第7話 俺にも魔法が使えるらしい?
「俺にも、使えるんですか?」
「はい。ユウ様のお身体にも、魔力はあります」
セレスは水の粒を小さな器へ移した。
「新しい身体が安定したときに確認しています。ただ、魔力を持つことと、思いどおりに扱えることは別です」
「なるほど。鋏を持っているだけでは、髪は切れないのと同じですね」
「ええ。まずは、扱う感覚を覚える必要があります」
俺は小卓へ椅子を寄せた。
セレスが向かいに座る。
「こういう魔法?って、決まった呪文があるんですか?」
「人間の間では、魔法と呼びますね。私たち魔族は、魔術と呼んでいます」
「では、魔術で」
「術式や言葉を使う方法もあります。ただ、基本になるのは、知識を基に作るイメージです」
彼女が器の水を指した。
「何を、どのような状態にしたいのか。どこへ、どのくらい動かしたいのか。具体的に思い描き、魔力で形にします」
「霧を作るなら、水を細かく分けて、必要な場所へ運ぶ感じですか」
「はい。先ほど教えていただいたことで、私もずいぶん作りやすくなりました」
セレスは指先に、小さな雫を浮かべた。
「知識と経験があれば、新しい術を組み立てることもできます。ですが、わからないことまで、願うだけで作れるわけではありません」
俺は雫を見た。
霧吹きなら、毎日使ってきた。
細かな水滴が髪につく様子も、濡れすぎたときの重さも、よく知っている。
「では、これを霧に――」
「まずは、魔力を感じるところからです」
「はい」
勢いで、工程を飛ばしかけた。
新人に、いきなりお客さんの髪を任せるようなものだった。
セレスは説明しながら、手のひらに、ごく弱く魔力を集めてくれた。
俺も手を近づける。
触れていないのに、薄い圧のようなものを感じた。
「これが魔力ですか?」
「私が動かしているものです。まず、この感覚を覚えてください」
何度か、集めてもらい、戻してもらう。
それから、自分の手の感覚へ意識を向けた。
難しい。
力を入れると、指が固まる。
抜きすぎると、何もわからなくなる。
「肩まで上がっています」
セレスに言われ、俺は息を吐いた。
「自分では、もう少し器用なつもりだったんですけど」
「初めてですから」
さっき、俺が彼女に伝えたのと似た言葉だった。
立場が変わると、なかなか身にしみる。
しばらく練習して、ようやく手のひらに、かすかな感覚が残った。
セレスが確認し、うなずく。
「今、少し集まっています」
「これで?」
「はい。無理に増やさず、そのまま保ってみてください」
次は、器の水だった。
持ち上げるのではなく、水面をほんの少し動かす。
俺はじっと見た。
動かない。
もう少し集中する。
動かない。
水は、落ち着いたものだった。
こちらだけが、一生懸命だ。
「器全体を動かそうとせず、表面の小さな範囲に絞ってみてください」
セレスが、器の中央を示す。
俺は水面の一部を、指で軽く押すような動きを思い描いた。
触れずに、少しだけ。
水面が揺れた。
俺は顔を上げた。
「今の、息ですか?」
「もう一度、顔を離して試しましょう」
ちゃんと確かめる人だった。
俺は少し椅子を引き、同じことを繰り返した。
小さな波が、器の中央から広がった。
「動きましたね」
セレスが笑う。
俺も笑った。
それだけで、手のひらの感覚が途切れた。
「あ」
「今日は、ここまでにしましょう」
霧吹きには、まだ遠い。
でも、水は動いた。
俺はもう一度、器を見た。
「……これは、練習したくなりますね」
「まず、お食事を」
そこで初めて、腹が減っていることに気が付いた。




