすぐに二枚目の魔法陣に受け止められ、突き抜ける。これを繰り返す度に、魔力の奔流のエネルギーは半減していき、七枚の魔法陣を通り抜ける頃には、無害な白い粉雪のような魔力の残滓に変わり果てていた。
これこそが、大威力の魔力砲撃に対抗する為に、『停滞』と『減衰』の魔法使いであるアッシュが組み上げた究極の防御魔法、積層式エネルギー減衰型防御魔法陣だ。
艦橋でその様子を固唾を飲んで見守っていた誰もが、感嘆の溜め息を漏らした。軍艦の主魔力砲を止める防御魔法など、見たこともない。ハンナですら、驚きにその目を見開いていた。
「……綺麗」
窓の外を流れていく、粉雪のように舞い散る魔力の残滓を眺めて、ジゼルが呟く。
やがて、十秒程度でタビー・トリスの主魔力砲による砲撃は終わった。それと同時に、七枚の減衰魔法陣も溶けるように消えていく。
アッシュは、限界まで消費した魔力の欠乏による貧血に似た症状で倒れ込みそうになりながら、魔装機の操作端末を開くと、狭窄する視野に目を凝らし、眩暈を堪えてモニターを見据えた。早くしないと、この場の全員の命に関わる。必死の思いで、結界の構造式を修正した。
強力な耐物理結界『琥珀の封』の穴が塞がれ、空気の流出を防ぐ。格納庫の天井の通気溝から、減少した空気を補充するべく勢いよく風が吹き出していたが、まだ酸素が足りない。アッシュは魔力と酸素の欠乏でふらふらになりながら振り返った。
「二人とも……、無事か……?」
「……大丈夫ぅ」
「……平気です」
アリーセとサーニャから返事がくる。二人ともなんとか無事のようだ。それから暫く、三人と一匹は、酸素を求めて大きく深呼吸を繰り返す。
艦橋では、我に返ったように、ハンナが怒鳴り声を上げていた。
「セラ! 損害報告!」
「――損害、ありません。装甲の表面塗装すら剥がれていないと思われます」
セラフィーナが、信じられないという顔で報告する。
「ふむ。ブラウスパーダ少尉の報告書に、誇張はなかったということか。――いや、済まん。疑っていたわけではないのだ」
「ノー・マム。お気になさらないで下さい。私も、自分で体験しても信じられませんでした」
ハンナの言葉に、エリカが微笑んで応じた。ハンナが彼女に頷き返す。
「あとは、あの試作品の魔装砲が、どこまで仕様通りの性能を発揮するか、だが……」
「っ!? タビー・トリス、反転を始めました! 逃亡を図るようです!」
観測機器を見ていたエリカが、事態の急変を告げた。ハンナがクォンに指示を飛ばす。
「フィアリス軍曹に砲撃を急がせろ!」
「イエス・マム!」
クォンは返事をして、念話でアリーセに話し掛けた。
(おい、アリーセ、タビー・トリスが逃げるぞ! 早く撃てってよ!)
「あいあい」
返事をして、アリーセは超弩級魔装砲を構える。構える、と言っても、全長六メートルを超える砲身を持つこの魔装砲が抱え上げられるわけもない。長大過ぎる砲身はその三箇所で二脚によって支えられていた。アリーセは、しがみ付くようにして巨大な魔装砲を抱え込み、試作品の魔力収束放出型魔力増幅装置を操作する。
「魔力収束ぅ」
急速に魔装砲に魔力が集まっていくのが感じられた。空間に漂っていた、先ほどのタビー・トリスの魔力砲撃の残滓がどんどん吸収されていく。
(こいつ、周囲の全てから魔力をかき集めてる……? 『魔人血晶』の魔力吸収機能と同じなんじゃねぇのか?)
なんとなく嫌な感じがしたが、今はそんなことを言っていられるときではない。
「魔力増幅ぅ」
集められて束ねられた大量の魔力が、アリーセの測定値四百を超える『増幅』特性を持つ魔力と反応し、相乗効果によって魔力増幅装置で爆発的に増幅される。
アリーセの背後に立った、左右のこめかみから観測魔法用の青白い魔力のアンテナを立てたサーニャが、彼女を抱き締めるように身を寄せる。
「データリンク。座標転送」
「データ受領ぉ。――って、はわわ、動かないぃ!」
サーニャから送られてきた座標データを元に照準を修正しようとしたアリーセだったが、重量のあり過ぎる超弩級魔装砲はピクリとも動かなかった。
「はわわ! どうしよぉ……?」
アリーセが困り果てる。アッシュは瞬時に決断した。
「艦ごと向きを変えるしかねぇだろ! ――クォン! 気障男に、これから言うように艦を動かしてもらってくれ! ――サーニャ、指示頼む!」
「はい。上に〇度〇分八秒、右に〇度一分一秒です」
(はいよー。――ロイター少尉殿。上に〇度〇分八秒、右に〇度一分一秒、操艦願います!)
フランツが微妙な操艦をこなしたのだろう。床が揺れた様子も感じられなかったが、魔装砲のディスプレイ内の艦影に照準が合わさった。
「照準きたよぉ! たーげっと、ろっくおん」
アリーセの言葉に、アッシュが反応する。
「よし。じゃあ、また結界に穴を開けるぞ! 飛ばされるなよ!」
「いえす、さぁー!」
「了解」
アッシュは魔装機の操作端末を開いて、結界の構造式を再度改変した。途端に、開かれた結界の穴と、その向こうの開放された揚陸用ハッチから、格納庫内の空気が勢いよく吸い出されていく。強風にもみくちゃにされながら、アッシュは叫んだ。
「撃て、アリーセ!」
巨大な魔装砲にしがみ付くようにして強風に耐えているアリーセが、その声に応じる。
「あいあい、さぁー! 魔力放出ぅ。この一撃で、決めるぅ! 『スカーレット・バスター・ランチャー・オーバーリミット・フルブースター』、れでぃー――」
超弩級魔装砲の太い砲身の砲口に、巨大な赤い魔力光が灯る。アッシュは眩しさに目を細めた。アリーセの腰に腕を回して抱き付いているサーニャが、短いカウントダウンを唱える。
「カウントマイナス三、二、一」
「ふぁいあー!!」
アリーセの号令によって、活性化した魔力が凄まじい勢いで放出され、超弩級魔装砲の砲口から極太の赤い魔力の光芒となって迸った。それは、予測していたものより遥かに太い。結界に開けられた穴をくぐりきれずに、その砲撃は耐物理結界『琥珀の封』をあっさりと破壊してしまった。星空を赤い閃光が駆け抜け、その赤い光が虚空に浮かぶ艦影に向かって収束する。
砲撃が五秒ほど続いたとき、その砲身の内部で荒れ狂う魔力に耐え切れなくなったのか、突然、超弩級魔装砲が爆発した。魔装砲にしがみ付いていたアリーセは、まともに爆発の被害を受けてしまう。アリーセに抱き付いていたサーニャも、衝撃でその手を離してしまった。
爆発でアリーセのザイルが切れる。こういったザイルは引っ張る力には強いが、切断に対する強度はそれほどでもないのだ。吸い出される空気と共に、強風で宙に舞ったアリーセの小さな身体が――。
「アリーセ!」
アッシュには、一瞬それが誰の声か、わからなかった。
アリーセの名を叫んだサーニャが、飛び付くように彼女の身体を捕まえようとする。伸ばした右手が、ハッチに吸い寄せられていく彼女の左手を、かろうじて握り締めた。
「クォン! ハッチ閉めろ! 急げ!」
(お、おう!)
格納庫前面の揚陸用ハッチが閉じ始める。サーニャが巻いたザイルも、二人分の重量でピンと張り詰めていた。それよりも、アリーセの左手を掴んだサーニャの右手が滑って、今にもすり抜けそうだ。それを見ていたアッシュは己がやるべきことに気付いて、心の中で自分を罵りながらコマンドを唱えた。魔力は既に限界まで消耗し尽くしていたが、例え生命力を削って魔力に変換してでも、今すぐこの魔法を起動しなければならない。
「『琥珀の封』!!」
格納庫内を再び強力な耐物理結界が覆う。暴風のような空気の流れが急に治まって、宙に浮いていたアリーセとサーニャの身体が床に落下した。アッシュは、慌てて二人に駆け寄る。
「大丈夫か、二人とも!?」
「……」
どちらからも返事がない。仰向けに横たわるアリーセの胸は真っ赤に染まっていた。その傍らで、サーニャが呆然と目を見開いて座り込んでいる。
「サーニャ、しっかりしろ! すぐに治療すれば助かる! おまえにしか、出来ない!」
「……わたしに、しか……。は、はい。――『エグザミネイション』」
我に返ったサーニャが、観測魔法を起動してアリーセの傷の具合の診察を始めた。
「――肋骨のほとんどが砕け、多数の臓器が損傷しています。最高位の治療魔法でないと、処置出来ません。暫く集中させて下さい」
「あ、ああ、わかった」
いつになく真剣なサーニャの口調に気圧されるように、アッシュは返事をする。
「『リジェネレーション』」
アリーセの胸の上にかざしたサーニャの両手の下に、青白い魔力光を放つ魔法陣が現れた。
(なんだ? どうした?)
状況のわからないクォンが尋ねてくるが、今はその念話もサーニャの集中の邪魔になる。
(アリーセが負傷、治療中だ。少し静かにしててくれ)
(え!? お、おう)
クォンの声が聞こえなくなった。アッシュも黙って、治療の様子を見守る。天井の通気溝から、減少した格納庫内の空気を補充する風の音だけが聞こえていた。暫くすると、通路側の隔壁が開いて、エリカが飛び込んでくる。エリカは床に横たわるアリーセと、その傍らに座って魔法治療を施しているサーニャの姿を見ると、縋り付くようにアッシュに問い掛けてきた。
「アリーセ! あぁ、アッシュ、容態はどうなんですか!?」
「今、治療中だ。少し静かにしてやってくれ。大丈夫。助かる」
アッシュは自分に言い聞かせるように言う。エリカは黙って頷いた。
そのまま、数十分に及ぶ魔法治療が続けられる。アッシュとエリカが心配で居ても立ってもいられなくなってきた頃、ようやくサーニャがその両手をアリーセから離した。青白い魔法陣も消えている。サーニャは座り込んだまま、ぐらりと後ろに倒れそうになった。慌ててエリカが駆け寄り、その背を支える。
「どうしたんです、サーニャ!?」
「……疲れ……ました……」
サーニャの色白な顔は、血の気が失せて青白いほどだった。額には冷や汗も浮いている。
「それで、アリーセはどうなったんですか!?」
「もう……大丈夫……です。わたしの……治療は……完璧……」
尋ねるエリカに途切れ途切れに答えると、サーニャは目を閉じてしまった。どうやら、疲れ切って眠ってしまったらしい。
アリーセを見ると、軍服の胸の辺りはボロボロで血塗れだが、その胸自体は規則的に上下していた。呼吸も正常なようだ。アッシュとエリカは安堵して、胸を撫で下ろした。
「よかった……」
「えぇ、本当に……」
二人は顔を見合わせて微笑みを交し合う。エリカが、床に倒れて眠っているアリーセと、腕の中で眠っているサーニャを見下ろしながら言った。
「この、寝ている二人はどうしましょう?」
「それは……、俺たちで一人ずつ背負っていくしかないんじゃないか?」
「それしかなさそうですね」
エリカが微苦笑を見せる。それを見て一つ息を吐くと、アッシュは思い出したように悪態を吐いた。
「それにしても、あのおばさん、こんな欠陥品使わせやがって! 一言文句言わないと気が済まねぇ!」
「そうですね。今回の件は、私からも正式に抗議します」
エリカが同意してきたのは予想外だ。アッシュは少し驚いて、彼女の顔を見つめ直した。
「意外だな。エリカはあのおばさんのこと、尊敬してたんじゃないのか?」
「勿論、尊敬していますけれど、それとこれとは話が別です。今回の作戦は、未完成の試作兵器を使用して、私の部下を無用の危険に晒しました。これを抗議出来なくては、小隊長を名乗る資格はありません」
きっぱりと言い切るエリカに、アッシュは笑みを向ける。
「いいね。ガツンと言ってやれ!」
エリカも微笑んだ。
「では、アッシュ。二人を船室に運んでから、大隊長殿に抗議に参りましょう」
「おう」
そうして、アッシュとエリカは、寝ている二人を担ぎ上げて、船室へと向かった。




