↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『魔王様、今日はどのくらい切りますか?』  作者: 酔どれワンコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/18

第8話 やっと長い一日が終わった

 広間を出ると、廊下の窓から、夕方の光が差していた。

 知らない空の色。遠くには、屋根の並ぶ街が見える。

 俺は一度、足を止めた。

 あそこにも、人が暮らしている。

 髪を結び、服を選び、夕飯のことを考えているのだろうか。

「ユウ様?」

「すみません。行きましょう」

 案内された客室には、寝台と机、洗面用の水が用意されていた。

 着替えもある。身体に合うものがなければ、翌日調整してくれるという。

 椅子に座ると、やっと疲れが出てきた。

 魔王の髪を切った。

 魔術を習った。

 今朝は、川でコーヒーを飲んでいた。

 同じ一日の出来事としては、少し詰め込みすぎだ。

 食事が運ばれてくる間に、セレスがお金の説明をしてくれた。

 普段の買い物で使う小さな貨幣から、銀貨、金貨へ。値段の目安として、パンや食事、宿泊の例を挙げてもらう。

 説明を聞き終えて、俺は受け取った金貨を見た。

「……これを持って、パンを一つ買いに行かない方がいいですね」

「お店のお釣りが、足りないかもしれません」

「先に聞いてよかった」

 明日は、使いやすい貨幣への両替も手配してくれることになった。

 続いて、食事が並ぶ。

 焼いた肉、野菜の煮込み、パン。それから湯気の立つ汁物。

 まずは、汁物を一口。

 うまい。

 香草の匂いは知らないものだったが、塩気は程よく、温かさが腹へ落ちた。

「これは、何の肉ですか?」

 俺が皿を示すと、セレスが、この地方で飼われている獣の名前を教えてくれた。

 聞いたことはない。

 まあ、異世界だ。

 牛、という答えを期待する方が無理だったかもしれない。

 焼き色のついた端を切って、口に運ぶ。

 噛むと脂の香りが広がる。少し弾力があるが、硬すぎない。

「この香り、上にかかっている葉ですか?」

「はい。肉料理によく使います」

「乾燥させても香りは残ります?」

「確か、台所では乾かしたものも使っていたと思います」

「なるほど。煙の香りとも合いそうだな……」

 セレスが笑った。

「お料理にも、詳しいのですね」

「好きなんです。釣った魚を料理したり、肉を燻したり。果物や肉を乾燥させる道具も持っていました」

「乾かすための道具が?」

「温度や風を調整できるんです。放っておけるので便利で」

 口にしてから、あの道具も元の家にあるのだと思った。

 台所の棚。使いかけの香辛料。冷蔵庫に入れた燻製。

 箸の代わりに持っていた食器の柄を、俺は少し握り直した。

 セレスは急かさなかった。

 俺は肉をもう一口食べて、息を吐いた。

「この世界にも、お酒はありますか?」

「ありますよ。ご用意しましょうか」

「今日は、味見くらいでお願いします。まだ、身体も慣れていないので」

 小さな杯で運ばれてきた酒は、果物の香りがした。

 一口だけ飲む。

 甘みの後に、思ったよりしっかりした熱さが来た。

「……これは、味見にしておいてよかった」

「お気に召しませんでしたか?」

「いえ。気に入ったので、気をつけようかと」

 セレスが、声を立てて笑った。

 笑ってから、ふと髪に触れる。

「まだ、気になります?」

「いえ。いつもなら、この頃には結び直していると思いまして」

「今日は?」

「今のところ、楽です」

 それは、よかった。

 明日も、自分で試してもらおう。

 食後、翌日の予定を相談した。

 朝食の後、城の職人を訪ねる。まずは話を聞き、髪用の鋏が作れるか相談する。

「説明を絵にできたら、伝えやすいかもしれません」

 俺が言うと、セレスは紙と筆記具を用意してくれた。

「必要なことを、書いておいていただけますか」

「はい」

「今夜、魔術の練習で寝るのが遅くならないように」

 俺は机の上の水差しを見た。

 セレスも見た。

 少しの沈黙。

「……道具のメモを優先します」

「お願いします」

 見送った後、俺は机に向かった。

 まず、鋏の形を描く。

 刃の長さ。指を入れる輪の大きさ。持ったときの重さ。開閉の滑らかさ。

 刃の合わせ方や材質は、職人に聞きたい。

 すきバサミは、歯の形も説明しなければならない。何でも同じように切れる鋏では、困る。

 思いつくことを、順番に書いた。

 元の店で新しい道具を選んでいたときの、自分の手を思い出す。

 こちらの手は、まだ少し違う。

 でも、欲しい使い心地は覚えている。

 描いた鋏の持ち手が、少し歪んでいた。

 俺は線を引き直した。

 絵も、もう少し練習が必要そうだ。

 窓の外が、すっかり暗くなっていた。

 机の上の水差しへ、つい目が行く。

 俺は紙を重ね、その前に立てかけた。

 見えなければ、少しは気にならない。

 明日は、職人に会う。

 セレスの結び方も、もう一度確かめたい。

 寝台へ横になる前に、俺はメモの最後へ、一行書き足した。

 ――長く使えて、指が痛くならないもの。

 そこまで書いて、思い出した。

 金色の竜。

 輪の内側にある牙。

 俺は、もう一行足した。

 ――指を入れるところに、牙は不要。

 これで、明日の話は始められる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。