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『魔王様、今日はどのくらい切りますか?』  作者: 酔どれワンコ


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第9話 朝起きたら全てが夢だった。なんてことはなかった・・・

 目が覚めて、まず天井を見た。

 知らない天井だった。

 次に、机を見る。

 鋏の絵を描いた紙が、水差しの前に立てかけてある。

 昨日の出来事は、夢ではなかったらしい。

 俺は寝台の上で起き上がり、自分の手を開いたり閉じたりした。

 昨日より、少しなじんでいる。

 ただ、窓から入る光を見ても、いつもの店の開店時間がわからない。

 時計がない朝というのは、釣りのときなら気にならないのに、仕事の予定があると落ち着かないものだ。

 そんなことを考えていると、扉が鳴った。

「ユウ様。お目覚めでしょうか」

「はい。起きています」

 扉を開けると、セレスが立っていた。

 まず顔を見る。

 次に、髪を見る。

 美容師なので、順番としては許してほしい。

 銀髪は、昨日と同じく低い位置にまとめられていた。

 ただ、自分から見て右側が少し膨らんでいる。左側は、昨日よりぴったりしていた。

「おはようございます。今朝はご自分で?」

「はい。教わったとおりにしたつもりなのですが」

 セレスの左手が、自分の左耳の辺りへ行く。俺から見て、膨らんでいた方だ。

「こちらが、少しうまく収まらなくて」

「反対側は、引っ張られている感じがありませんか?」

「はい。私の右側が、少しだけ。どうしてわかるんですか?」

「そちらが、少し強く押さえられているように見えたので。セレスさん、右利きですか?」

「はい」

「結ぶとき、右手で、ご自分の右側の髪を押さえています?」

 セレスは右手を上げ、今朝の動きを確かめるように頭の横へ添えた。

「……そうですね。こちらを押さえてから、反対側をまとめています」

「右手で押さえやすい方は、ぴったりさせられるんですね。そのまま左側を整えようとして、右側には少し力が入りすぎたのかもしれません」

「崩れないように、押さえたままでした」

「では、そこを少し緩めましょう。見せていただけますか」

 俺は椅子を勧め、鏡の前へ座ってもらった。

 髪留めの位置を確かめる。

 全部ほどく必要はなさそうだ。

「一本、外しますね」

 張っていたセレスの右側の毛束を緩め、左側の膨らみを指で整える。

 左右の引っ張られ方を確かめてから、彼女自身が留めやすそうな位置へ髪留めを通し直した。

「どうですか?」

 セレスが顔を左右へ向けた。

「楽になりました。右手の方が使いやすいのに、そちらをきつくしてしまっていたんですね」

「動かしやすい分、気づかず力を入れることもあります。次は片側を整えるたびに、一度手を緩めて、左右の感覚を比べてみてください」

「形だけではなく、引っ張られ方も」

「はい。昨日の形とまったく同じでなくても、邪魔にならず、楽にまとまれば大丈夫です」

 セレスは手鏡で後ろを確認した。

 俺が作った形を、そのまま毎朝再現する必要はない。

 自分でできて、日々の仕事に困らないことの方が大事だ。

「昨日の夕方は、その後どうでした?」

「いつもより気になりませんでした。今日も、様子を見てみます」

「気になるところがあったら、また教えてください」

「ありがとうございます。それで、ユウ様。昨日のお代について、ご相談したいのですが」

 セレスは手鏡を置き、こちらへ向き直った。

「髪を整えていただいて、結び方まで教わったのに、謝礼のお話をしないままでした」

「ああ、昨日のことでしたら、気にしなくて大丈夫ですよ。魔王様の髪を切った流れで、少し相談に乗ったつもりでしたから」

 きつく結んだ髪が気になって、楽なまとめ方を一緒に試してみた。

 それで日々の仕事が少し楽になるなら、よかったと思っていた。代金をもらうことまでは、考えていなかった。

 元の店でも、施術が終わった後に、付き添いの人から髪の相談をされることはあった。

 鏡の前で結び方を見せながら、気づけば話が弾む。そういうちょっとした相談で、こちらから無理にお金をいただいたことはない。

 もっとも、海外で働いていた頃は、その気軽さに付け込まれて困ることもあった。

 「ついでに、ここも」と相談がいつまでも終わらなかったり、そのまま無料で施術までしてもらおうとしたり。少しだけのつもりが、なかなか少しでは済まない。

 相談にも、時間と専門知識は使う。だから、向こうにはカウンセリング料として、相談そのものに料金を設けている店もあった。

 その理由は、俺にもよくわかる。

 ただ、昨日、セレスさんから「私の髪も、お願いできますか」と頼まれたときは、魔王の髪を整えたついでに、彼女の困りごとにも少し力になれればと思っていた。

 結び方を変えて、毎日が少し楽になる。それなら、代金をいただかなくても構わない。

 俺には、元の店で髪の相談に乗り、鏡の前で結び方を見せていたときと同じ感覚だった。

「ですが、私には、とても助かることでした。切っていなくても、ユウ様の技術とお時間を使っていただいたわけですから」

 セレスが、小さな財布に手を添えた。

「魔王様からの金貨とは別に、私からもお礼をしたいのです」

 俺は少し考えて、笑った。

「それなら、俺も昨日、ずいぶん助けてもらいましたよ」

「私が、ですか?」

「魔術を教えてくれたでしょう。魔力を感じるところから付き合ってもらって、水まで動かせたんですから」

 あの小さな波を思い出すと、今でも少しうれしくなる。

「昨日は、お互いに得意なことを教え合った、というのはどうですか。俺は、それで十分ありがたいです」

 セレスは少し考えてから、うなずいた。

「それでしたら、私も納得できます」

「今朝の手直しも、昨日お教えした結び方の続きですから。気にしないでください」

「ありがとうございます。ただ、今後もお願いするのでしたら、きちんとお代をお支払いしたいです」

「はい。そのときは、内容と料金を先に相談しましょう。こちらの暮らしや相場も、教えてもらえると助かります」

「もちろんです」

 セレスが財布から手を離した。

 俺の仕事を、そんなふうに大切に受け取ってくれたことが、うれしかった。

「では、昨日はお互い様ということで」

「はい。改めて、ありがとうございました」

 セレスが椅子から立つ。

 今度は、髪へ手が行かなかった。

 小さな違いだが、うれしい。

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